海外編

 V 南米【アルゼンチン】 




1. 一般経済の概況
 
 2001年末から2002年初めにかけての深刻な経済危機の後、対外債務の支払延期、1ドル=1ペソの固定相場の放棄などにより、2003年初頭より景気は回復し始めた。2003年5月、キルチネル現政権が発足し、2003年8月、国際通貨基金(IMF)との交渉を再開し各年ごとの目標値を設定した経済3カ年計画を提示することによって、IMFおよび金融機関との公的債務再融資協定の合意に至ったが、2004年9月に一部債務の期限延長を要請、IMFはこれを承認した。他方、国内に対しては、消費の刺激を目的に給与および年金支給額を引き上げる一連の措置を実施した。為替は中央銀行のドル買い介入の結果、1ドル=2.93〜2.95ペソで安定的に推移し、外貨準備高も増加傾向を維持し年末には200億ドルに近づいた。失業率(主要都市部)は15.6%(2003年)から12.1%(2004年)に低下し、経済成長率は9.0%(2004年)と2002年後半からの傾向を維持し、経済活動はほぼ99年当時の水準にまで回復したとみられる。

表1 主要経済指標

 2004年の輸出は前年比17%増の344億5千万ドルと2003年に続いて2年連続で過去最高を更新した一方、輸入も景気の回復を反映して同61%増の223億2千万ドルとなった。輸入の伸び率が輸出を大幅に上回ったため、貿易収支は121億3千万ドルの黒字となったものの、黒字幅は2003年に比べると縮小した。



2. 農・畜産業の概況
 
 アルゼンチンは、日本の国土の約7.5倍に当たる2億7,800万ヘクタールの国土を有し、ブエノスアイレス州を中心とするパンパ地域は、平たんかつ肥よくな土地条件に加え、気候も温暖で降雨に恵まれ、大豆および小麦生産や肉牛生産の主要産地となっている。

 アルゼンチンの農業は実質国内総生産(GDP)の5.5%と、国内産業に占める比率は大きくないが、農産物輸出額は全輸出額の5割強を占め、農業は外貨獲得上、極めて重要な地位にある。2004年の農林水産品(1次産品)およびその加工品の輸出額(FOB)は、前年比14.1%増の188.0億ドルとなった。その内訳は、穀物類が26.9億ドル(16.6%増)、油糧種子などが18.3億ドル(8.3%減)、食肉が12.3億ドル(67.3%増)、乳製品が5.2億ドル(93.0%増)などとなっている。

 88年以来14年ぶりに実施された2002年の農業センサスによると、全国の農業経営数は、88年比で20.8%減の33万4千戸、農業経営所有土地面積は同2.9%減の1億7千5百万ヘクタールとなった。



3. 畜産の動向
(1)酪農・乳業

 アルゼンチンの生乳生産量は、乳業工場の近代化や加工処理能力の拡大などを背景に、92年以降一貫して前年を上回って推移し、99年には1,033万キロリットルに達した。しかし、生乳生産の増加が続いて供給過剰となったことから、99年に生乳価格が急落し、これに伴う収益性の悪化による酪農経営の離脱や大豆の国際価格の上昇による優良草地の大豆畑への転換などから生乳生産量の減少が続いた。一方、2002年の通貨切り下げによる価格の優位性から2004年の乳製品輸出は大幅に増加している。


@生乳の生産動向
 2004年の生乳生産量は、前年比15.3%増の916万9千キロリットルと2000年以降続いた減少から増加に転じた。この要因としては、生乳価格の安定、穀物飼料の給与の増加による1頭当たりの乳量の増加などが挙げられている。


A牛乳・乳製品の需給動向

 2004年の牛乳・乳製品の消費量(生乳換算ベース)は、716万9千キロリットルと生乳生産量の78.2%を占め、1人1年当たりの消費量は187.6リットルとなった。

 また、牛乳・乳製品の輸出量は、前年比68.3%増の217万1千キロリットルと大幅に増加した。

 輸出先としては、農畜産品衛生事業団(SENASA)の統計によると、1993年から2000年にはメルコスル諸国が全輸出量の8割を占めていたが、2001年、2002年は4割に低下、2003年以降さらにその割合は低下している。2004年には輸出先は115カ国に上ったが、ブラジル、アルジェリア、ベネズエラ、メキシコの4カ国が、いずれも全粉乳を主な品目として全体の6割を占めており、集中化の様相を呈した。伝統的に粉乳およびチーズが主要輸出品目であり、全輸出量の8割以上を占めている。

表2 牛乳・乳製品の需給
 一方、輸入については、ここ数年、国内消費量のわずか数パーセントを占めるにすぎず、2004年は6万3千キロリットルとなった。輸入先は、ウルグアイが全輸入量の6割を占め、そのほかニュージーランド、オランダ、ブラジルなどとなっている。


B牛乳・乳製品の価格動向
 2004年の生乳価格(乳業メーカーによる生乳1リットル当たりの生産者支払い価格)は、生産量の減少から大幅に値上がりした前年と比較して2.2%安の0.45ペソとなった。
 また、牛乳(低温殺菌乳)の卸売価格は前年比1.1%安の0.87ペソとなった。



(2)肉牛・牛肉産業

 アルゼンチンは、世界の牛肉生産量の約5〜6%を占めている。同国の肉牛生産は、肥よくなパンパ地域を中心に、アンガス、ヘレフォードを中心としたヨーロッパ品種およびその交雑種を主体とした牧草による放牧肥育が一般的である。同国は、1人1年当たりの牛肉消費量が60キログラムを超える大消費国であるとともに、2004年は国内生産量の約21%を輸出している。
 なお、アルゼンチンは2004年5月、国際獣疫事務局(OIE)からアイスランド、ウルグアイ、シンガポールとともにBSE清浄国として暫定的に承認された(その後、2006年5月にオーストラリア、ニュージーランド、ウルグアイとともにBSE清浄国として承認)。


@牛の飼養動向
 アルゼンチンの牛飼養頭数は94年以降減少傾向で推移している。94年に5,316万頭に達した後、2002年には4,854万頭となった。減少要因として、95年、96年の2度の大きな干ばつと、98年のエルニーニョ現象による洪水の被害に加え、96年の穀物価格の高騰により肉牛生産から穀物生産への転換が増加したこと、国内の景気の低迷などが挙げられる。2002年の州別牛飼養頭数を見ると、パンパ地域に属するブエノスアイレス州(34%)、コルドバ州(13%)、サンタフェ州(13%)の3州で、全体の約6割を占める。

図1 牛飼養頭数の推移
図2 牛の州別飼養頭数(2002年)


A牛肉の需給動向
ア 生産動向
 2004年のと畜頭数は、前年比14.1%増の1,429万頭、牛肉生産量(枝肉ベース)は13.5%増の302万4千トンとなった。このうち去勢牛の全体に占めると畜頭数割合は29.5%となった一方、雌牛(経産牛、未経産牛および子牛の計)は46.2%となっている。なお、去勢牛の平均枝肉重量は277キログラムとなった。

イ 輸出入動向
 2004年の牛肉輸出量(枝肉ベース)は、前年比61.0%増の63万1千トンとなった。これは、米国におけるBSE発生による米国産牛肉の輸入停止措置が要因であるが、中でも生鮮肉(EU向けヒルトン枠を除く)および内臓の輸出量が大幅に増加した。内訳を見ると、生鮮肉(製品ベース)は前年比88.7%増の29万3千トン、内臓肉は同35.0%増の9万7千トンであった。また、国別では、生鮮肉についてはロシアが全体の24.0%、ドイツが同11.5%、イスラエルが同9.9%、アルジェリアが同7.9%などとなっている。また、EU向けヒルトン枠(一定基準を満たす骨なし高級生鮮牛肉に関する関税割当制度)についてはドイツが全体の6割を、加工肉については米国が全体の5割を占めた。

 輸入量は、生鮮肉(冷蔵・冷凍)が2.6千トン、内臓148トンとなった。相手先は、生鮮肉および加工肉についてはウルグアイ、内臓についてはブラジルとなっている。


表3 牛肉需給の推移
図3 牛肉などの輸出相手国(2004年)


B肉牛・牛肉価格の動向
 アルゼンチンの中心的な家畜市場であるリニエルス家畜市場における2004年の肥育牛(去勢牛)価格は、前年比5.4%高の生体1キログラム当たり2.01ペソとなった。また、小売価格については、ショートリブが前年比5.8%高の1キログラム当たり6.10ペソ、ストリップロインが同5.7%高の6.45ペソとなった。



(3)飼料穀物

 アルゼンチンは、世界のトウモロコシ生産の2〜3%を占めるにすぎないが、世界の貿易量の1〜2割を占め、中国を抜き、米国に次ぐ世界第2位のトウモロコシ輸出国である。


@穀物の生産動向
 2003/04年度のトウモロコシの作付面積は、前年度比3.1%減の299万ヘクタールとなり、生産量は同0.6%減の1,495万トンとなった。一方、同年度の大豆作付面積は、品種改良により作付適地が拡大し、パンパ地方南部やアルゼンチン北部でトウモロコシやひまわりの作付から大豆の作付へ移行したことから、過去最高となった前年をさらに15.2%上回る1,453万ヘクタールとなった。しかし、生育期における降雨不足から、大豆の生産量は同9.3%減の3,158万トンとなった。また、小麦は同18.4%増の1,456万トン、ソルガムは同19.4%減の217万トンとなった。

表4 主要穀物生産量の推移


A穀物の輸出動向
 2004年の穀物輸出量は、トウモロコシが前年比11.7%減の1,028万トン、大豆が同24.7%減の667万トン、小麦が同64.9%増の996万トン、ソルガムが同72.7%減の16万トンとなった。国別輸出量のシェアを見ると、トウモロコシはサウジアラビア向け(9.2%)、マレーシア向け(7.8%)、ペルー向け(7.2%)、大豆は中国が最大の輸出先で全体の64.6%を占めている。また、小麦はブラジル向けが45.5%、ソルガムはチリが最大で全体の39.4%を占めている。
表5 主要穀物輸出量の推移


B穀物の価格動向
 2004年の穀物の生産者販売価格は、トウモロコシが前年比40.1%安のトン当たり236.82ペソ、大豆は同8.9%高のトン当たり567.67ペソ、小麦は同6.7%安のトン当たり314.46ペソ、ソルガムは同1.4%安のトン当たり179.48ペソとなった。
表6 主要穀物の生産者販売価格




アルゼンチンのヒルトン枠配分について

ヒルトン枠配分の透明化の取り組み

 アルゼンチンはEUから一定基準を満たす骨なし高級生鮮牛肉に関する関税割当制度(通称「ヒルトン枠」)により、1年間(当年7月1日から翌年6月30日まで)に28,000トンが割り当てられている。アルゼンチン政府は、ヒルトン枠の食肉パッカーへの具体的な配分数量を農牧水産食糧庁(SAGPyA)決議により毎年定めているが、具体的な算定方法などの詳細事項が不明であり、食肉パッカーにとってヒルトン枠は利幅が大きい(牛肉の全輸出量に占める割合は約1割であるが、牛肉の全輸出額に占める割合は約3割)ため、これまで配分数量に不満を持った食肉パッカーが訴訟を起こすことなどが見られてきた。

 このため、アルゼンチン政府は、ヒルトン枠の配分の透明化に向けて、
@食肉パッカーに対するヒルトン枠の具体的な配分方法を定めたSAGPyA決議第904/2004号(2004年9月28日付け)を交付したこと(海外駐在員情報通巻第648号(2004年11月)参照)

Aヒルトン枠の管理を、SAGPyAから、国立農牧取引管理事業団(ONCCA)に委譲(2005年5月26日)したこと(海外駐在員情報通巻第675号(2005年6月)参照)

B裁判判決などを根拠にした配分数量(以下「司法枠」)を獲得している食肉パッカーに対し、放棄するよう働きかけたこと
などの取り組みを行った。


司法枠の削減は順調

 一連のアルゼンチン政府の取り組みの成果は、司法枠の減少として表れており、2003年には全体の51%を司法枠が占めていたが、2005年には2.8%にまで減少している。このことについて、2005年7月4日にSAGPyAのカンポス長官は「政府が司法枠問題を終えんさせるため、多大な努力を実施してきた成果である。司法枠は、ヒルトン枠の配分対象となる必要条件を満たさずに食肉パッカーが利益を得るためのものであるが、我々は司法枠を劇的に削減することに成功した」と述べている。

 なお、2006/07年度のヒルトン枠の配分数量は2006年6月15日に発表されたが、不満とする食肉パッカーが訴訟を起したことは伝えられていないことから、司法枠の削減に向けたアルゼンチン政府の取り組みは順調とみられる。