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再生可能資源としてのでん粉

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最終更新日:2010年7月1日

再生可能資源としてのでん粉

2010年7月

三重大学大学院 生物資源学研究科 教授 久松 眞

1.はじめに

 植物は、水と炭酸ガスと太陽エネルギーから糖を合成できる「超能力」を有しています。この光合成によって、砂糖やでん粉だけでなく食物繊維(リグノセルロース)が大量に生産されます。人は野性植物の中からこの能力が優れた品種を見いだし改良に改良を重ね栽培品種を育種してきました(1)。
 
 農業で利用される植物の多くは一年草です。木は一度育つと数十年から数百年場所を変えることはできません。一方、一年生作物は、栽培場所を毎年変えられ収穫高を年度ごとに予測できます。中でも、とうもろこし、小麦、米、芋類のでん粉は理想的な再生可能資源で、合成、貯蔵、分解を行いやすいようにできています(2)。
 
 これまで、でん粉は食料、飼料、製紙や紡績などの比較的限られた分野で利用されてきました。これからは、さらに環境にも体にも優しい新たな化学の世界、グリーンケミストリー(3)が進展していきますので、石油に替わり化学工業の分野にもでん粉の利用が広がっていくと考えられます。
 

2.再生可能資源とバイオ燃料

 地球上では数十億年かけて、太陽エネルギー、大気や水の循環、土壌や生物の営みなどが有機的に結びつき、バランスのとれた物質循環のシステムを作り上げてきました。自然の営みのスケールが大きいために、人は地球の天然資源などが無限であるとつい錯覚し、科学技術の発展を優先させ、経済活動の規模を指数的に拡大してきました。
 
 しかし、20世紀の後半に入るとその規模が地球の営みに影響を与えるほどになってきました。このままいくと、環境問題、食料問題、人口問題など人類に大きな影響を与えかねません(4)。すでに温暖化によりいろいろな農産物に影響が出ています(5)。このような問題を解決していくには、自然の営みにできるだけ沿った経済活動に切り替えていかなければなりません。できる限り非循環性の化石資源の利用を減らし、再生可能資源の利活用を増やして、資源の無駄遣いを抑える社会へ早く移行していくことしか選択の道はないと思います。
 
 そのような対策の一つに、現在、化石エネルギーを中心としているエネルギー資源の変更があります。新しいエネルギーとしては、太陽光や風力発電のような自然エネルギーもありますが、メタン、水素、メタノール、エタノール、植物性油など多くのバイオ燃料が期待されています。エネルギーは生活を支える基盤ですから、安全でしかも安価でなければなりません。いろいろなバイオ燃料がある中で、われわれは食品産業の廃棄物や農林業の廃棄物からバイオエタノールを生産する研究を行ってきました。
 

3.バイオエタノール生産の課題と期待

 温暖化対策としてバイオ資源が豊富なブラジルやアメリカは、カーボンニュートラル(何かを生産したり、一連の人為的活動を行ったりした際に、排出される二酸化炭素と吸収される二酸化炭素が同じ量であること)であるバイオエタノールの生産を推奨してきました。アメリカはとうもろこしから、ブラジルはさとうきびから合わせて年間約5000万キロリットルのバイオエタノールを生産し、これは世界全体の9割以上を占めています。
 
 ブラジルでは、1970年代の第一次オイルショックを機にバイオエタノールの生産が始まりました。気候の影響を受けやすい砂糖価格の安定化と海外から購入する化石燃料費用の削減を狙った国策でした。
 
 アメリカにおいても余剰農産物対策として1970年代後半からバイオエタノールの生産は始まりましたが、原油の高騰や2005年の再生可能燃料使用基準(RFS:Renewable Fuel Standard)の導入でいっきにバイオエタノール生産が盛んとなりました。その結果、食料の流通バランスが崩れ、とうもろこし以外の大豆や小麦などの価格も急騰し、食料問題を引き起しました。
 
 このようなとうもろこしなどの食料を原料とするバイオエタノール生産はこれ以上増えないと思われます。一方、食料と競合しないバイオマスを原料にするバイオエタノール生産の研究はこれからも盛んになっていくと考えています。当面はさとうきびの搾りかすや稲ワラなどの一年生作物の農産廃棄物から、将来は木質系のバイオマスから自家用車向けのバイオエタノールのみならず、電気モーターでは対応できないトラック・航空用の燃料(バイオディーゼル)が生産されると思われます。
 

4.日本に合ったバイオエタノール生産とは

 現在、日本でバイオ燃料を作るコストは非常に高くなってしまいますが、販売価格は高くはできません。生産規模を拡大して価格を下げるためには、ブラジルやアメリカのような広大な農地が必要となります。国土の狭い日本でバイオエタノール生産の研究を進めるためには発想の転換が必要です。
 
 地域のバイオマスで作ったバイオ燃料をその地域で利用するミニ版のバイオ燃料戦略も一案です。また、まずは日本に適したバイオエタノール生産の研究開発から出発し、いずれは世界のどこでも実行できる技術へ発展させていくビジョンを立てれば、世界と地域の両面で効果が期待できる「グローカル(グローバル+ローカル)」な技術開発につながります。さらに、バイオ燃料の生産技術やそのような作業ができる人材育成をバイオマスが豊かな国々に協力や援助をすれば国際貢献にもなります。
 

5.食品廃棄物のでん粉の利用

 廃棄物の再資源化は必要ですが、そもそも利用しにくいから廃棄されるので、これらの再利用は決して容易なことではありません。ここでは食品産業のでん粉系廃棄物を考えてみます。調理する前の生でん粉は、大量のグルコースが規則性の高い結合様式で結晶構造をとった高分子で、でん粉貯蔵組織にぎっしり詰まっており、比重が約1.6と非常に重い粉となっているため、水に沈みます。
 
 このままでは消化できませんので、加水し加熱して水を取込ませて硬い構造を柔らかくします。しかし、冷えると広がったでん粉分子が会合し、糸が絡まったような状態の老化でん粉となって硬くなってしまいます。このようなでん粉の性質を改善し美味しくするため、パンや菓子などには油脂や砂糖などの調味料が沢山使用されます。
 
 多くのバイオエタノール研究は生でん粉を原料にしているのに対し、我々は廃棄処分となった老化でん粉の利用から研究をはじめました。硬くなった老化でん粉や、脂質と複合体を形成した加工でん粉は酵素で完全に加水分解することは難しいので、酵素だけに頼らないで酸による加水分解も行えるエタノール発酵を目指しました。
 

6.酸塩耐性のエタノール発酵性酵母

 地域のバイオマスからバイオエタノールを生産するには、いろいろな制限をクリアする必要があります。個々の量は少ないので、いろいろな原料を利用できること、地域社会に合ったコンパクトな装置で操作性も優れていることが重要です。いろいろな原料を糖化するためには酵素より酸の方が有利ですが、発酵に移る前に酸を除く必要があります。この処理を簡素化するため、酸を除かなくても発酵できる酸塩耐性の酵母の利用に挑戦しました。
 
 まず酵母の探索を草津・万座温泉の河川で開始しました。図1の写真に示すように草津温泉はほぼpH2の強酸性温泉です。この川から酸塩耐性のエタノール発酵性酵母Issatchenkia orientalis MF121株を分離しました(6)。この酵母はpH2.0でしかも塩濃度が5%の厳しい培養条件下でも生育し、エタノールを生産できます(表1)。
 
 
 
 
 
 ミキサーでご飯や食パンを砕き、酵素で液化してから硫酸を加え、完全加水分解(0.8規定硫酸105℃で2時間)し、約20%程度のグルコース液にしました。次に、活性炭を少量加えて遠心し、沈殿物を除いて栄養源(ポリペプトンや酵母エキス)を適量加え、苛性ソーダでpHを2.5に調製し、MF121株で培養しました(図2)。
 
 ご飯も食パンも発酵しましたが、食パンはご飯より発酵が遅れることが分かりました。表2に示しましたように、ご飯ではでん粉に対する脂質含量は1%程度と低いのですが、食パンは約10%も含みます。
 
 また、クロワッサンやバームクーヘンを懸濁して水に分散し遠心すると、図3の写真(右)のように油が浮きます。このように大量の油脂が発酵液に存在すると酵母は生育しません。そこで、エタノール濃縮途中の70%前後のエタノール溶液で脱脂し、糖化するとエタノール発酵ができることが分かりました。
 
 
 
 
 
 

7.国内バイオエタノールの生産規模

 仮に現在国内で使用されているガソリンにエタノールを3%添加(E3)することとなった場合では180万キロリットル、10%添加(E10)では600万キロリットルのエタノールが必要となります。国としてはこの程度のエタノールを近い将来国内でまかなう計画のようですが、日本で生産している飲料用と工業用をあわせても60万キロリットル程度(100%エタノール換算)であることから、国内に存在する利用可能なバイオマス量が気になります。
 
 日本では、穀物、イモ類、豆類などのでん粉質食料を輸入も含めると約2000万トン消費しています。仮にその約1割が廃棄されたとすると、その廃棄でん粉から約100万キロリットルのエタノールが期待できます。また、森林の間伐材からは試算で約125万キロリットルのエタノールが期待できます。バイオマス・ニッポン総合戦略(7)では、600万キロリットルを表3(右)のような割合で調達する試算を行っています。われわれはもっと大まかですが左の表のように試算してみました。
 
 
 
 

8.おわりに

 高品質の農産物は市場で販売し、規格外等で廃棄される農産物からバイオエタノールを生産することと、食品産業や製紙・紡績産業などの産業廃棄物からバイオエタノールを生産することをセットにして初めて、日本のバイオエタノール生産スタイルを世界に発信できると思います。
 
 これは、でん粉もリグノセルロースも同様に糖化してエタノール発酵することを意味しますから決して容易なことではありません。しかも、原料とするバイオマスの選択でバイオエタノール生産の研究デザインは違ってきます。この分野の研究成果はスピードが求められますが、一方で急がば回れの気もします。
 
 多様なバイオマスの糖化技術、いろいろな糖を含む糖化液の発酵技術、地域に適合したエタノール濃縮技術、地域特性をうまく利用してこれらの装置群をオーダーメード的にエコ運転する研究を進めていく研究環境が、日本には必要と思われます。

参考文献

(1)貝沼圭二、中久喜輝夫、大坪研一 編「トウモロコシの科学」朝倉書店(2009)
 
(2)竹田靖史、日本調理科学会誌 40,357-364(2007)
 
(3)日本化学会・化学技術戦略推進機構 訳編「グリーンケミストリー」丸善(1999)
 
(4)環境省編、平成19年版環境・循環型社会白書(2007)
 
(5)杉浦俊彦、「温暖化が進むと「農業」「食料」はどうなるのか?」技術評論者(2009)
 
(6)M. Hisamatsu, T. Furubayashi, S. Karita, T. Mishima and N. Isono. Isolation and identification of a novel yeast fermenting ethanol under acidic conditions. J. Appl. Glycosci. , 53:111-113. (2006)
 
(7)農林水産省、バイオマス・ニッポン総合戦略(2006)
 
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