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でん粉からの新たなものづくり、1,5-アンヒドロ-D-フルクトースの生産と利用

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最終更新日:2012年9月10日

でん粉からの新たなものづくり、1,5-アンヒドロ-D-フルクトースの生産と利用

2012年9月

日本澱粉工業株式会社 開発研究部 新素材開発グループマネージャー 吉永 一浩
 


【要約】

 かんしょでん粉やコーンスターチなどのでん粉を原料とする新たなものづくりを目指し、海藻オゴノリを用いた1,5-アンヒドロ-D-フルクトース(1,5-AF)の工業生産技術を開発した。また1,5-AFに抗酸化性、抗菌性、高いメイラード反応性及び健康機能など他の糖類にない機能を見出した。現在、実際に抗酸化性を活かし中華麺やアボガドペーストに利用して頂いている。

1.はじめに

 鹿児島県に本社工場を置く当社は、1936年(昭和11年)にかんしょでん粉の製造・販売で創業した。現在では創業から70年以上となるが、この間に、当社ではかんしょでん粉だけでなく、コーンスターチやそれらを原料とした水飴、ブドウ糖などでん粉糖の製造も手掛けてきており、でん粉を基幹とした製品を開発してきた。水飴やブドウ糖はでん粉を酸あるいは酵素で加水分解して製造するが、でん粉産業の発展の長い歴史の中で同業他社からも同様にでん粉を加水分解することによる様々な素材が既に開発されていることから、でん粉利用をさらに拡大していくには、別な切り口での取組が必要と考えていた。このような背景の中、加水分解とは異なったでん粉分解酵素α-1,4-グルカンリアーゼ(GLase)が報告された1、2)。この酵素はでん粉を脱離分解し1,5-アンヒドロ-D-フルクトース(1,5-AF)を生成する。また、1,5-AFは生体内で別の物質に変換されることが複数の生物で報告されている。これらのことからでん粉からの1,5-AF生産と、さらに1,5-AFを原料とした新たな物質生産の可能性が考えられた。そこで、著者らはでん粉からのものづくりの新たな第一歩と考え、鹿児島大学農学部と共同し、でん粉の脱離分解で生成する1,5-AFの工業生産とその利用を目指して研究を進めてきた。

2.でん粉を脱離分解する酵素

 GLaseはある種の食用キノコ1)、食用海藻のオゴノリ2)、哺乳類の肝臓3)に存在することが報告されている。著者らはいくつかのオゴノリや他の海藻類、食用キノコのGLase活性を測定したところ、オゴノリだけが際立ったGLase活性を示した。オゴノリは日本の沿岸にも多く生育する海藻であることから、1,5-AF生産の原料として適していることが解った。

3.1,5-AFの機能研究

 食品の調理の際に起こる糖の着色反応は、食品の味、香りなど嗜好性の向上に寄与しており、糖の重要な食品機能の一つである。また、ブドウ糖やキシロースは食品に積極的に着色を起こさせる目的で利用されている。 1,5-AFのグリシンとの50℃での着色性をキシロースやブドウ糖と比較した。その結果、1,5-AFはキシロースより着色性が高いことが明らかとなった(図-1)4)。この反応での1,5-AFによる着色は低い温度ほどキシロースの着色性の差が大きく、100℃などの高温ではその差は小さくなった。この結果から1,5-AFは食品加工において積極的にこの反応を利用する用途、特に低い温度での着色に効果的に働くものと期待できる。
 
 
 ソモジイネルソン法はアルカリ条件下での銅イオンに対する還元力を利用して還元糖を定量する方法である。この測定法において1,5-AFはブドウ糖やフルクトースと比較してより低い反応温度で銅イオンを還元することが認められた5)。図2は40℃での各糖濃度での還元力を示しているが、1,5-AFは銅イオンの還元により540nmの測定値が高くなっているが、この濃度域ではブドウ糖やフルクトースは還元されず発色は殆ど認められない。このようにアルカリ条件下で1,5-AFは他の還元糖と比較して高い還元力を示す。
 
 
 1,5-AFの微生物に対する作用を調べるために、いくつかの細菌、カビ及び酵母を1,5-AFを含む培地で培養した。その結果、多くのグラム陽性細菌は1%の1,5-AFにより生育が完全に阻害され、グラム陰性細菌は5%までの1,5-AFで生育が完全に阻害された。一方で真菌類の酵母、糸状菌は5%の1,5-AFでも完全には生育阻害されなかった。

 抗生物質メシチリンが効果を示さないメシチリン耐性黄色ぶどう球菌(MRSA)への感染が、現在、医療現場で大きな問題となっている。そこでMRSAに対する1,5-AFの効果を調べた。その結果、手のひらを殺菌消毒する際に1%1,5-AFを含む 75%エタノールと75%エタノールとを比較したところ、1,5-AFを混合した方が、ぶどう球菌に対する殺菌効果が高いことが解った6)

4.1,5-アンヒドロ-D-フルクトースの実用化

 前記のように1,5-AFに多彩な機能が見出されている。1,5-AFの商品化に向けて、商品概要として1,5-AFはでん粉を食用海藻オゴノリの酵素で分解して製造できる1,5-AFを含有する水飴状の製品とし、製品名は1,5-AFを連想する「アンヒドロース」とした。

 製品形態は濃度72%の水飴状製品であり、1,5-AFを主成分として、他にブドウ糖やマルトデキストリンを含み、10kg単位で販売している(図3)。味は砂糖の30%程度のまろやかな甘味と僅かな苦みを有している。
 
 
 1,5-AFの機能としては抗酸化性、抗菌性及び高いメイラード反応性、健康機能が見出された。そこでこの機能の一つである抗酸化活性を生かし、食品のおいしさへの貢献を目指し用途開発を行った。その結果、同製品は中華麺やアボガドペーストに効果的であることがわかり、現在、実際にこれらの用途で使用して頂きユーザーから好評を得ている。中華麺ではこの製品を添加することでより鮮やかな色調となり、アボガドペーストでは酵素による変色が抑制されており、これらの食品のおいしさが格段に向上している。今後はこの用途の販売を広げるとともに、これまでに見出している多彩な機能を生かした展開も実施していく予定である。

5.最後に

 著者らは1,5-AFから誘導される物質も現在、精力的に研究を進めている。これまでに1,5-AFを加熱することでアスコピロンPという1,5-AFよりさらに強力な抗菌性、抗酸化性成分が生成することを見出している7)。また、パン酵母の培地に1,5-AFを添加すると1,5-アンヒドログルシトール(1,5-AG)に変換し培地に蓄積することも見出し特許出願している8)。化学的に水素添加すると1,5-AGとその構造異性体、1,5-アンヒドロマンニトール(1,5-AM)が生成することも報告9)されている。また、1,5-AFに酵素的にブドウ糖鎖を転移させ1,5-AFを構成糖に含む新規なオリゴ糖の調製にも成功している10)。このように1,5-AFを核としてさらにいくつかの新規物質が実験室レベルではあるが調製できるようになっている。これらの機能を今後さらに検討し、1,5-AFを核とした新たなでん粉からのものづくりを発展させ、かんしょでん粉やコーンスターチの用途を拡大していきたいと考えている。

参考文献

1)M. A. Baute et al., Phytochemistry, 27, 3401-3403(1988).
2)S. Yu et al., Biochim. Biophys. Acta, 1156, 313-320(1993).
3)S. Kametani et al., Eur J. Biochem., 242, 832-8(1996).
4)K. Yoshinaga et al., J. Appl. Glycosci., 49, 129-135(2002).
5)K. Yoshinaga et al., J. Appl. Glycosci., 48,139-142(2001).
6)X. Meng et al., Exp. Ther. Med., 2, 625-628(2011).
7)吉永ほか、J. Appl. Glycosci., 52, 287-291 (2005).
8)泉ほか、特開2008-54531(2008).
9)Sren M. et al., Carbohyd. Res., 337, 873-890(2002).
10)K. Yoshinaga et al., Carbohyd. Res., 21, 2221-2225(2003).
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