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糖や甘味が精神的ストレス応答に及ぼす影響

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最終更新日:2014年6月10日

糖や甘味が精神的ストレス応答に及ぼす影響

2014年6月

山口県立大学看護栄養学部 磯本知江、黒木由布子、小林愛吏、藤村美希、松岡晶子
島田和子、吉村耕一

【要約】

 健常成人に糖や甘味を摂取してもらい、暗算作業によるストレス負荷前後の気分状態やストレス指標の変化と暗算の正解率を検討した。血糖値が上昇するか、あるいは甘味を感知した場合に、暗算による精神的ストレスが緩和された。ブドウ糖摂取により甘味を感知しさらに血糖値が上昇すると、活気が維持され、暗算の正確さが増した。

はじめに

 われわれは、甘いものを食べて気分状態が良くなったり、ストレスが緩和されたり、あるいは作業効率が向上したりすることを日常生活で経験することがある。しかし、糖や甘味にそのような作用があることを実験的に証明した研究は、あまり知られていない。そこで本研究において、ブドウ糖や甘味が精神的ストレス応答、気分状態、作業効率に及ぼす影響を主観的、客観的指標から検討し、さらに、その作用が甘味を感知することによるものか血糖上昇によるものかを実験的に解明することとした。

1.方法

(1)被験者
 本研究の趣旨を理解し、実験に同意協力を得られた21〜22歳(平均年齢21.3±0.5歳)の健常な女子看護学生11名を対象とした。疾患による治療や定期投薬を受けている者は除外した。本研究は山口県立大学生命倫理委員会の承認の下に実施された。

(2)実験手順
 まず5分間の安静後に、POMS質問紙による気分状態調査、心拍変動、唾液アミラーゼ活性、血糖値を測定した。次に各実験飲料200ミリリットルを摂取してもらい、主観的甘味度のアンケートを実施後、30分間の安静を保持してから実験飲料摂取後の血糖値を測定した。その後各実験飲料100ミリリットルの追加摂取に引き続き、15分間の暗算ストレス負荷を課した。ストレス負荷終了後に、心拍変動と唾液アミラーゼ活性を測定し、POMS質問紙による気分状態調査を再度行った。

(3)実験飲料と実験群
 実験飲料は表の4群を用いて作成した。甘味などは全て36グラムを市販の無糖紅茶(キリンビバレッジ株式会社製 午後の紅茶おいしい無糖)300ミリリットルに溶解して、実験飲料を作成した。被験者には順不同に4群全ての実験に参加してもらった。
 
(4)主観的甘味度の評価
 各実験飲料摂取後に、主観的甘味度のアンケートを0〜3の4段階スケールで実施した。0を「甘くない」、1を「やや甘い」、2を「甘い」、3を「とても甘い」とした。

(5)暗算ストレス負荷
 日本・精神技術研究所(日精研)製の内田クレペリン検査紙を用いて、暗算による精神的ストレス負荷を実施した。より具体的には、被験者は一桁の足し算を連続して15分間行った。また、回収した検査紙から不正解率を集計し、作業の正確性の指標とした。特に集中力が低下しやすい最後の2分間の不正解率に着目した。

(6)血糖値測定
 株式会社三和化学研究所製採血用穿刺器具ジェントレットおよびテルモ株式会社製メディセーフフィットを用いて、被験者の自己採血で血糖値測定を行った。

(7)気分状態の評価
 気分状態の評価には、横山ら1)の日本語版POMS短縮版(Profile of Mood States−Brief Japanese Version 金子書房)を使用し、6つの因子「緊張・不安」「抑うつ・落ち込み」「怒り・敵意」「活気」「疲労」「混乱」の状態を点数として算出した2)

(8)心拍変動測定
 株式会社トライテック製携帯型心電計(Check My Heart V3.0)を用いて心拍変動を測定し、自律神経活動を評価した。HF値(高周波成分)とLF値(低周波成分)はそれぞれ副交感神経活動と交感神経活動を反映し、LF/HF比が高いことは交感神経優位にバランスが傾き、ストレス・緊張感が高いことを反映するとされる3,4)

(9)唾液アミラーゼ活性測定
 ニプロ株式会社製酵素分析装置唾液アミラーゼモニター(形式CM−2.1)を用いて被験者の唾液アミラーゼ活性を測定し、ストレスの指標とした5, 6)

(10)統計処理
 測定値はすべて平均値±標準誤差で示した。統計解析には、解析ソフトウエアGraphpad Prism Version5.0(GraphPad Software Inc.製)を使用した。多群間の有意差検定は、反復測定分散分析(repeated measures ANOVA)の後に、多重比較検定(Post hoc test)としてNewman−Keuls法を用いて行った。

2.結果と考察

(1)血糖値と主観的甘味度
 実験飲料摂取前後の血糖値を対照群、エリスリトール群、デキストリン群、ブドウ糖群で比較した。実験飲料摂取前の血糖値(mg/dl)は、対照群88±3、エリスリトール群84±3、デキストリン群91±4、ブドウ糖群91±4であり、4群間においてほぼ同等であった。実験飲料摂取後の血糖値の平均は、対照群89±3、エリスリトール群84±4、デキストリン群146±5、ブドウ糖群140±7であった。ブドウ糖群とデキストリン群において、摂取後の有意な血糖値の上昇が同等に認められた(p<0.01)(図1)。

 実験飲料摂取後の主観的甘味度の平均値(点)は、対照群0.0±0.0、エリスリトール群3.0±0.0、デキストリン群0.0±0.0、ブドウ糖群2.8±0.2であった。ブドウ糖群とエリスリトール群では、被験者が同程度の甘味を感じていたことが確認された。
 
(2)糖や甘味の気分状態への影響
 ストレス負荷前後にPOMSを用いて気分調査を行った。5つの因子「緊張・不安」「抑うつ・落ち込み」「怒り・敵意」「疲労」「混乱」についてはストレス負荷前後で一定の変化が見いだせなかった。一方、活気についてストレス前後の差(点)を比較すると、対照群−0.4±0.3、エリスリトール群−1.4±0.6、デキストリン群−1.4±0.9、ブドウ糖群1.3±0.5であった。対照群、エリスリトール群、デキストリン群の3群では、ストレス負荷後に活気が低下したのに対し、ブドウ糖群では低下しなかった(図2)。すなわち、ブドウ糖摂取によって甘味を感知し、血糖値が上昇した場合にのみ、ストレス負荷に伴う活気低下が抑制される可能性が考えられる。
 
(3)糖や甘味の心拍変動への影響
 交感神経活動の亢進を反映し、ストレスや緊張の増加を示す指標としてLF/HF比を測定したところ、対照群の実験においてLF/HF比がストレス負荷後に増加した被験者は4名であった。この4名についてLF/HF比のストレス負荷前後比を4群間で検討すると、対照群3.9±2.1、エリスリトール群0.8±0.3、デキストリン群1.9±0.7、ブドウ糖群1.6±0.7であった。この対照群では、ストレス負荷後にLF/HF比が約4倍に増加し、ストレスと緊張度が大幅に増加したことが確認された。一方、他の3群では、ストレス負荷後のLF/HF比の変化がさほど顕著ではなかった(図3)。従って、これら3群では、被験者が甘味を感じるか、または血糖値が上昇するかによって暗算計算の精神的ストレスが緩和される可能性が示唆された。
 
(4)糖や甘味の唾液アミラーゼ活性への影響
 ストレス指標である唾液アミラーゼ活性を測定したところ、対照群の実験において唾液アミラーゼ活性がストレス負荷後に上昇した被験者は4名であった。この4名について唾液アミラーゼ活性のストレス負荷前後比を4群間で比較すると、対照群2.1±0.4、エリスリトール群1.3±0.3、デキストリン群1.2±0.2、ブドウ糖群1.2±0.2であった。この対照群では、ストレス負荷後に唾液アミラーゼ活性が約2倍に増加しており、ストレスの増加が確認された。一方、他の3群では、ストレス負荷後の唾液アミラーゼ活性の変化が有意に乏しかった(p<0.05)(図4)。すなわち、心拍変動を指標にした結果と同様に、被験者が甘味を感じるか、あるいは血糖値が上昇すると精神的ストレスが緩和されることが実証された。
 
(5)糖や甘味の作業の正確性への影響
 ストレス負荷として課した暗算計算の正解率・不正解率を解析し、暗算作業の正確性の指標として検討した。15分間全体の不正解率(%)では、対照群0.45±0.19、エリスリトール群0.34±0.06、デキストリン群0.59±0.17、ブドウ糖群0.59±0.19であり、4群間の差は認められなかった。しかし、比較的集中力が低下しやすい最後の2分間(14分間目から15分間目まで)の不正解率(%)に着目したところ、対照群0.70±0.33、エリスリトール群0.67±0.35、デキストリン群0.71±0.24、ブドウ糖群0.06±0.06であった(図5)。最後の2分間において、ブドウ糖群の不正解率が他の3群より低値であったことから、ブドウ糖摂取によって甘味を感知し血糖値が上昇した場合には、作業の正確性や集中力が保持される可能性が示唆された。以前に松尾らは、ノンカロリー人工甘味料と比較して、ブドウ糖摂取後の方が暗算計算作業における不正解率が低かったと報告している7)。この報告もわれわれの結果と同様、暗算作業の正確性の維持には甘味を感じるだけでは不十分で、血糖上昇作用を併せ持つブドウ糖の摂取が有効であることを示していると考えられる。
 
(6)糖や甘味の作用のしくみ
 糖や甘味の摂取によって気分状態の改善やストレスの軽減がもたらされる可能性がこれまでに示唆されているが8, 9)、実験的に証明した研究は少ない。木村らによると、ラットに拘束ストレスを課すと脳内の興奮伝達物質であるノルアドレナリンとドーパミンの量が増加したが、砂糖を与えたラットでは増加が抑えられた10)。この結果は、ラットのストレス緩和に対する砂糖の作用を示すものである。しかし、本研究のように糖や甘味のストレス緩和作用をヒトで実証した報告は、これまであまり知られていなかった。

 ブドウ糖は、思考や記憶、感情などの精神機能をつかさどる脳の重要なエネルギー源である8)。従って、脳のブドウ糖が不足すると思考力や記憶力が低下することや、疲労やストレスによって低下した集中力や判断力が脳のブドウ糖補給により回復することは容易に想像される。実際、ブドウ糖摂取により血糖が維持された方が、低血糖状態に比べ、記憶力や理解力が高まることがヒトの研究から示されている11)。本研究においては、ブドウ糖摂取により暗算作業の正確性が維持された。また、ブドウ糖摂取による血糖上昇はトリプトファンの脳内取り込みを促進し、トリプトファンから脳内で合成される神経伝達物質セロトニンのレベル維持に関わっている8)。セロトニンは情動や記憶など多岐にわたる脳機能に関わっているため、本研究でみられたブドウ糖摂取によるストレス緩和作用や活気維持効果に、脳内セロトニンレベルが関わっていることが推察される。

 興味深いことに、血糖値を上昇させない甘味エリスリトールでもストレス緩和作用を示すことが本研究で明らかとなった。甘味を舌が感じその情報が脳に伝わると、エンドルフィンという神経伝達物質が分泌されることが知られている11)。エンドルフィンは多幸感をもたらし、不安や苦痛を軽減すると考えられている。また、このエンドルフィンの脳内分泌は、糖の摂取に反応するのではなく、甘味をおいしく感じることによって増加することがラットの実験から報告されている12)。本研究で示された糖や甘味摂取によるストレス緩和作用に、エンドルフィンの増加が関与している可能性も考えられる。

まとめ

 現代人はさまざまな精神的ストレスにさらされる機会が多いため、手軽なストレス対処法を持っておくことは肝要と考えられる。本研究において、甘味感知または血糖上昇のどちらか一方があれば、精神作業に対するストレス応答が軽減されることが実証された。また、ブドウ糖摂取により甘味感知と血糖上昇の両方が備わった場合には、ストレスによる活気低下が抑えられ、作業の正確性が維持された。このように、糖や甘味の摂取が精神的ストレス応答に対処する一つの有効な方法であることが明らかとなった。本研究の新たな知見が、人々の精神的ストレス緩和に役立つことを期待したい。

 なお、本研究の立案、実験実施、データ解析並びに論文執筆について、磯本、黒木、小林、藤村、松岡は同等に貢献した。
参考文献
1) 横山和仁(1990)「POMS(感情プロフィ−ル検査)日本語版の作成と信頼性および妥当性の検討」『日本公衆衛生雑誌』(第37巻)P913−918.日本公衆衛生学会
2) 大林由佳他(2012)「唾液アミラーゼによるストレス後の気分変動の予測」『ストレス科学研究』(vol27)P49−54.公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター
3) Pomeranz B他(1985)「Assessment of autonomic function in humans by heart rate spectral analysis」『Am J Physiol』(248巻)P151−153.
4) 大久典子他(2002)「計算負荷とゲーム負荷による心拍変動解析」『自律神経』(39巻2号)P204−209.日本自律神経学会
5) 山口昌樹(2007)「【ストレスと生活】唾液マーカーでストレスを測る」『日本薬理学雑誌』(129巻)P80−84.公益社団法人日本薬理学会
6) 堀田奈生他(2011)「ローズマリーとペパーミントの一時的吸入がストレスと作業能率に及ぼす影響」『Aroma Research』 (vol12)P268−273.フレグランスジャーナル社
7) 松尾祐子他(2012)「精神作業に対するグルコース摂取の効果−人工甘味料との比較−」『神奈川県立保健福祉大学誌』(9(1))P15−25.神奈川県立保健福祉大学
8) 上西一弘他(2004)「砂糖の適時・適正摂取は身体の働きにどのように影響するか」『砂糖類情報』(2004年10月号)独立行政法人農畜産業振興機構.
9) 内藤まゆみ他(2005)「こころの栄養としての砂糖−砂糖摂取によるストレス低減の検討−」『砂糖類情報』(2005年11月号)独立行政法人農畜産業振興機構
10) 木村修一他(1999)「ストレス緩和に対する砂糖の影響」『平成11年度農畜産業振興事業団助成事業「医学的・栄養学的な見地からの砂糖に関する調査研究」報告書』
11) 高田明和(2014)「砂糖は脳を活性化する」『砂糖類・でん粉情報』(2014年1月号)P36−40.独立行政法人農畜産業振興機構
12) 山本 隆(2007)「おいしさから過食へ 脳内報酬系の働き」『化学と生物」(vol45 No01)P21−26.公益社団法人日本農芸化学会
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