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ばれいしょでん粉の糖化工程の副産物から開発された、独自素材「リン酸化オリゴ糖カルシウム」

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最終更新日:2015年8月10日

ばれいしょでん粉の糖化工程の副産物から開発された、独自素材「リン酸化オリゴ糖カルシウム」

2015年8月

江崎グリコ株式会社 健康科学研究所

 

はじめに

 砂糖(ショ糖) は人々の食生活を豊かにしてきた代表的な糖質である。一方で、う蝕(しょく)(むし歯)を生みだす一因でもある。ところがここ20年、歯みがき回数の増加、歯磨剤(歯磨き粉)へのフッ素添加率の向上などにより、むし歯の数は改善傾向にある1,2)。しかし、医療技術が進歩した現代に至っても尚、むし歯は撲滅には至ってはいない。むし歯を含む口腔疾患は、歳を重ねるに従い歯の喪失をもたらし、結果として食べられないことによる低栄養などから、全身の健康に多大な影響を与えることが指摘されている。むし歯を防ぐ手段のひとつとして、飲食時の酸の生成を減らして歯垢内pHを中性に保つ方法がある。食品中のショ糖を、マルチトールやキシリトールのような糖アルコールである代替甘味料に置き換えたり、糖質摂取を避けることで、むし歯のリスクを減らすことができる。しかし、ブドウ糖は脳の主なエネルギー源であり、砂糖やでん粉などの摂取を避けて、われわれは生きていけない。そこで、われわれは、自発的オーラルケアに貢献すべく、初期う蝕(初期むし歯)を回復させる機能の高い糖質“リン酸化オリゴ糖カルシウム”を開発した。

 本稿では、この“リン酸化オリゴ糖カルシウム”の機能性研究およびリン酸化オリゴ糖カルシウムを活用した機能性食品の開発について紹介する。

1. リン酸化オリゴ糖カルシウム(POs‐Ca®)とは

 リン酸化オリゴ糖カルシウムは、ばれいしょでん粉の糖化工程において副産物として得られるリン酸基を含むオリゴ糖 (リン酸化オリゴ糖)の混合物3)とアルカリ土類金属であるカルシウムの塩である。オリゴ糖部分は3〜5個のグルコース単位からなる直鎖α-1,4-グルカンに1個のリン酸基が結合したものが主成分であり4)、リン酸基を2個含む長鎖 (7−9グルコース単位)の画分を若干含む5)図1にリン酸化オリゴ糖カルシウムの主成分(リン酸化マルトテトラオースカルシウム)の構造を示す。特に、リン酸化オリゴ糖カルシウムは、通常食品で用いられるカルシウム素材に比べて高い水溶性を持ち、味質への悪影響が少ないカルシウム素材として、カルシウム強化、とりわけ口腔内での初期むし歯の再石灰化促進目的でのカルシウム強化のための素材として好適に用いることができる6)
 

2. リン酸化オリゴ糖カルシウムの製造法

 でん粉は、グルコースがα-1,4グルコシド結合によって直鎖状に結合したアミロースと、α-1,6グルコシド結合によって複雑に分岐した構造を持つアミロペクチンからなる。種々のでん粉のうち植物の地下茎に蓄えられるものには、アミロペクチンにリン酸基が比較的多く含まれる7,8)。特に、ばれいしょでん粉中のリン酸含量は他のでん粉と比較して高く、60〜70%のリン酸基はグルコース残基のC-6位に結合しており、残りはほとんどC-3位に結合していることが示されている9,10)。また、ばれいしょでん粉のアミロペクチンに約200〜1000ppmのエステル結合型リン酸が含まれていることが知られている3)

 ばれいしょでん粉から酵素分解によりブドウ糖や異性化糖を製造する工程において、リン酸基が結合したグルコース残基の周辺のグルコシド結合は酵素による水解作用を受けにくい。液化型α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、およびプルラナーゼで消化した場合に、リン酸基が結合したグルコース残基を中心とする平均重合度4のオリゴ糖画分(=リン酸化オリゴ糖)が得られる4,11)。このオリゴ糖画分を陰イオン交換樹脂に吸着し、カルシウム塩として調製したものがリン酸化オリゴ糖カルシウム(POs- Ca:Phosphoryl Oligosaccharides of Calcium)である(図2)。
 

3. リン酸化オリゴ糖カルシウムの特徴

 リン酸化オリゴ糖カルシウムは、食品素材として認められたカルシウム素材であり、単糖類や二糖類を含まないため、ノンシュガー・シュガーレス両方の製品に使用することができる素材である。その主な特徴は以下の3つである。

(1)高い水溶性
 リン酸化オリゴ糖カルシウムは、唾液のような中性環境下で高い水溶性を持つカルシウム素材である。リン酸化オリゴ糖はそのリン酸基の負電荷でカルシウムイオンと相互作用して、水溶液中でカルシウムイオンを水に溶けた状態で安定に保つことができる。その水溶性の高さは、飲料やサプリメントに用いられる一般的なカルシウム素材と比較しても歴然である(図3)。また、リン酸化オリゴ糖カルシウムのカルシウムは、う蝕予防に欠かせないフッ化物イオンや、再石灰化に欠かせないリン酸イオンとの塩の形成が抑制され、リン酸イオンやフッ化物イオンとの共存が可能である。
 
(2)pH緩衝作用
 リン酸化オリゴ糖カルシウムのリン酸基は、pH 6付近で優れた緩衝作用を発揮するため、食後などにエナメル質の脱灰が起こる臨界pH(pH5.5)以下になった口腔内を速やかに臨界pH以上に引き上げ、脱灰を抑制する効果が期待できる。

(3)非う蝕原性12)
 リン酸化オリゴ糖カルシウムはオリゴ糖の一種からなっているが、リン酸基修飾のためにミュータンスレンサ球菌に資化(歯垢内細菌がショ糖などの糖から酸を生成すること)されず、口腔内でも酸の発生は見られない。

 以上の特徴から、リン酸化オリゴ糖カルシウムは、オーラルケア素材としてポテンシャルが高い素材といえる。

4. リン酸化オリゴ糖カルシウムのオーラルケアへの応用

(1)初期むし歯 (初期う蝕)の再石灰化作用
 むし歯になる前段階である初期むし歯 (初期う蝕)は、う窩(か)(いわゆる歯に穴の開いた状態)を形成する前の段階を指し、エナメル質表面は残っているが表層下でミネラルが失われ始めた状態である(図4)。
 
 この段階では初期う蝕により失ったカルシウムとリン酸を、唾液を通じて歯エナメル質に供給(再石灰化)することで健全状態に戻すことが可能である。ところが多くのカルシウムは、唾液のような中性環境下ではリン酸と反応してリン酸-カルシウムの沈殿形成が起こり不溶化してしまう。そのため、通常のカルシウムでは唾液に不足しているカルシウムイオン濃度を高めることが難しい。リン酸化オリゴ糖カルシウムは、高い水溶性によって唾液中のカルシウムイオン濃度を高め、Ca/Pモル濃度比率を整え、再石灰化能を強化することで積極的にう蝕を防ぐことができる。実際カルシウム源がリン酸化オリゴ糖カルシウムの場合と塩化カルシウムの場合とで初期う蝕に与える効果を比較すると、その再石灰化率に有意な差が見られた(図5)。
 
(2)オーラルケアガムへの応用
 リン酸化オリゴ糖カルシウムを配合したガムを作製した。このガムを2粒咀嚼すると、ガムからリン酸化オリゴ糖カルシウムのカルシウムが唾液に溶け出し、唾液中のリン酸イオン(3〜4mM) に対してカルシウムイオンを6mM付近まで高めることができるように設計した。このとき唾液中のCa/Pモル濃度比率は歯エナメル質と同じ1.67に調整されることとなり、再石灰化の効率が最適となることを確認している6)。実際ヒト口腔内試験で、被験者に初期う蝕歯を装着した状態で、リン酸化オリゴ糖カルシウム配合ガムを1回2粒、1日3回、2週間摂取すると、初期むし歯がシュガーレスガムに比べて有意に再石灰化を促進した。さらに世界最大規模の大型放射光施設SPring−8(兵庫県)を用いて歯のミクロな結晶構造の量を測定した。その結果、歯に浸透したリン酸化オリゴ糖カルシウムにより初期むし歯で喪失したハイドロキシアパタイト結晶からなるミクロレベルの歯の結晶構造が回復しており、いわゆる「再結晶化」を確かめることができた(図613,14)。これらの臨床研究を基に、特定保健用食品の表示許可を経て(表1)、「ポスカ(POs‐Ca®)」ガム(図7)が製品化されている。
 
 

おわりに

 さまざまな機能性の糖質が存在する中で、歯質に効果がある糖質は非常に珍しい。われわれが開発したリン酸化オリゴ糖カルシウムは、初期むし歯対策に重要なミネラルであるカルシウムを可溶化するだけでなく、同時に関与する成分であるリン酸やフッ化物イオンと互いの効果を損なうことなく、キャリアー的な機能も果たす。基礎研究の結果から歯のミクロレベルの結晶構造の回復への有効性も確かめられている。さらに、リン酸化オリゴ糖カルシウムの用途は、食品にはとどまらず口腔ケア用品用途まで広がりを見せている。今後、このような独自機能をもつ機能性糖質が、口腔ケアのみならずさまざまな分野で応用されることを望む。

参考文献
1)厚生省 平成11年度歯科疾患実態調査報告書
2)Gibbons R. Eur. J. Oral Sci. 104, 424-425(1996).
3)Kamasaka, H., Uchida, M., Kusaka, K., Yamamoto, K., Yoshikawa, K., Okada, S., and Ichikawa, T. Biosci. Biotech. Biochem. 59, 1412-1416,(1995)
4)Kamasaka, H., To-o, K., Kusaka, K., Kuriki, T., Kometani, T., Hayashi, H., and Okada, S. Biosci. Biotech. Biochem. 61, 238-244,(1997)
5)Kamasaka, H., To-o, K., Kusaka, K., Kuriki, T., Kometani, T., and Okada, S. J. Appl. Glycosci. 44, 285-293,(1997)
6)Tanaka, T., Kobayashi, T., Takii H., Kamasaka, H., Ohta, N., Matsuo, T., Yagi, N., Kuriki, T. Arch. Oral Biol. 58, 174-180,(2013)
7)Schoch, T. J. J. Am. Chem. Soc. 64, 2957-2961,(1942)
8)Gracza, R., “Starch chemistry and technology I”, eds. Whistler, R. L., and Paschall,   E. F., Academic Press, New York, 1965, pp. 105- 131
9)Takeda, C., Takeda, Y., and Hizukuri, S. Carbohydr. Res. 246, 273,(1993)
10)Hizukuri, S. In Carbohydrates in Food(A. C. Eliasson, ed.), p. 375, New York, Marcel Dekker, Inc(1996)
11)Suzuki, A., Shibanuma, K., Takeda, Y., Abe, J. and Hizukuri, S. J. Appl. Glycosci. 41, 425-432,(1994)
12)Kamasaka H., Imai S., Nishimura T., Kuriki T., Nishizawa T. Effect of phosphoryl   oligosaccharides from potato starch on acid fermentation by mutans streptococci. J. Dent. Hlth. 52, 66-71(2002).
13)Kitasako Y., Tanaka M., A Sadr., Hamba H., Ikeda M., Tagami J. Effects of a chewing gum   containing phosphoryl oligosaccharides of calcium (POs-Ca) and fluoride on remineralization and crystallization of enamel subsurface lesions in situ. J. Dent. 39, 711-779(2011)
14)Kitasako Y., A Sadr., Hanba H., Tanaka M., Ikeda M., NikaidoT., Tagami J. Gum containing   calcium fluoride reinforces enamel subsurface lesions in situ. J. Dent. Res. 91, 370-375(2012)
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