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砂糖・でん粉原料の国内生産の重要性

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最終更新日:2017年3月15日

でん粉情報

[2008年12月]

【話題】

東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授 鈴木 宣弘


「食料危機」の教訓

 今回の「食料危機」は、我々に大きな教訓を残した。需給がひっ迫したら、まず自国優先で、輸出規制という食料の囲い込みが起こり、高くて買えないどころか、お金を出しても買えない事態が起こりうるということが確認された。WTO(世界貿易機関)にしたがい、関税削減を進めたために、小規模ながら基礎食料生産を担っていた農家がつぶれてしまっていた開発途上国は、主食や基礎的な食料が手に入らなくなり、悲鳴を上げた。
  輸出規制は、自国民の食料を守る責任から行われる以上、それを完全に規制することは無理だ。しからば、食料を安易な国際分業に頼るルールは見直し、やはり自国での生産を取り戻さねばならないことになる。日本のコメは余っているというが、生産現場の疲弊が進行しているし、砂糖・でん粉を含め、他の作物については、自給率が低いものがほとんどであるから、開発途上国で起きた混乱は他人事ではないと考えるべきであろう。
  なお、食料価格は「もう戻らない」から国産で、というだけの論理は弱い。価格が戻ったら、また輸入すればよいで一件落着になってしまう。価格が上がれば、それをビジネス・チャンスとして増産が生じるし、何かが極端な方向に進み始めれば、それを相殺しようとする反作用が起こる。したがって、国際的な食料需給も、一方的にひっ迫が続くとか、緩和が続くとは考えにくく、需給のひっ迫と緩和は繰り返し、価格は高騰することもあれば下落もするだろう。しかし、下落したからまた輸入すればいいという考え方で、国産食料生産の縮小に歯止めをかけなかったら、次に、不測の事態が起こったときに対応できない。だからこそ、常に準備が必要なのである。その認識が極めて楽観的だったのは日本である。


手厚い支援が各国の食料自給率・輸出力を支えている

 実は、日本以外のほとんどの先進国は、その準備のために、いかに国家戦略的に食料生産を支援してきたか。他の先進国が100%前後の自給率を維持しているのは戦略的な手厚い支援の結果であり、日本は保護削減の世界一の優等生であるから、自給率が下がったと整理したほうがわかりやすい。
  つまり、日本の食料生産が、高関税と過保護な国内支援で守られているというのは、相対的には間違っている。関税が高かったら、我々の体のエネルギーの60%もが輸入に頼るほどに、輸入食品があふれるわけがないし、関税が低くても、国内補助が十分なら、収入が十分得られるから、担い手も育ったであろう。農業所得に占める政府からの補助金(直接支払い)の割合は、米国で5割前後、フランスで8割、スイスでは100%近くなのに対して、我が国では16%程度というデータがある。
  米国も、競争力があるから輸出国になり自給率が100%を超えているのではなく、食料生産への手厚い支援によって、国内需要を上回る食料生産が常に確保され、かつ、その余剰食料を世界の人々の胃袋を握る武器として戦略的に活用できたのである。それは、農家の手取りは別に補てんする一方で、販売価格は低くするという「隠れた」輸出補助金による「攻撃的保護」で達成されてきた。
  米国などの輸出国は、輸出補助金は全廃すると約束したといいながら、隠れた輸出補助金を温存したまま、輸入国のさらなる市場開放を迫るという不公平な要求を続けている。WTOの農業保護削減交渉は、ゼロ関税に向けての単純な国際分業では、食料需給のひっ迫で「輸出規制」等が行われる事態に対応できないという問題とともに、自らの攻撃的保護は温存したまま輸入国には関税撤廃を迫るという理不尽な要求が突きつけられているという問題の二つをかかえており、安易に妥結できる状況にはない。


さらなる貿易自由化圧力

 しかし、今回、先延ばしできたとしても、結局、現行のWTOルールは次第にゼロ関税を実現する流れを止める機能を持っていない。それに加えて、二国ないし数カ国間のFTA(自由貿易協定)も、日豪に続いて、日米、日EUの準備が進められている。今回の「食料危機」や、いくつもの安全性の問題の浮上により、国産食料の重要性への認識が高まっているといわれていながら、さらなる貿易自由化以前の問題として、生産資材コストの高騰にもかかわらず、十分上がらない生産物価格の下で、すでに我が国の食料生産の縮小が進んでいる。それに加えて、ダブルパンチで、貿易自由化の流れが止められないとすれば、世論が追い風だといわれるのは表面だけの話で、それとは裏腹に、我が国の食料生産の縮小は止まらない。
  日豪のFTAの成立だけでも、国産の砂糖の原料農産物が壊滅的な打撃を受け、同時に輪作体系が崩れることによりでん粉の原料農産物も影響を受けて、40%の自給率が30%まで下がり、日米、日EUが続くとなると、WTOベースで自由化したのと変わらなくなり、自給率は12%に向けて下がるとの試算がある。かりに輸出産業がさらに発展できたとしても、地域社会が崩壊し、国土が荒れ果てる中、食料は安く買えることを前提にして突き進むのが、日本の将来のあるべき姿なのかどうかが今問われている。これは、農業関係者が決めることでも、経済界が決めることでもなく、消費者を含む国民全体で決定すべき、我が国の国家のあり方に対する重大な選択である。


砂糖、でん粉の自給率低下への不安

 砂糖については、国産原料(北海道のてん菜、南九州や沖縄のさとうきび)で供給できているのは国内需要の30%程度でしかない。砂糖の国民一人当たり摂取量が7キログラムを下回ると暴動などが発生し、社会不安に陥る可能性があるというデータに基づけば、我が国の現在の国産供給はちょうど7キログラム程度なので、現状の国内生産水準を維持することがナショナル・セキュリティ上ぎりぎりの水準ということになる。
  でん粉については、さらに低く、国産原料(北海道のばれいしょ、南九州のかんしょ)による供給は国内需要の1割強で、今回、国際相場の暴騰が問題になった輸入とうもろこしによるコーンスターチがでん粉供給の8割強を占めている。
  こうした現状は、すでに不測の事態への対処としては、きわめて不安な水準であるが、自給率は、さらに下がる可能性があるのだから、事態は深刻である。砂糖やでん粉という食料の確保の面はもちろん、地域社会が崩壊し、国土が荒れ果てることにより日本が失うものを農業外の人々にもよく認識してもらう必要がある。
  これまでも、食料生産の持つ「多面的機能」に理解を求めてきたが、具体性に乏しかったため、保護の言い訳のようにとられてきたきらいがある。我が国の農業に対する支援がけっして「過保護」なのではないという事実を理解してもらうとともに、「農家が困る」ということではなく、国民全体の失うものを具体的な指標で提示し、支援の根拠を明確にし、生産者と消費者の支え合う信頼関係を強化し、それを国際的な貿易ルールにも反映していく努力を急がなくてはならない。
  そうすれば、生産者も、自らの社会的使命(ミッション)に誇りを持って、生産に取り組める。そして、生産者と消費者の双方をしっかりつなぐために、政府が直接支払い等の必要な支援システムをさらに充実し、生産者と消費者の支え合いをサポートしていくことが求められよう。

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