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インド砂糖産業の改革の行方

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最終更新日:2013年6月10日

インド砂糖産業の改革の行方
〜Rangarajan Report砂糖制度改革〜

2013年6月

調査情報部 審査役 河原 壽

調査情報部 日高 千絵子
 


【要約】

 インドの砂糖生産量は、砂糖価格・流通政策を起因とするサトウキビ作付面積の変動や気象変動などの影響により大きく変動している。サトウキビ作付面積の減少で砂糖輸入国となり、増加では砂糖輸出国に転じるなど、国際砂糖需給に大きな影響を与えており、2010年の国際砂糖価格高騰の大きな要因であったことは記憶に新しい。

 2013年4月、中央政府はこれまでの自由販売砂糖(Non Levy Sugar)の総量規制を撤廃するとともに、徴収砂糖(Levy Sugar)制度については、2年間の試行(2012/13年度〜2013/14年度)により見直すことを決定した。

 当該規制の撤廃は、製糖企業の負担を軽減するものとして評価されており、砂糖産業の成長も期待されている。最大の改革と目される州政府のサトウキビ価格制度などは今後の議論を待たねばならないが、砂糖の世界需給に大きく影響するインドの砂糖改革の動向が注目される。

はじめに

 世界最大の砂糖消費国であり世界第2位の生産国であるインドの砂糖産業は、5000万人の生産農家、50万人の製糖工場労働者が従事する重要な産業となっている。このため、インド砂糖産業は、「Industries(Development and Regulation)Act 1951」に基づく、サトウキビ価格制度(法定最低価格)、徴収砂糖(貧困層への低価格での砂糖供給)および自由販売砂糖の販売・流通制度(流通量の規制)により保護されており、サトウキビ生産者の所得の維持、国内価格の安定が図られている。しかし、種々の保護政策による製糖企業の負担、また、価格政策を起因とした周期的なサトウキビ生産量の大きな変動などが指摘され、その改革の必要性が論じられてきた。

 このような中、インド中央政府は、2012年10月5日、Rangarajan Report(ランガラジャン注レポート)と呼ばれる「Report of the Committee on the Regulation of Sugar Section in India:The Way Forward」を公表し、この中でサトウキビ生産・流通の自由化を提言し、自由化によりサトウキビ作付面積を安定させ、インド砂糖産業が持つポテンシャルの顕在化の必要性を指摘している。

 本稿では、2013年3月に実施した現地調査に基づき、世界の砂糖需給に大きな影響を及ぼしているインド砂糖産業の改革の動向を報告する。

注:ランガラジャン氏は、インド政府経済諮問委員会の委員長。

1 サトウキビの生産状況

 サトウキビの作付面積は、変動を繰り返しながらも増加傾向をたどり、1960年代初めの約240万ヘクタールから1990年代半ばに約400万ヘクタール、2006/07年度は515万ヘクタールに達した。その後、国際砂糖価格の下落や国際穀物価格の高騰などを背景にサトウキビから穀物への作付転換が進んだこと、また、主産地における干ばつなどから2009/10年度は418万ヘクタールに減少したが、その後の国内砂糖価格の高騰や2009/10年度にサトウキビの最低買付価格が引き上げられたことなどから、作付面積は2010/11年度以降増加に転じ、2011/12年度は509万ヘクタールとなった。(図1、表1)

 一方、サトウキビの生産量は、天水灌漑に依存する生産が多いことから変動が大きいものの、1960年代初めの1億1000万トンから2006/07年度には3億6000万トンに増加した。2009/10年度は、作付面積の減少、モンスーン期の雨量が少なかったことから2億9000万トンに減少したが、2011/12年度3億6000万トンと生産水準を回復させている。

 1ヘクタール当たりの収量は、1960年代初めの45トン程度から1997/98年度以降は70トン程度に増加しているが、生産が回復した2010/11年度以降も変化がないことから(図2)、生産量の変動は作付面積の増減によるところが大きい。

 サトウキビの栽培はインド各地で行われているが、主な生産地域は、ウッタル・プラデーシュ(Uttar Pradesh)州、パンジャブ(Punjab)州、ハリヤナ(Haryana)州、ビハール(Bihar)州などの北部亜熱帯地方、マハラシュトラ(Maharashtra)州、グジャラート(Gujarat)州の西部熱帯地方、タミル・ナードゥ(Tamil Nadu)州、カルナータカ(Karnataka)州、ケララ(Kerala)州の南部熱帯地方である(図3、表2)。

 しかし、砂糖生産は、ウッタル・プラデーシュ州、マハラシュトラ州、タミル・ナードゥ州、カルナータカ州に集中しており、これら4州の生産量合計はインド全体の81パーセントを占めている(図4)。

2 砂糖の需給動向

 インドは、基本的に砂糖の自給国である(表3)。インドのサトウキビ栽培は、主に天水灌漑に依存しており、モンスーン期の降雨量に大きく左右される。小規模な干ばつはおよそ5年周期で、大規模な干ばつは10年周期で発生していることから、砂糖の生産も周期的な変動を繰り返している。さらに、この作柄変動に加え、後述する中央政府および地方政府の砂糖価格・流通政策を起因としたシュガーサイクルと呼ばれるサトウキビ作付面積の変動が加わる。この結果、インドでは、サトウキビ作付面積が減少に転じた局面においては砂糖輸入国となり、増加に転じた局面においては砂糖輸出国に転じている(図6)。

 また、1990年代以降、砂糖生産量の変動はより大きなものとなっている。この要因として、シュガーサイクルの影響がより大きくなったことが考えられる。この背景には、1998年9月の工場設立規制の廃止により、砂糖生産の主力が協同組合(Co-op Sector)の工場から民間の工場に移行したことが挙げられる。

3 インドの製糖工場
−製糖工場の所有形態と砂糖生産−

 インドでは、製糖工場の所有形態を協同組合(Co-op Sector)、民間(Private Sector)、公営(Public Sector)の3つに分けることができる。

 協同組合の製糖工場は、生産者が製糖工場の株式を購入して工場の所有者の一員となり、工場は組合員であるサトウキビ栽培農家に対して各年度の利益に基づきサトウキビ代金を支払う。このほか協同組合は、職員の正規雇用や道路、病院建設などの地域社会のインフラ整備に貢献している。このように、協同組合は、農家への利益配分、社会インフラの整備を優先させていることから、一方では工場の設備更新や規模拡大が進まず、生産性向上の遅れが問題となっている。

 なお、公営の製糖工場は、協同組合の業績不振により州政府が工場経営を引き継いだケースが多い模様である。

 製糖工場の所有形態別生産能力を見ると、製糖工場の許可制度が廃止された1998年、民間が増加傾向、協同組合が減少傾向にある。インドの砂糖産業の発展は、主に民間製糖企業によってもたらされたといえる。

 ランガラジャンレポートによれば、製糖企業の生産能力の平均増加率は、製糖工場許可制度廃止前(1990/91〜1997/98年度)までは3.3パーセントであったが、許可制度廃止の1998/99〜2011/12年では6.9パーセントと大幅に拡大した。これを民間および協同組合別に見ると、許可制度廃止後の民間の製糖工場の生産能力の平均増加率は、廃止前の4.8パーセントから11.2パーセントと大幅に改善したのに対し、協同組合の製糖工場は2.7パーセントから3.7パーセントに改善されたに過ぎない。

 この結果、製糖工場の生産能力は、1997/98年度以前では、協同組合の製糖工場が51.5パーセント、民間の製糖工場が38.2パーセントであったが、2011/12年度では協同組合の製糖工場が33.6パーセントと減少し、民間の製糖工場が63.3パーセントを占めるに至った。インドの砂糖産業は、民間製糖企業が砂糖生産の主体となった(図7)。

 他方、民間製糖企業の発展に伴い、毎年の砂糖の生産変動は大きなものとなっている。この要因として、サトウキビ作付面積の変動(シュガーサイクル)が大きくなっていることがある。
 この背景には、協同組合に対する州政府による手厚い支援がある。調査を行った、ハリヤナ州、マハラシュトラ州、タミル・ナードゥ州においては、協同組合による農家への支払が滞った場合や工場に損失が生じた場合は、州政府が融資を行うなど何らかの支援策を提供している。ハリヤナ州では、州政府による支援金は返還の必要がなく、タミル・ナードゥ州では損失の90パーセントが州政府により補てん、また、マハラシュトラ州では5年間の無利子融資が行われている。したがって、協同組合においては、サトウキビ生産者への代金未払いは少なくシュガーサイクルを引き起こす要因は発生しにくい状況にある。これに対し、民間工場に対する州政府の支援策はない。生産者へのサトウキビ代金未払いは、主に民間製糖工場で生じていると推察される。

 州政府からの支援がない民間の製糖工場の生産能力が拡大傾向にあることは、現在の砂糖制度においては、シュガーサイクルによるサトウキビ作付面積の変動が、ますます大きくなると推察される。

4 サトウキビ生産と砂糖産業における政策の概要

 インドにおける砂糖政策は、1952年に「Industries(Development and Regulation)Act 1951」が適用され、製糖工場許可制度(1998年9月廃止)、サトウキビ価格制度、政府による一定の割当量の砂糖が一定価格で買付けられる徴収砂糖および自由販売砂糖の販売・流通制度が実施されてきている。

(1)サトウキビ生産地域指定および製糖工場の配置に係る政策

ア. サトウキビ生産地域と製糖工場の指定(Cane reservation area and bonding)

 製糖工場許可制度は廃止されたが、指定製糖工場に対してはサトウキビ指定地域内生産者からのサトウキビの購入義務、指定地域生産者の指定製糖工場への販売義務が定められている。
イ. 製糖工場の配置

 隣接する工場からの距離は、少なくとも15キロメートルと定められている。

 当初は、第6次5カ年計画(1980-85)で30キロメートル以内と定められたが、数回にわたる改正により1997年2月に「少なくとも15キロメートル」とされた。これは、サトウキビ購入をめぐる製糖工場の過当競争の回避と製糖工場への安定的なサトウキビ供給が目的とされている。

 この政策により、生産者はサトウキビの販売が保障され、製糖工場は一定範囲の生産者からサトウキビの調達が保障されることで、製糖工場は生産者に前金(肥料や苗の購入費用)を貸し付けることが可能になり、工場間でのサトウキビの奪い合いも発生しない。生産者はより高いサトウキビ価格を提示する製糖工場を選択・販売する自由はないが、確実にサトウキビを販売できることで収入の安定を図ることができるとともに、サトウキビの販売が保障されることで銀行ローンを利用することができる。

 ア、イの政策は、州政府に実施の権限が委ねられており、ウッタル・プラデーシュ州やビハール州では、中央政府の定めに基づき独自の規定を定めている。製糖工場の立地においては、パンジャブ州、ハリヤナ州、マハラシュトラ州では15キロメートルから25キロメートルである。
(2)砂糖価格に係る政策

ア. 中央政府の法定最低価格

 中央政府は1966年から2009年まで、製糖工場が農家から買い付けるサトウキビの最低買付価格として法定最低価格(SMP: Statutory Minimum Price)を設け、農家保護を実施していた(表4)。

 SMPは、以下の事項を勘案して算定され、農家がサトウキビの作付け前に各州政府、砂糖産業関係者に意見を求めたうえで、農業コスト・価格委員会(CACP:Commission For Agricultural Costs And Prices)が決定し公示される。

・ サトウキビの生産コスト

・ 代替作物生産者および農産物価格への影響

・ 砂糖(価格)の消費者に対する公正性

・ 砂糖生産者の販売価格

・工場の砂糖回収率

 インド中央政府は、2009/10年度のSMPを100キログラム当たり107.76ルピー(216円:1ルピー=2円注)と決定し、さらに、基準回収率が9.5パーセントを超えると、0.1パーセント毎に同1.13ルピー(2円)のプレミアを上乗せした価格を実質の農家買付価格とした。したがって、各製糖工場が払うべきSMPは異なっている。

 以上のように中央政府は、サトウキビ最低買付価格であるSMPを定めてきたが、「1955年生活必需品法(Essential Commodities Act of 1955)」の改正(2009年12月)により、SMPに代わって新たに「適正価格(F&RP:Fair and Remunerative Price)」制度を導入した。

 F&RP制度の目的は、サトウキビの最低価格を全国で統一することである。2009年10月21日に公布された通知では、サトウキビのF&RPは、以下の事項を勘案し、中央政府が決定すると定めている。

・砂糖の生産コスト

・適用されるすべての租税

・製造工程で使われる資本に対する妥当な収益

 F&RPは、砂糖生産コストなどの調査に基づき定められており、国内砂糖価格と連動した価格であり、製糖工場は副産物ではなく、本来の砂糖生産で収益を得ることができるものとして評価されている。

 2009/10年度のF&RPは100キログラム当たり129.84ルピー(260円)と決定し、さらに、基準回収率が9.5パーセントを超えると、0.1パーセント毎に同1.37ルピー(3円)のプレミアを上乗せした価格を実質のサトウキビ最低買付価格とした。その後、国内価格の上昇を反映し、F&RPは毎年改定され、2013/14年度は、同210.00ルピー(420円)、プレミアム2.21ルピー(4円)と上昇している。製糖工場がこの水準を下回る価格で農家からサトウキビを購入することは違法となる。

注:4月末日TTS相場
イ. 州政府の州勧告価格

 一方、ウッタル・ブラデーシュ州などの一部の州政府においては、製糖工場が農家から買い付けるサトウキビの最低買付価格として、F&RPを上回る州勧告価格(SAP:State Advised Price)を公表している(表5)。

 州勧告価格は、製糖企業の砂糖生産コストを超える原料コストをもたらし、製糖工場は砂糖生産で収益を得ることができない状況となっている。このため、州政府からの支援がない民間の製糖企業においては、国内砂糖価格が砂糖生産コストを下回った場合、農民に対するサトウキビ代金の遅延や未払いが生じる。結果、農民は、サトウキビから穀物などへ作物転換し、次年度のサトウキビ作付面積が大幅に減少する。

 生産コストに基づかず、国内砂糖価格に連動しない SAPは、インドにおけるシュガーサイクルの最大の原因となっている。

 ウッタル・プラデーシュ州では、2012/13年度 のSAPに基づくサトウキビの買付価格をめぐり、生産者と製糖企業の交渉がまとまらず、製糖開始が遅延し、農家への支払い遅延や未払いも生じている。
(3)砂糖流通に係る政策

 砂糖の流通は、中央政府が製糖工場から強制的に買い上げ、Below Poverty Lineと呼ばれる低所得者層に市場価格を下回る価格(2012/13年度:13.50ルピー(27円))で販売される徴収砂糖(Levy Sugar)と、国内市場に自由に販売できる自由販売砂糖(Non-Levy Sugar)に分けられる。

 徴収砂糖は、国内の製糖工場で生産された砂糖のうち、一定の割合について政府が決めた価格で強制的に徴収される。この徴収砂糖は、製糖工場からインド食料公社(FCI:Food Corporation of India)に販売され、公共流通制度(PDS:Public Distribution System)の下で政府所有の配給店を通じて販売される。徴収砂糖の生産量に占める割合は、1980/81年度が65パーセントであったが、砂糖生産量の拡大にともない順次引き下げられ2011/12年度は10パーセントとなった。必要とされる徴収砂糖の量は、年間280万3000トンに上る。

 残りの90パーセントは自由販売砂糖として、民間の製糖工場の場合には直接、協同組合の製糖工場の場合には全国協同組合砂糖工場連盟(NFCSF:National Federation of Co-operative Sugar Factories)を通じて市場価格で販売される。しかし市場で販売される自由販売量も、供給量および価格の安定を図るため政府による規制がある。

(4)その他の政策

ア. ジュート(南京袋)による砂糖梱包

 砂糖の梱包は、ジュートを用いることが定められている。しかし、近年のジュート不足から、ジュート価格は上昇傾向にあり、製糖工場の負担が増加している。このため、2011/12年度より全体の60パーセントのプラスチックバック利用が許可された。
イ. モラセス(糖蜜)

 中央政府による生産、価格、流通における規制はないが、州政府では価格以外の規制が実施されている。一例を挙げると、他州へのモラセス販売は原則禁止であり、モラセスを販売する場合、購入者は製糖工場の属する州政府関係部署から許可証(Non Objection Certificate)を取得する必要がある。また、製糖工場の販売時に課税される物品税(Excise Duty)は、州外への販売が州内への販売より高いなど、州内への供給を優先している。

 さらに、各州において様々な規制がある。ウッタル・プラデーシュ州では、州内の酒類生産用としての割当(25〜30パーセント)が定められており、その販売価格は通常の販売価格に比べて安価に設定されている。

ウ. バガス(サトウキビの搾りかす)

 電力供給源として普及が拡大しているバガス発電において、一部の州では売電が規制されている。調査を行ったウッタル・プラデーシュ州では、売電を行うには州政府の許可が必要である。

エ. 貿易政策

 砂糖の輸入関税は、、国内価格高騰時には輸入関税が免税となり一時的に輸出が禁止されるなど、国内の砂糖需給の状況に基づき変更されている。

 現在の主な貿易制度は、関税の他には、業者登録により輸出ライセンスを取得することなく輸出が許可されるOGL(Open General License)制度(現在は、許可制から登録制となった。)、精製後に輸出することを条件に粗糖を無関税で輸入するALS(Advanced Licensing Scheme)がある。

5 砂糖産業の自由化に向けた主な提案
−ランガラジャンレポート−

 ランガラジャンレポートは、ア. サトウキビ生産地域と製糖工場の指定(Cane reservation area and bonding)、イ. 製糖工場の配置、ウ. 州勧告価格、エ. 徴収砂糖制度と公共販売制度、オ. 貿易政策、カ. モラセスなど副産物利用に係る規制−などについて幅広い自由化を提言しており、中央政府は第一段階として砂糖の流通制度に係る自由化を進める予定である。

(1)徴収砂糖(Levy Sugar)制度への提言

 中央政府による徴収砂糖の買付価格はF&RPに基づき決定されるため、F&RPを上回るSAPで原料のサトウキビを買い付ける製糖工場にとっては、徴収砂糖の納入は大きな負担となっている。その額は、「300億ルピー(600億円)に上る」とされる。さらに、「徴収砂糖の納入義務は2年間にわたる」ことから、製糖企業は徴収砂糖を在庫管理する必要があり、その保管料も大きな負担となっている。

 この結果、「徴収砂糖制度は製糖工場の利益減少をもたらし、サトウキビ生産者価格の低下、自由販売砂糖価格の上昇を招き、生産者および消費者への負担増加になっている」と指摘し、徴収砂糖制度の廃止を提言している。

 一方、Below Poverty Lineと呼ばれる低所得者層への砂糖の供給は、「中央政府に代わり州政府が市場から市場価格で買付け供給し、その負担を中央政府が提供する」ことを提案している。

(2)自由販売砂糖(Non Levy Sugar)の総量規制への提言

 自由販売砂糖(徴収砂糖以外の砂糖)の販売量は、砂糖の国内価格の安定を目的として、「生産量、在庫量、消費量、国内価格の動向を勘案し、中央政府が四半期ごとに決定」している。

 調査では、製糖工場にとって当該総量規制は、大きな負担を強いるとの意見が多かった。その負担とは、ア.生産者へのサトウキビ代金の支払いなど、現金収入が必要とされる時に砂糖販売が制限され、銀行からの借入を行わざるを得ないことで、不必要な利子負担が生じている、イ.国内価格の変動に基づく独自の判断による販売ができず、有利な販売機会を失ってしまう、ウ.過剰な在庫により保管経費が増加し、最悪、砂糖の劣化により廃棄に追い込まれることもある−などであった。

 レポートは、市場の調整機能への移行を提言している。なお、生産者へのサトウキビ代金の支払は15日以内(調査地域では14日)と定められている。

(3)サトウキビ生産地域指定と製糖工場の配置に係る政策への提言

 当該政策により、「サトウキビ購入をめぐる製糖工場の過当競争の回避と製糖工場への安定的なサトウキビの供給がもたらされている」一方で、「2000/01年度以降のサトウキビの単収は1ヘクタール当たり約70トンと停滞していること、生産者がより高いサトウキビ価格を提示する製糖工場に対しサトウキビ販売の自由がないこと、製糖工場の配置規制は工場の生産規模拡大を妨げている」ことから、サトウキビ生産地域指定および製糖工場の配置の廃止による、「生産者および製糖工場における生産性拡大」の必要性を提言している。

 製糖工場における24時間当たり平均処理能力は増加傾向にあるが、2011/12年度では製糖工場数529に対し、同処理能力は3,868トンと1万トンを大きく下回り、小規模な工場が多い(主要砂糖生産国であるタイでは47工場で約1万5000トン)。農業コスト・価格委員会(Commission for Agriculture Costs and Prices)によるマハラシュトラ州の84製糖工場を対象とした砂糖生産コスト調査によれば、砂糖生産量125トン以下(サトウキビ換算約1,250トン以下)では100キログラム当たり653.12ルピー(1,306円)の生産コストに対し、同500〜750トン(同約5,000〜7,500トン)では116.88ルピー(234円)と(図13)、製糖工場の規模拡大により大幅な効率化が見込める状況にある。また、「エタノール生産やバガス発電の振興においても、原料確保の上から製糖工場の規模拡大は必要」とされている。
 
(4)サトウキビ価格に係る政策への提言

 サトウキビ生産量の周期的変動の主な原因は、「砂糖価格と連動しない、また、決定過程が不透明な州勧告価格(SAP:State Advised Price)に起因する」とされる。

 Commission for Agricultural Costs & Prices(農業コスト・価格委員会)による分析によれば(表6)、砂糖生産コストの約70パーセントがサトウキビ代金であり、モラセスなどの副産物を含めると、75パーセントがサトウキビ生産者への支払コストである。「サトウキビ最低価格は、当該コスト分析に基づいた砂糖価格に連動した適正価格(F&RP:Fair and Remunerative Price)であるべき」と提言している。
 
 州勧告価格(SAP)は、州の首相選挙における農民票を集めるために多分に政治的に決定されること、また、生産者の収入に大きく影響することから、砂糖制度改革の最大の争点である。

 製糖企業の経営は、F&RPに基づけば利益を確保できるが、SAPでは利益を確保できていない。現在の製糖企業は、モラセスやバガスなどの副産物の生産・販売により、かろうじて利益を確保している状況である。

 F&RPにより経営を安定させたい製糖企業と、SAPでより多くの収入を確保したい生産者との利害が衝突することから、SAPは砂糖制度改革の最大の問題と言えよう。また、サトウキビ作付面積の周期的変動(シュガーサイクル)の終息には、SAPの廃止が最大の難関になると推測される。

 民間工場が多く、インド最大のサトウキビ生産州であるウッタル・プラデーシュ州では、州政府の総合投資促進策に基づき製糖企業への投資の優遇政策により多くの民間工場が設立されたが、その後、州政府がSAPを引き上げたことにより、工場は砂糖生産で収益を得ることができなくなっている。この州政府のSAPの引き上げに対し、製糖企業各社は州政府を提訴し、現在、最高裁で争っている。

(5)貿易制度

 レポートでは、現在の貿易政策では製糖企業は安定した貿易関係を構築することができず、砂糖産業の発展を阻害していると指摘している。「インドの砂糖生産が世界の17パーセントを占めているのに対し、輸出が占める割合は4パーセントにしか過ぎない」として、インドの輸出能力のポテンシャルを高く評価し、「国内の需給状況で変動しない5〜10パーセントの輸出入関税に簡素化し、国際価格の大幅な変動に対しては、輸出入関税の機動的な変更により国内需給の安定につなげる」としている。

6 砂糖産業自由化の動向

1)砂糖流通(徴収砂糖制度と公共販売制度)

 制度改革は、まず砂糖流通の自由化から開始された。

 2013年4月4日、中央政府は、自由販売砂糖(Non Levy Sugar)の総量規制を撤廃し、徴収砂糖(Levy Sugar)制度の廃止については2年間の試行(2012/13年度〜2013/14年度)後、見直しを行うと公表した。2年間の試行の背景には、徴収砂糖制度に代わる低所得者層への砂糖供給について州政府が市場から入札により買付け、その州政府の財政負担を中央政府が負担するとされており、この負担による中央政府の財政悪化の懸念がある。この財政負担の増加に対し中央政府は、excise duty(砂糖企業に対し砂糖出荷時に課せられる物品税)の引き上げも検討しているとされる。

 製糖企業は、流通における2つの改革を一貫して主張してきたことから、今回の決定を高く評価している。製糖企業はこの改革により、経営に則した砂糖販売が可能になり、低価格販売および在庫調整の負担がなくなる。インド製糖業者協会(Indian Sugar Mills Association)によれば、砂糖産業全体で300億ルピー(600億円)の収益増加が見込まれ、この2年間で砂糖産業は20〜25パーセントの成長が期待できるとしている。

 一方、製糖企業では、「改正の影響は実施してみないと分からない。実施した結果、再び改正されるであろう」との見方も多い。

 総販売量が統制される中では販売の心配は無かったが、自由化後は販売競争が生じることから、協同組合の製糖企業の中には、「マーケティングはやったことがない。民間製糖企業との競争が高まることへの不安」を抱えるところもある。

 設備の更新・近代化が遅れている工場が多く、また、生産効率の劣る協同組合の製糖工場と効率性が高い民間の製糖工場間の競争は激しくなると予測され、協同組合の製糖工場は、農家に対する利益還元優先から工場効率化のための投資優先に変わる可能性が高い。また、経営の悪い協同組合の製糖工場の中には、民間の製糖企業に買収されるケースも増加すると予測される。
 
(2)サトウキビ生産地域と製糖工場の指定
  (Cane reservation area and bonding)


 レポートでは、当該制度の廃止は、製糖企業が生産者との長期契約栽培に移行することで、生産者はサトウキビの販売が保障され、製糖企業はサトウキビの確保を図ることができる。また、生産者はより高く販売できる工場の選択が可能となり、工場はより品質の高いサトウキビを選択できるとしている。

 一方、製糖企業や製糖団体は、生産者は小規模農家が多いことから、多くの生産者との契約締結は不可能であること、価格の高い契約工場以外の工場への販売など契約違反があっても生産者を罰するのが難しく、また、生産者は識字率も低いことから騙されてしまう恐れがある、と指摘している。

 当該制度が導入された背景には、当該制度がなかった当時、サトウキビの納入をめぐり製糖工場と生産者の間で紛争が絶えなかったことがある。製糖工場は、サトウキビ栽培を行う生産者に対し肥料などの提供によりサトウキビを確保するのだが、生産者はサトウキビ価格が高い製糖企業へサトウキビを販売する傾向があり、トラブルが頻発していた。また、同様の制度を導入しているパキスタンでは、かつて制度を廃止した経緯があるが、トラブルの頻発により制度を再導入したことを考慮すると、当該制度の廃止はリスクが大きいとみる者が多い。このように、現行制度にはプラスとマイナスの面があるため、業界としても政府としても意見が分かれている状態であり、また、当該制度は州政府の関与が強いため、サトウキビ生産地域と製糖工場の指定(Cane reservation area and bonding)の変更は、時間がかかり難しいとされている。

(3)製糖工場の配置

 製糖工場の配置を定める距離規制においても、その廃止については、工場間の過当競争、特に協同組合の製糖工場においては、民間の製糖工場との競争激化を懸念する声が多い。サトウキビ生産地域と製糖工場の指定は一緒に実施されることから、これが継続されれば、当該制度も継続される可能性が高いとの見方が多い。
 
(4)サトウキビ価格政策

 製糖企業の適正価格(F&RP)は、生産コストに基づき決定されており、砂糖生産で利益を確保できるものとして評価されている。一方、州政府が独自に決定する州勧告価格(SAP)は、生産コストに基づかず多分に政治的に決定されることから、砂糖生産では利益を確保できず、副産物であるモラセス、バガスなどの販売やモラセスからのアルコール生産、バガス発電による売電などにより経営を維持している状況である。このため、廃止を望む声が大きい。特に州政府からの支援がない民間製糖企業では、その声が大きい。

 しかし、前述のとおり、SAPは、州の首相選挙の材料として決定されることから、廃止は難しいとの見方が多い。また、穀物などの競合品目を考慮すると、F&RPに一本化する場合、他品目への作付転換が進展する可能性も指摘され、州の状況を反映するものとしてSAPが必要との見解もあった。

 SAPは、生産者と製糖企業の利益がせめぎ合う政策であることから、非常に難しい問題として最後まで議論されるものと推測される。

(5)エタノールおよびコジェネレーション政策

 インドでは、法により、エタノール生産の原料はモラセスに限定されており、製糖工場で砂糖からエタノールを生産すること、エタノールのみを生産することは認められていない。また、各産業分野へのエタノールの供給は、農業コスト・価格委員会により決められている。

 インド政府は、EBP (Ethanol Blending Program)により2006年11月からモラセスを原料とする燃料用エタノール生産を推進し、26州と4連邦直轄領でガソリンのエタノール5パーセント混合(E5)を計画するとともに、その需要を10億リットルと見込んでいた。しかしながら、現在の燃料用エタノールの供給は3000万リットルと計画を大幅に下回っている。現在のモラセスを原料とするアルコール生産能力は19億7700万リットルであるが、飲料用など他分野で消費されており、燃料用が不足している状況である。

 2013年4月、製糖企業から石油企業へのエタノール出荷価格を30パーセント引き上げる決定がなされた。また、バガス発電コストは1ユニット当たり3〜3.5ルピー(6〜7円)に対し、電力委員会(State Electricity Commissions)が定めた電力料金は同4.25ルピーと、バガス発電の成長が見込める状況である。

 再度推進されることとなった燃料用エタノール政策によるアルコール需要の増加、バガス発電の売電事業は製糖企業に利益をもたらし、製糖企業の規模拡大、生産性の向上をもたらすと推測される。

 なお、ジャトロファ(南洋油桐)を原料とするバイオディーゼル生産も進められていたが、この計画は失敗に終わった模様である。石油・天然ガス省によれば、現在3州でジャトロファの栽培が行われているが、バイオディーゼルの生産には至っていない。
 

7 今後のインド砂糖産業

 インドにおけるサトウキビの生産変動は、州政府の手厚い支援により保護されている協同組合の製糖企業が減少、州政府の支援がない民間の製糖企業が増加したことで、以前に比べより大きくなっている。このような状況において、ランガラジャンレポートが示す改革なくしては、インドは砂糖輸入と砂糖輸出を繰り返し、従前に増して国際砂糖需給の大きな変動要因になると予想される。

 2013年4月に決定された自由化は、徴収砂糖制度と公共販売制度の廃止のみであるが、この改革による製糖企業の負担軽減、経営改善は大きなものと予想されている。徴収砂糖制度の廃止は2年間の試行に限定されているが、その間において、サトウキビ生産者への代金支払いの遅延や未払いが減少し、サトウキビの作付面積変動が緩和されれば、自由化はより強い足取りで推進されることが予想される。

 自由化による砂糖産業の発展により、そのポテンシャルをもってすればインドが世界の主要輸出国となる可能性は大きい。小規模で非効率な製糖工場が多い中で、工場の規模拡大・効率化を図り、エタノール生産、バガス発電の進展を図るため、サトウキビ生産地域指定および製糖工場の配置政策の見直しは、流通自由化の次の重要なステップと推測される。

 今後のインド製糖産業は、収益の改善が見込まれ、特に協同組合の製糖企業においては、工場の設備更新、大規模化による生産効率の向上が期待されている。また、輸出入管理の緩和には、輸出拡大の期待が寄せられ、徴収砂糖制度と公共販売制度の廃止以上の効果を予想する製糖企業もある。さらに、輸出による国内価格の安定も期待されている。訪問した製糖企業の多くは、生産効率の向上、輸出の拡大による成長を目指しており、輸出にかける思いは大きなものであった。インド砂糖産業は、国際砂糖需給に大きな影響を与えていることから、今後の自由化の動向が注目される。

参考資料
Economic Advisory Concil to the PM "Report of the Committee on the Regulation of Sugar Section in India : The Way Forward"
INDIAN SUGAR MILLS ASSOCIATION "INDIAN SUGAR YEAR BOOK"
砂糖類情報 2007年6月 インドの砂糖産業事情(砂糖編:その1)
砂糖類情報 2007年7月 インドの砂糖産業事情(砂糖編:その2)
砂糖類情報 2007年8月 インドの砂糖産業とバイオエネルギー
砂糖類情報 2010年4月 インドの砂糖産業の概要
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