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米国におけるサトウキビ育種と関連遺伝資源

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最終更新日:2013年10月10日

米国におけるサトウキビ育種と関連遺伝資源

2013年10月

沖縄県農業研究センター作物班 上席主任研究員 伊禮 信

【要約】

 サトウキビの品種開発を進めるうえでは、「広範な材料を用いた交配」の実現が欠かせない。そのための手法として、「日長処理などによる出穂誘起」がある。亜熱帯の沖縄県で同手法を用いる場合、「日長処理」だけでなく、「サトウキビの生長」を勘案した総合的な「出穂誘起の技術」が必要である。同手法の先進地である米国のサトウキビ育種の概要を報告する。

はじめに

 サトウキビは沖縄県の基幹的作物であるが、近年までその生産量は減少してきた。生産の持続的な維持・拡大には、広く分布する各離島の生態に適応した品種の開発と、植え付けおよび収穫の省力化、安定多収、畜産や園芸との連携強化を強く意識した品種開発が必要である。沖縄県農業研究センターでは、そのような戦略のもと新品種育成を手掛けている。一方、その受益を最大限に受けるよう、各島々(各地域)の協力も得ながら奨励品種決定調査を展開している。

 品種開発を進めるうえでは、「新しい変異を如何に作成するか」という点が重要な鍵となる。それには、「広範な材料を用いた交配」の実現が欠かせないが、本来熱帯に由来するサトウキビは、亜熱帯での出穂・開花が少ない。その影響から、現在までの品種開発では、沖縄県の自然環境下で出穂し、かつ、出穂が同時期であるものに限って交配が行われ、育種が進められてきたというのが現状である。そのため、育成する品種の遺伝的脆弱性、育種限界といった問題を抱えつつある。沖縄県の特殊性を踏まえ、新品種開発とその活用をとおしたサトウキビの持続的な生産や生産性の向上を実現し、さらに、刻一刻と変化する周辺状況に対応して新時代を拓く品種を育成していくには、「品種開発における広範な交配の実現」が必要不可欠であると考える。

 広範な材料を交配に使うための手法として、「日長処理などによる出穂誘起」がある。主要な産糖国での利用は実績が多く、沖縄県農業研究センターでも取り組み始めたところである。亜熱帯の本県で同手法を用いる場合、「日長処理」だけでなく、「サトウキビの生長」を勘案した総合的な「出穂誘起の技術」が必要である。そのためには、施肥管理など、栽培を含めた細かな情報が必要となるが、そのような情報は文献などでは入手できない。

 そこで、「日長処理などによる出穂誘起」について、先進地での情報収集に加え、実施経験に基づく助言を得ることを目的に、沖縄県とほぼ同緯度にあり、育種経験の多い米国のサトウキビ育種拠点(農務省サトウキビ研究所(以下「サトウキビ研究所」という。)、USDA CP-Sugarcane Field Station)を訪ねた。本稿では、その概要を報告する。

1.サトウキビ研究所における品種改良の歴史

 フロリダ州におけるサトウキビの品種改良(サトウキビ育種)は、1918〜1919年に、現在のサトウキビ研究所があるキャナルポイント(Canal Point)よりも南に位置するコリンズ・キー(Collins Key)において、ブランデス(Dr. E. W. Brandes)が試みた交配育種に端を発する。その後、オケチョビ湖(Lake Okeechobee)湖畔に場所を移し、現在に至っている。

 キャナルポイントは、沖縄県とほぼ同じ緯度に位置するが、温度環境は同様ではない(図1,2)。サトウキビはイネ科に属する植物で、ひとつの花(頴花)の中に、雌雄を持つ(雌雄同花)。品種改良の起点である交配に当たっては、雄の機能を持たない母親を選択するか、あるいは、雄の機能を何らかの方法で除去する必要がある。米国が品種改良の拠点としてキャナルポイントを選択したのは、「11月以降の低温により、雄の機能が不全となり、母親を得るのが容易である」という点が大きいとのことである。
 

2.サトウキビ研究所における品種改良の概要とその効果

 サトウキビ研究所の品種改良(育種)は、主要な産糖国の例に漏れず、沖縄と比べてはるかに規模が大きい。規模の差はあるが、一連の育種操作は沖縄と大きくは変わらない。全体の工程については世界各国共通することも多いため、ここでの詳細な説明は省略する。

 サトウキビ研究所の品種改良は、当初、フロリダ州のみに向けたものであった。フロリダ州のサトウキビ主要産地であるオケチョビ湖周辺は、泥炭に由来する肥沃な土壌が多いが、地下水位が高いことなどがあり、サトウキビの糖蓄積の面においては必ずしも恵まれていない。そのような風土に向け、早い時期から糖度が高く多収であることを主たる育種目標に、病害抵抗性などを強化した品種が育成されてきた。1970年代までは海外で育成された品種が多く用いられていたが、2008年には、フロリダ州のほぼ全てを「サトウキビ研究所育成(以下「CP品種」という。)」が占めるに至っている(図3)。CP品種が普及、拡大するに従い、同地域の単位面積当たりの収量は向上しており、同州および米国の生産性向上に大きく貢献している(図4)。

 品種育成が軌道に乗った現在では、ルイジアナ州、テキサス州で行われるそれぞれの育種工程に向けて交配種子を供給している。各地からの選抜情報をもとに、それぞれの地域に向けた交配が重点的に行われる。現在、CP品種は、中米のコスタリカ、サルバドール、グァテマラ、ホンジュラス、ニカラグァ、パナマの栽培面積の半分以上を占める。米国だけでなく、周辺諸国の生産性向上にも大きく貢献していると言える。
 

3.サトウキビ研究所の品種改良における主要な取り組み

 沖縄とほぼ同緯度にあるフロリダ州のサトウキビ産地であるが、沖縄と比べて昼夜の気温差が大きく、11月以降は急激に気温が下がり、しばしば霜害が問題となる。サトウキビ研究所では、霜害の発生する地域の問題を解決するとともに、生産拡大に必要な霜害の多い地域で作付けを進めるために、低温への抵抗性あるいは耐性を主要な育種目標として掲げている。

 フロリダ州のサトウキビ栽培は、主要な産糖国同様、大規模に行われている。そのため、同一品種を用いた栽培ほ場の規模も、沖縄と比べてはるかに大きい。このような状況にあることから、万が一病害が発生した場合、個々のほ場での被害がわずかであったとしても、総体としての被害は軽視できず、時に甚大となる。これを踏まえ、サトウキビ研究所では、病害抵抗性品種の育成にも力を入れている。「さび病」については特に重視しており、「人工接種」と「自然発生」の両方をもって抵抗性品種を育成している(図5)。
 

4.サトウキビ研究所の訪問内容

 サトウキビ研究所を訪れたところ、責任者であるカムストック博士が快く迎えてくれた。訪米前からのやり取りも親切丁寧かつ迅速に対応していただいた。

 同研究所の交配施設を含む施設やほ場を見せていただいた。案内は、カムストック博士と交配責任者であるウェイン氏に対応していただいた。重要な施設は全て研究棟周辺に配置され、機能的な印象を受けた。
 
 交配施設は歴史を感じさせるが十分に機能的で、沖縄県農業研究センターの1.5倍程度の規模があった。交配中、交配を終えて種子を獲得するまでの間は、必要に応じて暖房施設を稼動し、加温するとのことであった。花粉親(父親)として用いる交配素材は、交配施設に付随するトロッコ上で養成されていた(写真3)。夜間の気温が20度を下回る頃から、夜間のみ交配施設内に収容するとのことであった。このような操作は、高緯度地域特有のものであり、かつて交配が行われたルイジアナ州でも同様な方法がとられた。沖縄でも、補助的に用いている。種子親として用いる交配素材は、屋外のポット栽培で養成されていた(写真4)。秋以降の低温の影響を受け、雄機能が不全になり、雌機能のみを有する状態をつくれるとのことであった。これら種子親は、出穂前に取り木処理が行われる。交配に用いる際は、開花茎を切って交配施設内に持ち込み、加温した施設内で交配が行われる。出穂前の取り木処理は他国での利用例も多いが、作業が煩雑で、多くの人手と時間を要する。そのため、沖縄では、「取り木亜硫酸水法(詳細な説明は省略)」を用いる。常々用いている同手法であるが、沖縄(日本)が世界に誇るべき技術の一つであることを実感した。
 
(1)日長処理などを用いた出穂誘起
 「広範な材料を用いた交配」の重要性、それを実現するための手法の一つとして「日長処理などによる出穂誘起」があることは冒頭で述べたとおりである。

 まず、自然条件下では早くに出穂するものを電照栽培で遅らせる処理である。前年の10月から温室内で苗を養成し、年が明けた4月に定植したポット栽培の交配素材を対象に、7月以降、夕方から日没後まで電照により補光するとのことであった(写真5,6)。サトウキビ属植物の出穂は日長時間の影響が強く、12時間30分の後に短日条件となることが基本的な要件である。理論的には、この日長変化を早めたり遅らせることにより、対象とする交配素材の出穂時期を調整することができる。理論に基づき、日長変化を自然条件よりも1カ月ほど遅らせる処理が行われてはいたが、訪問時で既に出穂している交配素材が見られたことから、必ずしもうまくはいっていないとの印象を受けた。沖縄県農業研究センターでも電照を用いた処理を行っており、サトウキビ研究所とは異なる処理内容によって、自然条件下で9〜10月に出穂するものを1カ月遅く出穂させることに成功している。その知見も踏まえ、カムストック博士とウェイン氏に以下のことなどを伝え、意見交換した。

・自然条件での最長日長は、夏至(6月22日前後)の頃であり、7月の電照開始では遅い可能性がある。

・交配素材養成の際、「基本的な生長を終えた後の日長処理」という概念が取り入れられていないため、処理効果が曖昧になっている可能性がある。

・電照処理は「出穂を遅らせる」のではない。「遅い時期に向けて出穂を誘導する」という処理である。その概念が取り入れられていないため、処理途中で日長が増えたり減ったりを繰り返し、結果として出穂誘導できていない可能性がある。

・植物が明暗に反応する感受性は、夜中や夜明け前の方が高いが、夕方から電照を開始している。

 両氏ともに、自らの電照処理に不安を持っていたようで、筆者の話す内容にとても興味を示し、逆に助言を求められることとなった。
 
 次に、自然条件下では遅く出穂するものや出穂し難いものを対象に、日長処理施設を用いて早く出穂させる、あるいは、出穂を誘起する処理についてである(写真7)。前年の10月から温室内で苗を養成し、年が明けた4月に定植したポット栽培の交配素材を対象に、7月以降、短日処理をするとのことであった。前述の電照処理同様、理論に基づいた処理が行われてはいたが、訪問時の植物体の様子から、必ずしもうまくはいっていないとの印象であった。担当者のウェイン氏に詳細を聞いたところ、「成功率は低い」、「成功率をあげるため、かん水やポット配置密度などの試験を行っているところ」とのことであった。沖縄県農業研究センターでも「日長処理施設を用いた出穂誘起・同調」を行っている。他国に遅れた取り組み開始ではあるが、亜熱帯では出穂しないとされるサトウキビ起源種(Saccharum officinarum)を含む異属異種(Saccharum spp.hybrid, S.spontaneum,Erianthus spp.)の出穂を誘起して同調させ、日本初で世界的にも希少な事例を得ている。それをさらに進めるための助言を得るのが目的であったが、目論見に反し、沖縄で行っている研究および技術開発の水準が、世界的にも高いものであることを確認することとなった。
 
(2)沖縄での取り組み紹介と意見交換
 前述のように、沖縄県農業研究センターでも「広範な材料を用いた交配の実現」に向け、「出穂誘起と同調」を主軸とした研究に取り組んでいる。その内容に日本の状況を加えて講演を行うとともに、意見交換を行った。カムストック博士をはじめ、サトウキビ研究所の研究者全てに参加いただいた。「広範な材料を用いた交配の実現」が、国を問わず、サトウキビ育種を進めるうえでの重要技術であること、その重要性が年々増していることなどから、参加した研究者の関心は極めて高かった。プレゼンテーション内容について多くの質問があり、講演を終えた後も質問が途切れず、4時間を越える意見交換となった。手法の教授を求められたが、種々の事情により詳細を伝えることはできなかった。サトウキビ研究所の依頼を受けて出穂誘起や交配を行ってもらえないかとの要望があったが、先々の検討課題としたいと述べるにとどめた。

 助言を得ることを目的とした訪問、意見交換であったが、逆に助言を求められるという予想外の展開であった。しかし、沖縄で行っている研究および技術開発が、世界水準であることを確認する機会となったことの意義は大きい。カムストック博士はじめ各研究者からは、引き続き連絡を取り合いたいとの嬉しい申し出があり、現在も電子メールでのやり取りが続いている。世界で最も小さなサトウキビ育種の単位である沖縄が、世界の主要なサトウキビ育種拠点のひとつである米国とつながった意義も大きい。沖縄(日本)のサトウキビ育種および関連する研究や技術開発を進めるうえで力強い仲間を得たと思っている。

まとめ

 本県の基幹作物であるサトウキビの品種改良を進めるうえで重要な「日長処理などによる出穂誘起」について情報収集と助言を得ることを目的に、米国のサトウキビ育種拠点(農務省サトウキビ研究所、USDA CP-Sugarcane Field Station)を訪ねた。

 助言を得る目的は、逆に助言を求められるという予想外の展開から、目論見どおり達成することはできなかった。しかしながら、沖縄で行っている研究および技術開発について、世界水準であることを確認したこと、世界の主要産糖国に対して情報発信できたことの意義は大きい。さらに、そのことをとおしてカムストック博士をはじめとする米国の主要な研究者と信頼関係を築くことができた意義は大きい。

 米国において高い水準を認められた本県の「出穂誘起と同調」を主軸とした研究・技術開発は、今も着実に進み、大きな成果をあげつつある。これを進める中で、これまでは不可能であった交配組み合わせに由来する後代を着実に得ており、世界的にも希少かつ貴重な素材が育成されつつある。一連の研究成果は、本県における今後のサトウキビ品種開発に大きく貢献するものと期待できる。一方、県内だけでなく、国内外に向けた有用な研究となる可能性も大きい。「出穂誘起と同調」を主軸とした一連の研究・技術開発が、そのような役割も担えるほどになることを期待したい。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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