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ICTとロボットが創る新しい農業

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最終更新日:2016年4月28日

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ICTとロボットが創る新しい農業

2016年5月

北海道大学大学院農学研究院 教授 野口 伸

はじめに

 日本農業は、農家戸数の減少と就業者の高齢化により労働力不足は深刻である。TPPの大筋合意がなされた状況で日本農業が持続性を確保するためには、農産物の格段の品質向上と生産コスト削減が不可欠であり、ICTやロボットへの期待が高まっている。他方、農地集積による労働生産性の向上や新規就農・異業種参入の促進も重要であるが、土地利用型農業における作物の生産性は、畑の土性や地形、気象などの影響を受けるため、土地生産性を高めるためには畑の特性に応じた農作業方法や資材を選択しなければならない。また、安定した食料生産を達成するためには、現状では人間の「経験」と「勘」に基礎をおいた栽培技術が不可欠であり、ここに新規就農が増加しない理由の一つがある。日本農業を再生するためにはICTを高度に活用して作物栽培のノウハウがない未熟練者でも一定の生産性を確保できる営農支援システムの開発が急務である。また、ロボット化を含めた超省力技術も日本農業を持続的に発展させる上で必須である。このような背景から本稿では今後の進展が期待されるICT農業とロボット農業の技術動向について解説する。

1.ICT農業

 20世紀の欧米の農業は生産性向上を目指して、機械を大型化し、化学肥料や農薬を大量消費するといった投入エネルギーの増大を基礎に発展してきた。しかし、作業効率や土地生産性は向上したものの、農地やその周辺に与える環境負荷が大きく、農業生産の持続性を低下させる結果となった。これからの農業は生産性と環境の両面への配慮が求められ、この両立が農業の持続性には不可欠である。この問題を解決する農法として1980年代後半に空間情報に基づいて精密な農業生産を行う精密農業(PA:Precision Agriculture)という技術概念が提唱され、21世紀に必要な生産技術として世界中で研究開発が始まった。PAはまさにICT農業そのものである。PAの革新的な点はほ場の土壌、作物生育、収量などの空間情報がコンピュータのスクリーンに描画され、そのデータに基づいて営農計画が立てられるようになったことである。ほ場の詳細情報は施肥設計など作業計画の適正化にも有効であり、 PAが所期の目標を達成できれば、資材投入の最適化が計られ生産性は向上する。また、農薬の過剰投入を抑えることができるので、農産物の安全性、農地環境の保全にも寄与する。すなわち、PAの重要な機能はほ場環境や作物生育の空間情報化にあり、このPAの適用範囲をほ場スケールから地域スケールまで拡張することで、

 ・高齢化、減少する熟練農家の知識・知恵をデータで継承
 ・生産現場と加工・流通分野との連携を通して6次産業化を促進

に資する技術に展開する。上記の効果を生むためには図1に示した『フィールドデータの観測・収集』→『フィールドデータの通信・蓄積』→『営農支援情報の抽出・利活用』のプロセスが必要となり、特に農家が作業に関する意思決定をする上での必須情報である「気象情報」、「土壌情報」、「作物生育情報」、「生産履歴情報」、「農作業情報」の低コストで効率的な収集技術の導入がポイントとなる。この点で農作業に使用される機械の稼働状況や作業機に装備したさまざまなセンサからの情報を位置情報と関連付けて自動的に収集・蓄積できる情報通信システム(テレマティクス)は有用である。すでにテレマティクスは国内の大手農機メーカーが商品化しているが、この技術がICT農業を推進する上で大いに役立つ。いずれにしても、これら農業情報は通年で毎年取得される時空間データとなるため膨大なデータ(ビッグデータ)である。
 
 このビッグデータから「営農ノウハウ」を抽出することは可能である。抽出された「営農ノウハウ」によって土地生産性とともに収益が増加することが期待され、この有用情報を地域の農家に配信することで、新規就農者への円滑な技術伝承と大規模農業経営に対しては生産プロセスのPDCA徹底による農産物生産の低コスト化と品質の高位平準化が進む。この農業ビッグデータ利活用を進めるシステムは国立研究開発法人情報通信研究機構の4カ年の研究開発プロジェクトとして本学がコンソーシアム代表機関となって北海道芽室町をフィールドとして開発を進めている。システムで収集される情報そして生成される作業支援情報は図2のようにまとめられる。これら有用情報はインターネットを介して農家に配信されることになる。
 

2.農業自動化・ロボット化

GPSオートステアリングシステム

 「GPSオートステアリングシステム」はオペレータが手放しで作業することができる技術で女性、高齢者にも安全・高精度なトラクタ作業を可能にするため、労働力不足が深刻な日本農業には有効な自動化技術である。北海道では平成26年度にこのオートステアリングシステムは480台販売され、全国販売数の約90%を占める。しかし、オートステアリングシステムは、米国ではすでに約50%の農家が使用しているが、北海道でもまだそこまで普及していない。これはオートステアリングシステムが日本の農家にとってはいまだ高価であることが一因である。加えてオートステアリングシステムがいつでも、どこでも安定して使用できないことも理由である。これはGPS自体の限界であるが、GPS衛星数が限られているため防風林や建物のそばでは測位精度が上がらない、もしくは使用できないことが起こる。しかし、現在日本政府が2018年を目途に整備を進めている準天頂衛星システムが完備すれば、測位システムの安定性と精度は格段と高まることになり、オートステアリングシステムの普及拡大が予想される。

有人・無人協調作業システム

 無人で動く機械はいまだ世界的に実用化していない。その理由はロボットの安全性にある。万が一事故が起きたときの責任問題に帰結するが、ロボットトラクタを安全に使用できる方法として人間との協調作業がある。前方のロボットトラクタが無人で整地作業を行い、有人トラクタがロボットを追従して施肥・播種作業を行う(図3)。ロボットトラクタはあらかじめ決められた経路を5センチメートル程度の誤差で走行できるので、人間の能力をはるかに超えた走行性能である。後方トラクタのオペレータはロボットトラクタが残したマーカー軌跡を追従すれば精度よく作業できる。また、ロボットの走行停止・再開、走行速度の変更、耕深の調節などは後方の有人トラクタから遠隔操作できるのでほ場の状態に応じた適切な作業設定ができる。現在、国内農機メーカーはこの有人・無人協調作業システムの2、3年以内の商品化を目指しており、農林水産省はこの協調作業システムの安全性確保ガイドラインを策定中で、今年度中に整備される見通しである。
 

完全無人作業システム

 衛星測位システムを利用したトラクタ、田植機、コンバインなど主要な農業機械のロボットは技術的に完成している。ロボットトラクタ、ロボット田植機、ロボットコンバイン、そして各種ロボット用作業機が開発されている。全てのロボットは高精度GPSと姿勢角センサといった航法センサを使用して、精度は前述の5センチメートル以内、速度も慣行の有人作業と同等以上で作業できる。また、ロボットは障害物センサを装備しており、自動作業中に人や障害物を検出してアラーム、一時停止、待機など適切な行動をとることもできる。基本的に図4のように地域内で複数のロボットに同時作業させられるシステムで、ロボット管制室にいる1人のオペレータが複数台のロボットを管理できる。さらに大区画ほ場においては耕うん、整地、代かきの夜間作業も可能である。ただし現状ではロボットの遠隔監視用の電波がないため完全無人作業システムの実現には、まだ3〜4年かかる見込みである。
 

おわりに

 今後、日本農業へのICT・ロボット技術の導入は急速に進むことになるであろう。ICTにより生成される「営農ノウハウ」によって農業プロセスを最適化することにより生産性とともに収益向上を図ることが可能になる。また、この営農に有用な情報を蓄積・配信することで、新規就農者への円滑な技術伝承もできる。他方、大規模農業経営に対しては生産プロセスのPDCA徹底による生産の低コスト化と品質の高位平準化に寄与する。そして食料生産の川上から川下まで一気通貫の情報化による6次産業化を推進できるメリットもある。さらにロボットによって低コスト生産と労働生産性の格段の向上を進める。農業が地域の基幹産業の場合、農業の衰退が地域の活力を失わせ、人口減少に拍車を掛け最悪地域崩壊にもつながる。地域の活性化には若者が新規就農して、その地域住民になることが重要である。ICT・ロボット農業はその一助になることは疑いの余地がないと思っている。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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