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でん粉や糖類が支える災害時の食事

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最終更新日:2017年3月10日

でん粉や糖類が支える災害時の食事

2017年3月

甲南女子大学 名誉教授 奧田 和子

はじめに

 災害食と一口に言いますが、必要な災害食は時間の経過に伴い変化します。その変化の様子を以下に示しました(図1)。
図1 時系列の変化
 災害が発生した直後は非常持ち出し袋を持って逃げます。地震、津波、火山の噴火、風水害などどんな場合も食べ物と飲み物は必需品です。安易な気持ちで逃げても飲み物や食べ物が避難先で手に入る可能性は低いです。最近の熊本地震でも避難所へ飲食物を持参するようにという自治体からの要望が新聞紙上に出ました1)。ではどんなものを非常持ち出し袋に入れるといいのでしょうか。

1.非常持ち出し袋の中身

遠足に行く時と同じように考えてください。普段よりおいしい食べ物と飲み物を自分が背負える重さの範囲で詰めましょう。自分好みのもの、普段食べ慣れたものを入れましょう。表1の例を参考にしてください。
表1 非常持ち出し袋の中身(例)
 お腹がすいた時に、まず腹の足しになるものを選びましょう。いわゆる主食(でん粉)とよばれるものです。ご飯もの、パン、インスタントラーメンなどです。同じものを繰り返し食べると飽きるので目先を変えましょう。

 次に選ぶのは心の足しになるものです。これはおやつ類です。甘いもの(糖質)が心を和ませます。最悪の場合、災害は人命を奪い大事な家を倒し、平常心を傷つけます。災害時に心身のストレスを軽減させるのは食べ物と飲み物が大変有効です。

 特に飲み物ですが、これは水分の補給だけでなく心を安定させる重要な役割を担います。おいしい飲み物は病んだ心に潤いを与え、乾いた体をよみがえらせてくれます。

 普段から飲み慣れた、自分の好きな飲み物、室温で飲んでもおいしいものを約3日分(1日3リットル必要)取り混ぜて詰めますが、重くて背負いきれないなら重量調整します。高齢者、女性、子どもは少なめの重さにしましょう。

 食べ物は、食べ残しがない食べ切りサイズがいいですね。箸は割箸でなくmy箸にし、ゴミを少なくする配慮をしましょう。救命と心を落ち着かせる大事な危機管理、その袋が非常持ち出し袋なのです。

2.その後約1週間、健康を害さないための工夫を持続することが必要

 日頃せっせと培った健康は災害によって一気に崩壊します。慢性病(持病)の悪化、かぜ症候群・ノロウイルス食中毒などの感染症、新たな発病(特に便秘)などです。これを食い止めるのが食べ物と飲み物であり、五つのグループに分けて栄養のバランスを取る組み立て方が求められます。
 

 ここでは阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸市兵庫区内にある市立(みなと)川中学校の全校生徒が考えた「自分好みの災害食」のアンケート(20151214日)を基にした災害食の献立表(一例)です(表2)。

表2 中学生が考えた災害食トップ10位による献立(発災4日目からの3日間)
 五つのグループは「主食、魚・肉のおかず、野菜のおかず、おやつ、飲み物」です。発災後4日目から3日間の献立例を示しました2)

 この分類に従って買い求め、五つのグループを別々の箱に分けて入れます。ローリングストック(普段用としても一部食べ、目減りしたら再度買い求めて補充)しながら備蓄します。また災害時の備蓄食品は全て室温で保管できるもので約6カ月以上日持ちするものを選びます。腐りやすいものは賞味期間が短く経済的にも無駄になりやすいからです。「冷凍冷蔵庫」内で保管するものは緊急時持ち出しにくくなります。

 主食はアルファ化米、パン、グラノーラ、クラッカーなどのでん粉です。またおやつはビスケット、クラッカーなどの小麦を使ったでん粉系、さらにあめ、チョコレート、プリンなどの甘いお菓子系、果物を甘く煮込んだものなどが主体になっています。でん粉や各種糖類が二つの柱を担い、災害食の中枢として活躍していることが読み取れます。この期間を経て約1カ月後にはライフライン(電気、上水道など)が次第に戻りはじめ混乱が収まることが多いです。この回復へ向かう時期の食については次に述べましょう。

3.回復期〜炊き出しへ向けて

 上記1および2は自分の食は自分の力で守る「自助」の視点ですが、災害発生から約1カ月後には次第にライフラインが回復し、暮らしの目途が立ち始める時期です。ここでは食の共助の重要性について述べます。

 避難所あるいは地域で互いに食材を持ち寄り、力を合わせて炊き出しをすることを勧めます。阪神・淡路大震災で調査した結果、最も食べたかった料理の1位は「温かいご飯」でした3)。大釜でご飯を炊き、野菜たっぷりの温かい汁を飲むと心身がホッとするからです。普段に戻るというのは、このことを指します。不足しがちなビタミンやミネラルも補給しなければなりません。

 炊き出しはヒト、モノ、情報、総合管理の四つの視点がうまく調和しないとできません(図2)。
図2 炊き出しの四つの視点
 今日これがうまくできないのは私たちの住む社会が四つの全てにおいて不足しているからです。しかし、できれば災害時の炊き出しを通して人々の共生の気持ちを呼び覚ましたいと願っています。
 では、炊き出しの必要条件とは何か、考えてみましょう(表3)。
表3 現代の地域住民による炊き出しの必要条件4)
 阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた兵庫区内にある神戸市立湊川中学校では、表3に示した通りに必要条件を満たし成果を上げています。小・中学校、地域住民、PTA、消防団などが協力し合い、炊き出し訓練を見事に実現しています。それは、まちかどクリーン作戦、防火水路の清掃活動、校庭の隅での大根の栽培など、日頃からヒト同士のつながりを懸命に深めているからです5)

 災害が起こるとヒト同士が最大限つながらなければ解決できない状況に追い込まれます。しかし、この機を逃さず個が精一杯つながり協力することで高尚な文明社会が生まれます。「禍を転じて福と為す」のことわざのように、炊き出しは貴重な機会です。見逃してはなりません。

 一方、救援物資は個と個をつなぎません。自己責任を回避し、安易に支援を求める他力依存性を強め、自主自立の精神を後退させます。その意味で、熊本地震において政府が行ったプッシュ型支援は後ろ向きであったと感じます。今後の災害に向けて、国民の自主自立の精神を育成することこそが国家の政策目標とする必要があるのではないかと思います。

おわりに

 災害後の避難生活などにより、健康を害してしまうこともあり6)、その後の生活において健康な元の状態に戻すために費やす時間と努力は測り知れないものがあります。まして亡くなった人たちの命が戻ることはありません。

 日頃の暮らしは災害の減災・準備のためにあるといっても過言ではありません。「常ニ備ヘヨ」とは某新聞のうたい文句7)です。

 でん粉、糖を侮っている特に若者たちに告げたい。日本食の基本である一汁三菜<ご飯、汁、野菜のおかず2品、魚か肉のおかず1品、計5品>の食習慣を地道に継承することが減災につながることを忘れないでほしいものです8)
参考文献
1)『熊本日日新聞』2016年4月17日生活面
2)奧田和子(2016)「中学生がつくる自分好みの3日間の災害食献立とは」『災害食学会誌』VOL.4 NO.1(2016年8月)日本災害食学会
3)奧田和子(1996)『震災下の「食」―神戸からの提言』日本放送出版協会 pp.187
4)奧田和子(2016)『本気で取り組む災害食―個人備蓄のススメと共助・公助のあり方』同時代社pp.140
5)神戸市立湊川中学校防災教育事例集(2015〜2016)
6)『熊本日日新聞』2016年12月13日1面
7)『産経新聞』2016年12月20日夕刊「特集」
8)奧田和子(2011)『和食ルネッサンス―「ご飯」で健康になろう』同時代社pp.122
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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