砂糖 砂糖分野の各種業務の情報、情報誌「砂糖類情報」の記事、統計資料など

ホーム > 砂糖 > 各国の糖業事情報告 > 「足るを知る」タイから学ぶ持続可能なサトウキビ産業の発展

「足るを知る」タイから学ぶ持続可能なサトウキビ産業の発展

印刷ページ

最終更新日:2017年5月10日

「足るを知る」タイから学ぶ持続可能なサトウキビ産業の発展
〜第29回国際甘しゃ糖技術者会議プレコングレスツアー参加報告〜

2017年5月

琉球大学農学部 寳川 拓生、渡邉 健太、城間 力、川満 芳信

【要約】

 タイのサトウキビ生産は多くの小規模農家により成立しており、その背景にはタイ国民の絶大なる支持を集めた故プミポン前国王が提唱した「足るを知る経済」思想があった。持続可能なサトウキビ産業の発展が世界的に求められる中で、技術支援や融資などを基にした農家との密な連携、複合農業やサトウキビの多用途利用などを基としたモノカルチャー的発想からの脱却といった戦略は、日本国をはじめとした世界各国のサトウキビ生産地に対し示唆に富んでいた。

はじめに
〜タイのサトウキビ産業について〜

 2016年12月にタイ北部のチェンマイにて開催された国際甘しゃ糖技術者会議(International Society of Sugar Cane Technologists、以下「ISSCT」という)の第29回大会に参加した。タイは、サトウキビ生産量約1億トンとアジア最大級の生産国であり、砂糖の生産量は世界第4位、輸出量は世界第2位を誇っている1)。なお、日本の砂糖輸入量の約48%(2016年)がタイから輸入されている。栽培の中心地は東北部で開催地のチェンマイではほとんど栽培風景は見られないが、東北部に近く、観光地として栄え、国際空港など交通インフラの整った都市故に選ばれたようである。近年、タイでは砂糖の国際価格の上昇やタイ政府によるコメからの転作奨励によりサトウキビの栽培面積が増加してい る1)。一方、日本ではサトウキビの栽培面積が1980年代に隆盛期を迎え、砂糖の価格調整制度によりサトウキビには一定の価格が保証されているものの、現在、高齢化に伴う粗放化、栽培面積の縮小などが課題となっている。タイのサトウキビ生産に対する日本からの提言あるいは日本が彼らから学ぶことはないのだろうか。

1.ISSCT本大会およびプレコングレスツアーに参加して

 ISSCTは、世界の主要なサトウキビ生産国が開催国となり3年おきに行われるサトウキビ研究の国際会議である。開催地は北半球と南半球が交互に選ばれており、前回は南半球のブラジルで、今回は北半球のタイで開催された。アジアで開催されるのは1999年のインド以来8回目で、タイで開かれるのは1992年のバンコク開催以来2回目である。ISSCTには、サトウキビ関連の全ての分野を網羅する農学、農業機械、農業工学、育種学など10の分科会が設置されており、本大会の合間の3年間に、それぞれの分科会が世界各地でワークショップを開催し、同分野内での議論、親交を深め、次期開催時の基調テーマなどを提案する。ISSCTは毎年一つのテーマを掲げて行われるが、タイのチェンマイで開催された本会は「十分かつ持続可能なサトウキビ生産:小規模農家から世界的な輸出国へ(Sufficient and Sustainable Sugar Cane: from small farmers to global exporters)」をテーマとして開催された。

 ISSCTはプレコングレスツアー、本会、ポストコングレスツアーの3部で構成されるが、本稿では、本会に先立って組まれるプレコングレスツアーについて報告する。同ツアーはサトウキビ産業技術のアピールの場であり、開催国による趣向を凝らした企画・運営がなされ、生産地での課題など各分野での課題に関連した栽培・育種・工場などでの最新技術が紹介される。今回は、12月2、3日の2日間の日程が組まれ、コーンケーン県を拠点にタイ東北部を訪れた。参加者はグループに分かれ、製糖工場、()(じょう)、各研究所などを見学した。

2.Mitr Phol社の製糖工場

(1)会社概要

 Mitr Phol社はウォンクソキット(Vongkusolkit)家を中心に構成される巨大製糖会社である。1946年に製糖事業を中心とする家族経営の会社として設立し、その後、徐々に事業を広げていき、現在ではタイに六つの工場(図1)を有するほか、中国、ラオス、豪州にまでその事業拠点を拡大している。年間のサトウキビ圧搾量は2000万トン、砂糖生産量は230万トンであり、アジア最大、世界でも第4位の規模を持つ。同社の事業は、バイオ燃料・電力の供給や副産物を利用した有機肥料の製造、さらには原料となるサトウキビの自社生産や契約農家への営農指導、関連会社を傘下とした共同運営など多岐にわたる。プレコングレスツアー1日目はMitr Phol社の持つ工場の中でも最も古いPhukhiao工場の視察を行った。

図1 Mitr Phol社(本社)、製糖工場、研究センターの所在地

(2)Phukhiao工場

 Phukhiao工場には1983年に操業を開始した製造ライン(Aライン)と、2015年12月に設立されたディフューザー(浸出)方式(注)を取り入れた製造ライン(Bライン)が存在する。それぞれの原料処理能力は、Aラインが1日当たり2万5000トン、Bラインが同1万5000トンである。後述するContract Farming Systemにより契約農家の持つ6万5000ヘクタールから原料のサトウキビが年間約450万トン搬入される。Phukhiao工場では粗糖と精製糖の両方の製造を行っているほか、ゴールドシュガーなど付加価値の高い加工糖を生産する製造ラインも存在する。また、他の会社と提携して、シロップなどの甘味料の製造も行っている。同工場の電力は、製糖工程で副産物として生じるサトウキビの搾りかす(バガス)を用いたコージェネレーションシステムにより賄われているが、工場の操業やMitr Phol社の他の施設によって消費される電力は発電量の半分程度であるため、残り半分は売電されている。

 工場敷地内にはエタノール工場も併設されており、無水エタノールを生産する工場と含水エタノールの生産を行う工場が稼働している。製糖工程の副産物である廃糖蜜を原料に、2工場合わせて1日当たり500キロリットルのエタノールが生産されるが、これはタイで1日に消費されるエタノール量の17%に相当するという。ちなみにMitr Phol 社 はPhukhiao工場とは別に廃糖蜜を原料にエタノールを精製する工場2カ所、圧搾液を直接エタノールに精製する工場1カ所を有し、これら全てを合わせると年間のエタノール製造量は3億8000万リットルに達し、バイオエタノールの製造量としてはアジア最大の規模である。製造されたエタノールはガソリンと混合し、E10、E25、E85(それぞれエタノールを10%、25%、85%含むバイオ燃料)として利用される。

(注)温水を用いた砂糖抽出方法。

(3)積極的な農家との契約および支援
(Contract Farming System)

 Mitr Phol社は、3万世帯のサトウキビ農家と契約を結んでおり、32万ヘクタールの農地からサトウキビを調達している。このうちPhukhiao工場が契約する農地は6万5000ヘクタールで、タイの中で最も栽培が盛んな東北部に位置するものの、その多くは砂質土または砂質ローム土で構成され、水源は雨水に頼っていることから、しばしば低収が問題となる(写真1)。

写真1 タイ東北部の畑土壌

 Contract Farming Systemでは、このような地域で栽培を行う契約農家に対して経済的・技術的支援を行っている。Phukhiao地区では農家との相談・契約を行う工場直轄の事業所が16カ所存在する。同事業所の主な業務は、(1)農家へのシステムの説明(2)農地の視察(3)契約および対象となる農地の確定(4)経済支援と資材投入・技術提供(5)収穫作業および工場への出荷作業の請け負い(6)農家への原料代の精算およびローンのあっせん─などとなっている。支援の内容は契約期間(短期:1年間、中期:2〜3年)と農地面積(小規模:8ヘクタール未満、中規模:8〜40ヘクタール未満、大規模:40ヘクタール以上)によって細かく定められている。例えば、短期契約の場合、整地、植え付け、肥培管理、収穫などの作業の一部をMitr Phol社に委託することができるが、中期契約ではそれに加えて貯水池や井戸などのかんがい設備やソーラーパネルの整備補助などの融資も受けられ、Mitr Phol社から借りられる農業機械の種類が増える。また、農地面積が大きくなるにつれ馬力の大きなトラクターを使用することが可能となったり、収穫時に積載量が多いトラックを利用できたりする。大規模農家になると、大型ハーベスタの利用も可能となる。このような支援にとどまらず、契約農家に対する知識や技術の普及啓発、農家同士の意見交換を行うための学習センターにおける情報提供を通じて、農家と良好な関係を築く努力もなされている。また、Mitr Phol社が契約する農地は全て全地球測位システム(GPS)・地理情報システム(GIS)を駆使してマッピングされ、契約農家名、農地面積、品種、植え付け日、畝間などの情報が管理されている(写真2)。サトウキビは発芽時、分げつ期、収穫前の計3回の生育状況の調査に基づき、単位当たりの収量の見込みをAからEまでの5段階で評価される。この評価に基づき収量予測を行い、作業時期の決定や収益の予想などに利用されている。このように高度な技術を駆使したタイの栽培環境に適応した革新的かつ持続可能なサトウキビ生産体系は「Mitr Phol Modern Farm」と呼ばれ、生産農家の増収・コスト低減に対しての効率化が積極的に進められている。

(注)評価方法は以下の通り(1ライ=0.16ヘクタール)。
 Aランク:1ライ当たり12トン以上
 Bランク:同9〜12トン未満
 Cランク:同6〜8トン
 Dランク:同5トン
 Eランク:同4トン以下

写真2 GPS・GISによる契約農地のマッピングおよびその登録情報

(4)小規模農家のための原料集荷場

 タイは、小規模農家が全農家数の約85%を占めており、人力による収穫割合が高いのが特徴である。大規模農家はハーベスタや大型トラックを利用し製糖工場への原料の搬入が行われる一方、小規模農家は主に小型トラックを利用するため費用や時間の無駄が多く、搬入が非効率的である。このような状況を考慮し、Mitr Phol社は各地に原料集荷場の設置を進めている。小型トラックで集荷場まで運ばれた原料は、計量された後、大型トラックに積み替えられる(写真3)。1台分を移すのに10分程度を要し、おおむね積載量25トン(小型トラック4〜5台分)の原料が大型トラックに積み替える必要があるが、この輸送システムに基づいた搬入によって輸送費や労働力を軽減することができるため、1トン当たり600円程度のコスト削減が可能であるという。集荷場を利用して原料を出荷する農家は年々増加傾向にあるといい、現在、Phukhiao工場管内には32の集荷場があり、4000戸の農家数が利用し、75万トンの原料が工場に出荷されている。

写真3 小型トラックから大型トラックへの原料茎の積み込み風景(左)と作業完了後の大型トラック(右)

(5)ミトポン革新研究センター
(Mitr Phol Innovation and Research Center)

 1997年、Mitr Phol社は、今後のビジネスのさらなる発展のためにはサトウキビの生産性向上を目的とした種々の研究を行う必要があると考え、Phukhiao工場管内にInnovation and Research Center(RDI)と呼ばれる研究センターを設立した。RDIは作物生産、高度情報システム、糖科学・糖製品そしてバイオ製品・バイオエネルギーという四つの研究部門から成り立つ。センター内にはこれらの研究を進めるための高度な精密機械や設備が整っているほか、センター裏には気象観測計や土壌センサー(写真4)が設置された試験圃場や各品種の苗床、ポット試験に利用可能なビニールハウスも存在する。Phukhiao工場管内以外にもKalasin、Phuviang、Danchang工場には研究センターの支所が存在し、作物生産部門を中心に研究を行っている。また、2014年には第2の研究センターがパトゥムターニー県の科学技術研究開発振興区(Thailand Science Park)内に設立された。ここには組織培養研究室と試験圃場以外はPhukhiao工場管内同様の設備が整っており、主にバイオ製品・バイオエネルギー部門を中心とした研究が進められている。

 



 

 プレコングレスツアーではRDIを訪問し、部門別に用意されたブースを見学した。作物生産部門および高度情報システム部門では、持続可能なサトウキビ生産を目的とした育種、施肥・かん水・農薬管理および生育のモニタリングに関する技術が展示されていた。具体的にはストレス耐性を持つサトウキビ品種の育成、有機肥料の利用、土壌水分センサーを利用した効率的なかん水管理、無人航空機(ドローン)を利用した生育評価、化学農薬を使用しない生物防除法などの研究を行っているが、特にプレコングレス会場の位置する東北部は干ばつ被害が大きな問題となることからかん水管理に力を入れていた。土壌センサーは一式当たり約2万バーツ(約6万6800円〈1バーツ=3.34円:3月末日TTS相場の換算〉)と決して安くはないが規模の大きな農家には導入を勧めており、現在150戸ほどが利用しているという。糖科学・糖製品部門では、サトウキビ品質管理システムの構築および砂糖製品の製造を行っている。現在、圧搾液にセライトを加えて清汁化したろ液を使ってブリックス(可溶性固形分の濃度)、糖度の測定、CCS(可製糖率)の算出を行っている。しかしながら、今後は日本同様、品質評価に近赤外線分光器(NIR)を導入することも検討しており、さらに生育中の熟度の把握に携帯型NIR装置を使用する試みも行っている。また、Mitr Phol社の製糖工場では糖だけではなくでん粉やデキストランの測定も行っており、品質劣化の指標としている。さらに、Mitr Phol社では砂糖関連製品の製造も行っており、プレコングレス会場や昼食・休憩時には製品の試食・試飲を楽しむこともできた(写真5)。バイオ製品・バイオエネルギー部門では、砂糖およびエタノールの高付加価値化を通じたMitr Phol社のバイテク(高度先端技術)産業の発展を目標に掲げている。現在エタノール精製に利用しているものより効率の良い酵母やドイツのTKIS社と提携し粗糖から乳酸を生成するのに適した微生物を探索している。また、リン溶解菌など生長促進効果を持つ根圏微生物についても研究を行っており、作物生産部門で使用する有機肥料とともに施用する試みも行われている。

写真5 Mitr Phol社で製造しているさまざまな製品(Mitr Phol Sugarホームページから転載)

3.KSL社の製糖工場

 タイの製糖事業大手の一つであるコンケンシュガーインダストリー(KSL社)を訪ねた。KSL社はタイ国内外にも多くの施設を持ち、視察を行ったコーンケーン県のナムポン(Nampong)郡では、敷地内に製糖工場、バイオエタノール製造工場および発電工場を備えた施設であった。製糖工場の特徴として、連続式ディフューザー(Bosch社製)を用いてサトウキビから糖液の回収を行っていた(写真6)。ディフューザーは1時間当たり最大917トンの処理量を持ち、糖の回収率は96%であるという。施設内の大小さまざまな機械を視察していくに当たり、施設案内者および参加者の口から「シンコー」、「ツキシマ」などの日本企業名が多く聞かれ、タイの製糖産業と日本企業の結びつきが確認できたことが印象的であった。

写真6 KSL社製糖工場(左)と連続式ディフューザー(右)

4.コンケン畑作物研究センター
(Khon Kaen Field Crops Research Center)

 コーンケーン県を含む東北部はタイのサトウキビ生産の43%を担う主要な生産地である。本研究所は、農業省の傘下にあり、サトウキビの株出し低収およびその原因とされる干ばつ、低()(よく)土、白葉病といった東北部で特に重要とされている課題を解決すべく研究が行われている。また、その他の主作物であるコメや落花生の研究も行われているようである。本研究所での展示は農業省、コンケン大学および農機企業数社と協力して行われていた。

(1)かんがい技術と土壌改良

 タイの気候は5〜11月の雨季と12月〜翌4月の乾季に分けられ、雨季は洪水が問題となる一方で乾季は干ばつが問題となる。そのため、植え付けは雨季後の土壌にたまった水分を利用する10〜12月に行われる。本研究所では、植え付け後の発芽および初期生育不良を改善すべく、植え付けと同時にかん水を行う機械が開発され(写真7)、無かん水区とかん水区の圃場が比較展示されていた。また、Rivulis社製の「地中点滴かんがいシステム(Sub Surface Drip Irrigation)」も公開され、(1)地中かんがいによる土壌面での水分蒸発が抑制されること(2)株元に局所的にかん水するため雑草が少ないこと―などの効果が期待できるという。このような農業機械からのアプローチに加え、栽培面では、余剰バガス、フィルターケーキ、ビナス(蒸留廃液)やトラッシュ(夾雑物)などの土壌還元や緑肥の導入、株出し収穫後から次の植え付けまでの休閑期に農家の経済収入も高い陸稲を植えるなどして、土壌の保水性や肥沃度を高める方法が提案されていた。また、窒素、リン酸、カリの割合を個別に調整することが可能な肥培管理機も紹介されていた(写真8)。この機械では窒素、リン酸、カリ単肥を入れる容器がそれぞれ別に存在しており、各肥料に対応したギア(回転数)を変化させることで施肥量の微妙な調整が可能となる。配合肥料の利用だけではなし得ない各圃場・各地点の栄養状態に即した肥培管理を行うための工夫であると言えるだろう。

写真7 植え付けと地中かん水を同時に行う機械(左)とかん水後の土壌(右)

写真8 窒素、リン酸、カリを個別調整可能な管理機

(2)株出し能力に優れた品種の育成

 東北部のサトウキビの平均単収は新植では1ヘクタール当たり80〜90トンと高いが、株出しでは同40〜50トンと低い2)。これは株出し後の初期生育期間が乾季と重なることが原因の一つと考えられ、株出し回数も1回程度と非常に少ないのが現状である。そこで育成された品種が「Khon Kaen 3(KK3)」である。本品種は株出し能力に非常に優れ、2007年のリリース後ここ10年でタイ全体の50%、東北部では80%以上のシェアを占めるまで普及した。現在は「Kps01-12」など耐乾性に優れる品種を育成している。また、日本の国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(以下「JIRCAS」という)との連携で、糖度はKK3より低いものの茎数が多く多回株出しに向く「TPJ03–452」「TPJ04-768」などの多用途型サトウキビ品種が展示されていた。

(3)白葉病防除

 白葉病のまん延も株出し低収の要因の一つである。白葉病は難培養性の植物寄生性ファイトプラズマにより引き起こされる病害で、媒介虫により伝搬し感染後は葉が白化し枯死する。アジア地域のサトウキビ産業に甚大な被害を及ぼしており、過去には日本の種子島でも発生が認められたことがある3)。JIRCASが中心となって本研究所およびコンケン大学と共同で総合防除プロジェクトを推進しており、健全種苗生産の促進、()(びょう)株の除去などの解決策をはじめ、リアルタイムPCRを用いた定量法による病原ファイトプラズマの早期検出技術などが開発されている2)

5.「足るを知る経済」学習センター
(Sufficiency Economy Learning Center)

(1)「足るを知る経済」思想と複合農業モデル

 タイでは、1997年のアジア金融危機以降、故プミポン前国王により「足るを知る経済」が提唱され、農村の自立を目指す取り組みを続けている。この思想に基づき故プミポン前国王が考案した新理論農業とは、雨水に頼った農業地域の小規模農家が、ため池によって水資源を確保し、水田や畑作など1世帯が食べていくために必要な土地を各用途に分配し有効利用することで複合的に行われる農業のことである4)。今回視察した学習センターでは、住居に隣接した耕作地、かんがい水および養殖魚用の貯水池、竹やサトウキビを原料とする炭製造場および堆肥製造場などが、タイの農村地域における生活スタイルのモデルとして展示されていた(写真910)。

 






 

  また、ツアー1日目に訪れたMitr Phol 社では比較的未開発の村落を中心にサトウキビ生産を主とした複合農業のための技術移転を行っており、成功例として契約農家A氏が紹介された。A氏はサトウキビをメインに栽培している傍らでコメ、野菜の生産や、豚、鶏の飼育のほか、貯水池では川魚の養殖も行っていた(図2)。家畜のふん尿は堆肥化し有機肥料として畑に還元され、養殖用のため池はかん水源としても利用される。Mitr Phol社のサトウキビ生産モデルではマメ科作物の輪作も提唱されており、サトウキビ収穫後、休閑地となる畑を耕作し、7〜8月にかけて大豆などのマメ科作物を植え付け、10〜11月に収穫を行う。収穫残渣はそのまま畑にすき込み、その後サトウキビの植え付け準備に入るが、害虫の付きやすい大豆は管理が面倒であることから近年ではマングビーン(緑豆)の利用も推奨されているようだ。このような複合農業を行うことで、本来ならば未利用となる資源を余すことなく有効に利用することができる。現在、A氏は年間200万円近い収益を上げており、生活の質を大きく向上させることができたという。なお、Mitr Phol社の生産者支援については、丸吉裕子、谷村千栄子(2015)「変革期にあるタイの砂糖産業」『砂糖類・でん粉情報』(2015年9月号)を参照されたい。

図2 モデル農家A氏が行っている複合農業の土地利用方法

(2)地場智慧(Local Wisdom)の共有

 アジア経済危機以降にタイ政府は農地改革局(ALRO)を実施機関として「農地改革地区総合農業開発事業」を立ち上げ、農民の学習のための組織化、学習センターの設置を支援した4)。事業では各農村地域の文化や伝統的な価値を尊重し、それら農民の「地場智慧(ちえ)(注)」を農家は農民ネットワークや学習センターを通して学び合っているようだ。上述のように、本ツアーを通してサトウキビ生産においても優良技術や支援成功例の展示・紹介など製糖工場が積極的に農民の学習を支援していることが分かった。

(注)各地域に存在する在来品種や栽培方法、成功事例などの地元に根ざした智慧。

おわりに
〜サトウキビ産業の持続可能な発展〜

 タイのサトウキビ生産は多くの小規模農家により支えられている。製糖工場は、GISシステムを活用したデータ管理やそれを基にした農家との個別面談、農家への支援、モデル農家の展示、とく農家の優良技術の共有、集荷センターの設置など、「足るを知る経済」思想に基づき、そうした小規模農家との連携に力を注いでおり、小規模農家から世界的な輸出国をテーマとした本会に密に関連した内容であった。

 また、不安定な国際市場に左右される粗糖以外についてもMitr Phol社の高付加価値加工製品やバガスを用いた木板、糖蜜由来のバイオエタノールの販売など経営を多角化する取り組みが見られた。さらに、同じサトウキビにしても、製糖用品種、ジュース用品種、多用途品種、飼料用品種と用途別に分けて育種がなされていた。モノカルチャー的発想を回避するこのような地道な取り組みが持続可能なサトウキビ産業の発展につながっていくのではないかと思われる。


参考文献
1)丸吉裕子、谷村千栄子(2015
「変革期にあるタイの砂糖産業」『砂糖類・でん粉情報』(2015年9月号)独立行政法人農畜産業振興機構
2)安藤象太郎、小堀陽一、寺島義文(2015
「東北タイでのサトウキビの多用途利用に向けて」『砂糖類・でん粉情報』(2015年10月号)独立行政法人農畜産業振興機構
3)荒井哲、氏原邦博(1989)「種子島に発生したサトウキビ白葉病」『鹿児島大学農学部学術報告』39巻、pp9-16
4)小田哲郎(2011)「タイにおける「足るを知る経済」思想に基づいた農村開発事業」『農村計画学会誌』30巻1号、pp60-63
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-8713