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米国農務省農業研究局におけるサトウキビ育種研究

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最終更新日:2017年8月10日

米国農務省農業研究局におけるサトウキビ育種研究

2017年8月

国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター
作物開発利用研究領域 主任研究員 服部 太一朗
沖縄県農業研究センター 作物班 研究員 下地 格  

【要約】

 米国農務省農業研究局のサトウキビ研究拠点が設置されているフロリダ州とルイジアナ州を訪問し、両地域のサトウキビ生産やサトウキビ育種プログラムについて調査した。早期高糖性や低温適応性、育種における種間交雑の利用など、米国と日本の間には共通する課題も多く、今後の連携強化が有意義であると考えられた。

はじめに

 米国農務省農業研究局(Agricultural Research Service〈ARS〉)は1958年に設立されて以来、米国農務省(USDA)の最も主要な研究機関として位置付けられており、現在の職員数は約8000人(うち研究員約2000人)、研究拠点は海外を含めて90カ所以上に達する。著者らは「天然資源の開発利用に関する日米会議(UJNR)」の飼料作物改良部会の委員として、フロリダ州とルイジアナ州にあるARSのサトウキビ関連研究拠点を訪問し、バイオマス資源作物としての視点から、多用途利用向けサトウキビに関する研究状況について情報収集を行った。本稿では、その一環として得られた米国におけるサトウキビ育種研究の情報について紹介する。なお、本調査は農林水産省の農林水産業研究開発・技術移転推進費により実施した。実施に当たっては、農林水産技術会議事務局、UJNR飼料作物改良部会をはじめとする関係各位から多大なご支援を賜った。ここに記して厚く御礼申し上げる。

1.フロリダ州におけるサトウキビ育種

(1)フロリダ州のサトウキビ生産の概要

 ARSのサトウキビ研究拠点の一つであるSugarcane Field Station(以下「サトウキビ研究所」という)は、フロリダ州キャナルポイントに位置している(写真1)。フロリダ州は米国のサトウキビ収穫面積の47.6%、生産量の52.1%を占め、最大の生産地となっている(表1)。フロリダ州における主要な生産地域はオケチョビ湖周辺、特に冬季でも霜が降りにくい南東部に集中している。同地域には1日当たり圧搾量2万トン程度の製糖工場が四つあり、そのうち1工場を生産者組織が、残る3工場を製糖企業が、それぞれ所有している。同地域の約9割の土地を所有する2社の製糖企業は、連名でFlorida Sugar Cane League(FSCL)と呼ばれる組織を形成している。FSCLはサトウキビ研究所およびフロリダ州立大学(UFS)と連携してサトウキビ品種開発に取り組んでいる。

写真1 フロリダ州キャナルポイントのサトウキビ研究所(Sugarcane Field Station)

表1 米国におけるサトウキビ生産概要

 同地域では秋季に相当する8〜10月にサトウキビの植え付けが行われる。植え付け面積の5〜6割が機械植え、残りが人力である。土壌中の窒素含有率が高く、通常、施肥に窒素を含まない。新植と株出し1年目がそれぞれ栽培面積の30〜35%を占め、株出し2年目が25%程度、株出し3年目以上が5%程度である1)

 収穫は10月下旬から翌3〜4月までの約5〜6カ月間継続する。収穫の順番は、株出し2年目以上(翌年に廃耕)、株出し1年目、新植の順に行われ、新植の栽培期間が最も長く、収量も高い。土壌中の保水力が大きく早期に糖度が上昇しにくいことから、10〜11月収穫予定の圃場(ほじょう)には、収穫6週間前を目安にライプナー(ripener)と呼ばれる登熟促進剤(グリホサート系)を空中散布して糖度上昇を促す場合が多い。

(2)フロリダ州におけるサトウキビ育種プログラム

 サトウキビ研究所は、当初、主要なサトウキビ生産地域であったルイジアナ州で先行実施されていたサトウキビ育種プログラムに交配種子を提供する目的で、1920年代に設置された。その後、1960年代からフロリダ州でもサトウキビ生産が増大したことを背景として、フロリダ州を対象とした育種プログラムにも着手することとなった。

 フロリダ州におけるサトウキビ育種プログラムの概要を図1に示した。キャナルポイント周辺の有機質土壌向けの育種が主であるが、10年ほど前から砂質土壌向け育種も開始された。サトウキビ研究所は、交配から栄養系2次選抜まで(砂質土壌向けは栄養系1次選抜〈株〉まで)を主導する。それ以降はUFSが主導し、複数の農家圃場で試験が行われる。なお、UFSはLand-grant University(政府所有の土地を州政府に供与して設置された大学群)の一つであり、USDAから予算配分を受けて、フロリダ州のサトウキビ育種、新品種と関連栽培技術などの普及を担っている。FSCLも後期選抜試験に参画するが、研究面よりも圃場の提供や生産者との橋渡し、資金面での支援などを主に担っている。

図1 フロリダ州におけるサトウキビ育種プログラムの概要

 サトウキビ研究所では、交配に4基の日長処理施設を利用している(写真2)。同地域では自然条件下でも(しゅっ)(すい)する場合があるが、出穂期が低温で花粉稔性が低いため、どの品種系統も母本利用に制限される。そこで、日長処理で出穂を誘起し、その後に大型温室に運び込んで生育させ花粉稔性を維持するという方法で父本利用を可能にしている。交配素材はポット栽培され、全素材がバーコード管理されている。交配組み合わせ数は、フロリダ州の有機質・砂質土壌向けに400〜600のほか、ルイジアナ州への交配種子提供に向けて400〜500である。

写真2 日長処理施設の外観(左)および隣接する大型交配温室(右)

 以下、有機質土壌向けの選抜の概要を紹介する。実生選抜は、選抜圃場と組み合わせ検定圃場に分けられる。選抜圃場では生育評価(達観)と圃場ブリックス、各種病害の程度を指標に選抜が行われる。組み合わせ検定圃場は選抜対象外で、検定結果のみが翌年の選抜圃場の設計に反映される。2次選抜では組み合わせ検定は行わず、実生選抜と同様の指標を用いて選抜が行われる。3次選抜は、UFSの主導の下、3カ所の農家圃場で行われ、サンプル茎の一茎重と原料茎数から収量を推定するとともに品質分析を行う。また、4病害(黒穂病、モザイク病、矮化(わいか)病、白条病)については接種検定が行われる。4次選抜は7カ所の農家圃場で行われ、3次選抜と同様の指標を用いて、より大面積での評価を実施する。

 サトウキビ研究所はこれまで多くの品種を開発しており、最近では2013年度に1品種、2014年度に2品種、2015年度に7品種が育成された。同研究所の育成品種は、フロリダ州の栽培面積の95%、ルイジアナ州では50%、テキサス州では100%を占める。さらに、諸外国にも品種を提供しており、例えばニカラグアでは98%、ホンジュラスやアルゼンチンなどでは60〜70%の栽培面積を占めている。また、製糖用品種に加えて、近年までエネルギー生産向けサトウキビ(エナジーケーン)の育成プロジェクトが推進されており、UFSとの共同出願によりエナジーケーンが5品種登録された(UFCP74-1010ほか4品種)。しかし、これらのエナジーケーン品種は実用栽培ではなく、関連研究および交配に利用される見込みである。

2.ルイジアナ州のサトウキビ育種

(1)ルイジアナ州のサトウキビ生産の概要

 ルイジアナ州はフロリダ州とともに米国の主要なサトウキビ生産地帯であり、米国のサトウキビ収穫面積の約45.9%(2015年度)を占めているが、収量性はフロリダ州より低い(表1)。その主要因として、ルイジアナ州ではフロリダ州より冬季の低温が厳しいことが挙げられる。フロリダ州のキャナルポイントは那覇市と同程度の緯度であるが、ルイジアナ州におけるARSのサトウキビ研究拠点Sugarcane Research Unit(以下「サトウキビ研究ユニット」という)が設置されているホーマ(ニューオーリンズ南西の都市)は、種子島とほぼ同程度の緯度に位置する。ホーマは種子島に比べて初春〜初夏にかけての気温が高いが、冬季の気温は種子島と同程度で、那覇市やキャナルポイントより5度程度低い(図2)。また、ルイジアナ州では冬季の降霜が常態化している。ルイジアナ州では通常8〜9月に植え付けが行われるが、翌1〜3月に降霜により地上部が枯死するため、4月に生じる新たな萌芽が実質的な生育のスタートになる。気温が上昇する4月以降は、肥沃な有機質土壌や良好な水環境を背景として旺盛な生育を示すものの、収穫期(10〜12月)までに十分な生育期間が確保できず、収量性ではフロリダ州に及ばない。生育期間の短さは糖度上昇にも影響し、収穫期間の前期〜中期に当たる10〜11月の収穫分については十分な糖度上昇が見込めないため、収穫1カ月前に登熟促進剤を使用して糖度を上昇させる。

図2 ホーマと種子島、キャナルポイントと那覇市における月別平均気温(2006〜2010年)

 同地域には11の製糖工場があるが、製糖企業が農地の約9割を所有するフロリダ州とは状況が異なり、農地の大部分を農家が所有している。これに関連して、フロリダ州では製糖工場がFSCLを組織していたのに対し、ルイジアナ州では農家がAmerican Sugarcane League(ASCL)を組織して、サトウキビ関連研究や技術普及の支援を通じて製糖工場の収益向上に貢献している。

 現在では、ルイジアナ州とフロリダ州の収穫面積は同程度であるが、製糖産業の中心はもともとルイジアナ州であった。そのため、ルイジアナ州に最初にサトウキビ研究の拠点が設置され、当初は耐病性品種の導入試験が主に行われていた。その後、育種による耐病性の改良が重要視されるようになったが、低温で交配が実施できないことから、キャナルポイントのサトウキビ研究所で交配してホーマのサトウキビ研究ユニットに種子を送付する、という方式が採用された。

(2)ルイジアナ州におけるサトウキビ育種プログラム

 ルイジアナ州におけるサトウキビ育種プログラムの概要を図3に示した。フロリダ州とは異なり、ルイジアナ州では、サトウキビ研究ユニットとルイジアナ州立大学が、それぞれ独自に初期選抜を推進し、ASCLの調整の下、後期選抜において合流するという枠組みであった。

図3 ルイジアナ州における育種プログラムの概要

 サトウキビ研究ユニットにおける主要な育種目標を耐冷性(降霜後の萌芽能力や低温下での茎伸長性)および耐病性であり、その達成に向けて大きく二つの選抜ラインが設けられている。一つは製糖向け育種であり、もう一つはBasicあるいはIntrogressionと呼ばれる種属間交雑育種である。同地域では上記のような耐冷性の良否がサトウキビの生産性に大きく影響するため、環境適応性に優れるサトウキビ野生種との種属間交雑を通じて経済品種に耐冷性を導入する操作が重要であり、これを育種の基礎(Basic)として位置付けてきたものと推察される。Basic素材開発ではF1〜BC3世代を扱い、BC4以降の世代は製糖向け育種で扱われる。

 前述の通り、従来はホーマでの交配が困難であったため、キャナルポイントのサトウキビ研究所が交配種子を提供していた。しかし、ホーマにも大型の日長処理施設や交配用温室が建設され、独自交配が可能となった(写真3)。現在では、実生個体の約半数がホーマ交配に由来する。1985年までは、キャナルポイントでの選抜かホーマでの選抜かにかかわらず、ARSの開発品種は「CP」の記号を付与され、個体番号が4桁ならキャナルポイントで、3桁までならホーマで選抜されたものとされていた。1985年以降は、キャナルポイントで交配と選抜のいずれも実施した場合には「CP」、キャナルポイントで交配しホーマで選抜した場合は「HoCP」、ホーマで交配と選抜をいずれも実施した場合は「Ho」が付与されている。なお、ルイジアナ州立大学の開発品種は同様に「L」または「LCP」が付与される。日本の普及品種の多くがCP品種系統を親あるいは祖父母として開発されているが(表2)、特にホーマで選抜された品種系統に由来する場合は早期高糖性に優れる品種が多い。種子島と同様に低温環境にあるホーマでは、短い生育期間の中でも十分な糖度上昇を達成する能力が必須であることがうかがえる。

写真3 ホーマに施設された6連の日長処理施設(左)と隣接する交配温室(右)

表2 ARS開発品種系統を系譜にもつ日本の品種

 サトウキビ研究ユニットでは、日長処理も含め、基本的にはキャナルポイントのサトウキビ研究所と同様の育種操作を行っている。以下、選抜の概要を記載する。実生選抜において、Basic素材開発では約4万、製糖向け育種では約6万の実生個体を扱う。交配種子を1月に播種(はしゅ)し、3月まで温室で育苗後、4月に圃場に定植する。12月に収穫して株出しに移行し、翌4月に萌芽状況を評価した後、9月に圃場ブリックスを重視して最終選抜を行う。Basic素材開発は栄養系2次選抜で終了し、増殖および耐病性検定(黒穂病、白条病)を経て、耐冷性や耐病性に優れる約50系統を選定して直ちに交配に利用する。製糖向け育種では、3〜4次選抜と耐病性検定で10系統程度まで絞り込んだ後、ASCLが提供する12カ所の農家圃場で生産力検定を開始する。数年間の評価を経て選定された新品種については、UFSと同じくLand-grant Universityであるルイジアナ州立大学が中心となって普及活動を行う。

おわりに

 以上、本稿ではフロリダ州とルイジアナ州のそれぞれについて、サトウキビ産業と育種プログラムの概要を紹介した。本調査の結果、日米両国のサトウキビ育種研究においては早期高糖性や低温適応性といった育種目標、多用途利用や環境適応性向上に向けた種間交雑の利用など、共通課題が多く見られることが分かった。訪問したいずれの拠点でも、共通課題の解決に向けた継続的な研究交流が重要であり、例えばサトウキビ野生種を含む遺伝資源の交換は有意義であるという点で意見の一致をみた。今回の調査は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターと沖縄県農業研究センターからそれぞれ研究員が参加したが、引き続き、国内の全てのサトウキビ関係研究機関が連携を一層深めながら、オールジャパン体制で米国との連携を深化させていくことが望ましいと考えられる。
引用文献
1)Rice et al.(2015)「Sugarcane Variety Census:Florida 2014」『Sugar journal』(July 2015)pp.8-16.
2)「NOAA’s 1981-2010 Climate Normals: Monthly Temperature Normals」『National Centers or Environmental Information』
(URL: https://www.ncdc.noaa.gov/data-access/land-based-station-data/land-based-datasets/climate-normals/1981-2010-normals-data
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