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中国のトウモロコシ備蓄政策改革の必要性、方向および課題

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最終更新日:2017年10月10日

中国のトウモロコシ備蓄政策改革の必要性、方向および課題
〜黒竜江省、吉林省における調査に基づく報告〜

2017年10月

中国農業大学 経済管理学院 陳 海江(Hai-jiang Chen)
陳 永福(Yongfu Chen)
李 東陽(Dong-Yang Li)

【要約】

 中国ではトウモロコシ臨時備蓄政策の実施によりトウモロコシの在庫量が増加し、在庫がなかなかはけず、加工会社の経営も厳しい状況となり、環境破壊や政府による巨額の財政負担なども問題となっており、政策改革の必要性は極めて大きい。これらの問題は「市場化買い付けと補助金の給付」政策への移行により一時的な改善が可能であり、これらの政策はトウモロコシ臨時備蓄政策の改革の方向性でもあるが、穀物の増産と農民利益の確保という二つの目標を同時に実現することは難しい。また、政策の策定に当たって、実施中に遭遇するであろう課題への対策への配慮が不足しており、現に、政策が正式に確定しない時期にトウモロコシ農家が直面する困難を十分に認識しているとは言えない。

はじめに

 2016年3月、8年の長きにわたり実施されたトウモロコシ臨時備蓄政策(以下「備蓄政策」という)が歴史的幕を閉じ、「市場化買い付けと補助金の給付」という新たな政策(以下「市場化政策」という)(注)が開始された。同年5月末から6月初頭、備蓄政策改革問題のために多部門から構成された調査チームが吉林省と黒竜江省において調査を行った。チームは長春(ちょうしゅん)()(へい)、ハルピン、(すい)()海倫(かいりん)北安(ほくあん)嫩江(のんこう)(とつ)()において聞き取りと現地調査を行い、調査対象は政府機関、加工会社、倉庫会社、農民合作社、穀物栽培農家、農民などの利益関係者とした。

 調査の結果、備蓄政策の改革は極めて急がれることが判明し、新たな市場化政策が現在のトウモロコシ産業の苦境を効果的に改善できることも分かったが、この政策により、多くの目標を実現することは明らかに困難であり、目標別に対応する必要がある。市場化政策は目標価格の決定、農家情報登録において少なからぬ困難がある。中国政府は政策実施のための細則を公布し、政策未確定期における対応を適切に行い、農家の分別を欠いた意思決定を防ぐ必要がある。調査によって明らかになった問題点を基に、備蓄政策を市場化政策に転換する際の参考と啓蒙として政策に関する提言とともに取りまとめた。なお、本稿中の為替レートは、1元=17円(2017年8月末日現在のTTS相場:17.04円)を使用した。

(注)市場原理に価格決定を委ねる一方、生産者に補給金を交付する政策。

1.改革の必要性

 2008年下半期にトウモロコシの国際市況は世界金融危機の影響を受け、急速に下落し、同年6月から12月にかけての下げ幅は48%にも達した。こうした中、中国政府は、市場の安定と農民の利益の保護および穀物栽培のモチベーションを高めるべく、東北三省一区において備蓄政策を実施することを決定した(徐志剛など、2010)。

 備蓄政策は、一時的に中国政府が穀物を市場から隔離し、保管するもので、同政策の実施により東北地区の農民が抱えていた「穀物の売却難」問題が効果的に改善し、トウモロコシの作付けに対する農民のモチベーションも上がり、国内におけるトウモロコシ価格の大幅変動も緩和された(樊gなど、2016)。同時に、備蓄政策が起こした大きなマイナス影響も見逃してはならない。農産品市場に対するコントロール政策としては失敗であったことは、事実が証明しており、客観的に見て、「保一傷二」(一つの面が保障されたが、二つの面でマイナス影響が生じた)、といったような結果となったことから、政策に対する改革は極めて急がれる(郭慶海、2015)。

 黒竜江省、吉林省の2省における調査から、長年に及ぶ備蓄政策により以下のような問題が発生していることが分かった。

(1)倉庫業界では食糧過剰が災いし、在庫削減が難しい

 備蓄政策の影響を受け、中国のトウモロコシ作付面積は増え続け、2008年の4億4800万ムー(2987万ヘクタール:1ヘクタール=15ムー)が2015年には5億7200万ムー(3813万ヘクタール)となり、その増加幅は35.5%に上った。これに伴い、トウモロコシ収量も増加し続け、2008年の1.66億トンが2015年の2億2500万トンに増え、伸び幅は27.6%となった。

 現在、中国におけるトウモロコシの需要は供給をはるかに下回っており、加えて前年度の在庫もあるため、2016/17年度(10月〜翌9月)のトウモロコシの余剰在庫はおおむね2億5700万トン()となり、トウモロコシの在庫が穀物在庫全体の半分近くを占めるようになり、そのうち、東北地区は全体の90%を占める(注1)。 われわれの調査では、トウモロコシを保管する倉庫会社ではすでに穀物が満杯であり、国家穀物倉庫では買い付けしたトウモロコシを保管しきれなくなっている。国が備蓄用に買い付けたトウモロコシの多くは加工会社が代わりに保管している。例えば、四平天成集団(注2)は本来、国が備蓄するはずの20万トンのトウモロコシを保管している。黒竜江省の華糧物流集団訥河国家食糧備蓄庫では外部に20万トンの倉庫を借り上げ、国家備蓄用トウモロコシを保管している。

(注1) データ出典:中華糧網。
(注2) 天成集団は吉林省のトウモロコシ加工業の最大手企業であり、トウモロコシの年間加工能力は90万トンである。

表 中国トウモロコシ需給表

 膨大なトウモロコシ備蓄在庫をいかに解消するかが、政府が直面する大きな課題である。具体的には次の通り。トウモロコシ需給不均衡は表の通りである。

(1)2014/15年度より、新たに増えたトウモロコシの供給が国内需要を大きく上回ったため、期末在庫が増え続けた。

(2)トウモロコシの内外価格差が大きく、トウモロコシとその代替品の輸入量が急増したため、在庫解消がますます難しくなっている。例えば、2015年2月、輸入トウモロコシの課税後価格と広東省蛇口のトウモロコシ現物価格の差額は1トン当たり651元(1万1093円)であった。2015年に中国が輸入したコーリャン、大麦、トウモロコシの蒸留酒(DDGS)の総量は2825万トン、トウモロコシは473万トンであり、それぞれ前年比70%増、同82%増となった(注3)。 蒸留酒用を除き、大麦とコーリャンの多くはトウモロコシ約2398万トンと替えることができる(注3)

(3)臨時備蓄トウモロコシが黒字となる価格での販売や競売での取引量は少ない。臨時備蓄食糧は主に入札によって在庫消費を図っているが、臨時買い付けされた食糧の販売政策は黒字となる価格による販売であり、即ち販売価格=買付価格+合理的費用+最低利潤である。国際的に穀物価格が低迷している中、国が臨時買い付け価格を下げたのは、備蓄穀物はすでに黒字となる価格での売却は不可能だからである(程国強、2016)。2016年5月27日の臨時買い付けされたトウモロコシの競売成約率はわずか58.1%であった(注4)

(注3) データ出典:中国糧油信息網。
(注4) データ出典:中国匯易網。

(2)穀物と豆の需給における構造的矛盾の増大と生態環境の破壊

 備蓄政策の実施によりトウモロコシの価格は引き上げられたため、伝統的な大豆生産地域の一部において、トウモロコシへの転作が起きた。このような作付け構造の調整は黒竜江省北西部地域が最も多く、同省における伝統的な大豆生産地域である海倫市の向栄郷を例にとると、備蓄政策実施前、作付面積は大豆が約10万ムー(6667ヘクタール)、トウモロコシが約2万ムー(1333ヘクタール)であった。同政策実施後、トウモロコシの作付面積が増え続け、ここ2年間ではほとんどがトウモロコシに替わった。

 大豆とトウモロコシの価格に乖離があり、長年形成されてきた耕地の土壌改良に良い輪作体系が破壊され、耕作に適さない一部の林や草原も先を争ってトウモロコシが作付けされ、単収の短期間での急速な増加を狙って、農薬や化学肥料、除草剤の過剰使用が行われたことにより、耕地の生態環境を重篤に破壊した。楊印生など(2016)の試算によると、2010年以降、東北地区のトウモロコシ生産による環境効率(注)は下がり続けており、環境汚染が急速に進んでいる。

(注) 一般的には環境効率とは資源投入と環境の調和度を指す。本稿中のトウモロコシ生産の環境効率とはトウモロコシ生産の各資源投入と環境の調和度を指す。

(3)トウモロコシ加工企業の存続は困難となり、政府財政負担が増大

 備蓄政策の実施によりトウモロコシ価格が高騰し、そのためにトウモロコシ加工会社の原材料コストがかさみ、企業として存続が困難になっている。吉林省を例にとると、トウモロコシ加工産業は同省の一大基幹産業であるが、2014年の吉林省全体のトウモロコシ加工会社の稼働率は50%にも満たず、業界全体の赤字は10億5400万元(約179億6000万円)に上った。

 トウモロコシ在庫が増え続けることで財政にも少なからぬ負担が生じている。2014/15年度、2015/16年度、2016/17度年の期末在庫はそれぞれ1億7700万トン、2億2400万トン、2億5700万トンであった()。黒竜江省発展改革委員会の試算によると、1トンのトウモロコシを1年間に臨時備蓄のために買い付けした場合の購入代金、保管料、利息、管理費の4項目合計で約275元(4686円)掛かってしまう。2016/17年度末におけるトウモロコシの在庫は2億5700万トンであることから、この1年間の貯蔵費用だけでも706億7500万元(約1兆2043億円)となる。このほか、トウモロコシの品質劣化、価格下落による損失、トウモロコシ加工会社への補助金などの支出もあり、財政負担は非常に大きい。

2.改革の方向

(1)改革の実行可能性

 備蓄政策により前述のさまざまな問題が生じたことで、改革の必要性と緊急な実施は明白である。現実的に、現在の経済環境においては改革を進めるための要件が整っている。まず、国内の在庫が十分であり、国際的にも食糧供給が十分であるから、改革を行う上で好機である。第二に、食糧生産能力が十分にあり、それをベースにすれば改革を強力に推進できることである。第三に、すでに改革に対する合意があり、予想もされている。第四には大豆と綿花の目標価格改革が備蓄政策の改革に十分な参考となる(程国強、2016)。

 2016年3月末、国家発展改革委員会は、備蓄政策の転換と、市場化政策の開始を表明した。市場化政策は実質的に、市場に価格決定を委ね、価格と補助金を分離することである。この政策の枠組みの下、政府は農家の生産コストと合理的な収益を基に事前に目標価格を決めておき、市場価格が目標価格より低い場合は目標価格と市場価格の差額を農家に補助金として給付し、市場価格が目標価格より高い場合は、政府は消費者の利益を重視するというものである。

 備蓄政策と比較し、市場化政策は市場に直接干渉するわけではないので、農業生産に与える影響も比較的少ない。また、市場の原理を導入するので、この政策では社会的な福利を大きく利することができる。理論的には、政府の補助金が完全に有効であれば、この政策では福利面での損失は全く生じない。なぜなら政府による転換支出の金額は生産者が得られる補助金額とちょうど同じだからである(李光泗など、2014)。

 市場化政策の最大の意義は政府と市場に対し、特定の行為に対する限界を示したことである。市場が安定的に推移している場合、トウモロコシの供給に政府の干渉は及ばず、市場価格の変動が激しい場合、「安定化装置」の役割を果たすことができる(程百川、2016)。このため、この政策はトウモロコシ価格の形成メカニズムを転換するとともに、一定程度、農民の利益を保護することができるのである。
 具体的には、市場化政策は次の効果を果たすことが期待される。

(1)農民が市場に直接的に向き合うので、備蓄政策のように政府が完全に買い付けるわけではないため、農産品需給の深刻なアンバランスが起こらない。

(2)流通と備蓄における政府の支出が削減でき、政府の財政負担が軽減される。

(3)加工会社は市場価格によってトウモロコシを購入するので、原料コストを引き下げやすいと同時に確実な原料調達が可能となり、トウモロコシ加工業の景気回復を促すことができる。

(4)農家に対する政府の補助金は「目に見えない補助金」から「目に見える補助金」に様変わりするので、補助金の給付における中間段階を省略しやすく、補助金効率が向上する。

(5)中国北方には「統計未算入地」が多く存在する。これらの「統計未算入地」は往々にして耕作に適さない草地や林地であり、市場化政策の補助金は政府が確認した作付面積をベースにしているため、農家が作付けを行っている「統計未算入地」を減らし、生態環境の保護に有効である(蘆凌宵など、2015)。

(2)市場化政策の限界性

 農業政策はもろ刃の剣であり、特定の政策目標に到達しようとしても限界に当たることがよくある。市場化政策の限界性は具体的には次のいくつかの点に表れる。

 まず、農業政策の策定における重要な目標とは、農産物市場の安定と農産物価格の大きな変動を防止することである。備蓄政策が実施された8年間において、国内のトウモロコシ価格は相対的に安定していたが、国際価格の変動は国内よりも著しく大きかった。市場化政策後、トウモロコシ価格の価格決定権は再度、市場に戻されるので、トウモロコシ市場の価格変動はかなり大きくなる可能性がある(・琳など、2015)。

 次に、長期間の政策による保護を受けながら穀物を作付けしていた農民は再び市場に向き合うことになるが、穀物がなかなか売れないという問題に直面する可能性や、農家の穀物作付けに対する積極性がある程度失われる可能性がある。いったん、穀物供給不足といった局面に遭遇しても、穀物の安定的増産を短期間に実現することは難しい(樊gなど、2015)。

 第三に、市場化政策において、補助金の給付が適切に実施されなかった場合、世界貿易機関(WTO)の貿易ルールに抵触する可能性がある(張傑など、2015)。

 総合すると、市場化政策は備蓄政策によって引き起こされた苦境からの脱出には有利であるが、その限定性についても認識する必要がある。農産物価格の調整メカニズムは複数の目標を持つ開放型経済システムであり、単一の制度では多くのターゲットがある政策ニーズを満たすことは難しい(ロ(さんずいに余)聖偉など、2013)。

3.備蓄政策の改革と実行における課題

 備蓄政策の改革における課題の原因は2点である。第1点目は政策改革の現実的困難であり、主として政策未確定期間において穀物栽培農家の意思決定が難しいという点をいかに解決するかである。第2点目としては市場化政策実施段階における問題である。

(1)政策未確定期に穀物栽培農家が直面する問題

 市場化政策の実施時は、農家が()(しゅ)する前に目標価格を公表すべきであり(彭超、2013)、収量に基づく助成であれ、面積に基づく助成であれ、農家の農業経営状況を把握する必要がある。しかし、行政サイドの経験不足から、備蓄政策と市場化政策の合間に政策未確定期間が発生する。未確定期において穀物栽培農家が直面する問題は主として以下の点である。

ア.短期間では作付け構造の調整が難しい
 長年にわたり、多くの農家(合作社を含む)ではトウモロコシを作付けする習慣が養われており、短期間においてそれを変えることは困難である。また、農機の購入にしろ、農薬、化学肥料、種子などの農業生産資料の購入にしろ、農家には比較的決まった購入ルートが形成されており、購入した農機は専用性が高い資産であり、短期間に作付け構造を調整することはとても難しい。われわれの研究では、黒竜江省におけるトウモロコシの作付けでは薬剤を用いて除草を行うことが分かっているが、それらの薬剤の効果は使用してから18カ月内で、この期間、その他の作物を作付けしたとしても、収量は大幅に下がるであろう。

イ.農家はかなりの損失を被り、穀物の売却難に直面する可能性がある
 食糧補助金政策は農業生産における農家の意思決定に重要な影響を及ぼすものである(劉克春、2010)。新しい政策が唐突に打ち出された場合、農家は前年の備蓄政策を基に生産に対する意思決定を行うので、新しい政策が打ち出された時点で多くの農家はすでに土地の賃貸契約を済ませ、種子や化学肥料などの生産資材を購入済みであることから、生産構造と規模を調整するとなると、コストは極めて大きいものになってしまう。このような原因で、2016年においてトウモロコシ作付面積を削減することが難しかったのである。農家が直接、市場において販売した場合、トウモロコシの市場価格は作付けコストを下回った可能性もあるので、補助金を加えても、農家が相応の収益を得ることは難しい。加えて、農家は中国の歴史上、何度も繰り返されてきた「穀物が売れない」問題に直面する可能性もある。

ウ.政策の細部の運用規則の公表が迅速ではなく、農家の意思決定が分別を欠いて行われる
 市場化政策が明らかにされた後、細部の運用規則が速やかに発表されなかったため、「様子見状態」となった農家が多く、意思決定に迷いが生じた。われわれの調査では、多くの農家は作付け種類を調整し、大豆や雑穀、豆類および経済作物の作付けを増やし、畑を水田に変えることができた一部の地方では、農家は水稲の作付けを始めた。だが、国がトウモロコシの補助金案を明確に打ち出すまで、農家は作物別の収益を比較することは困難であり、情報が不完全な状況では、農家の作付け構造の調整は分別を欠いた状況になってしまうことから、このように調整を行っても、政府が達成を望む政策目標を実現できるとは限らないのである。

(2)市場化政策実行の課題

 米国が市場化政策を実施した頃、農家の数は少なく、規模は大きく、農業経営に関する知見が蓄積されていたので、政策の実施に対する現実的かつ適切なベースが整っていた。それに比べ中国では2億3000万戸の農家があり、そのうち、農業経営に従事しているものは1億9000万戸であり、その農家の生産経営状況を把握することは容易ではない。だが、それは市場化政策を行うための基本事項でもある(馮海発、2014)。中国は2008年より農産物の目標価格改革の構想を提起していたが、大豆と綿花の目標価格改革政策を始めたのが2014年になってからであり、6年もの準備期間を費やしたことから、市場化政策の実現がいかに困難かは明らかである。

 筆者は、政策実施上の困難は主として以下の点に表れると考える。
 まず市場化政策において合理的な目標価格の設定が必要であり、また市場価格を確定する必要もある。合理的な目標価格は政策に対する政府の見通しに関わるので、この政策の基本的構成要素を十分に研究する必要がある。そして、大量の食糧作物の栽培周期、コスト、品質に関するかなり大きな差異に基づき、市場価格をどのように決定するかがこの政策の非常に難しい点である(・琳など、2015)。

 次に、補助金が面積や収量に基づくものであっても、面積と収量の加重平均によるものであっても、農家の農業経営状況について詳細に把握する必要がある。だが、中国の農家数は多く、分散し、耕地は著しく細分化され、土地はさまざまな人々にいろいろな用途で使われているため、農家の土地と作付面積などの地理情報登録と調査には多くの工夫が必要である。

 第三に、市場化政策の運営手順が複雑なことから、かなりの実施コストが予想されることである。黄季焜など(2015)は新疆ウイグル自治区での目標価格改革の研究において、作付面積の確認だけでも村民委員会の測量、県と郷の抽出調査、地方(市、州)合同の抽出調査が必要であることを指摘した。幹部による実地測量時間は3輪作では合計936万時間となり、綿花栽培農家による実地立会測量は合計448万時間となることが推測される。この政策の実施にはさらにいくつかの段階が絡むので、政策実施コストはかなり大きい。

おわりに

 中国の農業供給側の改革から考えるに、トウモロコシに対する「市場価格支持、価格と補助金の分離」改革はすでに必至の情勢である(陳錫文、2016)。だが、同時に市場化政策の限定性、実施の困難さ、現在のような政策未確定期において農家が直面する現実的困難に注意を払わなければならない。本稿を取りまとめると以下の通りである。

(1)政府は政策未確定期において穀物栽培農家が直面する現実的困難に十分注意を払い、農民の利益を確実に守る必要がある。中国東北部は穀物の主産地であり、農業収入は農民の総収入において高い比率を占めている。2014年の黒竜江省を例にとると、農業経営による収入は農民の総収入の63%である。このため、政府は政策未確定期における適切な対応に注力し、穀物がなかなか売れないという農民の問題の解決を図り、ある程度、トウモロコシの作付け農家に継続的な補助金の給付を行い、政策の突然の変更による農民の損失をできるだけ抑えなければならない。また、政策に関する広報を強化し、農家の作付け構造の合理的な調整を主導するべきである。

(2)農業の発展にはいくつもの目標があり、例えば、国の食料安全、農民の増収、農業競争力の増強、農業の持続可能な発展などである。農業政策単独では目標を達成することは到底不可能で、農業政策の策定には多くの政策との連携調整が必要であり、発展段階別に偏移が存在する。中国の従来の食糧政策は往々にして複数の目標が重複し、相互に矛盾していた場合もあった。そのため、トウモロコシの市場化政策改革のプロセスにおいては、政策自体が包括できる政策目標を正しく認識し、それに相応しい対応政策を整備する必要がある。

(3)農業補助金は収量、面積、市場価格など、過去のデータが基準となるはずである。過去数年間の加重平均値を採用してもよい。市場化政策の目標の一つは市場に資源配分の基本的役割を担わせることであり、資源配分に対する人的歪曲を抑えることにある。当年のデータを補助金のベースとした場合、過去の食糧価格維持政策と同様の状態に戻ってしまい、特定の作物に行き過ぎた助成を行えば、それら作物の作付け奨励のようになってしまうので、作付け構造の調整にはマイナスである。

(4)備蓄政策と比べ、市場化政策の実施プロセスはより複雑であり、中でも、農家の耕地に関する詳細かつ正確なデータを確認することがこの政策実施における大きな困難である。海外での実践状況を見ると、地理情報システム、グローバル測位システム、リモートセンシング技術を耕地面積の測量と統計に応用しており、耕地に関するデータ確認という難題の効果的解決を図っている。このため、政策実施中にも情報技術の応用を十分に検討し、農業政策の実施をより的確にするために技術面からも効果的なサポートを提供すべきである。


参考文献
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14)張傑、杜a(2016)「新疆における綿花目標価格の助成実施効果の調査研究」『農業経済問題』(2)pp. 9-16.
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