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国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT)育種・分子生物部門ワークショップ報告

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最終更新日:2019年1月10日

国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT)育種・分子生物部門ワークショップ報告
〜サトウキビ育種の急速化と持続可能性〜

2019年1月

琉球大学農学部 寳川拓生、上野 正実、川満 芳信
ミトポンサトウキビ研究所 渡邉 健太

【要約】

 国際甘蔗糖技術者会議(ISSCT)のワークショップが初めて日本で開催された。サトウキビは、その技術開発の遅れから主要生産国でさえも産業史の一部に陥落しかねないことが危惧されているが、ゲノム解読を皮切りとするサトウキビ育種のブレークスルーが期待されている。日本がこのような動きに後れを取らず、さらに先導するには、関係者一同一丸となった取り組みが求められている。今回のワークショップは、世界の研究者にわが国の研究・育種資源を紹介でき、今後の交流の基盤を築く礎となった。これは育種や栽培分野における持続可能な技術革新および産業振興につながる一大イベントであった。

はじめに

 国際甘蔗糖技術者会議(International Society of Sugar Cane Technologists、以下「ISSCT」という)育種・分子生物部門ワークショップが、2018年10月21〜26日に沖縄科学技術大学院大学(OIST)で開催された(実行委員長 ()(れい)信氏、沖縄県農業研究センター)。ISSCT大会はもとより、その傘下のワークショップの日本での開催は初めてで、世界初のサトウキビゲノム解読に関する貴重な講演など今後の育種の急速な発達を予感させる国際会議であった。

写真1 会議場での参加者の集合写真

1.国際甘蔗糖技術者会議について

 ISSCTは世界の主要なサトウキビ生産国の研究者で構成され、南半球と北半球で3年おきに交互にサトウキビ研究の国際会議を開催している、サトウキビの研究交流、技術交流において最も権威ある組織である。ISSCTには、農学、育種学、病理学、農業工学など関連する10の分科会が設置されており、それぞれの分科会が本大会の合間に世界各地でワークショップを開催し、各分野の研究や方向性について詳細な議論を行うとともに、親交を深め、次期開催時の基調テーマなどを提案することになっている。開催地については立候補や推薦によるが、今回は2015年にフランスの海外県レユニオン島で行われたワークショップにおいて日本開催の機運が高まり、沖縄で開催する運びとなった。日本甘蔗糖技術者会議(JSSCT)を受け入れ母体として委員会を発足させ、準備からワークショップの運営に当たった。これまでに、足しげくワークショップへ通い情報収集を行ってきた日本のサトウキビ育種関係者の大きな成果と言える1)

2.沖縄における開催意義

 わが国のサトウキビ産地である南西諸島は亜熱帯気候に属し、北は種子島、南は波照間島、東は大東島、西は与那国島と広範囲に広がり、栽培環境も多様である。特に、台風や干ばつ、()(よく)土壌など共通のストレス条件に加え、種子島の降霜・低温害、季節風や塩害など不良環境が卓出する地域で構成されている。こういった状況を踏まえ、本ワークショップは「ストレス環境に適応するサトウキビの改良」をメインテーマとして開催された。加えて、カリブ海諸国、原産地のニューギニア島を含むメラネシア、インドネシアやフィリピンなど島しょ環境でサトウキビを生産する国・地域も多く、共通の課題に関する情報を共有することが可能である。今回は、島しょ地域であるバルバドス(カリブ海)から3人、インドネシアから2人、レユニオンから5人、モーリシャス(インド洋)から1人、フィリピンから3人、台湾から2人の参加があった。

 また、かねてよりサトウキビ野生種やサトウキビ近縁のエリアンサス(注)やススキを用いた不良環境耐性の付与が世界のサトウキビ育種研究のトレンドになっており、日本在来の育種資源やそれを用いて作出した新たな素材を紹介し、幅広い情報交換の場を形成できた。南西諸島だけでなく、本土においてもススキやサトウキビ野生種が幅広く分布し、収集されている。特に低温適応性などを付加させたススキおよびその属間育種や育種資源の共有などに関して多くの問い合わせがあり、今後の国際的な育種プログラムの展開が期待される。

 今回、こうした日本の生産環境の特徴や育種の概況を冊子にまとめ、「A guidebook for sugarcane breeding in Japan」を刊行した(編集;佐藤光徳氏)。本冊子は、短期間のワークショップでは取り扱うことのできない広範囲な情報を提供し、日本の育種資源を共有する際の基本的な資料となると期待される。

(注)イネ科サトウキビ属の多年草。食料生産と競合せず、収量が高く低コストで栽培できることから資源作物としても有望視されている。

3.主要な講演発表

 ワークショップ参加者は113人で、海外からは77人の参加があった。発表課題は育種分野で43課題(うちポスター発表12課題)、分子生物分野で計19課題(うちポスター発表8課題)であった。以下では、主要なキーワードを挙げながらいくつかの課題について紹介する。

写真2 講演会場の様子(左:口頭発表、右:ポスター発表)

(1)世界初のゲノム解読

 フランス農業開発研究国際協力センター(CIRAD)のDr. Angélique D’Hontより、今年「Nature communication」に掲載されたサトウキビ一倍体ゲノム解読に関する発表があった2)。本報は、CIRADを中心とする国際研究チームによるゲノム解読プロジェクトの成果であり、サトウキビと近縁で相関性も見られるソルガムのゲノムを用いてBAC(細菌性人工染色体)を基礎とした一倍体(注)ゲノムを作出した世界初の成果である。本技術を用いればサトウキビの複雑なゲノムも一倍体に落とし込んで理解することが可能になり、ターゲットとなる特性を決定するゲノムに注目したゲノム育種が実現化される。世界の最先端の研究者による講演を拝聴できたことは、歴史の一証人になった心地がした。Dr. D’Hontはとてもフランクで、特に若手研究者に対して積極的に交流しアドバイスするなど、本ワークショップの開放的かつ友好的な雰囲気を象徴する場面もあった。

 オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO)のDr. Phillip Jacksonは、近い将来、これまでの経験から「Hit and Miss(当たり外れ)」のある交配育種ではなく外れのない(あるいは少ない)ゲノム育種に切り替えていく必要性を強調した。また、てん菜育種と比較しながら、サトウキビ育種の遅れに危機感を持たなければ、サトウキビは砂糖産業の歴史の一部になってしまうのではないかと警鐘を鳴らした。ゲノム解読を足掛かりにサトウキビ育種がブレークスルーする日を待ちたい。

 日本からは、トヨタ自動車の森昌昭氏、東京大学の濱崎甲資氏がそれぞれ野生種の黒穂病抵抗性に関連する量的形質遺伝子座(QTL)の解析、およびフェノタイプコストと選抜精度のための最適なゲノム育種に関する報告を行った。彼らは南西諸島の各サトウキビ研究機関と共同で研究を行っており、サトウキビ分子生物学の研究発展に著しく貢献しており、世界との研究交流を通じて日本のサトウキビ産業への還元が期待される。

(注)生物の染色体数は、二本の染色体が対になっていることから、例えばイネの場合は、2n=24となり、二倍体と表される。サトウキビは、高次倍数性で染色体数が多く、形質の遺伝様式が解明し難く効率的な交配設計が作り難い3)

(2)サトウキビ野生種や近縁属種の遺伝子導入

 基調講演では、サトウキビ交配育種の原点の一つであるバルバドスからDr. Anthony Kennedyが野生種ゲノムの重要性と今後の展望について概説した。

 また、日本からは、国立研究開発法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の寺島義文氏、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センターの服部太一朗氏がそれぞれエリアンサスとサトウキビの種間交雑、種間交雑F1世代や戻し交雑世代への収量構成要素の遺伝について報告した。これらの報告は、多様な育種資源の出穂誘起・同調を実現する質の高い交配設備の開発に端を発しており、今後日本において世界をリードする研究のさらなる進展が期待される。

(3)ストレス耐性(乾燥、病気、低温)

 乾季の少雨に加えて、保水性の低い砂質土壌の分布するタイや中国では、干ばつに適応できる耐乾性品種の育成が行われている。Dr. Phillipは、灌水量で単収を除したパラメータすなわち水利用効率を用い、非水ストレス条件下における潜在的な耐乾性を評価した。このパラメータは、気孔コンダクタンス(気孔抵抗の逆数)などの葉身の生理的形質や収量関連形質といったパラメータを単一で利用した場合と比較して、水ストレス下での減収程度との相関がより強く、したがって非水ストレス下での耐乾性の予測に有効であるという内容であった。さらに、Dr. Phillipはドローンなどの無人航空機(UAV)を用いて蒸散速度と関係の強い群落温度を測定することによって、()(じょう)スケールの蒸散効率の推定も可能であると報告した。このUAVを用いた育種プロセスの効率化については他の研究者からも発表があり、新技術を積極的に利用しようとする動きを見ることができた。その他、ガンマ線照射やエチルメタンスルホン酸処理によって突然変異を誘発したり、葉の形態的特徴に着目し、葉身構造と耐乾性の関係を調査したりした発表などがあり、研究の多様性がうかがえた。

 一方、各国・地域における重要病害として、ブラジル、エクアドルおよび南アフリカから褐さび病、中国から梢頭腐敗病、日本から黒穂病に関する研究発表があり、これらの病気に対する各品種の抵抗性の調査、抵抗性に関するDNAマーカの特定、そしてDNAマーカを用いた育種技術についての発表が行われた。また、米国農務省からは、米国における栽培地域の拡大を目的とし、低温感受性の商業品種に野生種S. spontaneumをかけ合わせた雑種の低温下での光合成能力が向上したことが報告された。日本からは琉球大学の岡田正三氏が、愛知県でのサトウキビ栽培によって収量、品質、黒糖の出来具合から温帯下における国内品種の評価を試み、これらに与える低温の影響や生育特性について発表した(上野代理発表)。

(4)遺伝子組み換え技術の導入

 遺伝子組み換え(GM)サトウキビの商業的な利用は2017年6月に世界で初めてブラジルで認められたばかりの関心の高い話題であるため、本技術の研究開発の進捗について各国から簡単なレポートが行われた。次回のISSCT開催地であるアルゼンチンではグリホサート系除草剤耐性品種としてRA87-3RGが認可された。現在は主に経済的な理由により利用が制限されているようだが、2021年には公式にリリースされる予定である。前述したブラジルからは、カナヴィエイラ技術センター(CTC)(注)がメイチュウ類に対して抵抗性を持つ品種を紹介した。加えてCTCからは、米国およびカナダがGMサトウキビから生産された砂糖の製造および輸入を認めたことも報告された。また、南アフリカでは除草剤、害虫抵抗性および干ばつ耐性のあるGMサトウキビの有用性が試験的に証明されており、コロンビアでは試験段階ではあるが高収量、高品質かつストレス耐性のあるGM品種の育成が行われている。現在のところ、GMサトウキビから製造された砂糖の輸出入は行われていないようだが、ブラジルが世界第一位のサトウキビ生産国、輸出国であり、世界各国の糖業先進国でGMサトウキビが認可されていることを考えると、GMサトウキビ由来の砂糖が世界中に出回る日もそう遠くないと予想される。

(注)CTCは、サトウキビに関わる研究に特化した研究機関。2011年に民営化し、ブラジル国内の主要な製糖業者が株主となっている。

4.エクスカーション

 現地視察では、沖縄県農業研究センター本所(糸満市)の交配設備や育種資源展示圃の見学、小型ハーベスタの実演が行われた。日本の交配設備は他の先進国・地域に比べ規模は小さいが、多くの属や種で自然出穂よりも早期の10〜11月に出穂誘起・同調が可能で、世界的にも高水準の技術である4)。展示圃では、現在の主要な奨励品種に加え、歴史的に重要な品種、交配によく用いる品種・系統、日本在来の近縁属種、将来有望な系統が展示された。台風による被害も一部見られたが、研究センター職員の努力もあって倒伏は少なく、参加者らは日本の担当者の説明を聞きながら盛んに議論を行っていた。また、日本のサトウキビ生産の特徴の一つとして、海外の特に小規模生産の盛んなアジア諸国で小型ハーベスタへの関心が高く、機械の展示および収穫の実演が行われ、参加者たちは食い入るように観察していた。

写真3 見学会の様子(左:交配施設、右:展示圃)

5.ビジネスミーティング

 CSIROのDr. Phillipから、サトウキビ育種資源の国際コンソーシアムの設立が提案された。これまでにISSCTではVariety Noteを作成し各国の主要な品種についてのデータベースを作成していたが、本コンソーシアムは世界中の育種資源の種苗や特性、ゲノムなどの情報を共有し、育種を加速化させることが設立意義となる模様だ。設立や運営に関し、リンゴや大麦などの他の作物での事例が参考になるのではないかとの意見が会場から聞かれた。

 また、若手研究者発表賞の授賞式が開かれ、受賞者の寺島義文氏(JIRCAS)、ブラジルのDanilo Cursi氏が記念スピーチを行った。その他、評議員の選定方法やワークショップ講演要旨の公開範囲、次回ワークショップの開催地やテーマなどについても議論された。

おわりに

 これまでに日本のサトウキビ育種研究者が本分野のワークショップに足しげく参加したことにより、本開催に至ったものと言える。そういった国際会議参加や発表、論文投稿などの地道な努力を関係者一同一丸となって継続することが、遺伝資源の拡充や育種技術の向上につながり、世界で加速する育種研究を追従ひいては牽引(けんいん)することが可能となることが確かめられる会議でもあった。本開催の経験を生かし、栽培など他の分野でもこういった国際交流を継続し、近い将来のワークショップの開催依頼に対応すべく準備を進めていきたい。
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
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