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砂糖の歴史(インドから西方へ)

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最終更新日:2010年2月24日

(独)農畜産業振興機構(ALIC)から、皆様の食生活に関連した情報をお届けしています。 昨年11月号で「砂糖の制度と種類について」ご紹介したところですが、今回は「砂糖の歴史」について2回に分けて取り上げたいと思います。

T.砂糖の世界史への登場

 ニューギニアを発祥の地とするサトウキビは、何千年も前からアジアの熱帯地方の多くの人々の間で、サトウキビの皮をはぎ、茎を噛んで甘い汁を飲んでいたようですが、サトウキビの汁から砂糖を作るようになったのは、ずっと後のことでした。
 砂糖が世界史に登場するのは、紀元前4世紀、アレキサンダー大王のアジア遠征に始まります。インドに至る遠征時の記録に、「インドには、蜂の力を借りずに葦からとれる蜜がある。」「噛むと甘い葦・噛むと甘い石がある。」等々の記述があるからです。これらの記録から蜜を含んだ黒砂糖のようなものが作られていたのであろうことが想像できます。
 砂糖製造は、古代インド北部に始まるとされていて、人類で初めて砂糖を作ったインド人は、サトウキビの汁を土鍋に入れ直火で煮詰め、放熱すると汁が固まり貯蔵性が良くなることを発見しました。

U.砂糖は貴重な薬として珍重

さとうきびの収穫
 英語の「sugar」フランス語の「sucre」は古代インドのサンスクリット語の「sarkara=サルカラ」が語源と言われています。
 紀元前6世紀頃のサンスクリットの書物には、医薬用と思われる数種の砂糖の製造が記されています。中世ヨーロッパでは、砂糖は「薬」として扱われました。結核の治療など10種以上の効能があるとされ、薔薇の砂糖漬けが熱冷ましとして用いられたようですが、貴族たちのための高価な贅沢品でした。

V.砂糖の西方への伝播

 インドに発祥した砂糖の製造技術は、西方にはペルシャ、ついでエジプトへと伝わりました。ペルシャは630年頃アラビア人に征服されましたが、糖業は、アラビア人によりイスラム教の拡大とともに地中海東沿岸へと伝わりました。
 諸国から持ち出された砂糖はベネチアに集中し、ここからヨーロッパ各地へ運ばれました。ベネチアは十字軍の発着する地として、砂糖の普及には11世紀以後の、十字軍の影響が大きかったと言われています。やがてイスラム帝国が衰退し、世界史の表舞台の主役がアラビア人からスペイン人、ポルトガル人へとバトンタッチされると、12世紀頃から王侯貴族、聖職者、など上流階級の間に広まり、さらにコーヒーを飲む習慣が普及するにつれ、砂糖の消費量は増大していきます。

W.新大陸への広がり

 コロンブスの新大陸発見(1492年10月)は、砂糖の世界史に大きな変革をもたらしました。
 第2回目の探検でコロンブスはスペインのカナリー諸島から運んできたサトウキビが、その後、ジャマイカ・プエルトリコ・キューバへと広がり、16世紀に入るとブラジル・カリブ海の島々に大規模なサトウキビ栽培が広がっていきました。これらの地域で作られる砂糖(粗糖)を、イギリス・フランスなど、ヨーロッパの主要国に輸出したため、それらの国では精製糖業が盛んになっていきます。
 18世紀後半に産業革命により大きな技術革新が起こり、精製度が高く均質な砂糖が大量にできるようになり、これまでの贅沢品から安価な世界的商品として急速に変化していきました。

W.日本への伝播と国内での広がり

 東方には地理的にもインドに近い東南アジアや中国の方に早く伝わり、日本へは、その中国から伝えられました。
 日本における最初の砂糖の記録は、正倉院所蔵「種々薬帳」(薬の目録)の中に砂糖の意味の「蔗糖(ショ糖)」の文字が記されており、やはり当時砂糖は大変貴重な薬として捧げられていました。
 次回は日本への砂糖の伝播についてお送りします


(消費科学連合会「消費の道しるべ」(平成21年10月号)に掲載)

このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 企画調整部 (担当:広報消費者課)
Tel:03-3583-9709



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