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ミニチューバーの導入によるばれいしょ原原種の新たな生産体系への移行

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最終更新日:2010年3月6日

でん粉情報

[2009年8月]

【生産地から】

独立行政法人種苗管理センター 北海道中央農場


 種苗管理センターでは、ばれいしょ新品種の早期普及の要請などに対応して、原原種生産・配布に要する期間の短縮と生産の効率化を図るため、器内増殖技術の活用によりミニチューバー(Mini Tuber:以下「MnT」という。)を大量に生産する技術の確立とこのMnTを用いた新たな原原種生産体系への移行を進めているところであり、その取り組みについて紹介したい。


1.ばれいしょ増殖体系

 農業の生産性を高め、農産物の品質の向上を図るためには、新品種の開発と優良な種苗の生産流通が不可欠である。特に、ばれいしょは栄養体(塊茎)で増やすことが一般的で増殖率が低く、しかもウイルス病や細菌病に感染すると収量、品質ともに大きく低下するため、我が国では、植物防疫法に基づく種ばれいしょ検査とともに、原原種(種苗管理センター)、原種(道県)、採種(生産者団体)の3段階増殖を基本とした採種体系を採用している(図1)。


図1 種ばれいしょの採種体系


 このうち、種苗管理センターが行う原原種生産については、病害虫の侵入防止策が徹底された隔離ほ場において保護網室→基本ほ→原原種ほという三段階の増殖体系を基本としつつ、ウイルス病や細菌病などについて、科学の進展に対応したその時々の新技術を導入しながら、厳格な病害虫検査を実施してきた。
 現在、ばれいしょ原原種の配布数が6万7000袋ベースで推移している中で、育成品種の増加に伴い配布品種数は平成21年には70品種を超えるまでに増加した(表1)。


表1 種苗管理センターのばれいしょ原原 種の配布数量と品種数
注1:1袋は20kg入り。
 2 :品種数の合計は重複を除いたもの。21年の品種数は見込み


 種苗管理センターでは、ばれいしょ新品種の早期普及や品種数の増加に対応し、新品種の受け入れから原原種配布までに要する期間の短縮と生産の効率化を推進するため、従来の保護網室における塊茎生産に代わり、器内増殖技術を活用した大量増殖法でMnTを生産する新たな体系に移行している(図2)。


図2 種苗管理センターのばれいしょ増殖体系(従来方式との比較)

 まず、ばれいしょの生長点(茎頂)を取り出しウイルスフリー化と培養苗の大量増殖を行う。この技術により効率的かつ大量に器内で増殖した無病な培養植物を病害虫から隔離された温室で栽培することで、直径2〜3センチメートルで重量10グラム前後の小さな塊茎、MnTが生産できる(図3)。
 MnTを増殖体系に導入することで、土壌を用いた網室生産をカットできるほか、生産数量の少ない小規模品種の場合は直接原原種生産用の種いもとすることで、生産プロセスの大幅な省略が達成できることになる。


■メークインのMnT(密植栽培)
■男爵薯のMnT(密植栽培)
注:生産したMnT(両方の中央に10円玉)
 
図3 ミニチューバー(MnT)

2.ミニチューバー(MnT)生産導入の経緯

 種苗管理センターでは、20年以上前からマイクロチューバー(Micro Tuber:以下「MT」という。)に着目し、原原種の増殖体系に取り入れることができないかを検討していた。MTとは、試験管内にて形成する1グラム前後の極小粒の塊茎のことで、このMTを用いて大量増殖法を確立し原原種生産体系を組み立てることを目指して調査研究に取り組んできたが、調査研究の結果、MTを直接ほ場に植付けて種いもとした場合、萌芽揃いと初期生育が劣ることに起因する収量の低さと病害罹病率の高まりにより、原原種生産体系に全面的にMTを導入することは課題が多いことが明らかとなった。このため、試験管内で作製するMTは、限定的な利用にとどまっているが、育苗により急速増殖用のほ場移植苗として利用できるほか、貯蔵が可能で前もって作り置きができることから、培養苗の作成と併用することによりMnT生産用移植苗の生産における作業ピークを平準化することに役立っている。

 一方、MnTについては、10グラム以上の塊茎を種いもとして用いるため通常の大きさの塊茎に比べ萌芽性や収量性で大きな差は見られず、需要への柔軟な対応と効率的な生産が可能であること、海外では器内培養方式が主流であることなどを背景として、平成15年からMnTによる増殖体系の検討を開始した。平成17年からは、3つの生産方式について3農場(北海道中央:ピートモス主体の培養土による密植栽培、十勝:フィールド水耕装置による密植栽培、嬬恋:養液栽培)で実用化に向けた実証的な試験を行い、栽培のノウハウを蓄積してきた(図4)。


①ピートモス主体の培養土による密植栽培
②フィールド水耕装置による密植栽培
ピートモス等を詰めた容器(青色)をミニコンテナ(黄色)の上に置いて培養苗を直接植付けて
栽培管理を行う
 栽培ベッドに砂系の培養土を詰め、培養苗を植付ける。養液は底面給水方式により供給される。
③養液栽培(嬬恋農場)
 
写真左:養液栽培によるMnT生産状況
写真右:養液栽培による塊茎着生の様子
図3 ミニチューバー(MnT)


 実用規模のMnT生産には大規模な培養施設と増殖温室が必要なため、これまでは試験的な段階にとどめてきたが、種苗管理センターの中期目標(平成18年度〜22年度)の中で、「ばれいしょの器内増殖技術等の急速増殖技術の実用化・導入により生産の効率化を図る」と具体的な方向が示されたことから、平成19年には一部の農場で網室栽培を中止し小規模品種の原原種生産は培養系による増殖体系へ移行するとともに、平成20年には、「全ての品種で基本種生産用種いもは基本的にMnTに置き換える」ことを目指して取り組みを加速させてきた。そして、平成21年には、種苗管理センターの全農場で網室生産を中止するとともに、3農場で生産したMnTを関係農場へ供給する体制に移行した。


3.最近の取組状況

 種苗管理センターでは、これまで既存温室をMnT生産に転用してきたが、平成19年度に培養施設を新設し培養苗の大量増殖を行う(図5)とともに、平成20年度は自動制御型の養液栽培温室(1617平方メートル)を完成させ、生産体制の強化を図っている(図6)。これは、屋根材のフッ素フィルムを複層にしフィルムの間に空気を送り空気層をつくることで、断熱性に優れ風圧に強い構造となっている。また、夏場の温度管理は遮光カーテンの自動制御と換気扇の強制吸排気とし、温室内は循環扇と細霧冷房で温度ムラと温度上昇を抑える方式とした。


図5 ばれいしょの培養状況(培養施設内)

温室の外観
(北海道中央農場)
温室内部の栽培風景
(フィールド水耕装置による密植栽培)
男爵薯
(5月27日定植)
(6月28日撮影)
図6 ミニチューバー(MnT)生産の状況


 また、種苗管理センターでは、3方式のMnT生産に取り組んでいるが、効率的な大量生産やさらなるコストダウンの可能性を探るため、噴霧耕方式などの養液栽培にも着手している。さらに、平成20年度には種ばれいしょ養液栽培の先進地である韓国で現地調査を実施した。


4.MnT生産の利点

 網室生産と比較した場合、MnT生産には多くの利点がある。

 まず、器内の増殖の速さと、増殖苗の大量生産が室内で行われ、その後の温室栽培も季節や外気温の制約を受け難いという点である。周年栽培も可能であるが、収穫後の休眠と90日程度の検定期間を必要とすることや、昨今の燃料価格高騰を踏まえ、春から秋までに生産を行い冬期に検定を行うことを基本とした生産体制にしている。

 次に、ばれいしょの連作と塊茎の循環利用による網室生産から、土壌を使用しないMnT生産へと転換することで土壌伝染性の病害の発生リスクを低減できる。
 コスト面では、初期投資を除けば、網室生産と種子切断が不要となる上に、MnT生産技術の確立により比較的軽度の作業が中心となるので、契約職員(雇用者)を主体とした栽培管理により効率的で低コストな生産を実現できると期待している。

 このほか、器内増殖技術を活用することで、育成機関などから育成系統を受け入れた後、茎頂培養によりウイルスフリー化した種苗を予備増殖することで、育成品種の早期普及にも寄与していると考えている。


5.課題と今後の方向性

 種苗管理センターでは、現在、MnTを直接、原原種として実需者である道県及び原種生産者に配布するわけではなく、基本ほ用や原原種ほ用の場用種いもとして用いている。
 今後、MnTの増産体制を構築するに当たって、生産計画数量を確保するためには栽培管理面の強化が必要であり、①MnTの生産性の向上②器内増殖では生育が弱い品種の栽培技術の確立−など課題は尽きない。また、これまでは、MnT生産技術の確立・向上を最優先に進めてきたが、今後は、技術確立による生産コスト(1個生産当たり)の低減が大きな課題である。


6.おわりに

 種苗管理センターは、ばれいしょやさとうきびの原原種の生産配布のほか、新品種登録のための栽培試験、品種保護、種苗検査、植物遺伝資源の保存・増殖など、「農業生産の最も基礎的かつ重要な種苗の管理を通じて、農業の発展ひいては国民生活及び社会経済の安定等に貢献する」ことを使命としている。

 現在、種苗管理センターでは、農業生物資源研究所及び農業環境技術研究所との統合を予定しているが、これまでに長い年月をかけて培ってきた技術や経験を活かし、「健全無病な原原種の安定供給」という役割と看板を堅持しながら、種ばれいしょ採種体系の最上流に位置する組織として、世界の水準に遅れることなく、今後ともより一層の努力を続けていきたいと考えている。