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あん製造における砂糖の役割

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最終更新日:2010年5月14日

あん製造における砂糖の役割

2010年4月

株式会社 北條製餡所 研究開発室室長 堀井 正二

 
 

1.「あん」の歴史

 移りゆく季節を眺めながらお茶を点てる「 野点 ( のだて ) 」の文化。そして、お茶の傍らにいつも添えられるのが、四季折々の季節感を豊かに表現する和菓子です。「あん」を使った菓子は、桜餅、おはぎ、月見団子のように季節を彩る行事には欠かせません。そしてもちろん、あんみつやしるこなどの身近なおやつとしても、長い間、世代を問わず多くの人々から親しまれ、愛され続けています。ところが、日本独自の食材にも思えるこの「あん」の起源が、実は日本ではなく中国大陸にあることをご存じですか?「あん」は今から約1400年前、大和時代に遣隋使が大陸の文化とともに持ち帰ったものだとされています。しかしそこから、現在の私たちがよく知っている「あん」の姿になるまでには長い歴史がありました。
 
【「あん」の多くは肉であった】
 
 中国では、辞書の原点ともされる「大言海」に「あんの多くは肉であった」と記されているように、当時の「あん」は、米や小麦などで作った食物の中に詰めるいっさいの具材を総称するものでした。日本の「あん」が肉類から豆類を使ったものに変わったのは、一説によると、僧侶たちが肉食を避けるために、小豆を代用品として用いたからだとも言われています。
 
 豆類を使った「あん」は、はじめは塩や甘葛(あまづら:つる草の一種で、その液汁は天然の甘味料として用いられた)などで味付けされていましたが、室町時代になると中国から渡来した砂糖によって甘味が加えられるようになり、現代の私たちが食べている「あん」の原型ができあがりました。
 
 また、鎌倉時代後期から安土桃山時代にかけて「点心」が渡来し、お茶を飲むという風習が暮らしに溶け込むのとほぼ時を同じくして、南蛮貿易が盛んになり「かすていら」や「金平糖」も渡来しました。これら南蛮菓子に刺激されて、日本の製餡技術と和菓子も急速な発展を遂げました。
 
【四季を彩る「菓子」の発祥】
 
 一方、「あん」とは切っても切れない関係にある「餅」の発祥はさらに昔へさかのぼり、弥生時代の紀元前200年ごろと言われています。この頃、すでに祭事などのハレの日には餅や飴が食されていたらしいことがわかっています。その餅が「あん」と結びついた記述が見られるのは鎌倉時代末期のこと。「神宮旧記」(文保記1317〜1318)には、「焼き餅は小豆を中にこめ、汁粉餅は小豆を上に付ける」との記載が見られます。その後、しるこは関西では「ぜんざい」へ、焼き餅は大福やあん餅へと発展しました。
 
 そして、お菓子屋さんの工夫で大福餅やきんつば、おはぎなどのヒット商品が次々と生み出され、次第に今日のような多様な和菓子が形作られていったのは、江戸時代のことだといわれます。
 
 
 
 

2.小豆から「あん」ができるまで

 日本人なら一度は小豆を炊いたことがあると思います。「あん」は炊いた小豆に砂糖を加え煮詰めることで出来上がりますが、その作り方にはコツが必要となります。美味しい「あん」を作るためには、小豆に関する知識とその知識に裏づけされた素材の特徴を確実に引き出す技術が必要になってくるのです。
 
【小豆の知識】
 
 小豆の組織は細胞壁で隔てられた細胞の集まりからできています。その細胞には内部に数個から十数個のでん粉粒子とタンパク質などの内容物が内包されていて、最外層に強固な細胞壁が存在するという構造となっています。「あん」を作るためにはこの細胞一つ一つを単離した状態で取り出すことが必要で、その単離した細胞をあん粒子と呼びます。
 
【あん粒子を形成するために】
 
 小豆からあん粒子を作り出す場合、小豆を粉砕したり小豆の細胞を破壊してでん粉粒子を露出させたりすると、完全な形であん粒子を作り出すことはできません。あん粒子を作るためには、細胞を破壊することなく、小豆の組織内であん粒子を形成させることが必要となるのです。
 
 そのために、小豆は水とともに煮熟することが絶対条件となります。小豆は煮熟を始めると、小豆内部に急激に水が入り出すのと同時に熱が断続的に加わる状態が作り出され、この時、細胞内のでん粉粒子は糊化に向け、またタンパク質は熱凝固に向けた準備段階に入ります。そしてタンパク質はでん粉粒子が糊化開始温度(ほぼ60℃)に達する前に、でん粉粒子を取り囲む形で熱変性を受けて凝固します。この状態でさらに熱が加わると、タンパク質に取り囲まれたでん粉粒子も膨潤糊化を開始して、膨潤に伴う膨圧と細胞壁の壁圧が平衡に達した時点ででん粉の膨潤が終了し、小豆の組織が崩壊しないままあん粒子が形成されることになるのです。
 
 粘りもなくさらりとした独特の滑らかな食感は、細胞内ででん粉の糊化(膨潤)が完了するという「あん粒子」独特の構造によりもたらされる訳です。
 
 このようにして出来上がったあん粒子は、砂糖を加えてさらに加工することで、馴染みの深い粒あん・こしあんの形に変化を遂げていきます。
 
 粒あんは、小豆組織内で形成されたあん粒子(煮熟豆)のまま砂糖を加えて煮詰めて仕上げたもの。一方こしあんは、あん粒子が物理的に安定な状態を維持しているのを利用して、煮熟豆から磨砕・篩分(ふるいわけ)・水さらし・脱水などの工程を経て生餡を取り出し、そこに砂糖を加えて煮詰めて仕上げたものとなります。
 
 
<DIV><STRONG>【製あん工程】</STRONG></DIV>
【製あん工程】
<DIV><STRONG>【あん粒子】</STRONG></DIV>
【あん粒子】

3.よりよい「あん」とは

 小豆には独特の渋味があるのをご存知でしょうか。小豆の皮には渋味の原因物質であるタンニンが含まれているからです。このタンニンが小豆に残っていると、「あん」にした場合、風味立ちを阻害すると共に甘さの後口を極端に悪くしてしまうので、良い「あん」を作るためにはいかにしてタンニンを除去するのかが大きなポイントとなります。

 そのため小豆の煮熟の途中で煮熟水を捨て、溶出したタンニンを排除します。この工程を渋切りと呼び、「あん」の良し悪しを決定する重要な工程であることから、各社独自のノウハウを駆使して行います。このようにしてタンニンを排除した小豆は、素材本来がもつ風味を存分に発揮できる製あん原料としてその役割を全うしてくれるのです。

 良い「あん」は、滑らかな食感と併せて風味豊かであっさりした甘さのものが良いとされています。そのために先にも述べたとおり、あん粒子をうまく形成させ、煮小豆を最高の状態で用意することが絶対条件となるのです。そして最後に、「あん」の風味を向上させかつ上品な甘さを引き出すことができる砂糖を使用することが、良い「あん」をつくる最大の要因となるのです。

4.砂糖の使用について

 昔より嗜好品の代名詞といわれてきた甘味が特徴の「あん」ですが、最近の低甘味志向のなかで、甘さがどんどんその地位を奪われてきています。元来、「あん」は甘いものというのが当たり前の時代から、甘くない「あん」がトレンドとして地位を固めつつあるのです。

 そんな中で、低甘味糖類が多用されるようになり、「あん」本来が持つ本当の美味しさが失われつつあり、危惧を抱いております。

 昨今、製造・流通技術の発達で低糖度のあんおよび低糖度あんを使用した菓子の流通が可能となっている一方で、菓子製造における生地とあんの水分バランス、また保存性の観点からどうしても砂糖を減らすことができないものもあります。そのような場合に、低甘味糖類が多用されるようになる訳です。

 しかし、このような糖類を使用すれば確かに「あん」の甘味を下げる事はできますが、「あん」の風味を向上させる効果は砂糖に勝るものはないため、結局は「あん」としての食味を落とす事になってしまいます。

 「あん」作りは、小豆の素材・製造方法にこだわることで、素材そのものの特徴を最大限に引き出した上で砂糖を用いて練り上げるのが理想なのです。

5.砂糖の消費について

 上記のような理由から、あん業界では砂糖の消費は横ばい傾向を示しています。折りしも砂糖価格が高騰しており、また一昨年の中国製冷凍ギョウザ事件のあおりで中国製品の代替として国内製造が一時的な高まりを見せた折には、砂糖需給のひっ迫という事態にも陥りました。このことも砂糖から低甘味糖類へのシフトを加速させている要因となっており、憂慮すべきことだといえます。

 「あん」の命は砂糖であることから、今後とも、高品質な「あん」を供給していくためには、より安価で、需給に応じた安定的な砂糖供給が特に望まれます。

6.欧米人にも受け入れられた「あん」

 日頃から日本人が食べなれている「あん」ですが、世界的に見ると特殊な食品であるといえます。その証拠に、欧米人が「あん」を口にするとおかしな表情を見せることがあります。彼らの食文化にはなじまないようで、独特の粘りがありクリスピー感のない「あん」は欧米人には受け入れられにくい食材なのです。

 しかしながら、食品の国際的品評会(モンドセレクション)で、弊社のあん製品が3年連続受賞を果たしたことを見ても、絶え間ない技術向上の努力によって食文化の異なる欧米人にも「あん」が受け入れられてきたと考えられます。

7.今後の展望

【古くて新しい食材「あん」】
 
 中国から伝来した「あん」は我が国の文化を十分に吸収し、熟練した食の匠たちの手によって次々と新しい食べ方が生みだされてきました。今や、日本に根付いた伝統的な食品として、若い人からお年寄りにまで広く愛される存在となっています。
 
 もちろん、「あん」はその歩みを止めたわけではありません。甘さを抑えた「ヘルシーあん」や「小倉アイスクリーム」、野菜や果実を原料に使用した「かわりあん」、あんに起泡性を持たせた「ムースホイップあん」など、表情豊かな食品へと、これからもさまざまに姿を変えて愛され続けることでしょう。
 
 「あん」は、和菓子はもとより洋菓子にも活かせる素材として魅力を広げ、古くて新しい食材として、今も昔も、わたしたちの舌を飽きさせることなく楽しませてくれるのです。
 
 読者の皆様には、今後のあん業界の技術向上のため、有用な情報をご教示いただければ幸いです。
 
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