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タイの糖業をめぐる動向

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最終更新日:2010年12月2日

タイの糖業をめぐる動向

2010年12月

神奈川大学経済学部 教授 山本 博史

 タイの糖業は、日本であまり知られていないが、同国が日本の最大の砂糖輸入先国であることや、同国内で工場を経営している外国資本は日本のみであることなど、日本との関係が深い産業である。
 
 本稿ではタイの糖業の歴史を簡単に述べ、その発展を支えたいくつかの要因を分析し、現在直面している諸問題と大きな転換期を迎えていると思われるタイ糖業の現状を紹介する。

(1)タイ糖業略史

 タイでは古くから砂糖が生産され、重要な輸出品であった。江戸時代に日本へ輸出された記録も残っている。また、1855年英国の全権代表としてタイとの「開国条約」を締結した香港総督ジョン・バウリングは、タイ産の白糖が有望な輸出品になるとの見通しを示していた。
 
 開国当初は輸出額では1、2を争う主要輸出品であった砂糖は1880年代に輸出と輸入が逆転し、以後一貫して輸入国であった。1937年に官営の近代工場が建設されてから近代的製糖産業の歴史が始まり、1960年に自国消費をまかなう輸入代替を完成した。
 
 1960年以降タイ糖業は次第に輸出能力を高め、70年代から本格的な輸出産業に構造を転換してきた。当初さとうきびの買い取り価格は工場が強い決定権をもっていたが、農民層の組織化などが進展し、買い取り価格をめぐり農民と工場間で激しい対立が起こる年もあった。
 
 第二次石油ショックによる混乱期をへて、ジラユ副工業相の時代に画期的な糖業政策である「タイ式分糖法」が多くの困難を打開して成立した。1982年に成立したこの「タイ式分糖法」は、農民と工場で収入を7対3で分配することを法制度化し、農民と工場の対立を多くの面で解消し、タイ糖業の発展に大きく貢献した。現在タイ糖業は輸出産業として世界的な規模を維持するようになっている。
 

(2)1980年代以降のタイ糖業の発展要因

 タイ糖業の発展は、様々な要因によっているが、紙幅の関係もありここでは、国内市場拡大、輸出市場の変化(アジア市場)のみに焦点を当てる。

国内市場拡大

 タイ糖業の順調な発展を支えた大きな要因には、どのような年でも確実に利益となる国内市場の持続的拡大がある(表1)。国内消費量は1980年代前半の50万トン台から2009年には200万トン前後へ4倍弱に増加した。一人当たりの消費量も年間30キロ前後まで増えており、この30年間で3倍弱に拡大している。
 
 表1では2008年と2009年の人口統計がまだ発表されていないため空欄となっているが、2000年代になって一人当たりの消費量は拡大が止まっており、国内消費量からみて30キロ前後であると考えられる。また、砂糖の国内価格が周辺諸国より安い今年のような場合は周辺諸国へ国内糖が密輸出されるため、統計上の国内消費量は実際よりも大きくなるという点で注意が必要である。
 
 
 
 
 最近までEUのダンピング的な輸出もあり、国際糖価はポンド当たり10セント以下に低迷する時期が長く続いた。通常タイの国内価格は輸出価格よりも高く設定され、工場と生産者が得たマージンが補助基金的に競争力のある輸出価格を支える仕組みとなっていることから、1980年以降輸出産業の性格を強めたタイ糖業に対して、国内砂糖消費の漸次的増大はその持続的発展に大きく貢献した。とは言え、国内の価格が先進国はもちろん多くの発展途上国と比べても比較的安く、タイは安価な砂糖を安定して国民に提供してきたということができる。
 
 特筆に値するのは、1980年11月の砂糖価格の改正以降、1998年1月まで他の物価が高騰したにもかかわらず、砂糖の小売価格が20年近くにわたり引き上げられなかった事実である。一般にスーパーなどで売られている純度の高いグラニュー糖(精製糖)小売価格はキロ13バーツであった。1998年に小売価格は0.5バーツ引き上げられたが、この引き上げも以前から小売店などに不満の多かった流通マージンをキロ当り0.5バーツ引き上げるためであり、砂糖価格は実質据え置きであったということもできる。
 
 その後、タイ国内のグラニュー糖小売価格は2000年6月、2006年3月、7月に引き上げられ1キロ18.5バーツとなった後、2008年の4月には糖業基金(*注)の農民の債務問題の解決のため、白糖の価格をキロ当たり5バーツ上げた結果23.5バーツに引き上げられ、現在法律上はこの価格以下で販売することとなっている。この引き上げは基金の債務を解消するための時限立法的な特別措置との位置づけである。
 
 「タイ式分糖法」が導入されてから15年間のタイ国内糖をめぐる動きを見る限り、国内市場による節度のとれた糖業保護政策であったということができる。しかし、1997年アジア通貨経済危機以降はさとうきびの買い上げ価格を政府が補填し始めたことが、分糖法の制度を歪め糖業基金収支の大幅な赤字累積を引き起こした。
 
 政府は2000年、2006年と国内消費者の利益を犠牲にして小売価格を引き上げたが、問題は、必要な制度改革が先送りされ根本的な問題解決にならなかったことである。2008年の国内小売価格の引き上げは、国際糖価の上昇という幸運もあり国内から大きな批判も受けずに糖業基金の債務問題は解消へ向かっている。
 
 タイでは人口増加は今後期待できず、一人当たりの砂糖消費も大きく伸びることはないため、生産が増大すれば国内市場が従来提供してきたような国際市場に対する緩衝機能を今後は多くは期待できないと思われる。制度の再構築が要請されるゆえんである。
 
 
(*注):糖業基金は1961年糖業法の糖業援助基金にその源流をもっている。現在は、1984年糖業法の規定により糖業基金事務所が運営にあたる。本来の目的はタイ糖業の持続的発展である。しかし、さとうきび買い上げ価格が低い年には政府によって補填されるようになったアジア通貨危機以降は、さとうきび価格を引き上げるための資金に関するマネージメントが運営の中心となったようにみえる。
 
 
 
 

輸出市場の変化(アジア市場)

 タイは1980年代から次第にアジア諸国を顧客にするようになった(表2)。先進国ではこの5年間2位以内の輸出先である日本が大きな地位を占めている。日本はタイに外国資本で唯一製糖工場を2社もっていることも関係の深さを物語っている。アジアの途上国ではインドネシアがこの10年間は1位の仕向地となることが多く、タイにとっては重要な輸出先である。
 
 今年からASEAN自由貿易地域(AFTA)が新たな段階に入り、ASEAN原加盟国とブルネイの6カ国は域内関税を0%とした。砂糖はフィリピンとインドネシアがセンシティブ品目としており、砂糖の関税はフィリピンが原加盟国以外の残り4カ国と同様0−5%、インドネシアは最も高い30−40%である。インドネシアは2015年には5−10%に引き下げることになっている。タイはASEANの枠組みを使いながら自由貿易協定を進めており、今後砂糖輸出にとっても有利な環境となると考えられる。
 
 タイが輸出を増大させてきた時期は、消費国である先進国が原料糖(原糖)を途上国から輸入し、国内で精製する旧来の分業構造が変化した時期でもあった。途上国の砂糖生産諸国は白糖を生産できないわけではなかったが、日本も含め多くの先進国では原料糖と最終消費糖である白糖の間に大きな輸入関税差を設け、途上国からの直接消費糖である白糖の輸出を拒んできた。
 
 アジアの途上国は国内産業として精糖産業をもっていないことが多く白糖を輸入するため、タイからこうした国々に対し原料糖輸出よりも高価に販売できる白糖(精製糖も含む)輸出が可能である。国際貿易における白糖の割合も上昇したが、タイもこのアジア白糖市場の急成長という市場変化に敏感に反応し、従来の原料糖に限った輸出から白糖の比率を上昇させてきた。
 
 輸出における白糖の比率をみると、1980年までのタイからの砂糖輸出においては、白糖はほとんど輸出されていなかった。1990年代初めにはおよそ30%、2000年前後には40%近くへ上昇し、最近は50%を超える年が多くなっている。ちなみに2009年の全輸出における白糖比率は56.6%であった。この白糖輸出は、付加価値の増大をもたらすものであったことからタイ糖業にとって新たな発展への契機となるものであった。
 
 2009年における、輸出価格の平均は原糖の335ドルに対し、白糖で372ドル、精製糖で386ドルであり、それぞれ10%、15%程度価格は有利になる。輸出量では精製糖が白糖の3倍以上と主力となっている(タイではICUMSA色価45以下を精製糖、1000以下を白糖とし、白糖はさらに色価で3種に分類している)。
 
 またタイにおける白糖生産においては原料糖を輸入して精製する国々に比べ優位な点がある。圧搾期間中に、その余剰バガス(さとうきびを圧搾した後の残り滓)を燃料として操業されるためコストが非常に安いことである。最近多くの製糖工場が副収入源として行っているバガスを使った発電とも両立すると、現地のマネージャーは筆者とのインタビューで話していた。
 
 さらにアジアにおける輸出で有利な点は、タイ産糖にはプレミアムが上乗せされることである。アジアの消費国にとってはブラジルなどから遠距離を運んで輸入するよりも、プレミアムを払ってでも近くにあるタイから輸入する方が運賃面で割安となる。2004年8月に行った糖業関係者へのインタビューでは、タイプレミアムはポンド当たり86ポイント=0.86セントと述べていた。2007年8月のインタビューではポンド当たり150ポイント=1.5セントとのことであったが、今年の9月には700ポイントというニューヨークの国際価格より30%以上も高いプレミアムとなっており、タイ糖業に大きな利益をもたらしている。
 
 

(3)政治的な介入による「タイ式分糖法」のほころび

 タイ糖業にとって「タイ式分糖法」の成立は節度ある発展に大きく寄与した制度であったが、1997年アジア通貨経済危機以降、「タイ式分糖法」が効率的に機能しなくなっている。通貨危機以降この制度枠組は多くの問題を抱え再構築が検討されているが、現在のところ大きな進展はみられない。導入以後の「タイ式分糖法」を振り返ると、1997年危機が来るまでは順調に制度改革を成し遂げ、ほぼ5年ごとに制度の改定が行われた。
 
 廃糖蜜の農民への分益制度の確立、重量によるさとうきび買い付け方法を変更し、糖度による買い付けで生産性を上げるCCS(Commercial Cane Sugar=可製糖率)システムの導入など、農民側への公平な分配や生産性向上に配慮した改定を行ってきた。第4期の期限が切れた2000年以降、新たな合意、制度の調整は検討されたが、さとうきび栽培農民と製糖工場との間で合意形成に至らず、現在官僚主導で運営が続き、新たな制度改革は頓挫している。農民と製糖工場が利害対立を乗り超え共同してタイ糖業の発展に協力するという筆者がかつて描いた構図が機能しなくなっている。
 
 最も問題となっているのは、1997年以降さとうきびの買い入れ価格を分糖法の制度枠組みを無視して政治的に決定するようになったことである。「タイ式分糖法」はさとうきび買い入れ価格を、交渉ではなく国際的な輸出価格と国内販売価格で自動的に均衡する側面をもっている。そのため、与件として与えられる国際的な条件を無視してさとうきび作付面積の拡大が行われることを防いできた。
 
 「タイ式分糖法」の規定では期首に予想をたてたさとうきび価格の80%以上を暫定価格として支払い、年度末の9月に実際に決済された価格である実現価格が暫定価格を上回れば農民に追加の支払いをし、万が一不足すれば農民側の負債として翌年のさとうきび収入から返済されることになっている。
 
 原則的にはこのシステムが忠実に履行されれば、糖業基金に債務が蓄積され、農民が基金への多額の返済義務を負うような事態に陥ることはありえず、国際糖価の下落にも対応できる制度であった。つまり、国際糖価がタイの生産コストを大きく下回ると、比較的高価な国内販売からの「補助」があってもさとうきび価格は下落し、農民が他の作物の栽培に向かいさとうきび生産が減少することで輸出が減少し、タイ糖業は一定の規模には縮小するが、その結果国内販売の比率が上がり壊滅的な打撃には至らず、国際市場からの影響を緩和することができるというものであった。
 
 しかし1997年アジア通貨経済危機後の経済混乱期に、急激な国際市場の砂糖価格下落に起因するさとうきび価格の低下の影響を回避すべく政府系銀行である農業・農業協同組合銀行から糖業基金が借り入れする形で、実質的なさとうきびの買い入れ暫定価格を政治的に高く設定し、糖業基金の農民に対する債務とした。2004/05年度のように基金へさとうきび1トン当たり12バーツの返済が農民のさとうきび価格から行われた年もあるが、「分糖法」の規定通りには返済は行われず(さとうきび価格が政府により国際市場を無視して大幅に高く決定されるようになったため実質無理であるともいえる)、基金の債務は巨額に膨れ上がっていった。
 
 2008年4月にこの債務返済のため、政治判断で国内販売価格がキロ5バーツ引き上げられる直前には、2006/2007年度の暫定価格と最終価格の差がトン当たり約100バーツという大幅な暫定価格の支払い超過もあり、糖業基金が農民に代わって立て替えている債務累計が224億バーツにも上った(今年9月のインタビューでは債務残高は9月初めの段階で51億300万バーツとのことで、月10億バーツ程度の収入があるので来年初めには債務は解消するとのことであった)。この政府によるさとうきび価格へ関与の増大は、タイが農産物への価格支持政策へ転換したとの新たな脈絡でとらえる必要があるのかもしれないと、筆者は今考えている。
 

終わりに

 最後に注目すべき政策の動向と現在の生産状況を述べておこう。これまで継続的に制限されてきた製糖工場数の増加が認められ始めた。1980年代中頃から46工場体制がとられ、砂糖財閥がどのような手段をとってもこれまで工場の新設は認められなかった。移設はさとうきび栽培地域の変化に合わせたものとして認められてきた。
 
 その結果、さとうきびの増産は工場の圧搾量増大に直結し、規模の経済がタイ糖業の工場部門の効率を高め世界に冠たるタイ糖業の工場部門の高生産性を実現してきた。2007年に1つの工場が移設したにもかかわらず元の工場でも生産をやめず、長く続いた46工場体制が47工場体制になりそうだとインタビュー先のマネージャーが困惑していた。
 
 この事実は糖業政策の転換を暗示していたのかもしれない。今年8月の係官とのインタビューでは操業許可証を買うことで決着し47工場となったとの情報をえた。今年5月17日のタイ経済紙プラチャーチャートトゥラキットでは6工場の新設が認められたと伝えている。そのほかにも移設と増設が6工場で認められ、今年のさとうきび生産量が約7000万トンであるため、既存の圧搾能力8700万トンでもかなり余裕があるにもかかわらず、工場の処理能力が新設と合わせて1億600万トンまで増大するとしている。このところの国際市場の砂糖価格上昇とエタノール生産増大をにらんだ政策変更と考えられるが、今後の動向に注目したい。
 
 ここまで述べたように、21世紀に入り様々な問題点を抱えているタイ糖業であるが、砂糖生産は減少しておらず、2008/09年度(タイ糖業の場合2008年11月から2009年10月)は719万トンの生産量となっている(表3)。
 
 
 
 
 2009/2010年度の速報値では生産はいくぶん減少するものの693万トンの生産見込みとなっている。2002年前後から栽培面積は約100万ヘクタールで推移している(2000年以降で最大は2003/04年度の114万ヘクタール、最小は2000/01年度の93万ヘクタールである)。
 
 国内消費はここ数年200万トン前後であるので(2010年政府は国内消費用Aクオーターを国内での不足に対応するため200万トンから220万トンへ増大した)、500万トン以上が輸出され輸出規模では世界2位あるいは3位の輸出国の地位を維持している。現在(2010年10月)ニューヨークの砂糖国際価格はポンド当たり27セント前後であり、タイプレミアムの歴史的な高値を考慮すると国内販売価格よりも国際市場価格が高く、密輸出の問題も出てきている。
 
 一方で政府はこの数年間本腰を入れてエタノール生産を奨励し、国内でもE10(エタノール10%混合)の価格を安くするなど需要を喚起してきたことでさとうきびからのエタノール生産も砂糖とエタノールの価格を見ながら増産される可能性があり、さとうきびの需要は増大するかもしれない。多くの問題を抱えるタイ糖業であるが19世紀の隆盛と停滞、官営工場の設立と国内自給の達成、世界的な輸出国への転換とダイナミズムを実現したタイ糖業は、最大の輸入先である日本にとってもその動向から目が離せないと考える。
 
 今回紙幅の関係からエタノール生産の進行動向、タイ砂糖財閥の海外展開、さとうきび買い上げ価格の政治力学、糖業基金の経緯、WTOにおけるEUのダンピング輸出対策の経緯、二酸化炭素の排出権との関連、AFTAとの関連など取り上げられなかった重要な論点も多いが次の機会に譲りたい。
 
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