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イネヨトウSesamia inferens(Walker)のこれからの防除

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最終更新日:2013年2月12日

イネヨトウSesamia inferens(Walker)のこれからの防除

2013年2月

沖縄県農業研究センター 病虫管理技術開発班 研究員 永山 敦士
 


【要約】

 現在、国内のさとうきび栽培地域でイネヨトウの異常発生が問題となっており、現在も治まる様子は見られない。イネヨトウはイネ科植物を広く加害するため、さとうきびのみならず、圃場内外のイネ科植物も寄主となる。そのため、圃場内はもちろん、圃場周縁部の雑草管理が発生の予防には重要であるため、除草剤を用いた雑草管理を行う必要がある。また、植物体が小さいと被害は甚大なものになるため、植付時、株出管理時の浸透移行性のある薬剤による処理は被害の予防に効果的である。これに加え2012年11月にイネヨトウの交信かく乱剤が農薬登録された。交信かく乱剤は非常に高い防除効果があり、毎年3月に定期的に交信かく乱による防除を行うことにより、イネヨトウの被害を大幅に減らすことが出来ると考えられる。

はじめに

 現在、国内のさとうきび栽培地域でイネヨトウが異常発生している(図1、2)。各地域で生産者や関係機関により被害低減に向けて乳剤・粒剤散布、雑草管理などの防除対策が取られている。イネヨトウは国内のみならず、台湾ではイネ(Li et. al. 2011)で、インドではコムギ(Singh 2012)で問題となっている。台湾ではイネの主要害虫がニカメイガChilo suppressalis(Walker)からイネヨトウに置き換わってきており、それに加え、現在発生しているイネヨトウの幼虫は地域によって殺虫剤に対する感受性が異なるとLiら(2011)は報告している。沖縄では、有機リン系殺虫剤に対して高い抵抗性を有する個体群も見つかっている。これは散布剤防除を行う上では深刻な問題である。

 本稿では、雑草管理や粒剤によるイネヨトウの被害の予防、また、新しく農薬登録された交信かく乱剤による防除について報告する。
 
 

1.イネヨトウの被害と雑草

 イネヨトウはアジア、オセアニア地域に広く分布している。日本国内では本州以南のほとんどの地域に分布している。幼虫の寄主植物は広く、20種以上のイネ科植物を加害する(東、1969)。

 現在の異常発生地域でよく観られる現象として、さとうきび以外のイネ科植物の芯枯れがある(図3)。圃場周縁部やのり面(法面)のナンゴクワセオバナやネピアグラスでのイネヨトウの寄生はこれまでも観察されたことがあったが、これまでほとんど寄生が確認出来なかったギニアグラス(図4)やローズグラス、サラツキエノコログサなどの茎の細いイネ科植物への寄生が頻繁に観られる。茎の細いイネ科植物は幼虫、特に生存率に大きく影響する若齢〜中齢期の生活場所となっている。
 
 
 株元や畝間、舗装されていない農道や、ロータリーで耕耘することの難しい道路との境界にイネ科雑草が生えていることは、イネヨトウに好適な生息場所が増えていることを意味する。除草剤を撒くとイネヨトウの被害が増えるという話をよく耳にするが、これはそれまで圃場内のイネ科植物で生活していた幼虫が餌(雑草)を枯らされたことにより、さとうきびに移動・加害するため、まるで除草剤を処理したことによりイネヨトウが発生したように見えるという場合がほとんどである。

 雑草の管理を行う上で重要なことは、予防である。植付前には周縁部の雑草をしっかり枯らすこと、植付直後は次の培土まで雑草を抑えること、培土時はさとうきびの葉が茂り雑草が生えなくなるまで雑草を抑えることを意識し、雑草管理を行うことが大切である。圃場内部の雑草管理は梅雨入り前までに2回行っておくことが望ましい。また、さとうきびは在圃期間が長く、周縁部にはどうしても雑草が繁茂しやすいため、梅雨明け以降は適宜圃場周縁部の雑草管理を行う必要がある。雑草を生やしてから枯らすのでは無く、生えさせないようにすることでイネヨトウの圃場への侵入、定着を大幅に低減できる。

2.粒剤処理と乳剤散布

 沖縄のイネヨトウは年間を通じて発生しているが、4〜5月にかけて幼虫発生のピークがある。この時期は春植、株出圃場のさとうきびが小さくイネヨトウが発生すると食べられる部位が少ないため、自ずと被害面積は大きくなる。また、夏植の植付時期にも幼虫発生のピークがあり、春と同様に注意が必要な時期である。

 イネヨトウの幼虫は茎内部に潜み食害するため、植物体表面で生活している害虫に比べて乳剤の効果は根本的に劣る。発芽後から生育旺盛期までを乗り切るためには、浸透移行性のある薬剤を植付時や株出管理時に処理しておくと、被害を最小限に抑えることが出来る(図5、6)。乳剤への感受性低下が懸念されるため、生地域全体で植付時や株出管理時に粒剤処理を励行し、密度低減を図る必要がある。
 
 
 イネヨトウの発生が見られた場合、浸透移行性(注)のある薬剤を処理すると効果が出るまでにタイムラグが生じてしまうため、乳剤の処理をしなければならない。その際に重要なことは、発生している圃場を正確に把握し、薬剤が葉鞘内にしっかりかかるように意識しながら散布することである(図7)。また、薬剤散布は当然イネヨトウへの効果はあるが、併せてその他の生物にも影響があることを認識する必要がある。地域全体で一斉防除を行うと、イネヨトウだけで無く天敵も殺してしまう危険性がある。そのため、防除が必要な畑にのみ散布剤の処理を行い、発生が見られない圃場は天敵温存のためにも薬剤散布を控え、イネヨトウと天敵のバランスを必要以上に崩さないように注意が必要である。

(注)浸透移行性:散布したり根本に施した薬剤が葉や根から染み込んで植物体の各部に移っていく性質。害虫に薬剤が直接かからなくても食害すると殺虫効果が得られる。
 

3.交信攪乱法による防除

 2012年11月にさとうきびの交信かく乱剤としては2剤目となるイネヨトウの交信かく乱剤 “ヨトウコン-I”が農薬登録された(図8)。交信かく乱法とは、従来さとうきびで行われてきた化学農薬による防除とは全く異なる防除方法である。交信かく乱剤(ロープ状製剤)の中には交尾するために雌が雄を誘引するために放出する性フェロモンと同じ匂いが封入されている。そのロープから雌と同じ匂いがゆっくりと放出される。このロープを地域全体に張り巡らせることによって、雌がどこに居るのかを雄にわからないようにし、交尾を阻害する方法である(図9)。これまでイネヨトウの異常発生が見られた与那国島や伊是名島で試験を行い、高い効果を上げてきた。この経緯から、交信かく乱剤は異常発生時に使用されると誤解されがちであるが、基本的には被害の予防を目的として使用されるべき防除方法である。
 
 
 交信かく乱法による防除の長所としては、(1)作業が簡単なこと(2)特別な機械を必要としないこと(図10、11)、(3)広域防除出来ること、(4)対象害虫のみを防除することができ、天敵などに影響が少ないこと―などが上げられる。短所としては、(1)成虫の交尾を阻害することによる防除であるため効果が現れるまでに時間がかかること、(2)ある程度の面積で処理を行わなければ効果が無いこと、(3)一斉に処理を行わなければならないこと―がある。しかし、予防という観点に立つと、短所の(1)は問題にはならない。
 
 
 この新しい防除方法を、現在の栽培体系のなかに組み込んでいくことにより、イネヨトウの被害は大幅に低減することが出来る。先にも述べたが、幼虫の発生が4〜5月に見られるということはその幼虫の親は2〜4月に交尾し産卵していると考えられる。その交尾を阻害するためには2月に交信かく乱剤を処理するのが理想であるが、2月は収穫されていない圃場も多く残っており、処理作業が2回以上に渡る可能性がある。そのため、収穫が終盤にさしかかった3月上旬か遅くとも3月中旬には処理作業を行うことが現実的かつ効果的である。

おわりに

 さとうきびは沖縄県の基幹作物であり、鹿児島県の離島においても広く栽培されている。雑草が繁茂している圃場ではイネヨトウが発生しやすく、ひとたび発生した場合は防除も困難となる。イネヨトウの発生は雑草とは切っても切り離せない。高齢化や人手不足などによりかつてほど管理が行き届かなくなってきている現在、このイネヨトウ問題を機会に地域全体で助け合い、目を配りながらさとうきびの栽培に取り組んで行かなければならないことを今一度考えてみる必要があるのではないだろうか。

参考文献

 東清二・大城安弘 1969沖縄産さとうきび害虫に関する研究 第4報 イネヨトウSesamia inferens Walkerについて 琉球農業試験場病理昆虫研究業績第22号:1−22 

 Li, Cheng-Xiang, Xuan Cheng, and Shu-Mai Dai 2011 Distribution and insecticide resistance of pink stem borer, Sesamia inferens (Lepidoptera: Noctuidae), in Taiwan. Formosan Entomology 31: 39-50

 Singh, Beant 2012 Incidence of the pink noctuid borer, Sesamia inferens (Walker), on wheat under two tillage conditions and three sowing dates in north-western plains of Indea. J. Entomol. 9(6): 368-374
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