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欧州のでん粉業界、次期CAP検討に伴う提言を発表

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最終更新日:2017年5月18日

 欧州のでん粉業界団体であるスターチ・ヨーロッパは5月4日、EUにおける2021年以降に実施される次期CAP(共通農業政策)の検討(注1)を受けて、でん粉業界として、CAPのあるべき姿について、提言を発表した。
 
注1:EUの次期CAP検討については、既報「欧州委員会、次期CAPの検討に向けてパブリックコメントを開始(EU)」参照。
 

でん粉業界の重要性

 まず、スターチ・ヨーロッパは、CAPに関する提言の前に、EUにおけるでん粉業界の重要性を強調している。すなわち、「EUのでん粉業界は、原料のほとんどを域内から調達している。競争力の維持には、良質な原料の安定確保が必要であり、また、そのことが、消費者の需要を満たすでん粉製品の安定供給にとって不可欠である。」としている。
 また、「EUのでん粉業界は、天然でん粉、化工でん粉、糖化製品など、600を超えるでん粉製品のほか、脂肪、タンパク、繊維分などの副産物も利用して、食品、飼料、工業製品の原料を製造している。」として、でん粉業界のさまざまな産業への貢献について言及している。
 具体的な数量としては、「2015年には、EU加盟28カ国のうち20カ国に立地する75のでん粉工場において、2300万トンの原料農産物(小麦800万トン、トウモロコシ800万トン、ばれいしょ700万トン)を元に、1100万トンのでん粉と500万トンの副産物が製造された。」としている。
 さらに、「でん粉バイオ精製工場は、原料農産物やエネルギーの価格を安定させる役割を担っている。そして、そのことが、EUのでん粉業界の競争力強化に貢献している。また、EUのでん粉工場における廃棄物は、最小限に抑えられている。」としており、原料と用途の多様性が生み出す効果にも言及している。
 最後に、「EUのでん粉業界では、売上高は79億ユーロ(9954億円:1ユーロ=126円)に及び、それを元に5億5100万ユーロ(694億2600万円)を投資に仕向け、そのうち820万ユーロ(1億332万円)を研究開発に投じている。」と、その産業規模と研究開発への積極的な投資を誇示している。

4つの提言

 スターチ・ヨーロッパは、以上のように、EUのでん粉業界の概要とその重要性について強調した上で、4つの観点から次期CAPへの提言を行っている。この詳細は後述するが、簡単に概略をまとめると以下の通りである。ただし、同提言は、必ずしも「スターチ・ヨーロッパからEUへの訴え」のみではなく、スターチ・ヨーロッパ自身の事実認識や今後の重点事項など、多様な性質の内容を含んでいる。
 一つ目の提言として、原料農産物の確保について言及している。でん粉生産の前提である原料農産物確保の重要性を改めて訴えるとともに、そのためには、CAP「第一の柱」(注2)を中心に生産者を支援することが重要としている。
 二つ目の提言として、CAPのあるべき姿について、やや詳細に言及している。すなわち、CAPの任意カップル支払(注3)を評価するとともに、その適切な運用の必要性などを訴えている。また、貿易交渉に関連した国際市場の拡大の影響についても言及している。
 三つ目の提言として、「持続可能性」をキーワードとしている。この中には自然環境や農村社会への配慮に加え、でん粉業界の経営が持続し得るという意味での「経済的な持続可能性」も含め、その改善を訴えている。
 四つ目の提言として、バイオ産業など新たな技術への取り組みの重要性を訴えている。特にでん粉業界は、他の農産物に比べ工業・エネルギー部門との関連が強いため、従来のでん粉製品製造にとどまらない、でん粉業界の重要性を強調している。
 
注2:直接(デカップル)支払を中心とした所得支持政策。
注3:一部の品目に限って国ごとに実施可能な直接(カップル)支払。

 

提言の詳細

 スターチ・ヨーロッパの提言の仮訳は以下の通りである。なお、正確な提言の内容については、スターチ・ヨーロッパのホームページhttp://www.starch.eu/starch-europe-position-cap-post-2020/を参照されたい。
 

1 原料農産物は、高品質、潤沢な供給、競争力のある価格であることが不可欠

○原料農産物の生産のための強力な「第一の柱」
 スターチ・ヨーロッパは、生産者の所得安定と、原料農産物・でん粉の安定供給を助けるため、2021年以降に実施される次期CAPの核として、強力で公共に資する「第一の柱」であることを強く支持する。
○生産者の所得安定
 国際市場の統合の進展は、不安定な要素も生み出している。すなわち、気候変動、消費習慣の変化、国際市場価格の変動が、EUの市場と生産者に影響を及ぼしている。このため、EUのでん粉業界としては、穀物の先物取引、投資信託その他の金融商品へのアクセスなどにより、生産者、協同組合その他の利害関係者がリスク・マネジメントを図る取り組みを奨励する。
○原料農産物の確保
 CAPの市場経済化志向は、EUのでん粉業界の競争力確保に加え、良質な原料の確保にも貢献している。EUのでん粉業界は、ほぼ全ての原料農産物をEU域内から調達しており、公正な市場価格と安定的な品質の原料農産物の供給が基盤となっている。また、EUのでん粉業界は、原料農産物の価格安定に寄与するため、でん粉製品の多様化を進めている。

2 強力で一貫性のあるCAP

○強力で公共のために資する予算計画
 適切な予算額の維持は、EUの農業の競争力維持のために不可欠である。EUは、CAPにおいて、市場歪曲的な動きを避け、単一市場における原料農産物の自由な流通を確保するため、全加盟国に対して、同一の政策を維持しなければならない。
○EU市場における公正な競争
 EUのでん粉原料用ばれいしょ生産国10カ国のうち5カ国は、2015年に開始された任意カップル支払制度を取り入れている。同支払は、EU全体における、市場競争を歪めることのない適切な支援策である。ただし、スターチ・ヨーロッパは、どのような場合に同支払が承認されるか、でん粉原料用ばれいしょ生産者とばれいしょでん粉製造企業の間で、公平な競争条件が確保されているかといった観点から、関連機関の厳格な審査が重要だと確信している。
○国際市場という競争の場
 EUのでん粉生産は、生産コストの関連から、いくつかの政策による規制を受けている。EUは、気候変動の影響の緩和、食品安全、消費者保護といった課題に直面しており、スターチ・ヨーロッパは、EUが、そうした課題への対処を主導することを歓迎する。しかしながら、これらの政策は、EUのでん粉製造企業とEU域外の企業との間で、生産コストの差異を生み出しており、具体的には、ETS(Emission Trading Scheme)(注4)、ESR(Effort Sharing Regulation)(注5)、IED(Industrial Emissions Directive)(注6)といった政策が関連している。さらに、EU域外国との貿易交渉の増加の影響も表れている。EUのでん粉業界は、好条件の市場アクセス獲得や規制緩和の恩恵を受ける貿易相手国と、同じ市場で競合することになるためである。

3 国際市場において持続可能なEUの原料農産物の生産と価格安定

○環境面の持続可能性
 EUの生産者は、消費者の要望と環境問題に起因する、持続可能性に関する高度な要求に直面している。クロスコンプライアンス(注7)と直接支払におけるグリーニング要件(注8)は、EU産の原料農産物が環境や土壌の持続可能性に関する高度な基準に適合したものであることを保証している。
○経済的な持続可能性
 EUは、CAPにおいて、国際市場における価格の安定を確保しなければならず、それがでん粉製品を含む農産物の持続可能な生産につながる。ただし、スターチ・ヨーロッパは、持続可能性を考慮することは、生産工程の変更と、新たなコストの発生が伴うということを強調する。その一方、現行のCAPで奨励されている持続可能な農法は、国際市場におけるEUの農産物の品質の差別化をもたらしている。スターチ・ヨーロッパは、持続可能性の改善が、EUの生産者と原料農産物の加工企業の競争力を確保する上での強みとなることを求める。
○社会的な持続可能性
 EUのでん粉工場は、農村部に位置しており、農村の経済に貢献している。そして、EUの生産者にあるべき暮らしを、農村に魅力を、EU農業に力強さを与えるという形で、CAPにおける役割を果たしている。スターチ・ヨーロッパの加盟各社は、質の高い労働力を確保し、工場所在国の雇用、健康、安全に関する法令に適合している。そして各社は、協同組合として、あるいは、生産者と密接な関係を保ち、市場の変化に迅速に対応するための研修や知識普及といった支援を行うでん粉製造企業として設立されており、同時に農業活動の利益と世代交代の促進にも貢献している。

4 バイオ産業の体現者として、また、地域的・国際的に新たに生じる課題への対処としてのCAP

○将来のCAPにおいて不可欠な要素であるバイオ産業
 EUは、CAPにおいて、消費者、環境そして雇用の創出や成長という観点で、EU経済に利益をもたらすバイオ産業の発展を促進するべきである。バイオ産業によって、でん粉製品は、EU市民が懸念する現在と将来の社会的な課題に持続可能な解決策をもたらす。再生可能なバイオ資源の生産、食品、飼料、バイオ製品、バイオエネルギーといった副産物の付加価値製品化などにより、EUのでん粉業界はバイオ産業に貢献している。すでにバイオ産業は年間2兆ユーロ(252兆円)の価値を生み出し、2200万のEU市民の雇用を創出していながら、さらなる競争力の強化と長期的な経済成長の潜在力を秘めている。パリ協定(注9)のその後や国連の持続可能な開発目標(注10)が重視されている現在、バイオ産業は、現行の化石燃料依存と同等の実行可能な解決策を提供し、年間25億トンの二酸化炭素排出削減の可能性を有している。バイオ産業は、人口増加と消費者の需要拡大という課題にも対処している。
○技術革新と、生産者と供給チェーン全体のための研究開発への投資
 スターチ・ヨーロッパは、EUの農業近代化のためのプログラムを推奨している。生産現場におけるデジタル化は持続可能性と農作業の質を改善する。EUは、CAPにおいて、農村における投資と革新的な農業機材などの利用を促し、最良の農法に関する情報を分かち合うことを可能にする仕組みを整備し、発展させることが重要である。これらの技術は、EUの原料農産物の環境面での持続可能性を改善するとともに、生産者の生産性向上と経済成長をもたらす。
 
注4:EU域内の二酸化炭素の排出権取引制度。
注5:ETSに含まれない、輸送、建設、農業などに関する温室効果ガス排出目標。
注6:EU域内の工業分野からの汚染物質の排出に関する規制。
注7:主に環境に配慮した農法を直接支払の受給要件にすること。
注8:クロス・コンプライアンスと同様に、主に環境に配慮した農法を直接支払の受給要件にすることであるが、通常、2014年以降のCAPにおける規則を指す。
注9:2015年12月に採択された、気候変動抑制に関する多国間協定。
注10:1992年の国連地球サミット以降本格的に提唱された、環境保全を考慮した節度ある開発が重要という理念に基づく開発行動指針。

 
 
【根本 悠 平成29年5月18日発】
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
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