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米国食品医薬品局、豚繁殖・呼吸障害症候群耐性豚を承認(米国)

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 米国食品医薬品局(FDA)は4月29日、豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)への感染に関連する遺伝子の一部の働きを止めることで、豚にPRRSへの耐性を持たせる変異の使用を承認した。今回の承認は、米国における豚に対するゲノム編集技術適応に関して初めてのものであり、今後の養豚生産の損失率低下に期待がかかる。

1 米国の養豚生産におけるPRRSの影響

 PRRSは、豚に繁殖障害、肺炎などを引き起こすウイルス性の疾患であり、感染した場合、免疫力の低下も引き起こすため、養豚の生産性を大きく低下させる疾病である。PRRSは、1987年に米国で初めて疾病として認識されたのち、91年にオランダで病原体が同定された比較的新しい疾病である。
 米国では、毎年秋から冬にかけて流行するが、近年では、定期的に新たな株の出現による大流行が発生している。大流行のたびに農場または地域的な豚肉の生産量が減少するため、需給への影響が比較的大きい疾病といえる。米国では、子豚生産頭数や豚肉生産量が減少した時期には、その背景にPRRSの大きな流行が確認できる(図1および2)。
 例えば、1994年から96年頃にかけては、妊娠時期に関係なく母豚に流産を引き起こすなど病原性の強いウイルス株の出現などがあったとされ、99年から2001年頃にかけては、カナダからの新たなウイルス株の侵入が考えられている。09年から10年にかけては、豚肉需要の低下などによる複合的な要因が絡んでいるとされているが、07年から08年にかけて地域的に流行していた株が全国的に拡大した時期であるとされている。13年から15年にかけては、豚流行性下痢(PED)が米国に初めて発生したことで、離乳前の子豚の損失が大きく生産が減少したとされているが、PRRSの新たなウイルス株の流行も確認されている。直近では、コロナ禍による需給の変化などもある中で、20年末から21年にかけて、養豚が盛んなミネソタ州およびアイオワ州での地域的な流行が発生している。
図1 年間の子豚生産頭数合計(1995年〜2024年)
図2 年間の豚肉生産量合計(1995年〜2024年)

2 PRRS耐性豚の承認

 米国ではPRRSによる養豚産業への損害額が大きい。2024年のアイオワ州立大学による調査報告によると、養豚業における米国全体の損害額としては年間約12億米ドル(1723億円:1米ドル=143.57円(注1))にのぼるとされており、11年に行われた同調査で報告された損害額(年間約6.6億ドル(同948億円))と比較すると、約5.4億米ドル(同770億円)増加(約82%増)したとされている。約5.36億米ドルのうち、市場価格、生産コスト、産業規模の増加などは約1.08億米ドル(同155億円)程度とされており、残りの約4.28億米ドル(同614億円)は、PRRSへの感染による生産性の低下に起因するとされている。養豚農場では、PRRSによる損失を防ぐため、飼養豚へのワクチン接種やオールイン・オールアウト(注2)を実施するなどバイオセキュリティの強化を講じているが、ワクチン接種は、遺伝子変異が発生しやすいPRRSウイルスに対しては、変異株の出現により効果が低くなるため万全ではなく、1頭当たりのコストも増大することになる。

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年4月末TTS相場。
(注2)農場内で生産する豚を日齢別にグループ分けを行い、豚舎や豚房内のすべての豚を導入・移動・出荷をし、空になった期間の間に清掃・消毒等を行う生産方式。

 
 このような中でFDAは4月30日、米国内の食品サプライチェーンにおけるPRRS耐性をもたらす意図的変異(IGA)の使用について承認した。今回承認を受けたのは、PRRSウイルスが豚に感染する際に必要な遺伝子の一部をゲノム編集技術CRISPR-Cas9(注3)によって欠損(ノックアウト)(注4)させることによりPRRS耐性を付与したものである。
 今回のFDAの承認により、米国内で自動的にPRRS耐性が付与された豚の商業的な生産が始まるわけではない。米国から豚肉などを輸出するには、輸出先の規制当局からPRRS耐性変異に関する承認を受ける必要がある。また、商業的な生産には、複数の品種における種豚や原種豚へ変異を導入する必要がある。実際に、今回PRRS耐性豚を申請した種豚生産企業の発表では、米国での商業的な生産は早くとも26年からとしており、生産する種豚のすべてをPRRS耐性豚へ置き換えるためには10年間を要するものとしている。このため、実際に商業的な生産が行われるまでにはしばらくの時間を要すると予想される。

(注3)細菌が有する免疫機構(外来DNAの排除に関わる獲得免疫)の一部をゲノム編集に応用したもの。標的とする遺伝子のノックアウト、置換等をランダムな突然変異に頼らず行うことが可能。
(注4)ゲノム編集技術によるノックアウトは、細菌由来の酵素により狙った遺伝子に突然変異を起こす技術であり、外来の遺伝子を新たに組み込む遺伝子組換え技術とは異なる手法。


 PRRS耐性豚は、PRRSによる損失を低減するだけではなく、豚の免疫力を維持し、細菌感染などによる損失リスクも低減できることから、抗菌剤をはじめとした動物用医薬品の使用量軽減にもつながるとしており、全米獣医師会(AVMA)は、ゲノム編集技術の責任ある利用を支持すると表明している。

 
【調査情報部 令和7年6月2日発】
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
Tel:03-3583-9805