欧州委員会、次期共通農業政策の大幅な見直しを提案(EU)
欧州委員会は7月16日、2028年から34年まで7年間の中期予算計画となる多年次財政枠組み(MFF)(注1)案を公表した。その中で、同期間の共通農業政策(CAP)について、現行からの大幅な見直しが提案された。7月17日時点の公表資料などに基づく主な内容を紹介する。
(注1)MFF(Multiannual Financial Framework)は、EU内の政策優先度に応じて、政策分野ごとに多年次(通常7年間)にわたる歳出のおおよその上限額を定めるもの。
農業予算と他予算を統合した上で一定額のCAP予算を確保
現行MFF(2021年から27年まで)の予算総額1兆2109億ユーロ(207兆2576億円:1ユーロ=171.16円
(注2))のうち、農林水産業・環境関連予算はおよそ3分の1を占める4010億ユーロ(68兆6352億円)であり、この大半はCAP予算の3785億ユーロ(64兆7841億円)となる。
今回提案された次期MFF(予算総額1兆9849億ユーロ(339兆7355億円))でのCAP予算は、EU内地域の発展レベルの格差軽減などを目的とする都市・地域振興政策の結束政策(Cohesion Policy)
(注3)関連予算などと統合され、国家・地域パートナーシップ計画(NRPP:National Regional Partnership Plans)として実施される。NRPPの予算額(8651億ユーロ(148兆705億円))のうち、2957億ユーロ(50兆6120億円)がCAP専用予算として確保(Ring-Fenced)されている(表)。
(注2)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2025年6月末TTS相場。
(注3)結束政策の詳細は、EU代表部「EUの結束政策の概要(2024年8月)」をご参照ください。
現行CAPの支援内容は、直接支払制度などの所得・価格支援(第1の柱、CAP予算の約4分の3)と農村地域の競争力強化などを図る農村振興支援(第2の柱、同4分の1)の2本構成となっている(図)が、次期中期計画で専用予算として確保されるのは所得・価格支援が主となる。農村振興支援の項目の大部分については、NRPPの中で、加盟国やその地域の社会的、経済的な課題の解決に向けた支援の一つとして行われることになる。
欧州委員会は、所得・価格支援について、専用予算が確保されることで引き続き農家にとっての安定性と予測可能性が保証されるとしている。また、現行CAPや結束政策などでそれぞれ実施している地域振興政策の統合は、加盟国の実情に応じた迅速かつ柔軟な実施を可能にし、分野横断による相乗効果と重複がなくなることによる簡素化の両立に寄与するとしている。
所得・価格支援は「的を絞った支援」に重点
所得・価格支援については、面積当たりの直接支払制度は維持しつつ、支給額が一定額を超える場合の減額措置と10万ユーロ(1712万円)の上限設定を導入する。これにより余剰となった資金は、若手、小規模経営、条件不利地域の農家支援に再配分することが可能となる。
世代交代の促進のため、国民年金を受給する農家への所得支援を段階的に廃止する。これは、土地の流動性向上を目的としたものとみられる。
また、「要件は少なく、インセンティブは多く」をテーマに、現行CAPで課せられている環境要件などを緩和し、環境・気候、生物多様性、アニマルウェルフェアへの取り組みを強化した場合にインセンティブを支給する。
このほか、生産とリンクした支払(カップル支払い)が特に畜産部門で重要であり、予算における支出上限を現在の13%から20%に引き上げる。
農業関係団体などからは激しい反発
欧州議会議員や農業関係団体は、MFF案の公表以前から、現行を踏襲する農業関係単独での予算設定や生産コスト増を反映した予算の増額などが必要と主張していた。そのため、今回公表された案については、1)予算の削減(確保される予算が2957億ユーロ(50兆6120億円)(現行CAP予算3785億ユーロ(64兆7841億円))にとどまっているため)、2)第2の柱である農村振興支援の実質的な解体、3)農業政策のEU域内での共通性を損なうもの(農村振興支援の実施予算や内容が加盟国の策定する計画に委ねられるため)−と評した意見が出ている。
欧州農業組織委員会・欧州農業協同組合委員会(Copa-Cogeca)は、MFF案の公表日に各国の農業関係団体などとともに欧州委員会前でデモ(写真)を実施し、7月16日をEUの農業政策の基盤が解体される「ブラック・ウェンズデー(黒い水曜日)」として記憶に刻まれる可能性があるとして、各加盟国農業大臣と欧州議会農業委員に対し、今後のMFF承認プロセスでの連帯を呼びかけた。
MFFの承認プロセスは、欧州議会の承認を経た後に、加盟国での全会一致での採択が必要となる。
【調査情報部 令和7年7月25日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
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