豪州政府、米国産牛肉の輸入規制を緩和、貿易交渉の布石か(豪州)
豪州農林水産省(DAFF)は2025年7月24日、米国からの牛肉輸入に関して、カナダおよびメキシコで出生・肥育された後、米国に生体輸出・と畜された牛肉は、豪州の適切な衛生健康保護水準(ALOP)(注1)を満たすとして、これら牛肉の輸入解禁を支持する報告書を発表した。これまで豪州政府は、米国で出生・肥育・と畜された牛肉の輸入は19年から許可していたが、出生地が異なる場合は追加のリスク評価が必要であるとして、輸入を禁止していた。
米国政府は、出生地が異なる場合も牛肉の輸出を認めるよう、豪州政府に対して働きかけを続けてきたが、トランプ大統領が就任して以降、この問題は米豪間の主要な非関税障壁の一つとして大きく取り上げられることとなった。25年4月に米国が豪州からの全輸出品目に10%の相互関税を課した際にも、トランプ大統領は米国産牛肉の豪州向け輸出が禁止されていることが理由の一つであると述べていた。これに対し豪州のアルバニージー首相は、豪州のバイオセキュリティシステムを貿易交渉のテーブルに乗せるつもりはないと明言していたことから、今回の発表は業界に大きな反響を呼んでいる。
(注1)世界貿易機関(WTO)による衛生および植物衛生に関する協定(SPS協定)の中で、各加盟国が設定することができる国内における人、動物、植物の生命・健康を保護するために必要な検疫措置の水準。
豪州政府の見解
連邦政府のコリンズ農林水産大臣は、本件に対して「我々はバイオセキュリティに関しては決して妥協しておらず、米国産牛肉の輸入見直しは、過去10年間にわたって行ってきた厳格な科学的根拠に基づく評価の結果だ」と述べている。DAFFは2017年に米国、日本などのBSE(注2)発生国からの牛肉輸入に関する再審査結果を公表しており、18年には日本、19年には米国からの牛肉輸入を解禁している。このため、今回の発表はこの審査を補完するものであり、貿易交渉のための場当たり的な対応ではないと主張している。また、報告書では、特に懸念されていたメキシコから米国に移動する牛の追跡可能性について、米国農務省動植物検疫局(USDA/APHIS)が25年1月に公表した新たなメキシコ産繁殖・肥育用牛の輸入プロトコルの導入によって、信頼性が担保されたと説明している。
(注2)牛海綿状脳症とも呼ばれ、異常なプリオンたんぱく質が神経組織等に蓄積する伝染病。日本では2001年から09年まで継続的に発生が確認された。
業界の反応
牧草肥育牛の主要業界団体であるキャトル・オーストラリア(CA)は、豪州政府が業界に対してリスク評価の詳細を提供しなかったとして、今回の決定を非難するとともに、バイオセキュリティと貿易交渉は完全に独立して実施されるべきという主張を展開しており、豪州食肉産業協議会(AMIC)もそれに同調する動きを見せている。一方で、全国農民連盟(NFF)は、豪州政府が自国のバイオセキュリティを保護するため、適切な科学的根拠に基づき審査した結果と認識している、というコメントを出すにとどめている。この背景として、米国産牛肉が豪州の牛肉需給に及ぼす影響が軽微である点が大きいと考えられる。現地アナリストによると、米国産牛肉は2024年に約270トンが輸入されているが、その価格は豪州産牛肉をはるかに上回っており、豪州国内の量販市場では競合相手とはならないと分析されている(図)。
また、最大野党である国民党のリトルプラウド党首は、今回の報告書の発表に対して、そのタイミングとスピードから、適切なリスク評価が行われたのか疑惑が生じていると述べ、議会上院に独立した調査委員会の設置を要請している。
米豪間の関税措置をめぐる貿易交渉は、25年7月31日現在で決着しておらず、今回の発表がどのような影響を与えるかは不透明なことから、引き続きその行方が注視されている。
【調査情報部 令和7年7月31日発】
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農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:国際調査グループ)
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