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〜酪農コンサルタントの視点〜

調査・報告 専門調査/畜産の情報 2019年1月号

酪農における経営と技術の支援について考える 
〜酪農コンサルタントの視点〜

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畜産・飼料調査所 御影庵 主宰 阿部 亮

【要約】

 これからの日本酪農における経営と技術を支えるために、現状、酪農家はどのように経営と技術に対処し、問題をいかに改善していくべきかを「酪農コンサルタントの視点」を基礎に考察した。

1 はじめに 〜現在の日本酪農の状況〜

 今の酪農経営の状況をほとんどの人は良好だと答える。2017年の生乳1キログラム当たりの総合乳価(プール乳価)は全国平均で102.9円であるが、これは2007年の79.2円よりも23.7円上昇している。2017年のこの値は東海が113.5円、関東が109.7円と地域(指定生乳生産者団体)によって異なるが、都府県よりも安価な北海道でも2017年の10〜12月にかけては100円を突破し、「これは30年ぶりの高価格である」と報道されている。そして、副産物(初妊牛や育成牛)の販売価格も好調である。北海道における初妊牛の価格は、2008年の秋には1頭当たり40万円程度であったものが、2018年2月には86〜96万円と倍以上の価格であり、育成牛も2018年2月は55〜65万円と高騰している。
 日本酪農の勢力として2008年と2018年の酪農家戸数と乳牛飼養頭数を比較してみた。酪農家戸数は2008年の2万4393戸が10年間で8693戸(36%)減少し1万5700戸、乳用牛飼養頭数は2008年の153万3742頭が10年間で20万5742頭(13%)減少し、132万8000頭となっている。このような状況の中で、1戸当たりの飼養頭数は増加しており、2018年の1戸当たりの飼養頭数は北海道で27.5頭増の128.8頭、都府県では12.5頭増の56.3頭となっている。酪農勢力が縮む中で、酪農を維持・継承している人達の間では規模拡大が進んでいる。そして、規模拡大が進行する中で、労働力の確保や管理作業の省力化が課題となっている。
 また、2017年の経産牛1頭当たりの乳量は8581キログラムと10年前よりも593キログラム増加している。
 乳牛1頭当たりの乳量は、酪農家の収入に影響するばかりではなく、日本の生乳生産量にも大きな影響を及ぼす。2007年の国内生乳生産量は802万トンであったが、それから10年後、2017年には729万トンに大きく減少している。乳牛1頭当たりの生乳生産量をこれからどこまで伸ばすことができるのかも一つの大きな課題である。
 「乳牛そのもの」の問題として、廃用・除籍になる乳牛の数が多いことも挙げられる。2016年の「乳用牛群検定成績のまとめ」から計算すると、乳器障害、繁殖障害、疾病、死亡で除籍となった乳牛の頭数は9万6985頭で、これは検定牛頭数の18.3%に相当し、1戸当たり11.9頭と多い。そして、さらに問題なのは生乳生産の主力となる若い牛に、上記の原因による除籍の割合が高いということである。上記の四つが原因となる除籍の全除籍に対する年齢別の比率を見ると、4年未満が22.8%、4年以上5年未満が18.5%となる。除籍牛の約41%がいまだ若い牛となり、長命連産ではなくなってしまっている。牛群検定に参加している乳牛の平均産次数が2016年は2.6産と若いことが、今の日本の状況を物語っている。この状況における飼養管理上の課題は、分娩の前後、いわゆる周産期の健全性をいかに維持していくかである。さらに、分娩間隔は、1989年には405日であったものが、2016年には432日と、平成期の間に約1カ月も遅延しており繁殖成績も芳しくない。
 「乳牛が少なくなっている」「若い牛に種々の障害による廃用・除籍が多い」「繁殖成績が良くない」という状況が、今の高乳価と育成・初妊牛価格の上昇をもたらせているという考察ができる。そして、先人酪農家の苦労が、今、経営を続けている人達への努力に対して、「恵み」をもたらせているとも筆者は感じている。
 それでは、今の酪農家の人達の「持続的な発展」を、今流行の言葉でもじって言うならば、「Sustainable Development」をどのように考えていくべきだろうか。政府、自治体、農業団体、酪農関係企業などが、それぞれの立場から知恵を絞り、目標を立て、施策を実施している。それに対しては、その成就を真に願っている。
 同時に、日常的に牛舎に立ち入って酪農経営を直視し、牛と酪農家と語り、経営改善の支援をしている人は「今の酪農と酪農家、そしてこれからの日本酪農をどのような視点で見ているのか」について聞いておくことが必要ではないかと筆者は考えてきた。それが、酪農に対する政策や目標を浸透させる基盤になると確信しているからである。「牛舎の中から見た日本の酪農」という観点から、これからの日本酪農を考えてみたい。今回、北海道十勝管内士幌町に拠点を置き、道内を始め全国で酪農家の支援をされている「きくち酪農コンサルティング」の菊地実氏に、「酪農コンサルタントの視点」を伺った。

 

2 酪農コンサルタントの視点

(1)酪農家は何を考えねばならないか

 今のシステムの中では、「乳価は決まっている」「飼料や肥料などの主原料に係る実質的な価格は、一定の範囲で上下はあるもののおおむね決まっている」「改良を目的とした精液の選定でさえ、この地域ではこの種雄牛を推奨しようと決めている場合がある」というように、自分の意思で、仕入価格を決めて取り引きするなどの、いわゆる経営能力を発揮する場面が限定されています。
 牧場が持つ資源と環境の中で、経営をどう組み立てるか、経営として発展させるためには何を対象に、どう対処するのかを考えなければなりません。
 酪農家の関心事、課題の中で、1番目が周産期疾病への対応、2番目が乳房炎への対応、3番目が牛舎の設計や施設整備などへの投資の話です。
 また、生乳生産量は、経営の収支を左右する重要なポイントです。最近関わっている牧場の1日1頭当たり乳量は1日3回搾乳で約40キログラムですが、米国では平均45キログラムは珍しくはありません。この5キログラムの差は乾物摂取量に起因します。今よりも乾物摂取量を2.5キログラム増すことができれば、1日1頭当たり乳量は向上します。もし牛の体格が同じであれば、乾物摂取量の差は、粗飼料の品質とマネージメントに差があることを意味します。米国の酪農家も日本の酪農家も、実践している酪農科学は同じです。異なるのは、その酪農科学が、体系立てて生産現場で反映されているかどうかという点です。
 米国と日本の酪農で大きな差があると感じるのは、牛舎の衛生面です。見た目に衛生的であれば、細菌学的に清潔である場合が多いと思います。一方、見た目に不衛生な場合は、細菌学的にも不衛生であると言い切ることができます。
 北海道酪農検定検査協会の資料には、「生後10カ月以内の死亡率はホルスタイン種で9.7%」とあります。また、乳房炎での除籍数を平成28年の北海道の牛群検定成績で見ると、約1万2000頭です。これらの素因となっているのが、牛舎の衛生面であると思っています。
 これまでの中で、2〜3年間で経産牛一頭当たり年間乳量が2000〜3000キログラムほど上がった牧場は珍しくはありません。それらの牧場で助言したことは、栄養はもちろんですが、ミルカーの搾乳性能を正常にする、飼槽や牛床を改修する、乾乳期の飼い方を変えるなど、順に課題を解決したことが、乳量に反映されてきたと理解しています。
 何か一つだけに介入して結果を出すことは難しく、体系的に牛舎の中を見ることが大切です。
 酪農の在り様には、強い地域性があります。牛舎の構造であれ、使われている資材やサプリメントであれ、その地域内で似通っています。その地域の誰かが先駆けて取り組み、それが成功すると地域に波及していくと思います。それが示唆するところは、酪農家に影響を与えているのは、酪農家だということです。
 いろいろな地域を訪れて感じるもう一つのことは、都府県の酪農家は北海道の酪農をやりたがり、北海道の酪農家の多くは十勝の酪農を目指します。そして、十勝の酪農家は米国酪農を目指します。何かを目指すことは、良いことですが、その目指す方向や内容が、自らの土地条件や粗飼料、労力を考えた時に合理的かどうかを考える必要があります。
 

(2)酪農コンサルタントの役割とは何か

 大切にしていることは、「酪農家に寄り添う」姿勢です。当事者には分からないこと、気が付かないことを、会話を続けることで、「気付き」を助けることです。経営のヒントを与え、意思決定を支援するという意味にもなるかもしれません。例えば、目の前の課題に対する対応策を三つ提案した際、酪農家が2番目に提案したことを選んだ場合には、利点だけでなく欠点もしっかり説明した上で、実現の方法を具体的に提案します。コンサルタントは、あくまでも脇役で主役ではないと思っています。
 もう一つの役割は、特に若い酪農家に対して、「分かることは面白いこと」を伝えることです。課題を解決することは楽しいことであり、経営者の自尊心を満たします。さらに、牛の調子が良くなることは「酪農を一変させる」ことになります。それが経営者の醍醐味であり、経営能力ということになるかもしれません。
 当事者である酪農家が、酪農という仕事を面白く思えるかどうかは重要なことあり、学ぶことの面白さを「体験する」、分かるを「実感する」ためのお手伝いは、コンサルタントの役割の中で重要な位置を占めると思っています。
 

(3)乳量はどこまで伸びるか

 日本酪農の乳量については、米国酪農との対比で考えます。2014年の経産牛1頭当たりの乳量は、日本が8316キログラムですが、米国は1万96キログラムと約1800キログラムの差があります。つまり、日本でも乳量が1800キログラム増加できる可能性があると考えることができます。これを実現するためのポイントの一つは、初産牛の体格です。日本の初産牛の分娩後体重は560〜580キログラム程度です。体格が小さめであることは乾物摂取量の制約になります。併せて、体格の小さい初産牛は、自身の成長にエネルギーを配分し、その分だけ乳量が低くなると考えられます。育成期の飼い方によって分娩後体重を620〜640キログラムにすることはできるはずです。初産牛の体格が大きくなることは、乾物摂取量が増すことにより乳量が上がることを意味します。
 初産牛の体格を大きくするためには、育成期の栄養管理をしっかり行うことです。その中で大切なことは粗飼料の質です。米国の牧場で目にした粗飼料は「採食量が高い」という印象が強くあります。
 米国の粗飼料基盤と日本の粗飼料基盤を単純に比較し議論するのは無理があると思います。しかしながら、日本の粗飼料は、さらに高品質なものになる可能性は大きいと思います。品質の高い粗飼料生産は、濃厚飼料に依存する栄養の割合を下げ、あるいはより多くの乳量と牛の健康につながることを意味します。
 もう1点は、乾乳から分娩後の飼養管理を改善して、廃用除籍の牛の割合を下げる必要があります。これは初産牛割合と関わってきますが、日本の牛群検定参加牛の平均産次数は2.6産くらいですが、米国の場合には3.4産の牧場が珍しくありません。つまり、疾病で不当に多くの牛を失っていることになります。
 

(4)規模拡大と生産効率

 酪農家の戸数が減少する一方で、1戸当たり飼養頭数は拡大しています。しかし、飼養頭数が多いことが成功に結びつくとは必ずしも言えないと思います。大切なことは生産効率であり、二つの尺度で生乳生産の作業効率を評価しています。
 家族経営の場合は、1時間当たりの生産乳量を見ます。飼料の給与、搾乳、ふん尿処理など、毎日牛舎で繰り返す仕事の時間を年間合計時間として求めます。年間出荷乳量を合計時間で割ることで労働1時間当たりの出荷乳量を求めます。つなぎ牛舎の場合には、管理作業1時間当たり60〜120キログラム、フリーストールやフリーバーンの放し飼いの場合には80〜160キログラムと広く分布します。一方、規模拡大をしている経営では、一人当たりの出荷乳量を見ます。これは年間の出荷乳量を従業員数で除して算出するもので、一般的には従業員一人当たり300〜350トンくらいです。一方、生産効率の良い牧場では500トンを超えます。一人当たりの生産量が約150トンから200トンも違います。この差を乳価100円として計算すると、1人当たりの年間生産額は1500万円から2000万円程の差になります。この生産額の違いは、経営の安定化や次の規模拡大に対して強い影響力を持ちます。
 家族経営の場合、牛舎の構造が生産効率に影響しています。一つ一つは単純な作業なのに、多くの時間を要する構造になっています。大規模経営の効率の差は、施設のレイアウトと周産期疾病や乳房炎の発症率が影響しています。
 先日、米国の牧場を訪問した際、飼養規模4000頭の牧場でも、驚くほど従業員が少ないと感じました。日中、誰もいない牧場もありました。日本では500〜600頭の牧場でも相当数の人が働いています。1人当たりの出荷乳量を増すための改革、見直しが必要だと感じます。
 大規模経営における雇用労働者の不足については、作業効率が悪いため、多くの従業員を雇用しなければならないという見方ができます。もう一つの観点は、雇用する人数が多いので、1人に対して支払う給与に限界があり、賃上げができないから人が集まらないという構図です。このような状況の解決策を見つけるのもコンサルタントの使命だと思っています。
 

(5)これからの経営支援とコンサルテーション

 「乳量をもっと上げる」「廃用・除籍の牛を少なくする」「作業の効率を高める」といったことを、経営者である酪農家を中心にさまざまな人が助言するようなチームを作って酪農家を支援する仕組みが必要です。
 私の専門分野は、栄養と、牛舎構造を含めた飼養管理、乳房炎の予防の三つです。その他の分野は、課題を見つけることはしますが、それから先は専門家に依頼します。支援チームを組める地域では、お金のことに関しては畜産協会や農協、疾病に関しては獣医師と連携しますが、それができない地域もあります。
 これからのコンサルテーションには六つの柱が必要であり、その一つはファイナンスです。経営者は常に、「仕入れ」と「投資」を繰り返します。仕入れは、同じ物であれば安い方、同じ値段だったら良い物を仕入れます。投資であれば、牛舎に投資するか、トラクターや作業機に投資するかといった思案です。そういう場面で、税務処理も含めて相談に乗って助言できる人が必要です。
 二つ目は目の前にある飼料資源を活用して生産性を上げるという視点で、栄養士からのアドバイスが必要です。
 三つ目は周産期疾病への対応です。周産期疾病が牛群全体の健康を決定するため、「何が起きているか」「何も起きてはいないか」を判断できる獣医師が必要です。
 四つ目は繁殖をケアするという点で、獣医師や人工授精師が必要です。
 五つ目が飼料作物です。飼料作物の栽培からサイレージの調製までをカバーできる人が必要です。
 この5人は必須ですが、もう一人、これらの人達をコーディネートするスーパーバイザーが必要です。スーパーバイザーがいることは、支援チームの一員であるコンサルタントの役割について、精度良く、的を絞ることができます。
 

(6)これからの酪農家と教育

 一般の会社や組織は、プログラムに沿った社員教育のシステムがあります。しかし、家族経営であれ大規模経営であれ、酪農の生産現場でそのような仕組みを持つことは困難です。特定のテーマについての講習会はありますが、体系立っていないことが欠点です。
 米国では、コーネル大学ではプロデーリイ、オハイオ州立大学ではデーリイエクセルといった酪農家に対する産業人教育プログラムがあります。
 大学のAnimal Scienceの学科を卒業して就農し、酪農経営を担いながら、実学を勉強し、経営をしながら成長していきます。先ほど、これからのコンサルテーションに必要な六つの柱を挙げましたが、それらが地域に構築されると、その柱を構成するチームが酪農家の産業人教育の任を兼ねることができるのではないかと考えています。
 産業人教育は、座学でテキストから学ぶだけではなく、目の前にいる牛を見て、その牛が本来の在るべき姿であるかどうかを判断できる能力が必要となります。特に30代前半までの若い酪農家の方々にその能力を身に付けて欲しいと思います。牛を知らないことは、牛からのメッセージに気付かないことであり、それは、牛がゆっくり駄目になり、最終的に倒れるまで分からないことになります。
 また、昨今の共進会では、出陳が一部の方々に限定されているため、先輩酪農家が若者を教育する場としての機会が減りました。
 共進会の役割、機能に変化が起きたのであれば、それに替わる教育の場を作る必要があると思います。
 

3 考 察

 酪農の経営と技術を支援するために、酪農コンサルタントの視点を基に、これからの経営・技術支援の行く先というテーマで考えたい。昭和40年代以降、この分野は官が主導的な役割を果たしてきた。国の試験場(畜産試験場、草地試験場、地域農業試験場畜産草地部)が頭にあり、都道府県の畜産試験場がそれを支え、都道府県の中のいくつもの農業改良普及所が現場の酪農家を支援するという流れである。
 しかし、冒頭に書いたような酪農家戸数の減少にスライドするように試験場と農業改良普及所の勢力も縮んできている。試験研究機関の雄であった畜産試験場と草地試験場を併せての研究者数は独立行政法人化以前(2000年・2001年)には207名であったものが、2016年には137名となり、同時に「試験場」という大看板が外され、「畜産研究部門」という名称に変わっている。本誌の2017年2月号で、筆者は北海道根室農業改良普及センターの取材をした際、1995年には根室管内には41名の職員がいたが、それが2006年には34名に、2015年には26名になっているとのことであった。都府県でも普及センターの統合が進んできている。
 すう勢として、酪農家戸数と乳牛飼養頭数は冒頭に見たように減少しているが、酪農勢力は一様、一律に縮んでいるのではなく、多様化するとともに分化していると言ってもよいだろう。「家族経営と法人経営の分化」「個体乳量では6000〜8000キログラム階層と1万キログラム以上の階層の分化」「フリーストール・フリーバーン牛舎とつなぎ飼い牛舎の飼養形態の分化」「TMRセンターやコントラクター、育成牧場などの外部委託の有無」「規模拡大が進んでいる地域とそうではない地域」「雇用労働力の有無」などである。
 また、乳牛の泌乳能力の高まりによって、高泌乳牛の飼養管理法に高度な知識と技術が従前以上に必要になると同時に、周産期疾病や繁殖成績の悪化という事例がみられていると聞く。そして、自由貿易経済の進展によって、国内の酪農家は諸外国の酪農家に対抗し得る経営的・技術的な競争力を備えなければならない時代に入ってきた。
 「国の財政支援に依存するだけではなく、酪農家が自立しなければならない」という点を強固にするためには、「酪農家に寄り添う」ことができる相談相手としてのコンサルタントが必要と言えよう。
 日本で酪農コンサルテーションをしている人達の数は、決して多くはない。その類型には「開業獣医師が顧客を中心として生産獣医療を施している」「農業団体、飼料メーカー、酪農器具・機械メーカーの技術顧問としてそれぞれの傘下・顧客酪農家の支援をする」「酪農家個人あるいは集団(TMRセンター構成員など)と契約を結んで支援をする」と大きく三つに分けられる。菊地さんのコンサルタントは2番目の分類に入る。
 官であれ民であれ、つまり、農業改良普及センターの職員であれ、個人経営のコンサルタントであれ、酪農の経営と技術改善の要点は同じである。PDCAサイクルの実践を親身に、いかに精緻に行うかである。PDCAとは、Plan(計画)、Do(実践)、Check(点検・評価)、Act(改善)の鎖をいう。計画を「目的の計画」と「手段の計画」に分けると、目的の計画には、①数量の計画(個体と群の乳量水準)②品質の計画(体細胞数、細菌数、乳脂率、乳たんぱく質率)③コストの計画(生産原価)④日程の計画(年次目標)があり、手段の計画としては、①生産対象の計画(頭数、精液の選択、繁殖管理)②生産主体の計画(牛舎構造、購入飼料の選択、飼料作物)③生産方法の計画(飼料設計、飼料給与法、労働力)がある(図)。


 
 点検に関しては、以下のことが評価されなければならないであろう。①牛舎内環境(飼槽や飲水器は清潔に保たれているか、牛舎内の換気は適切か、搾乳機器や施設の管理は適切か、床の乾燥状態は適切か、ハエ等の衛生害虫は駆除されているかなど)②作業(発情の発見・時間帯は適切か、飼槽の掃き寄せは適切に行われているか、分離給与においては給与回数や給与の順序は適切か、搾乳の手技と手順は適切かなど)③管理と記録(繁殖関連のデータは適切に利用されているか、草地の植生は把握されているか、空胎日数のバラツキは把握されているか、飼料の選択採食の有無と残食の種類、粗飼料と濃厚飼料の成分・栄養価の把握は十分か、乳量・乳質と飼料設計の関連は把握されているか、個体の観察はどのようにして行われているか、削蹄は適切に行われているか、疾病の把握と治療・対応は適切か、配合飼料の価格は把握され乳飼比は計算されているかなど)。こういった中には、前項にあったような作業効率の点検・評価も当然のことながら含まれる。実に多岐にわたっての「管理点」が含まれている。これらを単眼ではなく、複眼的に関連付けながら経営の向上を図っていくことが支援には求められる。つまり、「六つの柱」が必要であるということが実感できる。
 この六つの柱をどのような仕組みで実践するか、それが今後の課題であろうが、重要なことは、恒常的な枠組みを構築する事であり、二つの形が考えられる。
 一つは、官の組織の再編であり、もう一つは民の中での起業的な組織作りである。
 官については、予算と定員の減少を食い止めながら、試験研究機関、農業改良普及センター、共済組合家畜診療所を再編して、六つの柱を包含する拠点を47都道府県に新たに設立するというのはどうであろうか。民の方では、農業団体や酪農関連企業が経済的な負担をしながら人材を確保し、酪農家の要望に応えていく形である。この場合には現在活躍されているコンサルタントの人達が中核になり、その周囲に、得意技を持つ人達が集合するという形になるであろう。
 日本国内で730万トン前後の生乳生産量を維持する、あるいは、以前の水準に回復させるためには、どのような「酪農の経営・技術支援」をしていくかについての真摯な議論が必要であろう。その議論の中で参考になると思われる英国の事情を最後に紹介しておきたい。
 英国では、1970年代から農業食料漁業省に属するAgricultural Development and Advisory Service(ADAS)が農業に関する試験研究と普及活動を行ってきたが、1986年にはこれが独立行政法人となり、1997年には完全に民営化された。この間に組織の縮小と人員の減少が行われてきた。民間への移行によりADASはコストの削減、サービスの効率化と強化、経営の合理化に励み、顧客との信頼関係を高めてきた。その結果、民営化により英国の酪農産業がコンサルタント業務を有料化しても、充分自立できるようになったと言われている。酪農分野ではイングランドおよびウェールズを中心に50万頭以上の乳牛のコンサルタントを請け負っている。しかし、農業の研究・普及指導分野においても競争原理の導入が図られたため、個人で開業しているコンサルタントや飼料会社所属のコンサルタント、Milk Marketing Board関連のコンサルタント業務との競争が激しくなっているとのことである(家畜飼料給与システム普及推進事業平成9年度海外調査報告書、平成10年3月、畜産技術協会)。

【謝辞】
 今回、取材した菊地氏の出自は酪農家であり、大学卒業後2年半の間酪農に従事した経験を持つ。その後北海道庁に入り、美幌町と猿払村で併せて15年間農業改良普及センター(当時は農業改良普及所)に勤務された後、道の専門技術員として10年間酪農現場と密着した仕事をされた。現在は「きくち酪農コンサルティング」の看板を掲げて、全国を駆け巡っておられる。お忙しい中で、時間を割いていただいたことに感謝を申し上げます。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-4398  Fax:03-3584-1246