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調査・報告 畜産の情報2019年3月号

EU農畜産業の展望 〜2018年EU農業アウトルック会議から〜

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 欧州委員会は、「食料と農業の将来〜考慮すべきもの〜」と題し、2018年EU農業アウトルック会議をブリュッセルにて開催した。
 ホーガン農業・農村開発担当委員は、EU農業について、環境や気候変動への対応や対策に関する要求がますます強まり、生産への制約もある中、農産品や食品の差別化、農業のデジタル化や新技術の活用が今後のEU農業で必要とされる持続可能な農業生産を支える取組であるとした。そして、そのための共通農業政策(CAP)の検討や、世代交代を推し進める考えを示した。

1 はじめに

 2018年12月6〜7日、欧州委員会は、欧州連合(EU)の農畜産業をめぐる情勢および2030年までの中期的展望を示す「2018年EU農業アウトルック会議」を、ブリュッセル(ベルギー)で開催した。
 今年で4回目の開催となる同会議には、各EU加盟国をはじめ国際機関やEU機関、農業および食品産業の関係団体、事業者、農業経営者、研究機関、学識経験者、市民団体などの幅広い者が集まった。

 


 会議のテーマは「食料と農業の将来〜考慮すべきもの〜」とされた。背景には、次期(2021年から2027年まで)共通農業政策(CAP)の見直しの検討や、食品安全や環境、気候変動の課題など生産を取り巻く考慮すべきゥ問題の顕在化などがある。
 会議は、欧州委員会のフィル・ホーガン農業・農村開発担当委員へのインタビューからはじまった。また、ゲストとして、日本から農林水産省の松島浩道農林水産審議官と、アフリカを代表して農業研究により開発途上国の持続可能な農業生産などを担う国際熱帯農業センター(CIAT)のアフリカ担当ディレクターが招待され、それぞれ各国・地域の農業情勢やEUとの貿易状況などについて講演を行い、会議出席者の大きな関心を集めた。
 本稿では、同会議の中から、主にEUにおける畜産をめぐる情勢と中期的展望について紹介する。なお、本見通しには前提条件があり、CAPは現行制度のままとし、貿易協定については批准済みのものまで含み(会議開催時点では日EU経済連携協定(EPA)は批准前であるため含まれていない)、英国のEU離脱(BREXIT)はまだ交渉中であることから英国はEUに含むとしている。
 また、本稿中の為替レートは、1ユーロ=127円(1月末日TTS相場:126.65円)を使用した。

 

2 食料と農業の将来〜考慮すべきもの〜(ホーガン農業・農村開発担当委員インタビュー)

 会議冒頭、ホーガン担当委員から、現在、EU農業が抱えるさまざまな課題について次の考えが示された。
 

(1)次期CAPについて

 欧州委員会は、次期CAPについて、複雑な手続きや要件などの簡素化と近代化に重点を置き、検討を進めている。BREXITや、難民・移民対策などの新たな財源確保が必要となり、CAP予算が5%削減されている現状について、加盟国に対し理解を求めるとともに、農業経営者に対する補助金分配の平準化が重要である。
 加盟国ごとに農業経営の構造、生産方法、気候、経済、若年農業者の戸数などが異なっていることを考慮すると、各加盟国や地域へ補助金分配の裁量を多く移し、小規模な農業経営への追加支援や、地域開発事業への追加助成などの充実を目指し、EU農業の競争力強化を図りたい。また、直接支払いの受給上限を定めるなどして、特に中小規模の農業経営に対して、より公平に支援できるような仕組みを検討している。
 また、簡素化や近代化については、デジタル化や新技術の活用がその中心になるものと考えている。衛星技術によるものや日々の農業経営を通じた大量のデータは、環境への負担軽減や家畜飼養の環境改善などに寄与し、農業経営の収益を向上させるとともに、簡素化に大きく貢献する可能性がある。そのように、農業においてデジタル化や新技術を活用することは、CAPの目的である持続可能な農業生産を大幅に向上させるものと考えている。すでに多くの新技術などは利用可能であるが、今後の躍進に期待をしている。
 

(2)世代交代について

 農業経営者のうち、35歳以下は6.5%のみである一方、55歳以上が半分強を占めている。EU農業がますますグローバル化し、より激しい競争の環境にある中、若年農業者は、変化と近代化のカタリスト(促進する者)であり、重要な存在である。最新技術を利用する若くて優秀な農業経営者らが、EUの競争力を向上させる鍵を握っている。若年農業者の参入の障壁を打ち破るために必要な政策手段の多くは、課税や土地に係る政策が含まれ、加盟国レベルで規制されているものも多い。したがって、世代交代の問題には、EUと加盟国および地域が、各分野で適切な行動や支援を相互に補い合うため、関係を強化する必要がある。
 

(3)環境および気候について

 農業経営者は、環境保護と気候変動に関して、不公平な論評の対象となることが多い。欧州委員会は、環境・気候への野心的なレベルを高める重要かつ具体的な要件を検討している。
•農業用地面積や家畜飼養頭羽数に基づく支払い(カップル支払)の条件付き強化
•第一の柱(所得支持政策)における新たな緑化要件
•第二の柱(農村振興政策)での環境、気候、その他管理の義務
 

(4)不公正取引について

 欧州委員会は、食料サプライチェーンの取引相手によって不公平な取引慣行を強いられ、しばしば交渉力が不足している中小規模の農業ビジネスのために、公正な取引を確保することを目的に法整備などを行っている。農業は、他の業種と全く変わりはなく、労力に見合った正当な利益と賃金を提供される手段を探す必要がある。

 


 

 

(5)貿易について

 2017年には、農産物・食品輸出額が過去最高の1379億ユーロ(17兆5133億円)を記録した。これにより、農業貿易収支は8年連続で200億ユーロ(2兆5400億円)の黒字となった。また、2018年12月3日に発表された最新の農業貿易報告書によると、9月に22億ユーロ(2794億円)の貿易黒字を示している。
 10億ユーロ(1270億円)の輸出は2万人の雇用を支える。これらは雇用機会が限定されている農村部に多く、欧州委員会の貿易政策はEU全体の農村地域の成長と活力に大きく貢献する。
 EUは、世界最大級の食料供給地域であり、開かれた貿易を行うことを一つの方向性としている。欧州委員会は、いかなる貿易協定においてもEUの高水準な規制などの基準について相手国に対して求めつつ、さらなる成長のための新たな貿易機会を作っていく。

 

3 EU畜産業の現状と2019年以降の見通し

(1)酪農をめぐる情勢

 欧州委員会は、世界の乳製品需要は、アフリカおよびアジアでの人口増加ならびに同地域での1人当たり消費量の増加、さらにEU域内の需要増加により高まるとみている。それに伴い、EUの生乳生産量は年平均0.8%で増加し、2030年には1億8220万トンまで達すると見込んでいる(表1)。しかし、環境面での制約などにより過去10年間よりも緩やかな増加ペースになると見込まれる。

 

表1 酪農関係指標
 

 EUは、世界の需要に対し、35%近くを供給することができ、また、差別化された地理的表示(GI)、有機生産、遺伝子組み換え飼料不使用(GMフリー)、牧草飼育、地域生産などといったEUが競争上で優位性を持っている付加価値のある産品に焦点が当てられることとなるとみている。


ア 生乳生産・価格などの動向
(ア)生乳生産・飼養頭数など

 2018年は、早春の低温かつ多雨という天候条件が牧草成長を遅らせたことに加え、夏季の干ばつが北欧地域の多くの酪農地帯での牧草成長と飼料生産に深刻な影響を与えた。しかし、生乳生産量はEU域内外の需要に引っ張られ前年比0.6%増の1億6660万トンと見込まれる。干ばつの影響は2019年第1四半期まで影響を及ぼす可能性があるものの、1頭当たり年間乳量の増加やEU乳製品に対する継続的な需要を考えると生乳生産量はさらに伸び、2019年は同0.8%増と見込まれている。
 一方、環境面で窒素やリン酸塩、温室効果ガス排出削減の必要性により牛の飼養頭数には制限がある。しかしながら、頭数制限による1頭当たりの生産性を高める努力により、2030年の1頭当たり平均年間乳量は2018年比15%増の8240キログラムが見込まれている。同乳量は、加盟国間で大きな差があり、EU−N13(注1)では2018年時点で同5452キログラム、酪農先進国の多いEU−15(注2)では同7636キログラムとなっている。今後、EU−N13において改良などが進み、同平均乳量はEU−15の90%近くまで達するとみられている。なお、飼養頭数は、2018年時点でEU−15が全体の78%、EU−N13が同22%となっている。この割合は2030年時点もほとんど変化しない見通しである。

注1:EU−N13とは、EUに2004年以降に加盟したキプロス、チェコ、エストニア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、マルタ、ポーランド、スロバキア、スロベニア、ブルガリア、ルーマニア、クロアチアを指す。
 2:EU−15とは、EUに2004年時点で加盟していたフランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、英国、 デンマーク、アイルランド、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、フィンランド、スウェーデン、オーストリアを指す。


(イ)価格
 2018年の平均生乳取引価格は、ほぼ前年と同水準の100キログラム当たり33.6ユーロ(4267円)となった(図1)。同価格は、積み上がった脱脂粉乳(SMP)の公的在庫などがあったものの、次の要因により前年と同水準を維持して推移した。
・SMPの公的在庫の継続的な削減
・EU産乳製品に対する高い需要の継続
・一部の主要生乳生産国での減産とバターの供給不足による価格高騰(過去5年平均を約50
 %上回る)

 


 

 一方、安定した生乳取引価格とは対照的に、2018年のSMP価格は史上最低レベルまで下落した。公的買入価格である1トン当たり1698ユーロ(21万5646円)を大きく下回り、EU−15の平均卸売価格は1480ユーロ(18万7960円)となった。直近では公的在庫の売渡しが進展しており、価格回復の予兆もみられる。業界関係者によれば、公的在庫は2019年中にすべて売渡しされる可能性がある。
 また、チーズの平均卸売価格は、高水準だった2017年の水準は下回るものの、1トン当たり約3300ユーロ(41万9100円)と他製品と比較して高い水準を維持している。
 より自然由来の食品への消費者需要は、過去数年間において、EUだけではなく世界中で、特に菓子やケーキでのバター使用を大幅に増加させており、その結果として、バター価格が大幅に上昇した。バターの年間消費量は、2030年には1人当たり4.6キログラムと2018年比0.3キログラムの増加が見込まれる。バターの平均卸売価格は、2017年に急上昇したものの(9月に最高値1トン当たり6400ユーロ(81万2800円)近くまで上昇した)、2018年末には同4500ユーロ(57万1500円)まで下落した。今後も、市場のバター需要が継続すると見込まれており、2030年の同価格は同4000ユーロ(50万8000円)と依然として高水準を維持するとみられている。

 

イ 乳製品の生産・貿易動向
 アフリカおよびアジアにおける人口増加や同地域での1人当たり消費量の増加などによる需要増加の中、EUは、主要な競合国よりも生産コストが高いにもかかわらず乳脂肪需要など世界の乳製品市場の需要が引き続き強いため、それに伴い乳製品生産も増加傾向で推移するとみられる(表2)。EUの生乳生産増加見込み(年間平均130万トン増)は、主な競合国であるニュージーランド(同40万トン増)や米国(同70万トン増)よりも大きい。

 


 輸出先については、さまざまな国・地域に行っている(図2)。粉乳のほかチーズやバターの輸出量の倍増が期待されるアフリカ向けや、経済成長の減退などの懸念があるものの世界最大の乳製品輸入国である中国向けの輸出拡大が期待されている。また、日本向けについてもチーズの国内消費量は欧米諸国と比較して依然として少ないものの、EU産需要は強く、日EU・EPAによるアクセス改善によるさらなる成長に期待がもたれている。一方、ロシアについては、現在の禁輸措置が解除されたとしても、同国の経済状況の悪化などにより、2030年までに禁輸前の2013年水準まで回復する可能性は低いとみられている。

 


 近年、チーズは域内外からの強い需要に支えられている。特に、業務用およびその他原料用(チーズ生産の50%近く)ならびにGIなどの高品質なチーズが順調で、中でも加工・冷凍食品用のモッツァレラの需要は高い。その結果、2030年のEU1人当たりチーズ消費量は、2018年の18.7キログラムから1.3キログラム増加し、同20.0キログラムとなることが見込まれている。
 EU域外市場で取引されるEU産チーズ量は、世界の輸入需要の40%近くを供給し、2007年から2017年の間にチーズ輸出量は約40%増加した。モッツァレラなどのフレッシュ系チーズの需要は高まっており、2017年のフレッシュチーズ輸出量シェアは20%と2007年の2倍となっている(図3)。
 


チェダーのシェアも増えており、同3%から10%まで増加している。今後も、EU域内外で取引されるEU産チーズ量は増加するとみられており、2030年に120万トンを超えるまで成長すると見込まれる。EUは、主な輸出競合国よりも、生産コストなどにより価格帯が高いものの、EUブランドやGIなどが効果的に働いていくとみられる。加えて、引き続きEU域内外の需要増加により生乳のチーズ仕向け傾向は今後も強まり、2030年までに4100万トン(生乳換算ベース)がチーズ生産に仕向けられるとみられている(図4)。
 

 

 SMPは、デザート、チョコレート、ベーカリー、インスタント食品の加工原料として世界的に需要が高まっている。2008年から2018年にかけて、全世界の取引量はほぼ倍増している。SMPについては、価格面でEUは競争力があり、過去10年間、輸出量は年間平均16%以上増加し、2017年は78万トンまで達した(図5)。世界の輸出量は年間24万トン(生乳換算)の増加で成長するとみられ、EUは全輸出量の30%のシェアを占めるとみられる。
 


ウ 消費動向
(ア)乳製品

 消費動向については、乳製品の摂取量を控える活動、畜産業が気候や環境へ与える影響についての認識の高まり、乳糖不耐症として牛乳・乳製品の消費を避ける消費者が増えていることなどの影響を受けて、前述のとおり乳脂肪に対する需要の増加などがありつつも、全体的には今後減少傾向になるとみられている。
 一方、有機生産、GMフリー、牧草飼育、地域生産などに対する需要は高まっており、それらの消費は増えるとみられる。特に、GMフリーについては、すでにいくつかの加盟国で顕著な傾向があり、例えばドイツでは2016年から2018年6月の間で約40ポイント増加し、生産量の約50%を占めるまで成長した。また、スウェーデンとオーストリアでは、GMフリーのシェアはさらに高く100%となっている。米国の調査会社ニールセンの報告によると、世界の66%もの消費者が有機生産などの持続可能な製品に対しては多くお金を支払ってもよいとしている。

(イ)飲用乳
 EUでは、一般家庭で朝食をとる人が減少していることなどから、飲用乳離れがみられており、消費量は減少傾向で推移している。EU平均の飲用乳1人当たり年間消費量は、2018年までの10年間で主にEU−15における減少(1人当たり約8キログラム減少。EU−N13では同約2キログラム増加)により、6キログラム減少し、52キログラムとなった。この傾向は2030年まで続くとみられ、過去10年間の半分程度のペースではあるが一人当たり49キログラムまで落ち込むとみられている。
 一方、有機生産の飲用乳は増加傾向にあり、飲用乳に占める有機生産の割合は2016年の3%から2030年には10%になると見込まれる。フランスでは、一般の飲用乳需要は、前年比4%減少したものの、有機飲用乳は同18%増と大幅に増加した。
また、消費減少は、家庭で朝食を摂らないことに加えて、植物性由来の代替飲料のシェア拡大によっても進んでいる(図6)。小売りなどで販売される飲用乳の量に対して、これら植物性由来飲料のシェアはまだ小さいものの(2018年はわずか約4%)、この市場は急速に成長している。過去10年間で売上高は倍増しているとともに、従来ほとんどが大豆由来のものであったが、アーモンドやオート麦など、大豆以外を原料とする飲料の販売量やシェアも増えており、2018年の植物性由来飲料の40%以上が大豆以外となっている(10年前はわずか17%)
 

コラム1  英国の酪農部門をめぐる情勢

 2013年から2017年の間、英国の生乳生産量はEU全体の約9%を占めた。英国の乳牛1頭当たり年間平均乳量は8100キログラムと、EU平均の同約7000キログラムを大きく上回っている。2017年12月の調査によると、英国の乳牛飼養頭数は約190万頭と、EU全体の約8%に相当する。
 英国は、特にチーズ、飲用乳・ヨーグルトなどにおいて、他の加盟国にとって重要な貿易相手国である。EU域内から英国への輸出を見ると、2017年の英国を除くEU27カ国(EU−27)の英国向け乳製品輸出量は、総輸出量の20%を占め、約400万トン(生乳換算)となった(コラム1−図)。また、バターについては、8万9000トンと量は少ないものの、同35%を占めた。

 

コラム1 図


 

 また、EU−27側の輸入を見ると、2014年から2017年の乳製品輸入量のうち、70%以上は英国からであった。英国は、EU−27(主にアイルランド)にとって飲用乳の重要な輸入元となっている。
 以上を踏まえると、英国とEU−27との貿易上の結びつきが強いことがわかる。

(2)食肉をめぐる情勢

ア 需要動向
 2030年のEUの総食肉生産量(牛肉、豚肉、家きん肉、羊肉、山羊肉)は、2018年比0.6%減の4777万トンと見込まれる(表3)。しかし、消費者の嗜好や輸出の可能性、収益性の変化、そして牛肉の場合は飼養頭数の3分の2が酪農由来であることから、酪農部門の変化によって、食肉の品目別シェアは変わる可能性がある。なお、EU食肉生産の90%は域内で消費されている。

 


 世界をみると、2030年の総食肉貿易量は2018年を720万トン上回る3800万トンに達するとみられている。アジアとアフリカが世界の輸入需要の大部分を生み出すとされ、主な成長市場は、ベトナム、フィリピンおよびその他のアジア諸国(すべての種類の食肉)、サハラ以南のアフリカ地域(家きん肉および豚肉)、そして中東および北アフリカ地域(家きん肉および牛肉)とみられている。ロシアについては乳製品同様に、禁輸措置が2019年末以降に解除されたとしても部分的な輸出回復のみにとどまるとみられる。
 EUの1人当たり総食肉消費量は、これまでのところ上昇傾向にある(図7)。2013年に、金融危機および経済危機と乳製品部門の再編、豚肉部門の環境規制などにより減少したものの、2014年以降は回復傾向にある。ただし、2030年の同消費量は68.7 キログラムと、2018年の69.3 キログラムからわずかに減少するとみられる。EU−15の同消費量は、牛肉と豚肉の消費量の減少で1人当たり1キログラム減少する一方、EU−N13の上昇傾向は続き、同1キログラム近く増加すると予想される。同傾向は今後も続くとみられるが、食肉の種類によっても異なって予測されている。豚肉と牛肉の消費量は、過去10年間と同様に横ばいかやや減少傾向をたどる一方、家きん肉は増加するとみられる。羊肉は2008年以降の減少傾向に反して、わずかに増加するとみられる。これは、食の多様化および異なる宗教をもつ移民などの影響を含むEUの人口構造の変化によるものである。

 


 食肉の消費が減少すると見込まれているのは、食肉消費に関して次のようなさまざまな懸念や傾向があるためである。
•社会的および倫理的な懸念(動物福祉、水質汚染)の増大
•環境や気候への問題
•健康上の懸念
•EU域内の高齢化
 また、生鮮食肉についても次のような傾向から消費量の減少が見込まれている。
•特に若い消費者の間で、植物性由来のたんぱく質への移行と、フレキシタリアン(準菜食主義者)、ベジタリアンおよびビーガン(完全菜食主義者)の増加に伴う食事パターンの変化
•消費者が食肉の原産地や有機や動物福祉基準への準拠といった生産方法にますます重点を置くようになるとともに、量よりも品質を好むこと
•生鮮肉から加工肉および調理済み食品への移行

 

イ 牛肉の動向
(ア)生産および消費

 2018年の牛肉生産量は、多くの加盟国での干ばつによる繁殖牛の淘汰などにより前年比1.6%増と見込まれる(図8)。EUの牛肉需給は酪農部門の動向に大きな影響を受ける。EUの牛肉生産量は、生乳クオータ(割当)制度が廃止され、乳価の低迷が続いた2015年以来、乳牛の淘汰や牛肉生産への経営転換などがあり一時的に回復した。しかし、収益性の悪化、牛肉需要の減少、輸出競争の激化などの影響により生産は再び減少し、2030年は2018年比6.0%減の774万トンと見込まれている。
 


消費量は、特にEU−15での減少により、2018年の1人当たり11キログラムから2030年は同10.4キログラムへと徐々に減少すると見込まれている。


(イ)貿易
 牛肉輸出は、トルコとイスラエルを除く主要輸出先からの需要が減少するため、2018年には前年比8%減少するとみられる。一方、牛肉輸入は、ブラジルとアルゼンチンが価格面で競争力があり、輸入量は同6%増加すると見込まれる。価格は、国際価格の下落から圧力を受けると予想される。今後、ブラジルやアルゼンチンからの供給量が増え、国際価格が引き下がるとみられる。
 長期的には、世界の輸入需要の増加にもかかわらず、EU輸出量は減少が見込まれる。この要因は、主にブラジル、アルゼンチンおよび豪州との競合によるものである。一方、アジア、中東、北アフリカ地域の需要は成長し、EUの輸出相手は変化していく可能性がある。なお、ロシアについては、禁輸措置の撤廃後にEUからの牛肉輸入を再開する見込みであるものの、同国の自給率の向上やブラジルをはじめとする他の輸出国からの調達により以前よりもはるかに低いレベルになるとみられる。

ウ 豚肉の動向
(ア)生産および消費

 豚肉生産量は、繁殖雌豚のストール飼いを禁止するなどのアニマルウェルフェア(動物福祉)に関する規制実施前後の2012年から2013年にかけて大幅に減少した。一方、一部では必要な設備などの投資が行われたことで生産性が向上した結果などから生産量は2014年から2015年にかけて増加した(図9)。しかしながら、EU輸出量の26%を占めていたロシア市場の喪失により需給は悪化し、2015年の価格低迷を招いた。2016年には中国の需要の急増により価格が上昇したものの、2017年半ばには同国の需要が減退し、再び価格の下落を招いた。2018年は、増産が見込まれている一方、価格は2015年の低水準を維持している。
 


 EUの豚肉生産は、環境面での制約がその拡大を制限するとみられる。そのため、2019年以降は再び減少傾向になると見込まれており、2030年には2018年と比べて1.8%の減産になると見込まれている。加盟国別にみると、ドイツでは子豚生産から肉豚の肥育へと部分的にシフトしているものの生産量は減少傾向となっている。対照的に、デンマークでは子豚生産に特化し続けながら生産を増やしており、ドイツやポーランドに子豚を大量に輸出しているなど、環境面での制約などを背景に違いが生じている。
 年間1人当たり消費量は32キログラムを超えて推移していたが、2030年には同31.6キログラムとなると見込まれている。
 豚肉卸売価格は、2030年には1トン当たり平均1536ユーロ(19万5072円)と見込まれる。しかし、経済状況や飼料コストの変化などの不確実な要因があるため、同価格は1トン当たり1370ユーロ(17万3990円)から1820ユーロ(23万1140円)の幅で推移するとみられる。


(イ)貿易
 豚肉に対する世界の輸入需要は増加し、2030年までの間に72万4000トンの増加(年平均0.7%増)が見込まれている。アジアの2つの主要な貿易相手国であるフィリピン(同15万5000トン増)とベトナム(同11万2000トン増)での大幅な成長が含まれている。
 輸出量は、2016年の増加以降、安定して推移している。中国の需要減少分は、日本や韓国などへの他の輸出量増加によって補完された。EU豚肉の主要輸出先は依然として中国である(2017年の豚肉輸出量の28%、豚副産物輸出量の50%)。しかし、最近のアフリカ豚コレラ(ASF)発生による同国をめぐる移動制限などの状況は、価格面も含めさまざまな変化をもたらす可能性がある。短期的には、同国での豚肉供給不足により輸入需要が強まる可能性があるが、中国の輸入に対するEUのシェアは、米国と中国の間の貿易紛争の進展にも左右される。
 また、アジア市場での存在感を高めているブラジルとの競合という点も同様である。ブラジルは、2018年に全土にて口蹄疫の「ワクチン接種清浄国」以上のステータスが認められた。これは、アジア諸国などにおける衛生上の制限が徐々に解消されることにつながり、ブラジル産のアジア市場拡大の可能性がある。
 一方、ASFに関しては中国のみならず、EUでのさらなる発生も懸念されており、大きな混乱が生じる可能性がある。また、ロシアは、2019年末までEU豚肉製品の輸入を禁止するとしているものの、禁輸措置が解除されたとしても、同国の意欲的な自給率目標や購買力低下などからEU産豚肉輸入が大きく増加することは期待できない。なお、ロシアの豚肉自給率は2013年の79%から2018年には91%まで上昇している。
 EUの輸出は緩やかに成長し、2030年には約270万トンに達すると見込まれる。これは世界の豚肉貿易量の約30%を占める。


エ 家きん肉の動向
(ア)生産および消費

 家きん肉は、見通し期間にわたってEUの生産と消費の両方が拡大すると予想される唯一の食肉であり、生産量、消費量ともに2018年から2030年の間に約4%ずつ増加するとみられる(図10)。家きん肉は他の食肉と比べて、手頃な価格、利便性の高さ、消費を制限する宗教的制限が少ないこと、ヘルシーなイメージ、わずかな温室効果ガス排出量、短期間飼育など低生産コストの点で有利とされる。その結果、EUを含む世界中で生産量と消費量が長年にわたって着実に増加してきた。2030年までの間の成長率は、過去10年間の平均成長率2.5%から同0.3%まで下降するとみられる一方、ハンガリー、ポーランド、ルーマニアにおける投資拡大により、EU−N13では同0.8%増の増産が進むとみられている。飼料価格が比較的安定する状況下では、域内外の強い需要により、2030年のEUの生産量は最大1550万トンまで増加すると見込まれる。

 


 消費量は、ヘルシーなイメージなどから、過去10年間で急速に増加しており、2018年は1人当たり24.1キログラムに達すると見込まれ、2030年にはさらに増えて同24.8キログラムと見込まれている。卸売価格は、しばらくは現在の水準を維持するとみられるものの、主に米国やブラジルなどとの競争が激化する中で長期的には低下し、2030年には1トン当たり平均約1860ユーロ(23万6220円)で、それまでの間、同1630ユーロ(20万7010円) から同2130ユーロ(27万510円)の幅で推移すると見込まれる。


(イ)貿易
 家きん肉の世界の輸入需要は依然として強く、2030年まで過去10年間と同様に年間2.3%増の割合で成長し、1700万トンに達するとみられる。需要増加の大部分がベトナム、フィリピン、中国などアジアからであるが、南アフリカ、ガーナ、ベナンなどサハラ以南のアフリカ、中東、中南米、カリブ海諸国からの需要も強まっている。
 EUの家きん肉輸出は、2016年から2017年にかけて、多くのEU諸国を襲った鳥インフルエンザの影響で停滞した。2018年は回復し、輸出量は前年比2%増と見込まれている。輸出量は継続して増加し、2030年までに年間1.4%の割合で成長し、約190万トンまで達するとみられる。ロシアが禁輸措置を2019年末に解除したとしても、同国の自給率の改善などを考慮するとロシアへの輸出は限定的とみられる。なお、ロシアの家きん肉自給率は、2013年の89%から2017年は98%に増加している。
 EUの家きん肉輸入量は、半分以上を占めていたブラジル産が食品安全上の問題で一部輸入を停止したことなどにより、2017年から2018年にかけて減少した。ウクライナ、タイ、チリからの輸入増加によって一部は置き換えられたものの、全体では2017年の輸入量は前年と比べ10%減少し、2018年にはさらに同3%減少すると見込まれている。ブラジルの問題が解決すればすぐに同国からの輸入量は回復し、以前の水準まで達するとみられる。

 

コラム2  英国の食肉部門をめぐる情勢

 英国は、EUの主要食肉生産国であり、2017年の統計では、羊肉についてはEU最大、家きん肉と牛肉についてはそれぞれ2番目と3番目の生産量となっている。
 英国は、EUの牛肉生産の12%に当たる90万5000トンを生産し、EUにおける子牛の13%が英国内で飼養されている。家きん肉に関しては、同12.5%に当たる180万トンを生産している。羊肉および山羊肉に関しては、EU総生産量の34%に当たる約30万トンを生産している。
 EU−27にとって英国は、羊肉の輸入を除いて、食肉の輸入と輸出の両面で最大の貿易相手国である。具体的には、EU−27は英国に対し、牛肉、豚肉、鶏肉の純輸出国であり、かつ、羊肉の純輸入国である(コラム2−図)。2017年には、EU−27の英国向け豚肉輸出量は約110万トンとなり、これはEU−27の豚肉輸出量全体の23%を占め、極めて高い割合となっている。続いて家きん肉が多く、同輸出量全体の3分の1に当たる81万トンが輸出された。牛肉は約50万トンが英国に輸出されており、これは同輸出量全体の40%を占めている。羊肉に関しては、EU−27の総輸入量の46%にも相当する8万トンを英国から輸入している。

 

コラム2 図


 

 英国はまた、EU−27にとって、生体家畜の主要貿易相手国である。年間50万頭以上の肉豚(子豚と肥育豚)を英国に輸出する一方、英国はEU−27(主にアイルランド)へと畜場直行の羊を多く輸出している。

4 おわりに

 4回目の開催となった「EU農業アウトルック会議」は大盛況のうちに閉幕した。会議二日目には参加者にアンケートが実施され、「EU農業の将来展望における最大要因はなにか」という質問に対し、100名が回答(複数回答可)し、そのうち42%が「環境・持続可能な農業生産」、41%が「消費者の需要」、28%が「成長する世界の食料需要」とした。次に多かったのは「自由貿易協定」で6%であった。
 会議の中、農業経営者などが、デジタル化や新技術の活用がもたらす自らの経営における影響や効果などを講演する場面があった。「最も貴重な資源は時間である」と講演した農業経営者は、その時間を確保するためのデジタル化や新技術の活用により、作業時間が短縮できるだけでなく、農薬使用などを最低限にすることで環境負荷も低減できるものとした。一方、例えば若年農業者や高齢農業者には初期投資に障壁があるといった問題を提起した者もおり、欧州委員会に対してそのための支援が必要だと提言した。欧州委員会側は直ちに、これらの近代化の進展が広くEU内で行われることが持続可能な農業生産やCAPの簡素化、EU農業の競争力強化につながるものとし、それらに対する支援は惜しみなく行うという姿勢を見せ、デジタル化や新技術の活用の重要性を示した。
 欧州委員会は、今回公表した中期的展望の中で、「本見通しは、展望を示すものであり、実際の市場は、疾病や気候トレンド、貿易などの影響を受け、はるかに不安定である」という文言を入れている。まさに、2018年の夏に欧州を襲った干ばつや、世界中で感染が広がるASFなど現状ですでに予断を許さないものも多く、展望は展望に過ぎないということなのだと考える。農業関係者は、「環境・持続可能な農業生産」や「消費者の需要」に高い関心を持ちながら、デジタル化や新技術などの情報収集も行いつつ、本見通しも一つの指標としていくものと考えられる。  
 日本との関係でいえば、いよいよ日EU・EPAが発効した。今回の会議では、日本から農林水産省の松島浩道農林水産審議官が招待され、日本の農産物貿易の特徴やEUとの関係、日EU・EPAなどについて講演があった。また、農業部門において、貿易面に留まらず、政策や新技術の導入の面でも日本とEUおよびEU加盟国との関係強化を図りたいとの考えを示し、多くの会議出席者の関心を集めていた。
 日本の農業が、日EU・EPAを契機とし、今後ますますEUと距離を縮めていく中、EU農業の需給動向のみならず、世代交代などの日本同様の課題や、デジタル化や新技術の活用などの先進的な取り組みを行う彼らの動向を把握することは、これからさらに重要になっていくものと考える。また、「食料と農業の将来〜考慮すべきもの〜」と題された今回の会議の紹介であったが、日本とEUでは環境などが大きく違うことが多々あるものの、日本の食料と農業の将来のため、我々が考慮すべきものは何なのか、それらのことを考えるきっかけにもなればと考える。
 

                                   (大内田 一弘(JETROブリュッセル))

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