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調査・報告 畜産の情報 2019年5月号

和子牛産地の課題と若手経営者の規模拡大〜沖縄県多良間村の事例〜

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那覇事務所 高岡 久季(現特産調整部管理課)
調査情報部 三原 亙(現農林水産省生産局畜産部牛乳乳製品課)

【要約】

 和牛繁殖経営に特化した沖縄県多良間村では、島の家畜市場の維持に必要な子牛頭数を確保するため、中小規模経営が営農を続けやすい環境をいかに整えるかが地域の課題になっている。
 また、一方で若手経営者がICTを活用しながら積極的な規模拡大を行うという特徴的な事例もある。

1 はじめに

 わが国の肉用牛子取り用めす牛(以下「繁殖雌牛」という)の飼養頭数は、増減を繰り返しながら減少傾向で推移している(図1)。最近では、平成22年にピークを迎えた後に反転して27年に過去最少を記録し、そこからは、子牛価格の高騰や政府による諸般の対策によって再び増加に転じている。
 しかしながら、長期的に見ると、繁殖雌牛頭数は減少傾向であり、これを食い止めて安定的な子牛供給を確保することが必要である。このような問題意識から本稿では、和子牛産地(注1)である沖縄県において、繁殖経営の課題を探るとともに若手経営者の規模拡大の取り組みを調査した。

注1: 沖縄県では、生産された子牛の約8割が県外に販売されている(沖縄県「平成30年7月 おきなわの畜産」)。

 

2 多良間村における和牛繁殖経営の現状

(1)多良間村の位置
 多良間村は宮古島と石垣島のほぼ中間、東経124度42分・北緯24度39分の位置にある。東西5.8キロメートル、南北4.4キロメートル、周囲約26.2キロメートルの多良間島と、その北西約10キロメートル先にある周囲6.5キロメートルの水納島からなり、気候は亜熱帯気候に属している(図2)。多良間島は、面積約19.75平方キロメートルのほぼ楕円形であり、隆起サンゴ礁でできているため、山や河川はなく、天水に依存した農業が行われている。
 村の人口は1194人(平成27年国勢調査)、生産年齢人口は671人で、そのうち農業に301人(2015年農林業センサス)が従事している。
 


(2)農畜産業の概況
 平成29年度の多良間村の農業粗生産額14億7463万円のうち、肉用牛は56%の8億2929万円を占めており極めて重要な位置を占める(図3)。
 


 肉用牛に次いで、サトウキビ、葉たばこ、かぼちゃの農業粗生産額が多い。昭和60年代から平成10年ごろまでは冬とう瓜がんやすいかの生産も多かったが、現在は自家消費用程度の生産量となっている。
 多良間村は離島であるため、輸送費を含めると肥育用の濃厚飼料が割高であることや島内にと畜場がないことなどから、肥育経営や一貫経営はなく、すべて和牛繁殖経営である。飼養戸数と飼養頭数は近年横ばいで推移しているものの、農家の高齢化が徐々に進んでいる(図4)。
 


 繁殖雌牛の飼養頭数は29年12月現在が1952頭、30年12月現在は2000頭近いとのことであった。29年の1戸当たり繁殖雌牛飼養頭数は22.5頭であり、全国平均の13.9頭の2倍近い規模である。また、1戸当たり飼料作物作付面積は396アール(28年)で、1戸当たり繁殖雌牛飼養頭数の22.5頭で割ると、1頭当たり経営耕地面積は17.6アールとなる。これは、全国の平均である6.7アール(注2)のほぼ2.6倍である。
 なお、多良間村の繁殖農家が家畜市場に上場した肉用牛の頭数は、23年度以降1400頭程度で推移しており、1頭当たり平均取引価格は、28年の71万3170円から一段落しているものの、29年度も高水準を維持している(図5)。

 

注2: 農林水産省「営農類型別経営統計(個別経営、平成27年)」の繁殖牛経営(全国)の1戸当たりの牧草地98.8アールを繁殖牛月平均飼養頭数14.8頭で除したもの。

(3)多良間家畜市場
 多良間村で生産された子牛のほとんどが出荷される多良間家畜市場(注3)では、年間約1300頭の子牛と約100頭の成牛が取り引きされている。1回のセリの上場頭数が少ないと買い付けに来る購買者の数が減り、取引価格が低下するおそれがあることから、ある程度の頭数を確保するため、セリの開催は年に7回とほぼ隔月としている。
 多良間村には大規模な和牛繁殖経営もいくつかあるが、数件の大規模経営の増頭だけで現在の出荷頭数を維持するのは容易ではない。このため、中小規模の繁殖農家も経営を続けられるように、特に高齢の農家が重労働である出荷作業などを外部に委託しやすい仕組み作りが求められる。
 ある県外の大口購買者の肥育牛経営者によると、多良間村で生まれた子牛は一定期間母牛と一緒に放牧されていてよく運動しているため、身体が健全に育っており、肥育時に飼料摂取量が低下する「食い止まり」が起こりにくいことが強みだという。購買者は、全国から買い付けに訪れており、販売先は山形県が最も多い。

注3:このほか沖縄県内には7カ所の家畜市場がある。

 


(4)労働力の確保が課題
 多良間村の中小規模農家が繁殖経営を続けるに当たり、労働力の確保がネックになっている。
 高齢の生産者にとって、子牛をトラックに乗せ出荷する作業は負担が大きく、セリが開催されるたびに、市場までの子牛の運搬を委託している農家もあるという。
 また、離島独特の事情もある。多良間村には大きな病院がなく、診療所で対応できない治療や検査が必要な場合は、隣の宮古島の病院に通うことになる。島外に出る際の航空便が宮古島行きの1日2便しかないため、通院は多くの場合泊まりがけとなり、冠婚葬祭の場合も同様である。泊まりがけで島を離れる際、牛の飼養管理を親戚などに頼む農家が多いが、農家の中には、高齢になって通院の頻度が増えると、牛の世話を頼む先に困るケースが多くなる。
 このような課題に対して、多良間村にあるヘルパー利用組合の利活用が期待される。
 

 

(5)沖縄離島型畜産活性化対策事業
 沖縄県では、離島で新たな畜産の担い手を確保するため、畜産経営を始める際の初期投資を軽減する「沖縄離島型畜産活性化対策事業」を平成30年度から行っている。これは、県の補助を受けて市町村が賃貸式集合畜舎を建設し、畜舎内をいくつかの区画に分け、新規就農希望者に貸し付けることで、新規就農者が飼養管理技術を習得しながら、一定の水準まで飼養規模拡大できるよう手助けをする仕組みである。多良間村では31(令和元)年度に畜舎を設計し、翌令和2年度に着工する予定である。
 多良間村の繁殖経営は、ほとんどが家族経営であるため、今後独立するような従業員が働いている例は少ない。耕種農家など他業種からの参入を含め、新規就農による畜産経営の活性化が期待される。

3 ICTを活用した大規模経営の取り組み

 多良間村では、積極的に規模拡大を行う大規模経営もある。以下では、飼養規模が最も大きい農業生産法人合同会社湧川畜産(以下「湧川畜産」という)について紹介する。
 湧川畜産では、ICT(情報通信技術)を活用した省力化を進めつつ、規模拡大することで、労働時間の削減と収入の増大を同時に実現している。

(1)概要と経営方針
ア 経営概況
 湧川畜産は、206頭の繁殖雌牛(平成30年12月現在)を飼養する和牛繁殖経営である。年間約180頭の子牛を生産し、うち約150頭を出荷している。繁殖雌牛は平均で12〜13産で淘汰しているため、毎年子牛を15頭強保留すれば、牛群が維持できる。現在、自家保留は20〜30頭であるため、淘汰される頭数との差し引きで、年間5〜15頭程度のペースで繁殖雌牛が増えている。40ヘクタールの土地で放牧を行い、そのほか30ヘクタールの採草地、繁殖雌牛用の牛舎3棟、子牛用の牛舎2棟を保有している。
 労働力は、代表の湧川農さんと母親の和子さん、姉の伍子さんの3人が常勤で、年間に半年程度働く従業員が1人いる。この従業員は、県外在住の稲作農家で、畜産に従事した経験があるとのことである。
 先代である父の朝教さんが今から40年ほど前に、繁殖経営を始めた時は投資を抑える経営方針だが、17年に農さんが就農してから畜舎を建設して飼養頭数を増やしたほか、人工授精や早期離乳、独自の飼料給与を行うことで子牛の品質を高めていった。
 
 
イ 就農するまで
 農さんは、多良間村内の繁殖農家で最年少の33歳である。8人兄弟の末っ子で、中学生の頃から「将来、父親の後を継ぐのは自分だ」と意識し、繁殖農家として就農するつもりだったという。高校は、県内の工業高校に進み、溶接技術や機械の構造などを学んだ。
その後、農業大学校で家畜人工授精師の資格を取得したほか、牛の飼養管理について学び、17年に同校を卒業した後、20歳で就農した。
 就農当時は、両親と農さんの3人で繁殖雌牛を90頭弱飼っていた。先代の朝教さんは、繁殖雌牛の群れと種雄牛2頭を自然交配させる「まき牛方式」で、分娩後は離乳まで母子放牧により飼養していた。また、13年までは畜舎がなく、放牧地内に設置した箱に配合飼料を入れて食べさせていた。多良間村の繁殖農家は、広い採草地や放牧地を持ち、施設や機械への投資を抑えることで、低コストで生産する経営が一般的であり、この頃の湧川畜産もこの方式であった。

ウ 農さんの経営
 就農当初、従来の飼い方を続けようとする朝教さんと、人工授精などの手法を試したい農さんとの間で意見が食い違うことが多かった。しかし、平成21年頃に従来の方法で育てた牛の販売価格が20万円程度であったのに対し、自ら選定した血統の種雄牛の精液を用いて人工授精をし、早期離乳した子牛は40〜50万円と当時の多良間村の平均価格である30万円を上回ったことをきっかけとし、朝教さんは農さんの考えに沿った経営に切り替えることを決めた。
 現在では、農さんが育てた子牛は、8カ月齢時の体重が村の平均より20〜30キログラム大きいことに加え、足首とももの筋肉が発達していて立ち方がきれいであると評価を受け、共進会でも頻繁に入賞している。
 暑熱対策として、ミストを噴霧する装置をファンに取り付け、牛舎の天井に設置した際は、フレームの設計や鋼材の切断、溶接を自ら行った。工業高校で学んだ技術を生かすことで施設にかかる費用を抑えることを心掛けている。
 また、人工授精も自ら行う。子牛の削蹄は手間がかかるので宮古島から削蹄師に来てもらっている。なお、繁殖雌牛は放牧して歩かせているので削蹄はしていない。
 経営コンサルタントにより出荷までに必要となる経費は子牛1頭当たり45万円程度という結果が出たが、農さん本人としてはもう少し低いと感じている。

 
 
 
エ 宮古家畜市場への出荷 
 多良間家畜市場のセリは宮古家畜市場と同じ日の夕方から開催される。そのため、購買者は午前中に宮古家畜市場のセリへ参加した後、多良間家畜市場のセリへ参加する者もいる。多良間家畜市場の方が平均取引価格は低いが、農さんは、放牧を活用した多良間産子牛の品質に自信を持っており、「多良間のセリに来ればこのレベルの子牛が安く買えます」というアピールをするため、多良間家畜市場でセリの開催がない月(注4)には、宮古家畜市場に出荷することがある。
 宮古家畜市場で農さんの子牛を買った購買者が、新たに多良間のセリに参加し、高品質な子牛を落札することができれば、購買者と繁殖農家の双方にとって利益になると考えている。

注4: 宮古家畜市場は毎月開催、多良間家畜市場は年7回開催のため、年に5回は宮古のみの月がある。


(2)ICTを活用した省力化の取り組み
 毎日の作業時間は早朝6時半からの2時間と14時からの3時間半ほどである。牛舎の見回りから始め、分娩の状況、脱走の有無、繁殖雌牛の発情を確認し、給餌を行う。これらに加え、ボロ出しと牛舎内の掃除、消毒を毎日行う。その他、必要に応じて壊れた柵の修繕、草刈り、堆肥散布などをする。
 子牛の飼養頭数増加による哺乳負担を軽減するため、平成26年に哺乳ロボットを導入した。感染症の拡大といった問題は起きず、作業時間を大幅に短縮できたことに加え、哺乳ロボットにより、飲む量や速さが子牛ごとにデータ管理されることで、体調チェックに役立っている。
 湧川畜産の経営面積は放牧地と牧草地を合わせ70ヘクタールにも及ぶ。そのため普段の見回りにはドローンを使い、牛の脱走や放牧場での分娩を見つけた時など、必要な時だけ現場に行く。ドローンに搭載されたカメラの映像は、スマートフォンの画面で見ることができ、画質は耳標番号を確認できるほど鮮明で、牧草の伸び具合や貯水池の水量の確認、放牧地内の牛の居場所の把握など幅広い用途に使っている。
 ドローンは島内の港の空撮をしている現場に居合わせたときに「これは仕事に使える」と直感し、すぐに購入を決めた。
 就農時に比べ、哺乳ロボットやドローンの導入によって労働時間は半分になったという。これにより、毎日の時間に余裕が出た上、飼養頭数を2倍に増加することで収入が増えた。
 

(3)自社と多良間村の繁殖経営の今後について
 湧川畜産は、さらに増頭するため、100頭規模の牛舎の新築と、敷地内のアダン(注5)の森5ヘクタール分を採草地にする計画を立てている。規模拡大による従業員の確保については、島外からも労働力を得る必要があるとみているが、多良間島内には、来訪者が長期滞在できる宿泊施設が不足しているため、社員寮のような宿泊施設を作ることも考えている。
 また、自社が規模拡大するだけでなく、島内の飼養頭数を維持するために、地域の年配の生産者の労働負担を軽減することも大切だと考えており、キャトルステーション(出荷まで子牛を預かり、共同で飼養管理を行う施設)の設置を検討すべきと考えている。

注5: タコノキ科タコノキ属の常緑小高木。日本では沖縄県や鹿児島県南部の諸島の沿岸域に分布する。

4 おわりに

 長期的に減少傾向であった多良間村の繁殖農家戸数は、近年の高い子牛取引価格などに支えられ、下げ止まっている。しかしながら、通院、冠婚葬祭などで島を不在にする時に牛の世話を頼む先がないことや、子牛出荷時の労働負担が原因となり、今後、中小規模農家の加齢に伴って離農するおそれがある。豊富な草地資源を持つ多良間村が子牛の名産地として生き残るためには、湧川畜産のようにICTを活用して省力生産を進めながら規模拡大をする取り組みを増やす一方で、中小規模の経営も続けやすい環境を整え、島全体で出荷頭数を維持しなければならない。  多良間村は観光地化されておらず、あまり知名度が高いとは言えない小さな島であるが、畜産の分野で、引き続きその名をはせてほしい。

【謝辞】
 本稿の作成に当たって調査にご協力いただきました湧川畜産代表の湧川農さんに心から感謝申し上げます。