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調査・報告 畜産の情報 2019年7月号

離島における肉用牛繁殖経営の在り方〜鹿児島県徳之島の若手畜産農家 重翔太氏を事例として〜

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鹿児島事務所 小笠原 健人

【要約】

 離島で暮らす人々にとって農業の果たす役割は大きく、肉用子牛取引頭数が近年増加傾向にある鹿児島県徳之島では、島内の農業産出額のうち、肉用牛が最も大きな割合を占めている。
 島内の若手畜産農家である重翔太氏は、人工授精や牧草のラッピングなどの受託を通じて地域への貢献を果たしつつ、飼養する牛にもやさしい、ゆとりある肉用牛繁殖経営の在り方を模索している。

1 はじめに

 わが国の繁殖雌牛飼養頭数は平成22年の68万4000頭をピークに年々減少し、27年には58万頭まで減少した。繁殖雌牛の減少に起因する肥育もと牛の不足は子牛価格の上昇を招き、肥育経営を圧迫している。28年以降、繁殖雌牛飼養頭数は増加傾向ではあるものの、子牛価格は依然として高水準で推移している(図1)。
 
 
 繁殖雌牛減少の主な要因としては、高齢化や後継者不足などによる生産者の経営離脱が挙げられる。
このほか、繁殖経営の場合、子牛の販売収入が得られるまでの期間が長く、相場変動の影響を受けやすいことも要因の一つとなっていると考えられる。
 本稿では、このような状況下で、全国の多くの家畜市場における肉用子牛取引頭数が減少傾向にある中、取引頭数が増加している徳之島中央家畜市場を有する鹿児島県徳之島の肉用牛生産について、若手畜産農家の重翔太氏の事例とともに紹介する。なお、事例紹介の情報は、現地調査を行った平成31年1月時点のものである。
 

2 徳之島の概要

(1)農業生産など

 徳之島は、鹿児島県本土から南西約450キロメートルに位置する奄美群島の一つであり、徳之島町、天城町、伊仙町の3町からなる(図2)。気候は亜熱帯海洋性気候に属しており、年間平均気温は21度前後と鹿児島市より3度高い。年間降水量は約2000ミリメートルと多く、温暖多雨な気候条件を生かした農業を主幹産業としている。島の中央を走る、井之川岳を主峰とする山脈の裾野に平野が広がっており、耕地面積は6880ヘクタールと群島中で最大である。
 

 
 徳之島における農業の役割に目を向けると、島民の約6割が第三次産業に従事しているが、農業を含む第一次産業の従事者も3割弱と多くの割合を占めており、農業が島民の生活を支えていることがうかがえる(図3)。
 

 平成28年度の農業産出額は148億6436万円である。この内訳を見ると、肉用牛が50億2543万円で最も大きく、次いでサトウキビが49億7748万円、野菜が43億5065万円となっており、これらが農業産出額全体の9割以上を占めている。なお、野菜の産出額のうち約9割は、平成24年5月に、「かごしまブランド産地」に指定されたばれいしょが占めており、サトウキビを基幹作物としつつ、肉用牛(繁殖)や、ばれいしょなどを組み合わせた複合経営が営まれている(表1)。
 

 このように、畜産以外の耕種部門を持つことは、副産物として生じる堆肥を有効に活用できることに加え、収入源を複数とすることで経営のリスクを分散する効果も期待できる。肉用子牛価格が大きく変動する可能性がある中で、台風常襲地帯である奄美群島においては、取引価格がほぼ一定で、倒伏などにも強いサトウキビは、一定の収入を確保する上で、特に重要な複合作目であるといえる。
 また、徳之島では粗飼料は自給飼料を用いることが一般的となっている。他の島しょ同様、飼料や敷料などの資材の購入費用に輸送コストが上乗せされることはデメリットではあるものの、温暖な気候を生かし、粗飼料の全量を自給飼料で賄う農家も多い。
このほかに、徳之島は古くから続く闘牛文化でも知られている。島内には、闘牛のモニュメント(写真1)や闘牛場が見られ、夕方には散歩する闘牛に出会うことも珍しいことではない。
 

 島内では、「全島大会」と呼ばれる本場所が年3回開催されるほか、個人が主催する大会なども含め、年間に大小20回程度の大会が開催されている。徳之島の闘牛における最高タイトルは、「全島一横綱」と呼ばれ、牛主にとって、自らの愛牛がそのタイトルを獲得することはこの上ない名誉となっている(写真2)。
 
 

(2)肉用牛生産

 平成30年2月1日現在の繁殖雌牛飼養戸数は954戸、飼養頭数は9180頭となっている。一戸当たりの繁殖雌牛飼養頭数は9.6頭と、全国平均の14.6頭を下回っており、小規模な経営が多いことが特徴である。これは、徳之島において、一部の大規模な畜産専業農家を除けば、耕種部門との複合経営が一般的となっていることが影響しているものと思われる。繁殖雌牛飼養頭数の推移を見ると、26年までの間、減少傾向で推移したものの、27年以降は増加に転じている。一方、飼養戸数については、高齢化の進行などにより減少傾向で推移している(図4)。また、島内にはおよそ900頭ほどの闘牛およびその繁殖雌牛が存在しているとみられ、近年では、そうした雌牛に黒毛和種の優良受精卵を移殖し、新たに黒毛和種繁殖を開始する生産者もいるという。
 

 
 徳之島の家畜市場は1カ所(徳之島中央家畜市場)で、島内の子牛生産者のほとんどが、同市場に子牛を出荷している(写真3)。同市場は、もともと天城町と徳之島町の2カ所に設置されていた家畜市場を統合する形で、23年5月に開設されたものである。新たな市場の開設により、それまで隔月の開催であった市場が毎月の開催となっている。このことは、島内の生産者にとっては、子牛の販売収入が毎月得られることに加え、子牛の出荷時期が調整しやすいといった点で、経営上の大きなメリットとなっているものと考えられる。
 

 平成30年度の全国の家畜市場における肉用子牛(黒毛和種、雌雄計)の取引頭数31万708頭のうち、鹿児島県の取引頭数は6万2146頭であり、都道府県別では全国1位を誇っている。県内ではきもつき地域の取引頭数が最も多く、両地域で2万5225頭と県全体の約4割を占めている。次いで取引頭数が多いのが徳之島中央家畜市場であり、同市場での取引頭数は県全体の約1割に当たる6155頭におよび、肉用子牛の供給地点として重要な役割を担っている。
 全国の家畜市場における肉用子牛の取引頭数は、鹿児島県を含め減少傾向にある中、同市場における肉用子牛の取引頭数についても25年度の6443頭から、27年度には5909頭まで減少したものの、28年度以降は3年連続で増加傾向を維持している(表2)。
 

 
 30年度に同市場において取引された肉用子牛の平均日齢は262日齢であり、全国平均の278日齢と比較して早期に出荷される傾向がある。このことにより、上場する子牛の体重もやや軽い傾向にあるが、1頭当たりの取引価格は、77万741円と、全国平均の76万6505円とほぼ同等である(表3)。
 
 
 なお、同市場に子牛を買い付けに訪れる購買者は毎月ほぼ固定であり、その構成割合は、約8割が県内から、残り2割が県外からとなっているが、そのうちの大半が九州管内からの買い付けである。

(3)繁殖経営が抱える課題と解決に向けた取り組み

 牛を飼養する際には、一般的におが粉やもみ殻などの資材を敷料として用いるが、島内には木材加工工場がほとんどなく、稲作も行われていないことから、それらの資材を確保しにくい。敷料が十分でない牛舎では、牛が足を滑らせ転倒するなどの事故が発生する可能性もあり、敷料の安定的な確保と事故率の低減が島内の繁殖経営にとって大きな課題となっている。これに対し天城町では、周辺の山野から調達した木材を原料として敷料を生産するための施設を整備し、同施設で生産された敷料を購入した生産者に対し、その購入費用を助成したり、分娩監視カメラの導入費用を助成するといった取り組みを行っている。
 このほか、堆肥センターでは、家畜のふん尿と、製糖工場から生じるバガスを原料とした敷料を交換するといった取り組みも行われている。さらに、サトウキビの精脱葉の過程で発生するハカマを敷料として利用するなどといった取り組みも行われている。しかし、これらは入手できる時期が限られており、周年供給が難しい上、バガスは製糖工場においても燃料として使用されることから、今後さらなる安定調達に向けて取り組んでいくことが望まれる。
 また、一般的には繁殖雌牛の供用回数は6〜7産といわれている中で、徳之島では10産以上供用されることも多い。繁殖雌牛の更新の遅れは、分娩間隔の長期化などにもつながり、収益性を低下させる要因となる恐れがある。しかし現在、子牛価格の高騰により、後継牛の導入にも多額のコストが必要となるため、特に小規模な生産者にとっては、適期の更新が難しいという実情がある。そこで、町によっては、繁殖雌牛の導入や自家保留に対して奨励金を交付している。小規模な生産者が多い徳之島においては、そうした生産者に更新を促すことで今後のさらなる頭数増に期待が持てる。
 このほかにも、町、農協、家畜共済組合、家畜保健衛生所、家畜人工授精師、肉用牛振興会などが一体となり、毎月1回、マニュアルに基づく生産者の指導を行っており飼養管理技術の向上を図っている。
 

3 重翔太氏の事例

(1)就農までの経緯

 重翔太氏は現在27歳で、両親とともに3人で肉用牛繁殖と、サトウキビおよびばれいしょの栽培を組み合わせた複合経営を営んでいる(写真4)。幼い頃から両親の手伝いをする中で繁殖経営の魅力にかれ、日置市の農業大学校で2年間、繁殖経営に必要となる基本的な知識や技術を学んだ。在学中には、家畜人工授精師免許も取得し、平成27年に徳之島に戻り就農した。
 

 

(2)経営概況

 飼養規模は、繁殖雌牛58頭、子牛30頭で、年間の子牛出荷頭数は50頭前後である。
 そのほかには、サトウキビ1ヘクタールおよびばれいしょ40アールのほか、ローズグラスは8〜10ヘクタール作付けしている。
 地域との関わりとしては、近隣の農家からの依頼に応じてサトウキビの収穫作業、牧草のラッピング、家畜人工授精師の資格を生かした繁殖雌牛への種付けの受託などを行っており、高齢化が進む島内において、若手農家である重氏への期待は大きい。
 ローズグラスは、4月ごろに播種を行い、11月ごろまで月1回程度、年に5〜6回収穫している。基本的には3〜4年ごとに更新を行っており、更新のタイミングを迎えるじょうの一部では、ラップサイレージ用として夏の間に1〜2回収穫した後、ばれいしょを植え付けている。ばれいしょは11〜12月ごろに植え付けた後、2月〜3月ごろの収穫が可能であり、温暖な気候をうまく生かした栽培体系が確立されている(表4)。繁殖雌牛および子牛に給与する粗飼料は、その全量を自給飼料で賄っており、このことは生産コストの低減に大きく寄与しているものと思われる。
 

 また、日々生じる堆肥については、自らの圃場ほじょうに散布することで全量を消費している。地域によっては耕種農家の需要量と畜産農家からの供給量が釣り合わず、堆肥の処理にコストを要することもある中で、重氏の経営においては、複合部門を有することで、堆肥処理に係るコスト削減のみならず、牧草および耕種部門における堆肥の購入費用の低減につながっている。
 12月以降は、受託分を含むサトウキビの収穫のほか、ばれいしょの収穫、牧草の播種など、多くの作業が重なり、繁忙期となっている。そのため、基本的な労働力は家族3名としつつも、作業の状況に応じ、臨時雇用により労働力を確保することもある。
 また、種付けについても自らが実施しており、このことは、生産コストの低減はもちろんとして、自らが種付けを行った牛がしっかりと受胎することが重氏にとってやりがいの一つとなっている。さらに、種付けを行う血統を自分で選択できることも経営上のメリットとなっていると考えられる。
 後継牛については、全頭自家保留により確保している。選定の際には、血統はもちろん、受胎率の高さも重視しているため、受胎率の高い親から生まれた子牛を選ぶようにしている。
敷料については、子牛は体調を崩しやすいため、子牛房およびカーフハッチには島内の黒糖製造工場から購入したバガスを使用している(写真5)。
 

 
 母牛については敷料の確保が難しいものの、飼養する牛になるべくやさしい環境を整備したいとの考えから、牛舎脇に、牛が自由に出入りできる放牧スペースを設けることで、牛のストレス軽減を図っている(写真6)。
 
 

(3)今後の課題と展望

 前述した通り、重氏は約3年という短い就農期間の中で、自らの経営にあった飼養頭数や飼養管理方法を模索しているところである。県本土と徳之島を比較すると、地理的条件の違いから、気候はもちろん入手できる資材などにも大きな違いがある中で、農業大学校で教わった、「他人の真似はするな」という言葉を大切にしながら、日々自らに合った飼養管理方法の確立に向けて試行錯誤している。
 現在、重氏が課題としているものの一つが、自給飼料の安定的な確保である。これまで、天候不順などの際に収穫量が不足し、飼料を購入せざるを得ないことがあった。しかしながら、購入飼料の使用は思わぬコスト増となることから、今後は作付面積を拡大し、不測の事態が発生した場合でも、全量を自給飼料で賄うことを目指している。
 また、より適切な群管理をする上で、牛舎を増築することも検討している。現在の牛舎は牛房の数が不足しており、繁殖ステージに応じた群編成ができないことから、繁殖雌牛の月齢により群分けしている。このような群分けでは、それぞれのステージにあった適切な飼料設計などが難しいことから、牛舎を増築し、ステージごとの群管理を行うことで、繁殖成績の向上を目指すとともに、将来的には増頭も視野に入れている。
 こうした展望を描く中で、労働力不足は最も大きな課題である。これまで述べた通り、重氏は繁殖雌牛の管理以外にもさまざまな業務に従事しているため、年間を通じて業務量がかなり多いと感じている。経営上のリスク分散というメリットはあるものの、労働力が不足した状態では、繁忙期などには発情の見逃しなどにより、繁殖成績に悪影響を及ぼす可能性もあることから、常時雇用により安定的な労働力を確保することで、1人当たりの労働負荷を適正にし、これまでも行ってきた各種受託を通じた地域への貢献を維持しつつ、ゆとりある繁殖経営を目指している。
 

4 おわりに

重氏の牛舎に向かう一本道は、青空と海の境界線をきれいに見渡すことができ、牧草や島の風物詩であるサトウキビに囲まれた牛舎周囲の景色は、思わず息をのむ美しさであった(写真7)。今回の取材を通して、離島における肉用牛繁殖のメリットは、①サトウキビやばれいしょなどとの複合経営により経営リスクの低減が図れる点②温暖な気候により、豊富な自給飼料を得ることができる点などにあると考えられる。
 

 徳之島の事例は、他の離島における肉用牛繁殖についても、今後さらに発展できる可能性を示しているとも言える。
 一方で、離島であるが故に、敷料などの資材の入手が難しく、購入費用に輸送コストが上乗せされることなど、課題がいくつかあったものの、徳之島においては、それら課題の解決に向けて行政や地域が充実した支援体制を整備しており、そのことが増頭の後押しをしていることが感じられた。加えて、徳之島ならではの特徴として闘牛用の繁殖雌牛を利用して繁殖経営を開始する農家がいるなど、古くから根付く闘牛文化により、牛に触れる素養が養われているため、肉用牛繁殖部門への参入に対する心理的なハードルは低く、後継者が現れやすい環境にあることで、島内の基幹産業である畜産業の生産基盤強化にもつながると考えられる。
 また、労働力の確保および牛舎の増築などにより、単なる規模拡大のみならず、人にも牛にもやさしいゆとりある繁殖経営を目指す重氏の取り組みは、多様化する農業の在り方の一つを示す好例であると感じた。
 最後に、本稿の執筆に当たり、調査にご協力いただいた重翔太氏、伊仙町役場経済課、徳之島町役場農林水産課、天城町役場農政課、JAあまみ徳之島事業本部、JAあまみ天城事業本部など現地関係者の方々にこの場を借りて深く御礼申し上げます。
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-4398  Fax:03-3584-1246