畜産 畜産分野の各種業務の情報、情報誌「畜産の情報」の記事、統計資料など

ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > メキシコの酪農・乳業の現状

海外情報 畜産の情報  2019年7月号

メキシコの酪農・乳業の現状

印刷ページ
調査情報部 渡辺 陽介(現畜産経営対策部経営対策課)、小林 誠

【要約】

  メキシコの酪農家は、小規模経営体が9割を占めており、これらの経営体は特に南部地域を中心に分布している。一方、北部の高原地域などでは集約的で生産性の高い経営体が多く、大手乳業会社への供給を担っている。大手乳業会社では、コールドチェーンを整備しており、酪農家から受け入れる生乳に比較的高い基準を設けている。
生乳生産量は、過去数十年にわたっておおむね増加傾向で推移している。近年は、遺伝資源の改良や大手乳業会社による技術指導などによって生産性が一層向上している。
 製造品目としては、高付加価値商品として重要な位置づけにある飲用乳とチーズが多い。特にチーズは、中間所得層の増加などによる需要増などから、増産傾向にある。製造事業者は、TPP11などの貿易協定によるメキシコの伝統的なチーズの輸出拡大に対する期待を高めている。

1 はじめに

 メキシコの年間1人当たり牛乳・乳製品消費量は、飲用乳30.2キログラム(日本:31.0キログラム)、バター0.9キログラム(同:0.6キログラム)、チーズ4.0キログラム(同:2.4キログラム)となっており、チーズを除き日本と大きな差がない。一般に、牛乳・乳製品消費量は、所得の増加に伴って増加するとされているが、メキシコの1人当たり国内総生産(GDP)は1万9900米ドル(購買力平価)と日本(4万2900米ドル)の半分以下にすぎないことから、経済が順調に発展すれば、大幅に増加する可能性がある。また、メキシコは、人口が約1億2596万人と日本(約1億2616万人)とほぼ同じだが、年齢構成を見ると、15歳未満が全体の26.6%と日本の12.7%の2倍以上となっており、若年層の割合が高いことから、今後の牛乳・乳製品需要が増大する可能性を秘めている。ただし、米国メキシコカナダ協定(USMCA)の関税分野については、前身の北米自由貿易協定(NAFTA)を引き継ぎ米国からの牛乳・乳製品輸入が無税であるため、仮にメキシコの牛乳・乳製品消費量が増加しても、特に保存性の高い乳製品については、大酪農国である米国からの無税輸入が増加するだけで、国内の酪農発展にはつながらない可能性がある。
 一方、近年、国内の大手乳業会社がフレッシュチーズを含む生鮮乳製品を中心に生産拡大を図っており、大規模酪農家を中心に増産意欲が盛んなことから、今後、オアハカチーズ(注)など同国特産のチーズを中心に付加価値市場への輸出が志向されるともみられている。

(注) オアハカチーズは、熟成させないフレッシュタイプのチーズで、モッツァレラチーズに似た淡泊な味わい。紐状で縦にさけるのが特徴。名前は、メキシコ南部に位置するオアハカ州に由来。

 本稿では、粉乳類を中心に輸入量が増加する一方で、チーズなど特産品を中心に輸出国に転じ、今後の世界の乳製品需給に影響を及ぼす可能性を秘めているメキシコの酪農、乳業の現状について、2019年2月に実施した現地調査を踏まえて、報告する。
 また、同国では2018年12月、農畜産物に関する予算の増額や食料自給率の向上を選挙公約に掲げたロペス・オブラドール氏が大統領に就任し、2019年3月には、農村地域の収入増加や食料安全保障、食料自給率向上などを目的とした農業関連の新たなプログラムが発表された。なお、今回の調査は、発表前に実施したため、新たな政策に関しては言及していない。
 なお、本稿中のレートは、1メキシコペソ=7円(5月末日TTSレート:6.62円)を使用した。
 

2 酪農および生乳生産

(1)生産地域、経営規模

 国内の酪農家を会員に抱えるメキシコ酪農連盟(FEMELECHE)によれば、2018年の酪農家戸数は約25万9500戸であった。(表1)このうち、9割がゼブーなど熱帯種を乳肉兼用として飼養する経営体と、ホルスタインなどの温帯種を乳用として30頭以下飼養する小規模な経営体となっている。これらの経営体は、南部地域を中心に分布しており、家族経営が主体で、数頭しか飼養していないケースも多いとされている。一方、ハリスコ州とその周辺の西部中央地域、ケレタロ州など首都近郊、コアウイラ州やドゥランゴ州などの高原地域では集約的で大規模な経営体が多く、生産性が高い傾向にある。ハリスコ州周辺では、主に舎飼いされているものの、豊富な草地を活用して一年のうち一時期のみ放牧を行う場合が多い。また、チワワ州やソノラ州でも集約的な酪農経営が行われているが、気温が高いため耐暑性やダニ耐性のあるゼブー系を飼養する場合も多い。(図1)
 
 
 

 
 1頭当たりの年間平均乳量に関する公式な統計は公表されていないが、FEMELECHEによると、南部地域では150〜1500リットルであり、ハリスコ州など西部中央地域では4500〜9000リットル、北部の高原地域では8000〜1万3000リットル程度と地域などによって極端な開きがある。なお、rbSTなどの乳量増加を目的とした合成ウシ成長ホルモンの使用は、法的な規制はないが、主要な大手乳業会社などの生乳受入れ基準では使用が禁止されている。
 

(2)生乳生産

 生乳生産量は、1970年代に政府の保護政策により大幅に増加したが、80年代に入り、インフレ抑制のための価格統制が実施されたことで、生産コストの上昇を消費者価格に転嫁することができず、伸びが鈍化した。90年代は、WTO発足を受け、1996年に牛乳の小売価格統制が廃止されたのを機に創設された、酪農家の生産性向上を支援する政策に後押しされ増加傾向で推移した。
 近年では、大手乳業会社による技術指導や海外からの遺伝資源の導入による遺伝的改良などにより、生産性が一層向上しており、ほぼ一貫して増加傾向で推移し、2018年は前年比2.0%増の1200万8000キロリットルに達している。(図2)
 

 生乳生産量の州別割合を見ると、ハリスコ州が全体の20%を占め最大の生乳生産州となっている(図3)。次いで、コアウイラ州、ドゥランゴ州、チワワ州が続き、これら上位4州で5割以上を占める。上位4州には及ばないものの、プエブラ州、イダルゴ州、メヒコ州、ケレタロ州など首都近郊での生産が比較的多い状況にある。
 

 現地関係者によると、ハリスコ州では特に東部で草地が豊富で生産性が高い傾向にある。同州の東側に隣接するグアナフアト州の生乳生産量が多いことも同様の要因によるものと推察される。また、コアウイラ州およびドゥランゴ州にまたがる高原地域では、酪農家の規模が比較的大きい傾向にあり、これらの経営体が両州の生乳生産をけん引している。
生乳生産を月ごとに見ると、季節性があり、雨季に当たる7〜9月にピークを迎え、2月ごろに1年で最も少なくなる傾向にある(図4)。この傾向は、特に乳肉兼用の経営体や放牧で牛を飼養する経営体に表れやすいとされている。
 
 

(3)生乳、牛乳・乳製品の流れ

 酪農家の経営形態は、出荷先である乳業会社の企業形態とも関連している(図5)。小規模酪農家が集中している南部地域では、伝統的な小規模・零細乳業工場が多く、コールドチェーンが整っていないとされている。このため、長距離輸送が困難なことから、飲用乳ではなくチーズの原料として利用されることが多く、中でもパネラチーズやオアハカチーズなど伝統的なチーズへの利用がほとんどを占めるとされている。
 

 一方、コアウイラ州やドゥランゴ州、ハリスコ州などの集約的な酪農家は、機械化の進んでいる大手乳業会社へ出荷している場合が多い。これらの乳業会社は受け入れる生乳に対して比較的高い乳質基準を設けており、バルククーラーが整備された契約酪農家が所有するミルクローリーで生乳を輸送することが多い。
 FEMELECHEによると、生乳は酪農家と乳業会社間の直接取引が主体であり、生乳の出荷契約の更新期間は、乳業会社ごとに異なっているものの、基本的には1年更新である。しかし、後述するように、メキシコ国内資本の乳業会社を中心として酪農協を前身とし、酪農家が保有株数に応じた出荷権を有しているケースが多いことから、出荷先の変更は頻繁には行われないとされる。
 製造された牛乳・乳製品の販売方法も乳業会社ごとに異なっており、中小乳業会社の製品は地場のウェットマーケットに流通するチーズなどが多い。一方で、大手乳業会社の飲用乳やチーズなどの製品は、個包装されており、冷蔵輸送を経て、スーパーマーケットチェーンなどで販売される。

(4)国家ミルク公社(LICONSA)

 2018年12月の新政権発足前は、民間の乳業会社のほか、低所得者向け栄養供給プログラムの運営機関として、LICONSAが存在していた。LICONSAは、地元の酪農家から比較的高値で購入した生乳から製造した飲用乳を低所得者向けに低価格で提供することを目的としていた。対象となるのは、6〜12歳の児童、60歳以上の高齢者、授乳および妊娠中の女性、慢性疾病患者および身体に障害を持つ者などである。同様のプログラムは1944年から実施されており、2019年3月の実績では、7158万リットルの飲用乳(受益者1人1カ月当たり平均12リットル)が提供された。
 LICONSAは、メヒコ州に3カ所、ハリスコ州やオアハカ州など7州に各1カ所、合計で8州に10カ所の工場を所有している。また、コールドチェーンが発達しておらず飲用乳を冷蔵輸送できない地域には、粉乳を提供している。
 新政権は、LICONSAと、農村地域へ牛乳を含む基本的な食品を市場価格よりも安価に流通させる役割を担っていた食料配給公社(DICONSA)を合併し、新たにメキシコ食料安全保障庁(Segalmex)を設立した。Segalmexは、生乳を含む5つのコモディティ品目(トウモロコシ、豆類、小麦、米)を生産する小規模農家を対象に、市場価格よりも高値で産品を買い上げる新たなプログラムも担うこととなっている。
 

(5)乳価

 乳価の決定方法は、1996年に牛乳の価格統制が廃止されて以降、需給や市況などの市場原理によって変動し、乳業会社ごとに異なっている。FEMELECHEによれば、各乳業会社はLICONSA(現Segalmex)の乳価を指標としている。LICONSAは、米国の連邦マーケティングオーダー(注)の用途別乳価を加重平均して算出しているとされていたが、LICONSAでは飲用乳製造の比重が高いとみられることから、LICONSAの乳価はほぼクラスT(飲用乳向け)に近いと考えられる。このため、チーズや粉乳類を含む多品目を製造している大規模乳業会社がこの乳価を採用することは国際競争上不利となる。
 このような状況下で、政府が公表している全国平均乳価は、生乳生産量が増加傾向で推移しているものの、それを上回るペースで消費量が増加していることから過去10年以上にわたって上昇傾向にあり、2018年には前年比1.5%高の1リットル当たり6.16ペソ(43円)となった。また、州別の乳価を見ると、生乳生産量第1位のハリスコ州と第2位のコアウイラ州では、それぞれ同5.34ペソ(37円)、同5.91ペソ(41円)と全国平均を下回った。一方、人口が密集し、飲用乳としての流通が多いと思われる首都メキシコシティがあるメキシコ連邦区の乳価は、州別乳価の中で最も高く、2018年は同9.59ペソ(67円)と全国平均よりも55.7%高かった(図6)。
 
 
 なお、新政権が小規模酪農家の支援のために最低保証乳価制度を導入する動きがあるため、乳業会社は、乳価決定過程が政治的に機微であるとして、その詳細については明らかにしなかった。

(注) 米国連邦生乳マーケティングオーダー:オーダー地域(10地域)内で取引される生乳は、用途に応じて四つのクラスに区分され、区分ごとに最低取引乳価を設定するとともに、生乳取扱業者に対して酪農家への用途別乳価を加重平均した乳価(プール乳価)での支払いを義務付けている。詳細は、畜産の情報2017年12月号「米国における酪農、牛乳乳製品の需給動向〜さらなる輸出拡大が成長のカギ〜」を参照されたい。
 

3 酪農家の事例

 今回の調査では、近年一大酪農地帯に成長しているコアウイラ州の超大規模酪農家および飼料生産などで経営の多角化を図る酪農家を訪問した。

(1)規模の経済性を追求する超大規模酪農家(コアウイラ州トレオン)

 地元の有力者一族が所有する酪農場の一つであり、搾乳牛1万7000頭のほか、乾乳牛と未経産牛を1万6000頭、合計で3万3000頭を飼養しており、飼料生産も含め60名の従業員で管理している。品種は、ほぼすべてがホルスタイン種である。80頭収容のロータリーパーラー3基を24時間稼働させ、1日3回搾乳を行っている。バルククーラーは5500リットル容量のものを4基保有し、生産した生乳は、全量をララ社へ出荷している。
 乳牛の供用期間は平均3産で、泌乳量が多い牛でも5産程度で更新する。1日当たり乳量25リットルが更新の1つの目安とされている。種付けは、雌雄判別精液による人工授精であり、これによる雌子牛の生産割合は約85%となっている。凍結精液は、ほとんどが米国産だが、フランスとオランダからも一部を輸入している。60日齢での離乳まではカーフハッチで飼養される。雄子牛は、農場のオーナー一族が所有する10万頭規模のフィードロットに出荷される。
 放牧は行われておらず、一部屋根の付いたフリーバーンで飼養管理されている。飼料については、2000ヘクタールの圃場で秋播き小麦、アルファルファ、サイレージ用トウモロコシを栽培しており、自給飼料の割合は20%程度である。
 糞尿は、一カ所に集積して、堆肥として圃場に散布している。地下水の汚染には、十分に配慮しており、環境問題は起こっていないとしている。
 

 

 

 

(2)多角化によりリスク分散を図る大規模酪農家(ケレタロ州)

 FEMELECHEの理事長であるヴィセンテ・ゴメス・コボ氏が搾乳牛1400頭のほか、乾乳牛200頭、未経産牛1800頭、雄子牛400頭を飼養している。雄子牛は、250キログラム前後で肥育農家へ出荷される。
 1頭当たりの平均乳量は、年間1万500リットル(305日で計算)となっており、供用期間はおおむね2.5〜3産である。
 主な出荷先は、酪農協のアルプーラ社であり、同社の規定により、保有株数に応じた生乳しか出荷できない(後述)。このため、現在は生産した生乳の20%を他社に販売しているが、同社の株式の買い増しができたことで、2019年10月からは同社への出荷割合の増加を見込んでいる。なお、アルプーラ社は、営業収益に基づく利益還元を月ベースで行っているため、株主の酪農家は乳代の他に利益還元分を毎月受け取ることができる。
 飼料栽培および牧草地の面積は250ヘクタールあり、牧草はイタリアンライグラスとアルファルファ、飼料用穀物は主にサイレージ用トウモロコシなどを栽培している。これにより、自給飼料の割合は8割に達している。このほか、配合飼料工場を4施設所有し、乳牛向け以外にも養豚やペット向けの配合飼料の販売も行い、事業の多角化を行うことでリスク分散を図っている。
 

 

 

4 牛乳・乳製品の需給

(1)飲用乳

 米国から35万トン程度の脱脂粉乳を輸入しており、これにパーム油などの植物油を添加した「フィルドミルク(無脂乳固形分と乳脂肪以外の植物性油脂を組み合わせた乳製品)」が大量に生産されている。飲用乳消費量に占めるフィルドミルクの割合は統計上明らかとなっていないが、低価格であることから需要があり、飲用乳で最大のシェアを有するララ社が販売する飲用乳の25〜30%はフィルドミルクであるとされている。フィルドミルクの割合は、低所得者向けの飲用乳を製造するLICONSAではさらに高いとみられる。
 一方、政府の統計による2018年の牛乳の生産量は、160万6000キロリットルと生乳生産量のわずか13.3%にすぎない。このうちパスチャライズ牛乳(低温殺菌牛乳)は148万3000キロリットルと9割以上を占め、UHT牛乳(超高温殺菌牛乳)を大幅に上回っている(図7)。年間1人当たり飲用乳消費量に人口を乗じて飲用乳消費量を推計すると約380万トンとなるため、飲用乳のうち、生乳から製造される「牛乳」の割合は約4割、残りの6割程度はフィルドミルクであると推計される。
 
 
 牛乳の卸売価格の統計は公表されていないものの、ブランドごとの小売価格は、農牧漁業情報局(SIAP)が公表しており、全般的に牛乳の小売価格は、上昇傾向にある(表2)。UHT牛乳は、冷蔵輸送が困難な地域や冷蔵庫などの設備が十分ではない消費者からの需要が増えているとされている。
 
 
 最大手のララ社の場合、飲用乳をプレミアム(高価格)、メイン、バリュー(低価格のフィルドミルク)の三つの価格帯の商品群に分けている。プレミアムについては乳糖をマイクロフィルターで除去した生乳をさらに全脂牛乳、低脂肪乳、有機牛乳に分類している。
 国内乳業会社を中心に構成される全国乳産業商工会議所(CANILEC)によれば、米国で飲用乳と競合し始めているココナッツミルクやアーモンドミルクなどの「植物性乳飲料」は、メキシコでは通常の牛乳よりも価格が2〜3倍高く、市場規模は飲用乳全体の2〜3%程度にすぎない状況である。
 

 
 

(2)チーズ

 チーズは、タコスに挟んだり、肉料理に添えたりと、豆類と並んでメキシコの食卓には欠かせない食材であり、古くから食されてきた。パネラチーズやオアハカチーズなどのメキシコ伝統のチーズも複数存在している。パネラチーズとオアハカチーズは、いずれも熟成期間を持たせず、淡泊な味わいである。特にオアハカチーズは、モッツァレラチーズに類似したフレッシュタイプであるが、細く伸ばしたものを毛糸玉状に丸めることが特徴となっている。
 生産されているチーズは、ほとんどが国内で消費され、不足分を輸入で補完している。チーズは、乳製品市場において飲用乳に次ぐ高付加価値商品であり、製造事業者にとっても重要な品目に位置付けられている。近年は、中間所得層の増加などによって消費量は増加傾向にあるとされており、消費量の増加に伴って生産も増加傾向にある。2018年の生産量は、前年比5.8%増の41万9000トンとなった(図8)。
 

 種類別の生産割合を見ると、クリームチーズが最も多く、次にフレスコチーズ(フレッシュチーズ)が多い(図9)。パネラチーズは、大手だけでなく中小乳業会社でも製造されており、チーズ生産全体の13%を占めている。アマリロチーズ(チェダーチーズ)に次いで生産量が多いチワワチーズは、チワワ州発祥の熟成チーズでメキシコの伝統的なチーズの一つである。
 

 
 消費動向としては、低所得者層がウェットマーケットでパネラチーズやオアハカチーズなど非熟成のフレッシュタイプを購入するのに対し、中・高所得者層はフレッシュタイプに加えて熟成チーズや外国産チーズをスーパーマーケットや専門店で購入する傾向にあるとされている。
 チーズは、輸入量も多く、2018年は前年比1.2%増となる12万3000トンとなった。このうち米国が78.3%を占め最大の輸入元となっている。種類としては、粉チーズが最も多く、チェダーやゴーダなどのセミハード系チーズも多い。米国農務省は、米国からメキシコ向けの粉チーズやシュレッドチーズの輸出量が増えている要因について、食生活の変化などにより、ピザの消費が増えているためと分析している。
 

 メキシコ政府は2018年6月、米国がメキシコのアルミニウムや鉄鋼にかかる関税率を引き上げたことに対する報復措置として、無税であったチーズを含む米国産農畜産物に対して報復関税を課すこととした(表3)。これにより、国内の乳製品価格の上昇も予想されたが、CANILECは、国内の市況への影響はほとんどないとしている。この要因として、メキシコ側の購買意欲の落ち込みを恐れ、米国側のサプライヤーが関税率分を価格に転嫁しなかったことや、輸入される米国産チーズの多くがシュレッドチーズや粉チーズで、ピザの原料など他の食材と組み合わせて製品価格を形成していることから、フードサービス部門では他の原材料費と調整することでチーズの値上げ分を吸収していることなどが挙げられた。なお、本年5月中旬に米国が鉄鋼などへの関税撤廃に同意したことから、現在は、追加関税も取り下げられている。
 

 一方、チーズの輸出量も増加傾向で推移しており、2018年は、2015年の約4倍となる1万6000トンと大幅に増加し、過去最高を記録した(表4)。米国が最大の輸出先となっており、残りはチリやグアテマラなど中南米地域に輸出されている。今回の調査では、乳業会社において今後チーズの輸出先の多様化を図りたい意向が確認でき、特に日本への輸出に興味を抱いている様子であった。チーズの輸出量は今後も増加が見込まれている。
 

 乳製品の規格については、コーデックス委員会(注)の規格に準じて政府が官報(NOM)で定めているほか、乳業界として必要としている基準については、牛乳乳製品品質向上協議会(COFOCALEC)が基準(NMX)の制定、認証を任意で行っている。チーズの製品規格は、NOMではなくNMXで定められていたが、2019年1月にNMXの基準がNOMに採用、制定された。発効は1年後からとされているが、NOMは強制力を有するため、発効後はチーズと表記できるのは原料が牛由来の乳のもののみとなる。

(注) 消費者の健康の保護、食品の公正な貿易の確保などを目的として、1963年にFAOおよびWHOにより設置された国際的な政府間機関であり、国際食品規格の制定などを行っている。
 

(3)粉乳類

 2018年の粉乳類の生産量は、前年比8.5%減の23万9000トンとなった(図10)。このうち、全粉乳が11万9000トンと半数を占めている。全粉乳は、還元乳の原料としてコールドチェーンの整っていない地域やLICONSAによる低所得者支援として消費されるほか、乳業会社で各種付加価値製品の原料として利用されている。
 

 粉乳製造施設は12カ所あるとされているが、需要に対して製造能力が不足しており、多くの粉乳を輸入している。特に脱脂粉乳は、近年3〜4万トン(2018年)輸入されており、輸入元としては、米国がほぼすべてを占めている。CANILECによると、粉乳生産コストは、外国産に比べて高く、乳業会社などでは輸入品を利用した方が収益性が高くなることから、粉乳の製造施設への投資が進みづらい状況にある。2017年には、ハリスコ州などに二つの製造施設が新設されたものの、国内の生産量を大きく増加させるほどではなく、今後も輸入により国内需要を満たす状況が続くとみられている。
 

5 乳業会社

 今回の現地調査では、国内資本の主要乳業会社のうち、飲用乳の2大企業であるララ社とアルプーラ社、最大の生乳生産州であるハリスコ州で最も大きいセヨ・ロホ社の計3社を訪問した(表5)。
 
 

(1)飲用乳最大手、米国他にも展開するララ社

 本社は、コアウイラ州トレオン近郊に位置し、工場も同じ敷地に所在している。約400戸の酪農家から、所有するミルクローリーで1日当たり700万リットルを集乳している。
 同社は、コアウイラ州とドゥランゴ州の州境に広がる高原地域の酪農家が酪農協を組織したことに始まった。このため、株式を公開している現在でも、株式の80%程度は同地域の酪農家が所有している。契約酪農家の出荷数量は、持ち株数とある程度の正の相関があるものの、酪農家の生産能力なども考慮して、出荷数量の上限と下限がそれぞれ定められている。
 チーズは、パネラチーズ、カッテージチーズ、オアハカチーズ、チワワチーズを製造している(表6)。チーズの国内シェアは、Sigma(シグマ)社に次ぐ第2位となっている。実際に現地のスーパーマーケットを視察した際にチーズ売り場では同社の製品が他社よりも多く陳列されていた。チーズ工場の従業員数は900名で、週7日、24時間操業をシフト制で勤務している。
 
 
 同社の担当者は、パネラチーズは賞味期限(36日)の観点から輸出には不向きであるが、賞味期限が比較的長いオアハカチーズやチワワチーズの輸出に意欲を示していた。
 同社は、ブラジルや米国にも工場を所有しており、グループ全体では、工場を31カ所、流通センターは173カ所所有している。グループ全体の売上高を国別割合にすると、メキシコが76%と最大で、ブラジルが17%、米国が4%、中米が3%となっている。
 米国での販売ではヒスパニック系のみならず米国民全般をターゲットに、飲むヨーグルトやフレーバーミルクの販売に注力している。
 
 

(2)酪農協の性格を色濃く残すアルプーラ社

 1970年に酪農家240戸が集まり、協同組合として設立・創業したことに始まり、現在は株式会社化されている。
 生乳は、株主である酪農家124戸から集乳している。同社との出荷契約に当たっては、品質保持の観点からバルククーラーを所有していることが要件の一つに定められている。集乳は、同社が所有するローリーによって行われ、輸送費は同社が負担することになっているものの、遠方の酪農家に対しては生乳買取価格から輸送費の一部をディスカウントすることも行われている。ローリーとバルククーラーの温度は、出荷契約によって4度と定められている。工場への受け入れ時に、細菌数、体細胞数、pH、脂肪分などを計測し、その結果に応じて乳価が決定される。
 酪農家が同社へ出荷する乳量は、保有株数によって決められている。そのため、出荷量を増やしたい場合には、誰かが株式を売却するのを待って購入しなければならない。実際の生乳出荷量が契約数量を下回ったり、不足したりすると罰則がある一方、契約数量を上回る生乳を生産した場合、同社の許可を得た上で他社に販売できるが、契約単価よりも安い価格で同社に売り渡す場合もある。
 

 

 
 

(3)ハリスコ州の飲用乳市場に特化するセヨ・ロホ社

 前身となる酪農協(Lechera Guadarajara)が生乳の加熱殺菌に取り組み始めたことを機に、1961年に設立された。約400戸の酪農家と販売契約を結んでおり、同社の1日当たり生乳受け入れ量は90万リットルで、酪農家1戸当たりの平均生乳出荷量は、1日当たり約3000リットルである。
 同社によると、かつて消費者は生乳を購入して自身で煮沸していたが、1990年に政府が牛乳の消費期限を1日と定め、さらにその後、未殺菌の生乳の販売が規制された。これによって、ハリスコ州が10の地域に区画され、乳業会社の負担で160カ所のバルククーラーが設置されることとなった。このバルククーラーは、コミュニティタンクと呼ばれ、1タンク当たり25〜60戸の酪農家が生乳を搬入していた。このような背景で冷蔵システムが整えられたことによって、消費期限が5日程度に延長され、生乳の搬入時に加水の程度を判定するための氷点試験などを行った上で基本乳価が支払われるようになった。現在は、各乳業会社がそれぞれに集乳システムを整えており、同社では傘下の集乳センターが生乳の収集、輸送を担っている。
 同社の集乳センターは9カ所あり、今回の現地調査ではこのうちZAPOTLANJO集乳センターを訪問した。同センターには、貯蔵タンクが三つあり、合計貯蔵能力は1600キロリットルである。工場から手配されるローリーによって同センターから工場へ輸送され、同センターの貯蔵タンクに1日以上留め置かれることはない。
 同センターでは、95戸の酪農家から集乳している。酪農家にはバルククーラーが設置されており、このうち96%がセヨ・ロホ社の所有物であるため、酪農家の故意や重大な過失でなければ修理費はセヨ・ロホ社によって負担される。集乳に際しては、センターがローリーを手配し、複数の酪農家を回って集乳する。生乳の受け入れは、酪農家それぞれの生乳の成分が区別できるように、ローリーの運転手が簡易的な検査と保管用のサンプリングを行っている。その後、同センターに戻り、ローリーから貯蔵タンクに移し替える際にも品質検査を行っている。各酪農家の乳代は成分に応じて算定され、例えば、脂肪分が3.3%以上であれば、乳代が上乗せされる。乳代の支払いは、月曜から日曜までの分を翌週の木曜に行っている。
 

 

 

 
 
 同社の製造シェアは、低温殺菌牛乳が70%を占め、UHT牛乳が約10%、残りをフィルドミルク、ヨーグルトやチーズが占めている。牛乳は、脂肪分3.0%の製品を最も多く製造している。低温殺菌牛乳は、72度で14秒殺菌している。直近10年間で、低温殺菌およびUHTの販売数量はそれぞれ20%、14%減少している一方、原料の一部を植物性油脂や粉乳などに置き換えることで価格を抑えた「デリレチェ(Deli-Leche)」というフィルドミルクの売り上げが大幅に増加しているという。同社担当者によると、メキシコの消費者は牛乳の成分表示などへの関心が他国に比べるとまだ希薄で、価格のより安い方に魅力を感じる傾向にある、とのことである。
 

 
 粉乳は、生乳の受け入れが多かった場合などに製造しているが、輸入品との価格競争力がないことから販売は行わず、自社製品の原料として利用されている。
 

6 おわりに

 今回の調査で聞き取りを行った関係者からは、労働者不足、コールドチェーンの整備、南部地域を中心とした乳牛の遺伝的改良の遅れ、国産飼料の増産および品質の向上などが課題として挙げられた。新政権による政策は、メキシコ第4の変貌とも称され、乳製品はこの戦略的品目の一つに数えられている。同政権は、自給率の向上を目標に掲げており、今後、地産地消の推進や小規模・零細酪農家の保護を目的とした生乳の価格統制が実施されるとも予想されている。
 メキシコは、乳製品の大生産国である米国との地理的近接性や生産コストの高さから、原料乳製品の国際競争力は低い。このため、国内の酪農・乳業は飲用乳への依存度が極めて高く、これが功を奏して中部以北での大規模酪農が発展を遂げている。一方で、大手乳業会社は南部の小規模・零細酪農家を中心に製造されていたオアハカチーズをはじめとする伝統的特産チーズで差別化が図られると考え、輸出への関心を高めている。調査では、メキシコ料理が国際的にも認知度を上げている中、TPP11加盟国、中でも高価格での販売が期待できる日本へのチーズ輸出に期待を抱いている様子がうかがわれ、今後も同国酪農・乳業の動向を注視していく必要があるものと考えられる
 
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-4398  Fax:03-3584-1246