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調査・報告(学術調査) 畜産の情報 2019年8月号

特定疾病フリー動物に対する付加価値の定量化に関する研究

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宮崎大学 農学部獣医学科 准教授 関口 敏

【要約】

 近年、牛白血病の発生数が増加傾向にある。そこで牛白血病ウイルス非感染牛が市場で取引 される場合、金額に換算してどれだけの価値があるかを把握することを目的に全国でアンケートによる意識調査を行った。本調査は25都道府県の養牛農家を対象に実施した。回収したアンケート票は合計で1555通、未記入または誤記入を除いた有効回答数は1002通であった。有効回答数のうち60%以上の回答者は、ウイルス非感染牛に対して付加価値を感じており、その支払意思額は中央値で1万〜3万円だった。

1 背景

 わが国の畜産・酪農経営は、高齢化や離農の増加による生産基盤の縮小に歯止めがかか らず、子牛価格の高騰による肥育経営の悪化や、国内乳製品需給のひっ迫のため乳製品の追加輸入を余儀なくされるなど、過去に例のない危機的な状況となっている。肉用牛繁殖経営では、戸数が年々減少する中、離農による子取り用めす牛の飼養頭数の減少を規模拡大により補ってきたものの、平成22年度から子取り用めす牛の頭数は26年度(27年2月)を底に増加傾向となっている。その影響から子牛の取引価格が高騰し、直近5年間で約2倍に上昇した。また、子取り用めす牛の飼養頭数の減少により子牛価格が高騰し、子牛をもと畜として購入する肥育経営の収益性の悪化を招いている。これらの課題に追い打ちをかけるように、わが国における牛白血病 (EBL:Enzootic Bovine Leukosis)の感染は増加の一途をたどっている。EBLは牛白血病ウイルス(BLV:Bovine Leukemia Virus)の感染を原因とし、リンパ球の異常増加や全身性のリンパ腫を主徴とする疾病である。BLVは牛、水牛に感染するが、ヒトに感染することはない。 BLVに感染すると 感染牛の約70%は無症状のまま一生を終えるが、約30%が持続性リンパ球増多症(PL: Persistent Lymphocytosis)、1〜5%がB 細胞性リンパ肉腫を発症する。本疾病に対するワクチンや治療法はなく、一度BLVが感染したら生涯にわたって感染が持続する。EBLの発生件数は年々増加傾向にあり、過去9年間で約3倍に増加した。そのため、生産者はBLVに感染していない非感染牛を求めるようになり、非感染牛の需要が増加している。宮崎県内の一部の家畜市場では、感染の拡大を防ぐ目的で、BLVのELISA検査で陰性が確認された牛のみを上場している。そ 結果、BLV非感染牛が、通常価格より高 で取引される傾向にあることが分かった。 これは、EBL発症のリスクが、畜産業を取 り巻く環境に大きな変化を与え、非感染牛に特別な価値が生まれたことを示唆している。 この価値を明らかにすれば、生産者の疾病制御に対する意識の向上が期待できるだけでな く、農畜産分野におけるビジネスモデルや経 営そのものを変革する潜在的価値を提案でき るものと考える。そこで本研究は、仮想市場法(CVM : Contingent Valuation Method)を用いてBLV非感染牛の持つ付加価値を定量することを目的とする。CVMとは、不可視の存在である想像や概念的な財に対して、貨幣的な価値を直接聞き出す方法と して用いられる。仮想の市場におけるシナリオを用い、回答者の支払意思をアンケート調査などで直接聞き出し、それらを基に貨幣価値を評価する方法である。

2 材料と方法

(1)研究デザイン

 非感染牛の付加価値を貨幣換算することを目的に、「非感染牛が取引されている家畜市場」を想定した質問票を作成した。その上で、「非感染牛に対して通常価格より上乗せして支払ってもよい金額(以下「支払意思額」という)」を質問し、具体的な金額を回答してもらう。また、支払意思額を問う内容に加え、支払意思額を規定する要因を探索する目的で、EBLに対する危機意識や農場規模、農場経営の経験年数など、生産者の心理的要因や農場の環境要因に関する質問を盛り込んだ (表1)。


 
 


 なお、質問の客観性を担保するために、質問票の作成・修正は3人以上で行った。本調査では、支払意思額の仮想的な概念を用いてシナリオに現在わが国の主要な牛の購入形態である家畜市場を使用した。仮想の家畜市場において、BLV感染を検査し、陰性であった子牛には「陰性証明」を発行するとし、陰性証明を持つ子牛と、陰性証明を持たない(感染の検査をしておらず陰性か陽性か不明 な)子牛の2頭が上場されると設定した。本アンケートに用いられた2頭の子牛は、陰性証明の有無以外の条件(種牛、飼料、体重、 健康状態など)はすべて同じであると明記 し、BLVに感染しているか否かのみを参考に牛の価値を回答者に比較させるよう意図した。アンケート票のCVMに関するシナリオの具体的な文言は、以下の通りである。「仮に牛白血病ウイルス感染の検査で、陰性であることがあらかじめ分かる陰性証明書を持つ牛と、検査をしておらず陰性証明書を持たない牛がいたとします。なお、血統や体型、生産者などの他の条件は同じものとします。牛白血病ウイルス非感染牛を購入すると仮定した場合、あなたは陰性証明書を持つ牛にいく らまでなら追加して支払ってもいいと思いますか?追加してもいい金額をご記入下さい。 追加で支払う価値はないと思う方は、0円とご記入下さい」。
 CVMにおいて支払意思を問う方法には、任意の額を回答させる自由回答方式、ある金額を提示しその額を支払意思として受け入れるか否かを問うセリのような付値ゲーム方式、選択肢の中から回答者に金額を選択させる支払カード方式、金額を提示しそれを支払意思として受け入れるか否か一度だけ問う二項選択方式などがある。本稿では提示された金額に回答者が影響を受ける開始点バイアスを避けるため自由回答方式を援用した。わが国で飼養されている乳用牛にはホルスタインやジャージー種、肉用牛には黒毛和種や褐毛和種などさまざまな品種があるため、各生産者の飼養牛種を用いた仮想市場の想定を考慮し、支払意思の回答欄を作成した。乳用牛は「育成牛、初妊牛、経産牛」、肉用牛は「メス子牛、去勢子牛、メス成牛」の合計六つの回答欄を設け、回答者に任意の支払意思を記入 させた。

(2)標本の抽出と本調査の実施

 本調査を実施する目的で、アンケートの調査地域と解析に必要な回答数を決定した。本研究では、地域性による飼養形態の違いを考慮するために、全国を母集団として標本調査 を行った。アンケートのサンプル数は、全国および各都道府県の飼養戸数を母集団とし、95%信頼区間による標本サイズを算出した。その結果、解析に必要なサンプル数は合計で384以上となった。調査はCVMを用い、全国の肉用牛・乳用牛生産者を対象に、2017年6月から2018年6月にかけて、標本調査を行った。47都道府県の関係機関に調査協力を依頼し、アンケート票の配布は多段階無作為抽出法を用いて、日本全国の肉用牛・乳用牛生産者の総戸数を母集団とし、都道府県レベル(第一次単位)、生産者各戸レベル(第二次単位)の2段階抽出を行った。第一次単位は47全都道府県の公務員獣医師や農業共済獣医師に本調査への協力の是非を問い、協力が得られた都道府県を抽出したものとした(25都道府県)。第二次単位は、本調査に参加した各都道府県の獣医師に、生産者へ任意のアンケート調査実施を依頼し抽出したものとした。

 (3)データのクレンジング

 支払意思の最小値を100円に設定し、これを下回る支払意思は除外した。100円と いう金額は、陰性証明を発行する手数料としてかかる最小の金額を想定し、用いた。また、支払意思の上限を通常購入額と同額に設定した。また、回答内容に記入漏れや誤記入が認められたアンケート票は無効回答とし、集計から除外した。
 
 

3 結果

 生産者から回収された1555通のアンケー ト票のうち、異常値を含む回答や無回答、矛盾のある回答のデータを集計から外す作業(データクレンジング)を行った結果、集計・分析に用いることができる有効回答数は1002通であった。全回答者の96%がEBLという感染症を認識していた(図1)。
 


 BLVに対する検査は63%の農場が実施したことがあり、そのうち79%が感染牛を所有していた(図2、3)。 EBLの発症があった農場は全体の42%で、発症頭数は複数頭(2頭以上)みられた農場が半数以上を占めた(図4)。EBLに対する危機意識は最も高い「深刻ですぐに解決すべき」との回答が最も多く、「深刻だが今すぐ解決するほどではない」がそれに次ぐ回答数であった(図5)。危機意識と年齢との関係をクロス集計表でみると、全体に年齢が高くなるほど、EBLに対する深刻さが低下する傾向にあった(図6)。EBLに対する防疫対策の実施率は57%で、危機意識が高いほど実施率は高い傾向にあった(図7、8)。防疫対策を実施している農場の多くは共通して「直腸検査用手袋を一頭ずつ交換する」、「注射針を一頭ずつ交換する」、「夏季に吸血昆虫の対策をする」を選択していた(図9)。一方で対策を行わない農場は「感染牛がいない」「コストがかかる」「他に優先すべきことがある」などの理由を挙げていた(図10)。回答者の86%は専業農家であった(図11)。経営形態は酪農経営が497農場、肉用牛生産が433農場、残りがその他に分類された(図12)。各経営形態における飼養頭数は表2に示す通りである。
 





 




 





 


 



 
 



 回答者の年齢と経験年数は図13と図14に示す通りである。BLV非感染牛に対して追加して支払う価値があると回答したのは全体の63%で、その支払意思額の中央値は1万〜3万円だった(図15、表3)。
 
 



 
 


 付加価値を感じる回答者の多くは「安心して飼育したいから」「非感染牛が欲しいから」「BLV非感染牛に子牛を生ませたいから」という理由を挙げていた(図16)。付加価値と危機意識の関係をクロス集計表でみると、危機意識が高くなるほど付加価値を感じる傾向があることが明らかとなった(図17)。牛の購入額に関しては、表4に示す通りである。
 




 

4 考察

 BLV非感染牛に対して付加価値を意識している回答者は全体の6割を超え、その金銭的価値は1万〜3万円であった。特に肉用牛生産において後継牛の生産に用いるとされるメス牛は比較的高い付加価値を示している。 また、危機意識が高い生産者ほど非感染牛に付加価値を見いだしていた。「子牛価格の高騰」「EBL発症のリスク」という不安を払拭 したいという肥育農家にとっての経営者心理が働いたためである。すなわち、BLV非感染という「付加価値」が生まれたことに他ならない。組織的なEBL対策によって、家畜市場に新たな経済効果をもたらしたのである。
 多くのBLV感染牛は長期間臨床的に無症状である。病態が進行すると、約30%が持続性リンパ球増多症を示し、数%がB細胞性リンパ腫を発症する。発症牛は元気消失、削痩などの症状を示し、死の転帰をとる。また、と畜場では発症個体は全部廃棄処分となるため、生産者にとって経済的損失が大きい疾病である。
 一方で、BLV感染症は未発症でも生産性に影響を及ぼすことはあまり知られていな い。Ottらはアメリカ農務省の米国動物衛生モニタリングシステムの1996年の調査から1006酪農農場におけるBLVの感染率と乳量の関係を分析した[1]。その結果、農場内におけるBLV感染率と乳量の間には負の相関がみられ、感染率が高い農場ほど乳量が低下することが明らかとなった。感染牛の乳量は非感染牛のそれに比べて2.7%減少し、一頭当たりの年間損失額は59ドルであった。これをマクロ経済的なレベルで考えると、酪農産業全体における年間の損失額は2億8500万ドルに上ると推定された。スウェーデンにおける1万4424酪農農場を対象にした調査でも同様の結果が得られており、BLV感染牛群における乳量は、非感染牛群のそれに比べて、2.5%減少することが報告されている[2]。カナダやイスラエルで行われた調査では、BLV感染症と牛の生存期間との間に有意な関係性があることを示している[3-4]。Nekouei らは1998年から2003年にかけて、カナダの乳用牛4052頭(348農場)を対象に調査を行った。その結果、BLV感染牛は非感染牛に比べて生存期間が短く、早期に淘汰または死亡することが明らかとなった。早期淘汰(死亡)の理由は、乳量の低下や繁殖成績の悪化、免疫力の低下によるBLV以外の感染症に罹り患かんするためなどが考えられている。このBLV感染による免疫機能の異常について、Konnaiらの研究グループは、BLVが宿主の免疫応答を抑制していることを明らかにした[5−7]
 EBLがもたらす経済的な損失は大きく、 国際獣疫事務局(OIE)のリスト疾病の一つにも指定されている。清浄化によって生産性 が回復し、収益向上につながることは想像に難くない。欧州では、EBLに対するさまざまな取り組みが行われており、すでに清浄化に成功した国もある[8−10]。清浄化を達成した国あるいは清浄化プログラムが進行中の国で共通して言えることは、本疾病の制圧には地域レベルの連携が必要不可欠であるということである。
 子牛の取引価格は牛の血統や体格など、さまざまな条件に左右されるため、単純に市場価格を比較するだけでは非感染牛の付加価値を測定することは難しい。また、付加価値は財(有形物)やサービス(用役)とは異なり、 それ自体の価格は存在しない。本研究によって特定疾病に感染していないことの付加価値を定量化できたことで、生産者の疾病制御に対する意識の向上が期待できる。本研究の成果がEBLのみならず他の疾病に対する対策にも寄与することが期待される。
 

 【謝辞】
 本報告書を作成するに当たり、アンケート調査にご協力いただきました全国の畜産関係者の皆さまに心から御礼申し上げます。

 【参考文献】
1.  Ott S.L, Johnson R, Wells S.J : Association between bovine-leukosis virus seroprevalence and herd-level productivity on US dairy farms, Prev Vet Med. 61, 249-262 (2003)
2.  Emanuelson Ulf, Scherling K, Pettersson H : Relationships between herd bovine leukemia virus infection status and reproduction, disease incidence, and productivity in Swedish dairy herds, Prev Vet Med. 12, 121-131 (1992)
3.  Nekouei O, VanLeeuwen J, Stryhn H, Kelton D, Keefe G. : Lifetime effects of infection with bovine leukemia virus on longevity and milk production of dairy cows, Prev Vet Med. 133, 1-9 (2016)
4.  Brenner J, Van-Haam M, Savir D, Trainin Z : The implication of BLV infection in the productivity, reproductive capacity and survival rate of a dairy cow, Vet Immunol Immunopathol, 22, 299-305 (1989)
5.  Suzuki S, Konnai S, Okagawa T, Ikebuchi R, Shirai T, Sunden Y, Mingala CN, Murata S, Ohashi K : Expression analysis of Foxp3 in T cells from bovine leukemia virus infected cattle, Microbiol Immunol, 57, 600-604 (2013)
6.  Ohira K, Nakahara A, Konnai S, Okagawa T, Nishimori A, Maekawa N, Ikebuchi R, Kohara J, Murata S, Ohashi K : Bovine leukemia virus reduces anti-viral cytokine activities and NK cytotoxicity by inducing TGF-β secretion from regulatory T cells, Immun Inflamm Dis. 4, 52-63 (2016)
7.   Ikebuchi R, Konnai S, Shirai T, Sunden Y, Murata S, Onuma M, Ohashi K : Increase of cells expressing PD-L1 in bovine leukemia virus infection and enhancement of anti-viral immune responses in vitro via PD-L1 blockade, Vet Res. 42:103. doi: 10.1186/1297-9716-42-103 (2011)
8.  Nuotio L, Rusanen H, Sihvonen L, Neuvonen E : Eradication of enzootic bovine leukosis from Finland, Prev Vet Med. 59, 43-49 (2003)
9.  Acaite J, Tamosiunas V, Lukauskas K, Milius J, Pieskus J : The eradication experience of enzootic bovine leukosis from Lithuania, Prev Vet Med. 82, 483- 89 (2007)
10.  Maresca C, Costarelli S, Dettori A, Felici A, Iscaro C, Feliziani F : Enzootic bovine leukosis: report of eradication and surveillance measures in Italy over an 8-year period (2005-2012), Prev Vet Med. 119, 222-226 (2015)