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海外情報 畜産の情報  2019年10月号

タイにおける牛乳・乳製品の需給動向

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調査情報部 小林 智也、佐々木 勝憲

【要約】

 タイでは、酪農家の経営安定と生産維持を目的として、生乳取引価格を統制するとともに学校牛乳プログラムの拡充などで生乳需要の拡大を図ることにより、飼養頭数、生乳生産量の増加傾向をもたらしている。しかし、小規模農家が多く、乳量と乳質の向上が課題となっている。
 一方、国内生産だけでは需要を満たせないため、自由貿易協定(以下「FTA」という)を締結している豪州とニュージーランド(以下「NZ」という)の乳製品を中心に輸入しているが、将来的に関税が撤廃されると輸入量が急増し、供給過剰につながる恐れがあるとの見方もあるなど、酪農業を取り巻く環境が厳しくなると見込まれている。そのため、政府は酪農業の競争力強化に取り組んでいる。

1 はじめに

 タイにおいては、GDPの成長率が3〜4%で推移し、一人当たりの名目GDPもアジア地域で上位になりつつあるなど経済発展による食の多様化、欧米化が進展し、牛乳・乳製品の需要が拡大しているものの、国内生産量では全ての需要を賄うことができないことから、不足分については輸入することで需要を満たしている(表1)。
 

 最も多く輸入されている乳製品は脱脂粉乳であり、FTAを締結している豪州、NZが主な輸入先となっている。なお、脱脂粉乳については、2025年までに豪州、NZ産の関税撤廃と関税割当の廃止が行われる予定となっている。安価な輸入脱脂粉乳増加は、国産生乳の代替につながりかねず、自由化後の豪州、NZからの輸入急増による国内市場での供給過剰が懸念されている。
 また、乳製品の輸出は、AFTA(ASEAN自由貿易協定)が締結されている周辺諸国を中心に行われており、近年は海外からの需要は継続的に拡大している。しかし、輸出される乳製品は上記の安価な輸入原料を使用したものが多くなっている。
 そのため、政府は酪農業が抱える課題の解決に向けて対策を発表し、自由化後も国内の酪農業が継続できるよう競争力の強化に努めている。
 同国の競争力強化により、生産体制がどう変化していくのか、また、需要はどう伸ばすのかといったことを明らかにすることを目的として、本稿ではタイの酪農、牛乳・乳製品の現状と競争力強化に向けた取り組み状況について2019年6月に実施した現地調査を踏まえて、報告する。
 なお、本稿中のレートは、1バーツ=3.6円(8月末日TTSレート:3.56円)を使用した。

2 酪農および生乳生産

(1)飼養頭数、生産地域

 タイ農業協同組合省農業経済局(以下「経済局」という)によると、乳用牛の飼養頭数は、経済発展による食の多様化や学校で牛乳を無償で提供する学校牛乳プログラムの対象が拡大され、国産生乳需要をけん引したこと などから、増加傾向で推移し2018年には66万頭に達した(図1)。
 


 

 地域別に飼養頭数をみると、消費地である首都バンコクの近隣の中部地域で多い傾向がある(図2)。なお、最も飼養頭数が多いサラブリ県はタイにおける酪農発祥の地として知られている。
 同省畜産開発局(以下「畜産局」という)によれば、2018年の酪農家数は1万7925戸である。タイ国家統計局の2013年農業センサスによると、乳用牛の飼養規模別頭数は1戸当たり20〜49頭が47%を占めて最も多 く、50〜99頭は27%、10〜19頭は12%である(図3)。農業センサスの更新はこれ以降ないが、今回の調査でも酪農家の大部分が49頭以下の農家で占められているとのことであった。
 

 酪農家数は、日本と同様に酪農家の平均年齢が上昇している中、重労働であることを背景とした後継者不足や政府主導による農業生産工程管理(Good Agricultural Practice:GAP)取得に対応出来ない(注1)などの理由により小規模農家を中心に減少傾向で推移している(注2)。今後は、大規模酪農家が廃業した小規模酪農家の乳用牛を購入することによ り、集約化が進むと考えられている。
注1: タイにおいては、酪農家で農場GAPを100%取得することを目標に掲げている。
  2: 本稿では、飼養頭数19頭以下を小規模酪農家、20頭以上49頭以下を中規模酪農家、50頭以上を大規模酪農家とした。

 

(2)生乳生産

 生乳生産量は飼養頭数と同様に増加傾向で推移し、2018年には120万トンを超えた(図4)。これは、飼養頭数の増加に加え、1頭当たりの乳量が増加しているためである。
 

 主に飼養されている乳用牛はホルスタインにタイの気候にも適応出来るようホルスタイン以外の品種も掛け合わせて改良を重ねた「トロピカルホルスタイン」と呼ばれる品種であり、欧米から導入されたホルスタイン種と比較して耐暑性が向上しているのが特徴である(写真1)。
 

 しかしながら、経済局によると、2018年の平均乳量は1頭1日当たり12.23リットルと日本(約23リットル)の約半分と依然として低い水準にある。その理由としては、小規模酪農家の中には兼業農家もおり、乳量を増やすための知識や技術が不足していることや、乳量増加に大きく影響する濃厚飼料などが十分に与えられていないことなどが挙げられる。
 

(3)生乳、牛乳・乳製品の流れ

 搾乳は1日2回(主に朝と夕方)行い、一部の大規模酪農家ではミルキングパーラーを利用しているものの、大半の酪農家はバケットミルカーを利用している。一部の小規模酪農家では、搾乳設備の管理などが不十分なため、乳房炎などによる乳質の低下が見られる場合がある。また、小規模酪農家が多いことや道路が舗装されていない箇所も多く、インフラの整備がされていないことから、酪農家が集乳缶を自家用車などに積んで酪農業協同組合(以下「酪農協」という)や民間の集乳センターに搬入することが多い(写真2、3)。そのため、搾乳から集乳センターに到着するまでの間、冷却出来ずに細菌数が増加してしまう場合もある。
 

 集乳センターは、国内に206カ所あり、受け入れ時にアルコールテストなどの品質検査に合格し、乳質基準を満たした生乳のみクーラータンクに移し、貯蔵される(写真4、5)。近年、集乳センターについては畜産局が品質管理を含むGood Manufacturing Practice(GMP)の取得を勧めている。2018年時点で196カ所の集乳センターがGMPを取得しており、今後全ての集乳センターで適正な品質管理を行うことを目標としている。
 



 各集乳センターに貯蔵された生乳のうち、約40%が学校牛乳向けに、残りの約60%が一般消費者向けに仕向けられ、各乳業工場で高温短時間殺菌(HTST)乳(現地では、約72〜75度で15秒程度殺菌したものを低温殺菌乳と呼んでいたが、本稿では日本の殺菌法名を採用する。要冷蔵)、超高温殺菌(UHT)牛乳(現地では約130〜150度で3〜5秒程度加熱し滅菌したもの。長期常温保存可能なものもある。)、ヨーグルト、アイスクリーム、ミルクタブレット(乳固形分を錠剤サイズに固めたもの)などの牛乳・乳製品を製造している。
 また、ヨーグルトなどの製造には、コストを低く抑えるために海外から輸入した脱脂粉乳などが原料として使用されることが多い。
 製造された商品は、国内の小売店やコンビニエンスストアで販売されるほか、カンボジア、ミャンマー、ラオスなどの周辺諸国を中心に輸出されている(図5)。
 
 

(4)乳価および小売価格

 政府は2008年に、酪農家の経営安定と生産維持を図るため、「2008年乳牛および乳製品法」に基づき、農業協同組合省長官を委員長として、他省庁および酪農関係団体で構成される酪農ボード委員会を設立した。同委員会では、酪農家の平均生産コストを算出した上で、乳価の基準価格を定めている。乳価には、酪農協や民間の集乳センターなどが酪農家に支払う生乳取引価格と、乳業工場が酪農協や集乳センターなどに支払う工場買取価格の2種類が存在している。なお、直近の生乳取引価格の基準価格は1キログラム当たり17.5バーツ(約62円)、工場買取価格の基準価格は同19.0バーツ(約68円)である。
 生乳取引価格および工場買取価格は、基準価格に生乳の品質によりプレミアム価格が加減される仕組みとなっている(表2)。なお、工場買取価格から輸送費、酪農協のサービス費などを除いた庭先価格が、最終的な酪農家の受け取り価格となる。庭先価格は近年一貫して上昇傾向にある一方で、大規模化の進展などにより生産コストは下降傾向にあるため、酪農家の利益は確保されていると思われる(図6)。そのことが、飼養頭数および生乳生産量の増加を促していると考えられている。
 


 

 他方、小売価格は、販売者が販売の15日以上前にタイ商務省国内商取引局に価格を申請し、それぞれの商品の製造コストなどをもとに審査を受け決定されている。

◆コラム タイ酪農業の発祥の地、サラブリ県

 タイの酪農業が本格化したのはタイ・デンマーク酪農トレーニング場(以下「TDDF」という)が設立された1962年以降である。TDDFは、貧農救済を主目的としたタイ・デンマーク両国政府の合弁事業として開始され、サラブリ県での土地の整備と家畜の購入、牛舎の建設、農家のトレーニング、二次サービスの提供、乳業加工施設の整備および高温短時間殺菌乳のマーケティングなどを業務とした。その後、TDDFは、1971年にタイ政府の管轄下となり、現在ではタイ酪農促進機構(以下「DPO」という)として存続している。
 現在でも、DPOはタイの生乳生産量の4分の1を占めるなどタイの酪農業にとって重要な位置付けにあり、酪農家からの人工授精の依頼をスマートフォンでも出来るようにデジタル化を進めるなど省力化していく方針を立てている。
 なお、DPOの事務所の敷地内にはタイ・デンマーク酪農場があり、毎日観光ツアーを開催している。観光ツアーの中では、前国王が提唱した「足るを知る経済」の実証活動、搾乳や子牛の哺乳などを体験できるようになっている。なお、観光ツアーの中で搾乳体験を行う場所は、1962年当時に設立された搾乳施設であり、当時の趣が残されている(コラム写真1、2)。
 

 

3 酪農家の事例

 今回の調査では、タイにおいて乳用牛の飼養頭数が一番多いサラブリ県で、大規模酪農家およびTMR(牧草などの粗飼料、トウモロコシなどの濃厚飼料、ビタミンなどの添加物などをバランス良く配合した飼料)を自ら製造・給与している酪農家を訪問した。

(1)ミルキングパーラーを導入している大規模酪農家(写真6〜11)

 経営者は、大学で経営学を学んだ後、6年前に牛5頭から酪農を開始した。両親も酪農家である。現在の飼養頭数は132頭、うち搾乳牛68頭であり、外国人労働者3名を含む5名で管理している。品種は、ホルスタイン、ブラウンスイス、ジャージーを掛け合わせている。1日2回の搾乳はミルキングパーラーで行っており、搾乳した生乳は、パイプを通じてバルククーラーに運搬され、4度まで冷却する。その後、酪農協のタンクローリーが1日1回集乳し集乳センターへ運搬される。
 乳用牛は6〜10歳を超えないように更新している。乳用牛は自家育成しており、雄が生まれた場合には、肥育業者に売却している。1頭1日当たり乳量は、12〜1月は20キログラムと多いが、4〜6月の暑い時期には16キログラムと少なくなる。
 飼料は、農場の他に飼料畑があるものの、十分な量を確保出来ないため、酪農協のフィードセンターからネピアグラス、コーンサイレージの他にTMRも購入している。濃厚飼料の給与量は搾乳時に乳量を見ながら1頭ごとに調整している。
 口蹄疫などの疾病予防のため、ワクチンプログラムに従い種々のワクチンを接種している。また、酪農協から融資を受けて設備投資を行うことで、品質の高い生乳を生産できる体制を整えている。
 

 

 

 

 

 

 また、酪農協から融資を受けて設備投資を行うことで、品質の高い生乳を生産できる体制を整えている。
 

(2)TMRを自ら製造・給与している酪農家(写真12〜15)

 祖父の代から酪農家を始めたものの、祖父や父親の重労働をしている姿を見て、労働力軽減の酪農を目指して父親の農場とは別に牛6頭から酪農を開始した。現在の飼養頭数は50頭、うち搾乳牛25頭であり、これらを2名で管理している。品種は、トロピカルホルスタインの他、ジャージーなども飼養している。1日2回バケットミルカーで搾乳しており、搾乳した生乳は50リットルの集乳缶で酪農協の集乳センターまで運搬している。
 乳用後継牛は外部から購入しており、4〜5産程度で更新している。1頭1日当たり乳量は、12〜2月は22キログラムと多いが、 4〜6月の暑い時期には16キログラムと少なくなる。そのため、乳量を確保できるよう10〜11月に出産するようなスケジュールで人工授精をしている。なお、農場で生まれた子牛は全て売却している。
 飼料は、大豆かすやキャッサバ、コーンなどを購入し、所有するミキサーでTMRを製造し、搾乳牛には1日30キログラムを給与している。TMRは、タンパク質含有量が17%になるように配合しており、時期に応 じて含有量を調整している。
 酪農協のフィードセンターでもTMRを購入することが出来るが、手数料が掛かるため自家配合を行っている。自家配合でのコストは安く、1キログラム当たり5.8バーツ(約 21円)で製造できるが、各種飼料原料を購入する必要があるため、事前に資金調達を行なわなければならないのが大変とのことである。
 

 

 

 

4 酪農業協同組合の事例

 小規模農家が主体となっているタイの酪農において、協同組合が果たす役割は大きい。協同組合は農業部門と非農業部門の二つに大別され、現在、酪農協は100組合が存在している。酪農協には、集乳を共同で行う場合と、集乳だけでなく牛乳製造と販売まで行う場合の2通りの組合がある。大規模酪農協には、生産者から集乳する他に、所有する工場において牛乳・乳製品を製造し販売しているものもある。タイ農業協同組合省農業協同組合振興局では、キャトルステーションの活用、資材や飼料の共同購入、GAP取得の推進、融資、後継者育成などの方針を掲げている。なお、前述のTMRを自ら製造・給与している酪農家の所属している酪農協は、タンパク質含有量が12〜16%と異なる五つのTMRを用意しており、含有量の違いで価格も異なっている。酪農家がTMRを利用することにより飼料コストを把握でき、乳用牛の管理に専念できる体制を酪農協は整えている。
 今回の調査では、サラブリ県およびラチャブリ県にある酪農協を訪問した。

(1)Muaklek酪農業協同組合 (写真16、17)

 酪農家に飼料を供給する目的で設立されたが、その後、集乳施設、乳業工場と施設を増やし、現在は牛乳・乳製品の製造・販売までを手掛けている。組合員数は550世帯となっており、1戸当たりの平均飼養頭数は20頭程度と小規模酪農家が中心となっている。管内の1日当たりの生乳生産量は100〜120 トンであり、うち30%を酪農協で処理・加工し、70%は民間乳業企業などに販売している。酪農協で加工する商品は、学校牛乳向けと一般消費者用向けとなっており、割合と しては学校牛乳向けが多いものの、今後は一般消費者用向けに力を入れていきたいとのことであった。管内の小規模酪農家の中には兼業農家も多く、酪農に関する知識の不足が課題となっているため、指導員が飼料改善や管理方法の指導などを行っている。今後も販売を続けていくためには乳成分率などの品質向上が必要と考えており、TMRの活用などを勧めている。
 

 
 

(2)Nongh Pho酪農業協同組合 (写真18〜20)

 畜産局が人工授精プロジェクトを開始したことをきっかけに、ラチャブリ県の酪農業が母体となって設立された。組合員数は4700世帯であるが、うち搾乳を行っている組合員は1800世帯である。後継者不足などで小規模酪農家が廃業したことにより組合員数は減少しているものの、廃業農家の乳用牛を大規模酪農家が買い取ることで一世帯当たりの規模は拡大傾向にある。1日当たりの集乳量は150トンであり、全てを自社の工場で処理 している。製造品目は、UHT牛乳、高温短時間殺菌乳、アイスクリーム、ヨーグルト、ミルクタブレットなど多岐にわたっている。UHT牛乳、高温短時間殺菌乳は直営店向けと、卸売による量販店、コンビニエンスストアがあり、ストロベリー、コーヒー、チョコ レートの味付けをしたものが主力商品となっている。
 最近は、フランチャイズによるカフェを展開して商品を販売していく方針を取っており、現在3、4店舗を展開している。カフェでは、アイスクリームや生乳を使用したスムージーも提供している。フランチャイズ契約には3年間で3万バーツ(10万8000円)のロイヤリティ(商標権への対価)が必要とな り、出店場所は管内に限らないが、既存店と競合しないように一定の距離を置いている。
 

 

 

5 乳業会社

 今回の現地調査では、日系の乳業会社を訪問した(表3、写真21〜23)。
 

 CP−Meiji社は、1989年に当時の明治乳業(現在の竃セ治)の海外進出の一環としてタイ国内の農業・食品産業などの巨大複合企業であるCPグループと合弁で設立した現地法人である。同社の乳業工場は、最も酪農が盛んな中部地方のサラブリ県に位置し、タイの各地から、1日当たり約500トンを集乳している。同社では、酪農家への支援組織と して乳業開発チーム(dairy develop team)を組織し、管理方法などについて助言を行っている。
 同社のチルド牛乳はUHT殺菌を採用し、タイで最大のシェアを持っており、コンビニエンスストア、スーパーマーケット、フードサービスなどを通じて販売されている。日本でもおなじみの飲むヨーグルトも製造しており、実際にコンビニエンスストアを訪問した際にもヨーグルト売り場では同社の製品が置かれていた。
 

 

 

 また、同工場からは6カ国に向けた輸出が行われており、隣国(ミャンマー、カンボジアなど)であれば陸路で1日で配送できるとのことである。
 工場では約1000名がシフト制で勤務している。一番人手が掛かる製造工程は、箱詰め作業であり、ヨーグルトなどは2個や4個詰めといった出荷先の国によって求められる販売形態が異なるため、手作業での詰め替え作業が行われていた。
 なお、同社では、酪農・乳業への理解醸成の一環として、工場の敷地内でミルクミュージアムという施設を運営しており、外部から学生などの見学者を受け入れている。

6 牛乳・乳製品の消費 

(1)飲用牛乳

 タイにおける飲用牛乳の消費は、国民の所得向上と学校牛乳プログラムの拡充を背景に大きく増加してきた。2018年の1人当たり牛乳消費量は18.6キログラムである(図7)。
 

 1992年に発足した学校牛乳プログラムは、農業協同組合省の予算により無償で児童に牛乳を提供する。同プログラムの目的は、①保健省が定める身長・体重の目標達成および児童の健康増進②児童および青年の正常な心身発達のための牛乳消費の習慣化③国産生乳の消費拡大─であり、当初は小学校就学前の児童を対象に120日分(1日200ミリリットル)の牛乳の提供が義務付けられた。同プログラムでは、生乳から製造した牛乳のみを学校牛乳の対象としているため、事実上、国産生乳のみが原料として用いられている。
 同プログラムの対象範囲は徐々に拡大しており、現在は、小学6年生までの児童約740万人が対象で、供給日数は年間260日となっている。また、全国を五つのゾーンに分け、各ゾーンの酪農協や民間企業ごとに製造を割 り当てている。学校牛乳は、高温短時間殺菌乳とロングライフ牛乳(UHT牛乳)の2種類があり、高温短時間殺菌乳の場合は、8度以下で10日間、ロングライフ牛乳の場合は、常温で5カ月間が賞味期限である。なお、学校牛乳向けに製造される牛乳のパッケージについては、統一されたデザインとなっている(写真24)。
 

 同プログラムにより、学校牛乳に使用される生乳の量は、国内生産量の約4割を占めている。
 一般消費者向けでは、近年のコンビニエンスストアに代表されるコールドチェーンの進展により、高温短時間殺菌乳の消費が増加傾向にあるものの、全国的には発達していないため、長期保存が可能なロングライフ牛乳(UHT牛乳)も一定程度のシェアを占めている。また、一般消費者向け牛乳の場合、原料は国産生乳に限らず、価格競争力のある輸入粉乳が用いられている還元乳も存在している。
 一方、市場には多様な製品が出回っており、高温短時間殺菌乳、UHT牛乳ともに、いちご、チョコレートなどのフレーバータイプが多く販売されており、近年は乳糖不耐症の消費者向けにラクトースフリーの牛乳も定着しているとのことである(写真25、26)。
 

 

 パッケージは、プラスチック容器で販売されているのが主流となっているものの、200ミリリットルサイズになると紙パックでの販売も多い。
 また、コーヒーショップなどの増加により2リットルや5リットル詰めの業務用の販売量が増加しているとのことである。
 

(2)はっ酵乳

 消費者の健康志向からヨーグルトや乳酸菌飲料を含むはっ酵乳の生産量は拡大しており、生産量は近年50万トン程度で安定的に推移している(図8)。
 

 最近では、さらなる健康志向の高まりから、無脂肪や低脂肪などの商品も流通しており、コンビニエンスストアでも無脂肪のヨーグルトが新商品として販売されていた(写真27)。
 

 

(3)アイスクリーム

 タイは一年を通して高温なため、アイスクリーム市場は安定して推移している。タイ工業省によれば、生産量は2014年には16万トン近くまで増加し、その後は14万トン前後で推移しており、2018年には14万5000 トンと、10年前の約1.5倍になっている(図 9)。他の乳製品と同様に量販店および小規模小売店で販売されており、日本のメーカーの商品もみられる(写真28、29)。
 

 

 

7 牛乳・乳製品の輸入

 タイ国内における生乳生産量は増加傾向にあるものの、国内需要を満たす量とはなっていないことから、不足分は輸入で補っている。前述の乳価の基準価格は国際価格より高く設定されているため、乳業メーカーや食品メーカーなどの加工業者は安価な輸入粉乳も原料としている。
 最も多く輸入されている品目は、脱脂粉乳であり、次いで多いのはホエイ、全粉乳の順となっている(図10)。なお、チーズについては、国内消費がいまだ小さいため、上位3品目と比較すると輸入量は少ないが、近年、外食などに用いられる業務用のプロセスチーズや粉チーズなどの輸入は増加傾向にある。
 

 脱脂粉乳や全粉乳の主な輸入先はFTAを締結している豪州、NZである。政府は、国内酪農家の保護のため、脱脂粉乳の輸入に関税割当を設けており、2019年の割当枠はWTO協定に基づく最恵国待遇枠5万5000トンとタイ豪FTAに基づく特恵枠3312.74トンの、計5万8312.74トンである。
 この割当枠の配分は政府が行い、年度当初に乳業メーカーに8割、乳業メーカー以外に2割が配分されるが、割当を受けるためには、いずれも酪農ボード委員会の認可が必要である。生乳使用メーカーへの割当量は、同委員会で決定され、輸入する粉乳の量の1に対し て、国内生乳の購入量を20の割合で求められる。生乳の使用量に比べて輸入粉乳の取り扱いが少ないメーカーが使い残した枠は、一度配分された後、残枠があれば半年後に再配分される。
 脱脂粉乳の枠内税率は5%であり、枠外税率は216%である。なお、豪州、NZについては2025年には関税が撤廃されることとなっている。
 また、生乳についても関税割当が設定されているが、2025年には無税となり自由化されることとなっている。
 一方、バター(関税率30%)、ホエイ(同5%)、全粉乳(同18%)には、関税割当は設定されていない。
 なお、FTAを締結している豪州、NZとの間の関税や割当枠についても、2025年までには撤廃される予定となっている。
 

8 酪農・乳業の振興政策

 タイ政府は、国内酪農業の育成と競争力強化のため、各種の振興政策を講じている。
 まずは、前述の通り生乳の取引価格の統制を行うことにより、酪農家が再生産可能な所得を得られるようにしている。また、国産生乳に対する需要の維持、拡大のため、国産生乳の取引量に応じた脱脂粉乳の関税割当枠をメーカーに配分するなどしている。
 また、畜産局は、タイの酪農業が抱える課題を解決するために、「乳製品および乳製品開発戦略2017−2026」を掲げており、その内容は表4の通りである。
 

 各戦略については、地域の特色に鑑み、北部、東北部、中央部、東部、南部の5地域別に分かれており、酪農協がフィードセンターを設立し、TMRの開発を推進し酪農家に対して栄養価の高い均一な飼料を供給することにより、生乳の品質向上を図ること、キャトルセンターを整備して後継牛を育成すると同時に酪農家の作業軽減を図ることなど、酪農家の合理化を支援するためのさまざまな取り組みを行っている。
 さらに、豪州、NZのFTAにより、2025年には乳製品の輸入が自由化されるため、国際競争力強化に向けて農産物の生産効率や品質向上などを目的として設立されたFTA基金から5590万バーツ(約2億円)の予算を措置し、DPOが農場経営のモデルとなる最新技術を導入したスマート酪農場を建設するプロジェクトを実施することとしている。スマート酪農場は、農場の管理・開発のモデル実証、酪農家の教育訓練施設とする他、酪農家以外の人の訪問も可能にし、酪農への理解譲成を通じて消費を拡大することとしている。

9 おわりに

 今回の調査で聞き取りを行った関係者からは、豪州、NZとのFTAによる乳製品の輸入自由化によりタイの酪農業を取り巻く環境が厳しさを増していくため、今後一層の後継者確保、TMRなどを活用した生産コストの削減、乳量・乳質の向上、消費拡大などの多岐にわたる対応が差し迫った課題として挙げられた。タイ政府においては、関税徹廃となる2025年まで生乳の価格統制を引き続き実施しつつ、酪農業の競争力強化のための10カ年戦略を掲げ、目標達成に向けたさまざまな取り組みを行うものと見込まれている。
 タイでは、乳価の基準価格が高く設定されていることなどから、原料乳製品の国際競争力は弱い。このため、国内の酪農・乳業は飲用乳市場への依存度が高く、学校牛乳プログラムの整備などを図ることにより、酪農の発展を支えてきた。また、今回の調査によって、タイは、生産量の増加に伴う需要量の増加を図るために、ASEAN諸国を主な対象とした乳製品輸出の拡大の必要性を重視していることが把握できた。現在は国産生乳を使用するよりもコストが低くなる輸入原料を使用して製造した乳製品が主として輸出されており、また、脱脂粉乳については、今後のFTAに よる自由化でより多くの輸入の増加が見込まれるため、国内生乳の競争力が求められている。
 タイにおける牛乳・乳製品需要の伸びが見られる中で、このような酪農業の競争力強化に向けた動向を今後とも注視していく必要があるものと考えられる。
このページに掲載されている情報の発信元
農畜産業振興機構 調査情報部 (担当:企画情報グループ)
Tel:03-3583-4398  Fax:03-3584-1246