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特集:海外の持続可能な畜産における取り組み〜環境への配慮、規制の取り組みや課題〜 畜産の情報 2020年2月号

韓国の畜産業界における環境問題への取り組み

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調査情報部 小林 智也、露木 麻衣

【要約】

 韓国は、畜産環境をめぐって家畜排せつ物の処理や悪臭防止など日本と似た課題を抱えている。また、韓国でも日本と同様にさまざまな法律により畜産環境に関する規制を行っている。
 今回の調査で、家畜排せつ物の処理は、日本と異なり、共同資源化施設や液肥流通センターなどの中間処理施設で行っていることが分かった。また、悪臭に関しては、日本と同様に都市化の進展により畜産環境の中でも特に大きな問題となっており、厳しく対応が求められている。
 今後も畜産環境をめぐって厳しい状況が続く一方で、堆肥の利用やエネルギー化の促進、周辺環境を意識した畜産環境への取り組みなど、日本の取り組みを追いかけるように同じ方向を向いていると考えられる。

1 はじめに

 韓国の畜産業界では、2013年に防疫体制の強化および畜産業の衛生水準の向上などを目指し、畜産法の改正により畜産業の許可制度が導入され、畜産農家は基準に適合した畜舎において、家畜を飼養することが必要となった。しかし、畜産農家が基準に適合しない違法な畜舎を保有していたり、許可を得ずに畜産経営を行ったりしている事例がみられたため、取り締まりが強化された。その後、畜産法の一部が2018年に改正され、畜産業の許可要件の強化や畜産環境に関する条項が新設され、2020年1月1日から施行された。
 韓国では、日本と同様に国土が狭く牛や豚の1頭当たりの農用地が少ないことや農村部の都市化により畜舎の近くに住居が建設されるなど、畜産環境をめぐる課題は似ている部分も多い。そこで、近年の大きな課題となっている家畜排せつ物、臭気および水質汚濁に焦点を当て、環境規制の現状、新たに施行された畜産法の一部改正の内容、行政や業界団体の取り組みなどを把握し、日本の畜産環境への取り組み内容と比較することを目的として、2019年8月に行った現地調査を踏まえて報告する。なお、本稿中の為替レートは、1ウォン=0.1円(2019年12月末日TTS相場0.097円)を使用した。

2 家畜の飼養頭数および畜産物の生産動向

 韓国の畜産農家戸数は、高齢化による離農、後継者不足などにより減少傾向で推移しているものの、農家の大規模化の進展もあり、1戸当たり飼養頭数は増加傾向で推移している。畜種別にみると乳用牛の飼養頭数は減少傾向にあるものの、肉用牛、豚の飼養頭数は増加傾向で推移している(表1)。
 
 
 なお、韓国も日本と同様に、自国の生産のみでは、国内の需要を満たすことが出来ないため、輸入により需要を賄っている(表2)。自給率を畜種別にみると牛肉が41.0%と低くなっている一方で、豚肉が68.5%、鶏肉が85.4%と高くなっている。一人当たり消費量は、食肉はどの肉の消費も日本より多いものの、日本とは異なり、韓国では豚肉が一番多く、牛肉や鶏肉の約2倍となっているのが特徴である。韓国では、サムギョプサルに代表される主にバラを中心とした部位の豚肉消費が大きいことが影響していると思われる(写真1、2)。
 



 
 地域別では、肉用牛は慶尚北道や全羅南道などで多く飼養されている一方で、豚、鶏、乳用牛は京畿道や忠清南道など、大消費地であるソウルに近い地域で多く飼養されている(図1)。
 

3 畜産環境に関する主な法律

 韓国において、家畜排せつ物による悪臭および環境汚染などの畜産環境に関する法律が整備されてきたのは、所得水準が向上し、都市化が進むにつれ、社会的な関心が高まった近年のことである。政府は家畜排せつ物由来の環境汚染を防止するために、必要な法律の制定および改定、家畜排せつ物処理のための政策や事業の推進など、各種対策を推し進めてきた。
 現在、韓国における畜産環境は、日本と同様にさまざまな法律により管理されている(表3)。
 
 

(1)畜産法

 1963年に制定された畜産法は、家畜の改良および増殖、畜産業の構造改善、需給調整および価格の安定などを通じ、畜産業を発展させ、畜産物の安定的供給に資することを目的としている。また、同法に基づき、韓国で畜産業を行う場合には、行政の許可が必要となっている点である。なお、同法は、2018年12月31日に改正、2020年1月1日に施行されたが、目的の一つに畜産環境改善が加わり、畜産環境を「畜産業による人と家畜に影響を与える環境や状態」として定義し、畜産環境改善基本計画の策定や畜産環境改善専門機関の指定など畜産環境に関する項目が追加された(表4)。
 
 
 上述の通り、韓国では畜産業を行うのに同法に基づく許可が必要である。畜産業許可制は2013年に導入された制度であり、同法施行令の中で立地の制限や家畜の飼養規模が適正飼育の基準に適合しているかなどの要件が定められている。2018年の改正では、畜産業の許可を受けようとする際に家畜排せつ物の処理施設の設置なども要件に追加されている。
 なお、畜産業許可制が導入される前から畜産業を経営していた農家では、要件を満たすための適法化(未許可畜舎適法化)に向けて2019年9月27日までの猶予期間が設けられ、同年8月15日時点では、適法化完了が39.5%、進行中が49.4%となっていた(表5)。9月27日までに適法化を完了しない農家に対しては、自治体の判断で追加の猶予期間を付与できることとしているが、畜産業を行えない地域にいる農家や適法化を完了していない農家の中には廃業を予定している農家もいる。特にソウル市の上水源近辺には立地制限区域の酪農家が多く、廃業による生乳生産量減少を懸念する声も聞かれた。
 
 

(2)家畜排せつ物の管理および利用に関する法律

 家畜排せつ物の管理および利用に関する法律(以下「家畜排せつ物法」という)は、家畜排せつ物の管理および処理、排出施設・処理施設の管理および堆肥・液肥化の基準、家畜排せつ物の利用促進、家畜排せつ物の公共処理、家畜排せつ物関連の営業などの事項を規定している。
 同法に基づいて、農林畜産食品部※1(以下「農食品部」という)、環境部※2、農村振興庁※3によるさまざまな告示と自治体別の条例が制定、施行されている。
 同法の中で畜舎などの家畜排せつ物排出施設(以下「排出施設」という)の設置に関して、一定規模以上の施設を設置する場合には許可もしくは申告が必要となっている(表6)。また、排出施設を設置した場合には、家畜排せつ物処理施設の設置も義務付けられており、施設の種類によっては、草地や農地の確保が必要となっている。
 
 
※1:日本の農林水産省に相当
※2:日本の環境省に相当
※3:農食品部の傘下の機関

(3)悪臭防止に関する法律

 畜産業から発生する「複合悪臭(注)(日本では複合臭)および指定悪臭物質(日本では特定悪臭物質)」については、日本と同様に悪臭防止法により規制されている。畜産事業所で主に発生する複合悪臭および指定悪臭物質の基準値は表7の通りである。韓国、日本ともに複合悪臭および指定悪臭物質の基準値は、法律に基づく規制基準の範囲であり、実際の基準値はこの範囲内で地方自治体(日本では知事など)が設定するが、韓国の基準値は日本の悪臭防止法の範囲の下限値となっており、日本よりも厳しい。なお、複合悪臭の基準値については、測定方法が異なるため、単純に比較はできない。
 
 
 また、日本では、複合臭試料の採取については、法律に基づく省令に基づき環境大臣が告示で定めているが、韓国においても、複合悪臭試料の採取方法については同法施行規則により定められている。
(注)複合悪臭とは、複数の悪臭物質からなる臭いのこと。

(4)水質汚濁に関する法律

 日本の場合は、水質汚濁防止法により畜産業における排水基準値が設けられているが、韓国では、家畜排せつ物法により排水基準値が設けられており、工業など他産業由来の排水とは別の法律で管理している。
 同法により設けられている排水基準値は表8の通りである。
 

コラム1 鶏卵に産卵日(採卵日)の記載を義務化

 韓国食品医薬品安全処(MFDS:Ministry of Food and Drug Safety)は、畜産物衛生管理法の改正により、既に鶏卵に記載が義務付けられていた生産者固有番号および飼育環境の他、2019年2月23日から産卵日(採卵日)の記載を義務付けた(注)
 韓国養鶏協会で行った以前の調査では、産卵日(採卵日)の記載について養鶏農家などは反対しているとのことであったため、同協会に詳しく聞いたところ、政府と交渉を続けた結果、2月23日〜8月23日までは準備期間とされ、調査時点では30〜40%の鶏卵に産卵日(採卵日)が記載されているとのことであった(コラム1−写真1)。いずれにしても、8月23日以降は、全ての生産者の対応が必要とされている。
 なお、鶏卵売場の店頭では鶏卵への記載について義務化の流れを説明した用紙が貼られていたり、地下鉄の構内に4桁の産卵日(採卵日)、5桁の生産者固有番号、1桁の飼育環境から成る10桁の表示に関する説明のポスターが貼られたりしており、消費者への周知が行われていた(コラム1−表、コラム1−写真2、3)。
※:日本の厚生労働省に相当
(注) 産卵日(採卵日)の記載の義務化については、海外情報「韓国食品医薬品安全処、鶏卵に生産者等の刻印を義務化」(
https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002346.html)を参照されたい。

  

  


 その後の現地報道によると、準備期間が終了してから100日が過ぎ、ほとんどの量販店で産卵日(採卵日)の記載が順守されているとのことである。こうしたことから、周知のため貼られていたポスターなども撤去され、流通業界では、事実上、消費者は産卵日(採卵日)の記載の義務を認知したと判断したとしている。
 しかし、農家の一部では、鶏卵の不需要期に流通停滞が起きることを心配する声も聞かれる。現在は、制度が施行されたばかりなので、農家が自発的に需給調整をしているが、不需要期での対応は簡単ではないとの指摘もある。今後、飼養羽数の増加や暖かくなり生産性が向上すると、在庫が積み上がる可能性があり、その場合には流通業者が産卵日付順に鶏卵を選択していく「鶏卵序列化」につながる危険性もある。
 そのため、韓国養鶏協会は、不需要期や休日明けに廃棄が生じた際に補償するよう政府に継続的に要求している。

4 畜産業界を取り巻く畜産環境の現状と問題点

 今回の調査では韓国の畜産業界を取り巻くさまざまな環境問題について関係者から生の声を聞くことができた。しかし、中でも多かったのは、家畜排せつ物処理と臭気の問題であることから、この2点について述べる。

(1)家畜排せつ物処理

ア 家畜排せつ物の発生および処理状況
 家畜排せつ物の処理量は、家畜の飼養頭数の増加に伴い2007年以降増加し、2011年に口蹄疫の発生に伴う家畜飼養頭数の減少により減少したものの、その後回復してから横ばいで推移しており、2017年は2007年比で16.7%増加した(図2)。処理方法別では、資源化の割合が最も高くなっているが、減少傾向で推移している一方で、政府の支援で設置された処理施設の増加に伴い委託処理の割合が増加している。また、2011年までは、家畜排せつ物の一定量は海洋排出で処理されていたものの、国際協約により海洋排出が禁止されたことから、2012年以降はゼロとなっている。なお、家畜排せつ物の処理の流れは図3の通りである
 



 
 畜種別に家畜排せつ物の発生量を見ると、日本では、肉用牛、乳用牛、豚の順でそれぞれ3割弱となっているが、韓国では豚の発生量が約半数を占めている(図4)。次いで、肉用牛、乳用牛、鶏である。これは、両国で飼養する家畜の種類別割合の違いによるものと考えられる。
 

 
 なお、地域別では、ソウル首都圏を控える京畿道の発生量が一番多い。

イ 家畜排せつ物の処理施設
 韓国の家畜排せつ物処理の特徴として共同資源化施設および液肥流通センターが挙げられる。
 日本では、各農家が家畜排せつ物を管理して、堆肥化などの処理を行うことが多い。一方、韓国では家畜排せつ物を資源化し、安定的に処理するため、国や地域主導で地域別に発生する家畜排せつ物を収集し、堆肥・液肥に資源化する中間処理団体に当たる共同資源化施設の設立などの事業を2007年から推進している。2018年時点で、106カ所の共同資源化施設がある(図5)。
 

 
 また、堆肥・液肥化施設や農家などが製造した液肥を農耕地に散布する施設として、液肥流通センターが2003年から政府支援により設立され、2018年時点で202カ所が運営されている。
 なお、同センターが耕種農家の農地に液肥散布を行う場合はその経費に補助金が出るため、耕種農家に金銭的な負担は無い。しかし、液肥は一年中生産されるものの、耕種農家には農閑期があるため、液肥貯蔵容量の超過問題が常に発生している状況である。
 この他にも、畜産排水の浄化処理を行う公共処理施設やバイオガス施設がある。バイオガス施設は4カ所設置されているものの、残渣の処理が大変なためあまり広まっていないとのことであった。

ウ 堆肥の腐熟(注)度の基準
 韓国において、家畜排せつ物由来の堆肥は、肥料公正規格に適合していなければならない。同規格の畜種共通項目としては、腐熟度と含水率がある。畜種別では、豚では銅、亜鉛で肉用牛・乳用牛では塩分が基準で定められている。なお、堆肥の腐熟度判定基準は、表9のとおりである。
(注) 堆肥の腐熟とは、原料資材中の易分解性の有機物が好気性微生物によって発酵、分解される過程のこと。この過程で発熱して堆積物の温度は70〜80℃まで上昇するが、微生物が利用できる易分解性有機物が消費尽くされ、もはや発熱しなくなれば堆肥は完全に腐熟したものと判断してよい。(資料:(財)畜産環境整備機構「畜産環境情報 第10号(2000年10月)」https://www.leio.or.jp/pub_train/publication/tkj/tkj10.html
 

 家畜排せつ物法では、2020年3月25日から排出施設の規模によって異なる堆肥の腐熟度判定基準を適用することとなっている。排出施設の面積が1500u以上の場合は腐熟後期または腐熟完了まで、1500u未満の場合は腐熟中期まで腐熟させなければならない。
 なお、腐熟度の測定は、管理監督責任のある地方自治体が抜き打ちで検査を行い、違反者に対して、罰則規定に基づき罰金などの可能性もある。
今回、堆肥の腐熟度判定基準が適用されることに伴い、資源化施設が不足している農家は判定基準への適応が難しいと予想され、施設の増強や共同資源化施設などに委託して処理しなければならない。そのため、生産コストの上昇を懸念する声も聞かれた。

(2)臭気

 日本においては、畜産経営由来の苦情発生件数は減少傾向となっている。しかし、韓国の全産業における悪臭排出施設の苦情発生件数の推移をみると、ここ10年間で約4倍にも増加している(図6)。また、2017年の悪臭排出施設別の苦情件数では、畜産施設が40%を占めており、日本とは反対に畜産経営由来の苦情発生件数は増加しているものとみられ、畜産業における臭気の問題は大きくなっている(図7)。
 



 
 韓国では、IターンやUターンなどによる都市化の進展により、畜舎が人々の目に触れるようになったことも苦情発生件数増加の要因の一つと考えられている。今回の取材では、畜舎が人の目に触れると、実際の臭気はさほどでなくとも臭いの苦情が出るという意見があった。

コラム2 養豚業における環境紛争調停委員会への対応

 畜種別の統計はないものの、韓国の悪臭の原因として挙げられるのは養豚業が最も多いと言われている。そうした中、韓国養豚協会では、行政、農協関係者、大学教授から構成される環境対策委員会で2019年の重点推進事項の議論を行っている。
 同協会は、2019年の重点推進事項として、畜産環境関連の政府施策の対応、家畜排せつ物処理の有効化、畜産臭気低減支援、未許可畜舎の適法化などを挙げており、その一環として、全羅北道の住民が養豚場などを相手に政府機関の環境紛争調停制度(注)による委員会に調停を申し立てた件の対応にも追われていた。
 2017年に住民から調停を申し立てられた後に、環境紛争調停委員会は、調査を行い、悪臭防止法上の排出許容基準は超えていないとしたが、環境被害の因果関係が認められ、法的拘束力はないものの賠償金の支払勧告が行われた。
 同協会としては、環境紛争調停委員会の被害算出基準に問題があるとしている(コラム2−表)。
 
 
 なお、悪臭防止法に違反しないように臭気を管理しても、現行の環境紛争調停委員会の被害算出基準では、因果関係が認められてしまう可能性がある。そのため、大多数の畜産農家が調停を申し立てられた場合、多くの賠償金を地域住民に支払わなくてはいけなくなることも考えられると同協会は懸念していた。
注:環境紛争調停制度は、国民が生活の中で直面する大小の環境紛争を複雑な訴訟手続きを通さずに専門性を持った行政機関で迅速に解決できるようにするために用意された制度。
 

5 行政などの取り組み

(1)地方行政の取り組み

 京畿道は、韓国北部に位置し、韓国の畜産業生産額20兆2000億ウォン(2兆200億円)のうち、約18%を占めるなど畜産業が盛んな地域である。2018年12月末時点で、全国の家畜飼養頭数のうち19%を京畿道が占めると同時に、韓国の人口の25%を占め、一番人口が多い自治体でもある。
 京畿道では、人口増加に伴い悪臭に関する苦情が増加する中、国の事業とは異なる道独自の畜産環境改善に関する事業を行っている(図8、表10)。
 



 
 このうち、家畜幸福農場支援事業は、京畿道の条例で定められた事業で、後述する国が行っている「きれいな畜産農家」と異なり、施設整備に補助金が出るため、畜産農家に多くの人気を得ている。
 こうした事業については、韓国の予算が決定される12月以降に計画が策定され、翌年1月以降の新年度に予算が執行される。なお、畜産法の改正により各道も畜産環境の改善のための5カ年基本計画を策定することとなっているが、今回の調査時点では農食品部長官が5カ年基本計画を策定していないため、道としてもどのようなものになるか未定であるとのことであった。
 また、畜産農家への技術指導は、市や郡の職員が行い、道が内容を把握することになっているが、畜産環境に関する現場への点検は、主に道の環境部局の職員によって行われているとのことである。
 家畜排せつ物の処理を農家が個別に行う場合には、前述の通り施設の設置や液肥を散布する農地を確保しなくてはならないが、京畿道は畜産地帯であるものの、都市化が進み農地が減少傾向であることが問題であるとのことであった。

(2)政府研究機関などの取り組み

ア 畜産環境管理院
 畜産環境管理院は、家畜排せつ物法に基づき2015年に設立された家畜排せつ物の適切な管理および処理、悪臭の発生防止、水質汚濁の防止や農家が家畜排せつ物の管理が出来るように教育やコンサルタントを行う農食品部傘下の団体である。
 同院では、「きれいな畜産農家」の認定事業を行っている(図9)。これは、韓国の100大国政課題(注)の一つとして、「きれいな畜産農家」を2022年までに5000戸認定するという目標を掲げて行っている事業であり、2018年には1815戸の畜産農家が認定された。
 
 
 「きれいな畜産農家」の判断基準は、①外観(畜舎を周りから見えなくする努力)、②悪臭対策、③飼育状況(飼養密度、飼養頭数)−となっている。この事業は、全国の市や郡などの地方自治体で取り組んでおり、同院が地方自治体推薦の農家を調査した後、評価に合格した農家を農食品部長官が指定するものである。また、指定された農家は同院がフォローアップを行っている。
 取り組みの評価は100点満点で行われ、70点以上の得点であれば指定される。なお、採点は不備がある農家を認めないという観点ではなく、多くの農家に畜産環境に対する意識を向上させるための基準という観点から加点方式となっている。
 「きれいな畜産農家」の認定による具体的なインセンティブはないものの、国としては、畜産農家自らが認識の転換により持続可能な畜産業に取り組んでいくことを目指している。
注:韓国では、大統領の任期5年間の国政運営の方針を定めた「国政運営5カ年計画」であらゆる分野の政策目標を作成している。また、具体的な政策目標として5大政策目標を掲げて、さらに100の国政課題に細分化したうえで、その実現に向けて取り組んでいくとし、「100大国政課題」を掲げている。
 また、密集地での悪臭対策の一つとして、畜舎にアンモニアセンサーを取り付けてリアルタイムで同院の職員が監視を行っており、悪臭の基準値を超えた場合には、農家への電話や現場に向かうなどの対応を行っている。2017年から対策を開始し、現在では76農家が参加中であり、農家もスマートフォンなどで臭気を管理している。

イ 韓国農村経済研究院
 韓国農村経済研究院(以下「KREI」という)は、韓国の政府系研究機関であり、農村の諸問題や農業政策に関する社会科学的研究を行っており、農食品部や農業関係各方面に対して専門的立場からの助言を行っている。
 今回の調査でも、2018年12月にKREIが発行したレポートを中心に畜産環境に関する話を聞くことができた。レポートの中では、韓国の土壌中の窒素とリンの養分過剰状態について触れている。養分過剰は土壌環境、水質環境、大気環境などの汚染を誘発する可能性が高いため、環境部が家畜排せつ物や堆肥・液肥などにより供給される養分を管理するための「地域単位の養分総量制」の導入を目指しており、KREIでは、レポートの中で今後の家畜排せつ物の処理および利用などの管理のための方向性を提案している。その中では、①資源化以外にもバイオガスのエネルギー化、固体燃料化などを推進するための施設の拡充②養分総量制を専門とする部署を各機関に設置すること③堆肥、液肥の需要地の拡大に向けた法律の改定など−を挙げている。
 また、中長期的な観点から、北朝鮮の農耕地は養分が不足していると推定されていることから、韓国の剰余分の養分を北朝鮮に移すことも視野に入れ、韓国の農耕地の養分過剰を解決する方法として北朝鮮の農畜産業との連携を挙げている。
 このように、社会科学的研究による政策提言を通じて、畜産環境の改善に向けた取り組みを行っている。

6 おわりに

 今回の調査の結果、事前に予測した通り、韓国は狭い国土で家畜を飼養していることや都市化の進展など、日本と畜産環境をめぐる課題はよく似ていた。
 両国間で畜産環境に関する対策が大きく異なっている点としては、畜産法による畜産業の許可制が挙げられる。この許可要件を満たす畜産農家が100%近くになれば、畜産環境をめぐる状況の改善に大きく貢献するものと考えられるが、現時点での適法化率は低く、さらに自治体の裁量に任された移行期間が設けられるなど、徹底されているとは言い難い。
 また、日本では個々の農家が行うことが一般的な堆肥化や汚水処理については、韓国では堆肥・液肥の共同資源化施設や、液肥センターなどで行われることも大きな違いであるが、その大部分が補助金によって運営されていることから、その持続可能性には不安が残る。
 しかし、今後は補助金ありきの資源化から脱却を目指すべきとの声も聞かれるほか、堆肥・液肥の資源化以外にもエネルギー利用の推進、地域単位の養分総量制を導入していくことで養分超過などの課題に取り組む動き、周辺住民への配慮などを行う「きれいな畜産農家」の認定など、日本の「家畜排せつ物の利用の促進を図るための基本方針」により推進される堆肥の利用、エネルギー利用の促進、堆肥の広域流通の促進、周辺住民などとの良好なコミュニケーションなどの日本の取り組みを追いかけるように同じ方向を向いていると考えられる。