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特集:人材育成に向けた取り組み 畜産の情報 2020年3月号

家族経営をベースとした新規参入支援制度の枠組みと展開〜北海道北部・中川町の酪農新規参入を事例として〜

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北海道大学大学院 農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 講師 清水池 義治

【要約】

 本稿の目的は、北海道中川町を事例として、家族経営をベースとした新規参入支援制度を分析し、地域の特性を活かした新規参入支援の在り方を考察することである。
 中川町の新規参入支援制度が一定の成果を生み出した理由は、新規参入者に対する手厚い金銭的支援に加えて、新規参入者の意思を尊重し、酪農家戸数が少ないが故の計画的かつ確実な新規参入者への経営継承方式が確立されつつある点にある。その結果、放牧酪農家のネットワークを通じて町外から新規参入者を継続的に誘致することができている。ただ、現状の制度運用は属人的な性格が強く、恒常的な取り組みとするには制度化が求められる。

1 はじめに

 農業経営者や雇用労働力といった担い手の不足とそれによる農業生産力の低下は、現代の日本農業が直面する最も重大な課題の一つであり、酪農も例外ではない。酪農家戸数減少の一方で経営規模は拡大し ているものの、酪農経営者の高齢化はますます進行し、経営者家族を中心とした後継者の確保状況も依然として芳しくはない。そういった中で、非農家世帯出身者による新規就農である新規参入への期待が高まっているが、酪農の場合、畜舎や機械設備、農地、乳牛の取得に要する初期投資が非常に高額であり、新規参入に対する高い障壁となっている。
 こういった担い手問題に対して、さまざまな方法で対応が試みられてきた(東山2012、柳村・山内・東山2012など参照)。例えば、メガファームの設立である。後継者確保済の酪農家と後継者不在の酪農家とが共同出資で大規模生産法人を設立し、酪農経営を継続する方法である。また、農協などが研修牧場を設置することで新規参入前後に生じうるリスクを軽減し、新規参入を促進する取り組みが、北海道釧路地域の浜中町を起点に各地でみられるようになった。ただし、家族経営主体で、かつ酪農専業地帯でない地域の場合、一般的には上述の対応が難しいものの、地域の各機関が連携して酪農経営の円滑な継承を試みている事例も存在する。
 本稿の目的は、北海道北部の上川総合振興局の中川町を事例として、家族経営をベースとした新規参入支援制度の枠組みとその展開を分析し、地域の特性を生かした新規参入支援の在り方を考察することである。中川町は、新規参入を促進する条例を全国的にみても早い1989年に制定し、以後、約30年間にわたって取り組みを進めてきた。調査対象は、中川町産業振興課、株式会社中川町農業振興公社、北はるか農協協同組合中川支所、支援制度を利用した新規参入者・予定者である。
 以上の課題を明らかにするため、まず、酪農における新規就農の状況を明らかにし、次に中川町の酪農構造の特徴と新規就農の状況を分析する。そのうえで、新規参入支援制度の枠組みと現在までの展開を述べ、実際に同制度の下で酪農経営を開始した新規参入者の就農プロセスと評価を紹介し、中川町における新規参入支援制度の特徴と課題を考察する。

2 新規就農の形態と酪農における状況

(1)新規就農の形態と新規参入

 図1は、農林水産省「新規就農者調査」などに基づいて、新規就農の形態を整理したものである。新規就農には以下の三つの形態がある。
 
 
 第1に、新規自営農業就農者である。家族経営体の世帯員で、かつ自営農業に従事するようになった者である。第2に、新規雇用就農者である。法人経営などに常雇い(年間7カ月以上)され、農業に従事するようになった者である(外国人技能実習生は含まない)。第3に、本稿でクローズアップする新規参入者である。土地や資金を独自に調達し、新たに農業経営を開始した経営者および共同経営者を指す。ただし、新規参入者には、親の農地を譲り受けた場合は含まれない。
 また、新規参入者は、農地や機械、施設といった有形資産のみを前経営者から継承した「創業型」、有形資産に加えて、飼養管理や経営ノウハウといった無形資産をも継承する「第三者継承型」の2タイプに区分できる(柳村・山内・東山2012参照)。
 図2に、新規就農者数の推移を示した。新規就農者数は5万人台から6万人台を推移している。このうち、新規参入者は2011年までは2000人台だったが、2012年に一挙に増え、以降は3000人台である。これは、2012年に政府が導入した青年就農給付金(現在は農業次世代人材投資)の影響が大きい。とはいえ、新規就農者に占める新規参入者の比率は現在でも6%程度と高くはない。
 
 
 新規自営農業就農者は依然として全体の約7割を占めるが、後の2形態の増加もあり、比率は低下傾向である。
 49歳以下の青年層の比率(2018年)は、新規参入者と新規雇用就農者で約7割と高いが、新規自営農業就農者では2割強であり、差がある。

(2)酪農の担い手問題と新規就農

 表1から酪農の担い手確保の状況を確認する。
 
 
 2007年と2017年を比較すると、経営主50歳未満の比率は、北海道で41.5%から37.8%、都府県で23.2%から19.5%とともに低下し、高齢化が進んでいる。経営主50歳以上で後継者ありの比率は、北海道で25.7%から18.3%と低下、都府県で20.7%から26.9%と逆に上昇し、異なる傾向となった。その結果、担い手確保率(=経営主50歳未満+経営主50歳以上で後継者あり)は、北海道では67.2%から56.1%、都府県では43.9%から46.4%であり、両地域とも大きく上昇してはいない(注1)
 また、表に示していないが、北海道、都府県ともに、飼養頭数規模が大きいほど、経営主50歳未満の比率が高く、経営主50歳以上の後継者ありの比率が高い傾向がみられる(中央酪農会議「全国酪農基礎調査」、2017年)。
 2018年の新規参入者数は全国で3240人、うち野菜作(露地+施設)1730人、果樹作510人、稲作420人に対して、酪農はわずか40人、全体の1.2%にすぎない(農林水産省「新規就農者調査」)。ただし、酪農の場合、40人全てが50歳未満である。
(注1) 北海道は2017年に無回答比率が上昇、また回答した酪農家戸数も減っていて(≒回答率の低下)、本来の値より低くなっている可能性もある。

3 中川町における酪農構造と新規就農

(1)中川町農業の概要

 中川町は、北海道北部、上川総合振興局管内の最も北に位置する。天塩山地と北見山地の中央を流れる天塩川とその支流の流域からなり、南北に細長い。北海道内でも気温が低く、積雪量も多く厳しい気候である。
 2018年12月末時点での人口は1514人(総務省「住民基本台帳」)、1950年代のピーク時と比較すると4分の1以下で、北海道内でも人口減少の最も著しい自治体の一つである。2015年の就業人口989人のうち、農林業は181人で、全体の18%を占める(総務省「平成27年国勢調査」)。
 中川町以北の道北地域は作物栽培に向かない泥炭地が広がっているが、中川町では一部の平野部を除いて泥炭地は少なく、肥沃な土地である。2017年の農地面積は2325ヘクタール、うち牧草地1804ヘクタール、デントコーン83ヘクタール、かぼちゃ93ヘクタール、菜種・亜麻32ヘクタール、てん菜30ヘクタール、小豆66ヘクタールなどであり(中川町農業委員会資料)、酪農向けの飼料作物主体だが、野菜や畑作物の栽培もみられる。

(2)酪農構造と新規就農の状況

 図3に、中川町の酪農家戸数と1戸当たり乳用牛飼養頭数(注2)の推移を示した。酪農家戸数は2000年から2015年の間に52戸から26戸へと半減、1戸当たり飼養頭数は増えたものの、北海道平均・上川地域平均と比べると、飼養頭数規模は小さい。特に、2010年以降、規模拡大はほぼ停滞している。戸数および飼養頭数の減少率は、いずれも北海道平均より高い。2015年の飼養頭数は2000年比4割減で、近年、生乳生産量が減少している。
 
 
 その一方で、牧草地は豊富に存在する。2015年の乳用牛1頭あたり牧草専用地面積は、北海道と上川地域で1頭当たり0.55ヘクタールであるのに対し、中川町は同1.09ヘクタールである(農林水産省「農林業センサス」)。飼養頭数は減少しているものの、この牧草地の豊富さは、放牧酪農を志向する新規参入者が中川町を選択する要因の一つとなっている。
 現在の中川町酪農は、家族労働力をベースに、搾乳・飼養管理・飼料生産調製といった一連の作業を自己完結的に行う家族経営が依然として主体で、メガファームは存在しない。経営支援組織としては、酪農ヘルパー組合と、デントコーンサイレージの栽培・収穫・調製を行う中川町農業振興公社がある。TMRセンターや農作業受託を幅広く行うコントラクターも、町内にはない。
 表2は、2003年以降の酪農における新規就農と離農の状況である。2003年から2019年の間の新規就農者数は8戸(各年2月1日時点)、うち新規自営農業就農者5戸、新規参入者3戸、37.5%である。一方、離農者(酪農経営を辞めた農家)数は同期間で22戸、うち新規参入支援制度が開始された1989年以降に新規参入した農家の離農者数は3戸となった。北海道全体で酪農への新規就農者は2018年で117人、うち新規参入者は21人、17.9%であるから(北海道農政部「平成30年新規就農実態調査」)、新規就農に占める新規参入者の比率は中川町では高いと言える。
 

 
(注2)乳用牛には、将来搾乳する目的で飼養する子牛などを含む。

4 新規就農者誘致特別措置条例に基づく新規参入支援制度の展開

 本節では、中川町の新規参入支援制度について、中川町産業振興課、株式会社中川町農業振興公社(以下「振興公社」という)、北はるか農協協同組合(以下「JA北はるか」という)中川支所に対するヒアリングや提供資料を基に述べる。

(1)新規参入支援制度の枠組み

 中川町の新規参入支援制度は、1989年に制定された新規就農者誘致特別措置条例(以下「新規就農条例」という)に基づく。表3に、中川町の新規参入支援事業を示した。
 
 
 制度対象者の条件は、経営責任者の年齢が20歳以上40歳未満、配偶者または同居親族の年齢が18歳以上60歳未満の新規参入者であり、家族から経営を継承する新規自営農業就農者は対象外である。経営規模の最低基準が設けられているが、酪農で成牛飼養頭数25頭、農地で20ヘクタールと、現状の経営規模からすると大きくはない(注3)
 支援事業を中心で担うのが中川町新規就農者誘致促進対策協議会(以下「協議会」という)で、新規参入に関わる関係機関の連携や情報交換、協議を行う。町長、農業委員会会長、JA北はるか組合長、振興公社代表取締役など関係機関の長6名で構成する。協議会内には、就農相談や実践指導などを担当する新規就農推進委員(町内の酪農家から選出)、企画・調査・実践指導などの実務を担当する幹事会(新規就農推進委員も所属)も設置されている。
 具体的な支援事業は、町内の酪農家で2年間程度の実習を行う「新規就農予定者」向けと、就農後の「新規就農者」向けのメニューがある。
 「新規就農予定者」向けには、月額25万円の営農技術修得費の給付があり、これは新規就農予定者の生活費と位置付けられている。
 「新規就農者」向けには、以下の三つのメニューがある。
 ①農地施設等購入奨励金:農地保有合理化事業(注4)・公社営農場リース事業(注5)の貸借期間(5年以内)における農地・施設機械・乳牛の貸借料の2分の1、ならびに経営開始後の施設機械・乳牛に対する固定資産税(3年以内)相当額の奨励金の交付
 ②経営自立安定補助金:農地・施設・家畜などの取得のために借入をした制度資金額の3分の1を限度(限度額2000万円)として交付
 ③利子補給金:農地・施設・家畜などの取得のために借入をした制度資金の利息に対し、借入年度から7年間、2分の1の範囲内で交付(限度額8000万円)、以上の3メニューである。
 類似する支援制度は各地に存在するが、金額面で手厚い内容と言える。
(注3) 1989年の制度開始時から規模要件の変更はない。
(注4) 農地保有合理化事業は、離農者などから農地保有合理化法人が農地を買入または借入を行い、集積などで効率化した上で、別の農家に売渡または貸付を行う国の事業である。
(注5) 公社営農場リース事業は、北海道農業公社が農地保有合理化事業で取得した農地・施設などを整備、乳用牛を導入した上で、新規就農者にリースして5年後に譲渡する事業である。新規就農者は制度資金で一括取得する。

(2)新規参入プロセスと関係機関の関わり

 図4は、支援制度に基づく新規参入プロセスと関係機関の役割である。大まかな流れとして、新規参入者は、JA北はるかを経由して支援事業に申請、協議会に「新規就農予定者」に認定されると、2年間程度の農家実習を行う。その後、JA北はるかと就農後の営農計画書を策定し、協議会に申請して「新規就農者」に認定されると、就農して経営を開始する。
 
 
 新規参入者募集の段階では、中川町、振興公社、JA北はるか、酪農家がそれぞれ窓口となって新規参入者の勧誘、対応を行う。特に、近年では、すでに新規参入した酪農家を通じた勧誘が多くなっている。
 次に、農業実習の段階では、協議会にて適切な実習内容を検討し、離農予定の酪農家や他の酪農家で実習を受け入れ、「新規就農予定者」は搾乳・飼養管理・場作業などを学ぶ。同時に、財源を支出する町と実際に新規参入者を受け入れるJA・酪農家との橋渡し役として、振興公社が重要な役割を果たす(注6)。重要な点は、第1にJAと振興公社が離農者と新規参入者との間で経営継承時期や資産取得金額査定に関する調整を行うこと、第2に、JAが新規参入者にとって営農が容易になるよう農地を効率的に集約するための調整を行うことである。
 新規参入後の段階では、JAによる経営フォローや相談、酪農家団体の活動を通じて経営者としての技能向上など、継続的な関与を続けていく。
(注6) 中川町の出資する第三セクターで、2018年に株式会社化された。株式会社として行う事業に前述のデントコーンサイレージの生産・販売など、中川町からの指定管理委託事業として、新規参入支援に関する担い手確保育成事業、農用地保全集積事業などがある。

(3)新規参入支援制度の現在までの変遷

 中川町の新規参入支援制度が発展した経緯は、1986年の第3次農業振興計画策定時に行ったアンケート結果にさかのぼる。後継者確保の見込みのある農家が2割程度に対し、後継者なしの農家が半分を超え、10年以内に離農以降の農家も1割強に達した。農家戸数と農業生産額の減少、遊休農地の増加が懸念され、地域農業維持のため、道内外から新規参入者を誘致するという制度を1989年に導入した。当時としては先進的な取り組みで、中川町と同様の制度を導入した地域も多かった。
 新規参入支援事業の予算額を示したのが図5である。1991年度から1996年度までは北海道からの補助金があったが、それ以外は町のみの財源で対応している。1990年代までは800〜1000万円、2000年代以降は概ね600〜800万円台の予算規模である。2019年度の予算額は908万円(新規就農事業助成金)で、農林水産事業費4.4億円の2%を占める(注7)
 
 
 表4は、制度設立後における新規参入の実績である。離農発生時に随時受け入れるため、新規参入は1990年代前半、2000年代、そしてここ2〜3年間と断続的である。これまで実習に入った19人のうち就農まで至ったのは68%(19人中13人)、就農した13人のうち現在まで営農を継続しているのは54%(13人中7人)と、同様の制度を行う他地域と比べて定着率は高いとは言えない。ただし、2001年以降では、就農した7人のうち、6人が現在も営農を継続している。現在、実習中の3人が就農すれば新規参入者は9戸となり、酪農家19戸(2019年11月時点)の半数近くが新規参入者で構成されることになる。
 
 
(注7) なお、2019年度予算の歳出額合計は37.4億円である。
 新規参入支援制度は1989年以降、条件の細かい改訂のみで、大きな変更点はない。2018年12月の条例改正では、営農技術取得費が月額20万円から25万円へ、経営自立安定補助金の限度額が1000万円から2000万円へ引き上げられた。これは他地域並みの支援水準への引き上げ、資材価格の高騰を受けての対応である。
 ここ最近での重要な変化は制度自体より、制度運用面での変化である。就農後の新規参入者の提案を受けて、離農意向(家族を含め)の早期確認の徹底、経営継承を意識した農地集約・施設などの維持管理、経営継承資産(農地・施設・機械など)の金額査定の早期実施(離農意思確定や新規参入者の事業計画策定に有意義)、新規参入希望者の多くが経験不足である牧草収穫・調製作業の実習時における重視が図られている。

5 新規参入者の就農プロセスと新規参入支援制度の評価

(1)丸藤英介さんの新規参入事例

ア 現在の経営概要

 丸藤がんどう英介さん(表4の新規参入者15、写真1)は、2008年に酪農家として新規参入した。現在、中川町大富地区で経産牛40頭、育成牛20頭を飼養し、農地面積は68ヘクタールで全て牧草地である。労働力は、丸藤さんと妻の2人だ。

 
 
 乳価や飼料価格の変動といった外部要因に左右されづらい持続性のある循環型放牧酪農を実践する。5月から10月末までは昼夜放牧を行っている(写真2)。牛舎周辺に60ヘクタールの牧草地が集約されていて、放牧に適した環境である。
 
 
 中川町内の放牧酪農家の研究会「SOIL」や、道北地域の放牧酪農家で構成される「もっと北の国から楽農交流会」に参画し、これが新規参入者のさらなる誘致に繋がっている。2018年4月から新規就農推進委員である。
 

イ 新規参入プロセスと中川町の選択理由

 大学卒業後、北海道訓子府町で酪農実習時に放牧酪農の書籍や放牧酪農家との出会いで、放牧酪農に関心を持つようになった。2003年から北海道北部の浜頓別町で酪農ヘルパーと就農を前提とした研修に取り組んだが、就農機会に恵まれず、浜頓別町外の就農を目指した。放牧を志向していたため、牛舎周辺に15ヘクタール以上の牧草地という基準で物件を探し、牛舎周辺に牧草地40ヘクタールが集まっていた点を最も重視して現在の場所を選択した。
 2007年から1年間の中川町での実習は、就農予定場所がすでに離農後であったため、新規就農推進委員であった別の新規参入者の牧場などで受けた。2008年に、公社営農場リース事業と農地保有合理化事業を利用して就農している。
 

ウ 新規参入支援制度の評価

 丸藤さんは、地域農業維持のために担い手対策が最も重要との共通認識を農家と関係機関が共有する必要性を強く認識し、離農者を事前に把握して計画的かつ確実に新規参入者へ継承していく具体的な方策を提案してきた。JAの聞き取りによる離農者の早期事前把握、新規参入者への経営継承を意識した農地集約や施設維持管理、新規参入者が実習に入る前の資産取得金額の査定額を離農者と新規参入者に提示して納得してもらうなど、自身の新規参入者としての経験を踏まえた内容となっている。
 すでに述べたように、JA北はるかや振興公社といった関係機関は丸藤さんの提案を受けて、制度の運用を変える対応を行ってきた。
 

(2)松崎俊明さんの新規参入事例

ア 実習の状況

 松崎俊明さん(表4の新規参入者19、写真3)は2017年から実習中で、2019年11月に就農した(取材時は2019年7月)。継承予定の中川町誉地区の酪農家で実習を受け、搾乳・飼養管理・圃場作業を学び、現在は搾乳牛20頭程度を飼養する。実習時の労働力は、本人と妻の玲子さん、離農予定経営者の3人である。牧草地は27ヘクタールで、牛舎周辺に18ヘクタールの牧草地が隣接している(写真4)。

 



 
 搾乳牛頭数40頭、年間出荷乳量250トンが目標である。配合飼料は使わず草地主体の飼料給与を目指し、さしあたりは昼間のみの放牧を行うが、そのうち昼夜放牧にしたいと考えている。
 

イ 新規参入プロセスと中川町の選択理由

 松崎さんは群馬県出身で、母親の実家が酪農家であった。20代半ば頃、酪農家になることを決意したが、実家はすでに離農していたため、県内の牧場に従業員として就職し就農に向けた経験を積もうとしたものの、当時は従業員採用に積極的な牧場がなかったため、県内就農を断念し、2012年に北海道へ移った。鹿追町の酪農家従業員として2年、斜里町の酪農ヘルパーとして2年、中札内村の酪農家従業員として2年ほど働いた。以前の経験から配合飼料を多給する高泌乳経営に違和感があり、放牧に関心を持っていたところ、2016年に「もっと北の国から楽農交流会」で丸藤さんと知り合った。
 他地域での就農も考えていたが、丸藤さんから中川町の物件を紹介され、JA北はるかや中川町役場職員が熱心に話を聞いてくれたので、中川町での新規参入を決意したという。また、JAが増頭や高泌乳を求めてこなかった点も、自分の生活がちゃんとできて負債が返済できればよいという自分の理想とマッチしたと述べた。
 

ウ 新規参入支援制度の評価

 まず、経営技能修得費や経営自立安定補助金といった金銭的支援は、2017年の実習開始後に支援が増額されたこともあり、将来の営農にとって安心感が大きいと評価した。
 また、単なる牧場従業員やヘルパーだと、牧草収穫・調製といった圃場作業の経験は少なく、中川町での実習で初めて一通り教わり、2年目では1人で圃場作業を行って自信がついたとのことであった。酪農経験が一定ある新規参入希望者の場合、実習期間が1年間になる場合もあるが、特に圃場作業については2年間行ったほうが不安は少ないのではないかと指摘した。
 就農後のヒアリング(2019年11月)では、急に労働力が1人減ったことで作業の進め方に戸惑ったとのことで、実習中に就農後の2人体制で作業をする機会がもっと欲しかったとのことだ。
 

(3)中川町の新規参入支援制度の特徴と課題

 以上、見てきたように、中川町の新規参入支援制度は2000年代以降の酪農経営を中心に、一定の成果を生み出してきた。その要因は、農地保有合理化事業や公社営農場リース事業といったハード事業の利用に加えて、新規参入希望者や新規参入者に豊富な金銭的支援を行ってきた点が基本である。ただし、それだけではない。
 第1に、新規参入者の意思を尊重した支援である。中川町では次世代の担い手確保を最優先で考え、地域で主流の酪農経営のスタイルを新規参入者に強制しない方法を採用した。そして、豊富な草地資源を反映した放牧酪農経営を結果的に受容する枠組みが作り上げられてきた。放牧を志向する新規参入者向けの農地集積の取り組みが代表的である。その結果、放牧酪農家のネットワークを通じて町外から新規参入者を継続的に誘致できる状況となった。付随して、こういった酪農家ネットワークが新規参入に与える影響ももっと注目されてよいであろう(小林2013参照)。
 第2に、酪農家戸数が少ないが故の計画的かつ確実な新規参入者への経営継承方式が確立されつつある。実質的に、離農跡地への「創業型」新規参入ではなく、いわゆる「居抜き」、すなわち「第三者継承型」新規参入を追求することになろう。これらは新規参入に伴う種々のリスク軽減策として他地域でも十分に応用可能と思われる。ただし、離農者の意思確認や資産取得金額の査定額の早期提示、放牧酪農を可能にする農地集積などは、関係組織の担当者の熱意といった属人的要素で推進されている側面が強い。恒常的な事業とするには、こういった枠組みの制度化が求められる。

6 おわりに

 中川町の事例は、新規参入支援制度はその地域の将来的な農業像と無関係に考えられないことを示している。中川町における乳用牛増頭や生乳生産量を必ずしも重視せず、放牧酪農に寛容な対応は、確かに中川町が酪農専業地帯ではなく、JA北はるかの事業も酪農一本ではないことに由来するのかもしれない。しかし、現在の酪農経営をそのまま再生産できさえすれば、地域農業が持続できるとの保証もない。酪農経営の多様さが地域の持続性を担保する条件の一つなのではないかと考えられる(清水池2020参照)。
 その点で、新規参入者やその予定者、そして関係機関担当者が、酪農経営をあくまでも手段として位置付け、家族の生活を維持し、有意義な人生をいかに実現するかといった考え方を繰り返し表明していたのが印象的であった。酪農家の「働き方改革」が指摘されて久しいが、規模拡大を繰り返し、年中ひたすら働き続けるスタイルではない酪農経営の選択肢は、次世代の若者を酪農へいざなう上でこれから重要性を増すと思われる。
 ただ、中川町農業の将来を考えた場合、さらに地域の人口や農家戸数が減少していく中で、自己完結的な経営を行える若い経営者が高齢化すれば、円滑な経営継承と並行して、自給飼料の生産支援を行う外部支援組織の充実、複数戸による法人経営の可能性を再検討する必要が出てくるだろう。

参考文献
・倪鏡(2019)『地域農業を担う新規参入者』筑波書房。
・東山寛(2012)「北海道農業の構造問題と地域的対応」『経済地理学年報』58(4)、pp.324–335。
・堀口健治・堀部篤(2019)『就農への道─多様な選択と定着への支援─』農文協。
・小林国之(2013)「放牧酪農における新規参入者支援における自主的グループの意義」、2013年度乳の学術連合・社会文化ネットワーク学術研究、http://m-alliance.j-milk.jp/ronbun/shakaibunka/shakai_study2013-05.html(2019年12月20日アクセス)。
・清水池義治(2020)「メガ経済連携協定(EPA)の現況と求められる酪農政策」『牧草と園芸』第68巻第1号、pp.1–6、https://www.snowseed.co.jp/wp/wp-content/uploads/grass/202001_03.pdf(2020年1月10日アクセス)。
・柳村俊介(2003)『現代日本農業の継承問題―経営継承と地域農業』日本経済評論社。
・柳村俊介・山内庸平・東山寛(2012)「農業経営の第三者継承の特徴とリスク軽減対策」『農業経営研究』50(1)、pp.16–26。

追 記
 本稿執筆にあたっては、北海道大学農学部農業経済学科の丸山ちなみ氏から調査補助・関連データ収集・分析の支援を受けている。