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特集:人材育成に向けた取り組み 畜産の情報 2020年3月号

農場HACCPとJGAPを取得したみらいファーム株式会社志布志農場の生産基盤強化機能

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中村学園大学 学長 甲斐 諭

【要約】

 令和2年元旦に発効した日米貿易協定により、わが国の牛肉生産は新たな国際環境に置かれ、生産基盤強化と新市場開拓が一層重要な課題になった。前者の対策としては規模拡大によるコスト削減が、後者の施策としてはHACCPやGAPなど輸出拡大に向けた安全安心確保が必要になった。さらに両者を担う後継者確保と教育が不可欠になっている。これらの3課題の解決に向けて、鹿児島県志布志市に立地するみらいファーム株式会社志布志農場を訪問し、示唆を得ようとした。

1 はじめに〜本調査研究の背景と目的〜

(1)肉用牛経営における1戸当たり飼養頭数増加

 わが国の繁殖雌牛飼養戸数は、平成22年の6万3900戸から、31年には4万200戸へと減少しているものの、飼養頭数は27年の57万9500頭から、31年には62万5900万頭へと増加している〔1〕
 一方、肥育牛飼養戸数は、22年の1万5900戸から、31年には1万200戸へ減少するとともに、飼養頭数も27年の156万8400頭から、31年には152万2000頭に減少している。
 しかし、1戸当たり飼養頭数をみると22年から31年の間に繁殖牛経営では10.7頭から15.6頭に増加し、肥育牛経営も114.0頭から149.2頭に増加していることから、わが国の肉用牛経営では、繁殖牛経営も肥育牛経営も1戸当たり飼養頭数が増加していると言える。だが、同期間の1戸当たり増頭スピードは繁殖牛経営が1.46倍であり、肥育牛経営はそれより遅い1.31倍となっている。
 

(2)経営の収益性としての1日当たり家族労働報酬の意義

 上記のように、多頭化が進展する背景には、多頭化に伴い1戸当たり収益性が向上するからである。経営収益性の指標には所得と労働報酬があるが、本稿では1日当たり家族労働報酬に注目する。理由は、肉用牛経営の子息が後継者として親の経営を継承するか、それとも農外でサラリーマンとして生計を立てるかを判断する際に、サラリーマンは就職先に農地と資本を提供することなく、労働のみを提供して賃金を得ているからである。新規参入希望者の場合も同様の基準で参入するか、断念するか判断するであろう。
 農業経営を営む場合は労働のみならず、農地と資本も投入し、結果として3経営要素への帰属としての所得を得る。従って、後継者として農業を継承する者は、所得の中から労働への帰属を示す家族労働報酬が、サラリーマンの賃金より高ければ、就農することに合理性を見出すであろう。
 上記のように本稿では、後継者を確保するには肉用牛経営における1日当たり家族労働報酬がサラリーマンの1日の賃金を上回ることが必要であるという視点から、肉用牛経営の1日当たり家族労働報酬に注目して、以下、分析する。
 

(3)多頭化に伴う1日当たり家族労働報酬の向上

 農林水産省の「平成29年畜産物生産費調査」〔2〕から得られた肥育牛経営の肥育牛飼養頭数規模別1日当たり家族労働報酬は図1のように図示される。両者の関係は下記①式のように右上がりの直線で表現される。
 

 
 Y=1,112.463+142.630X・・・・・・①
          (6.605)
         R2=0.916
 ただし、( )内の値はt値であり、R2は重相関係数である。
 国税庁の「1年を通じて勤務した給与所得者に関する主な結果」の1人当たり平均給与は男性の場合532万円であった〔3〕。週休2日のサラリーマンが働く日数を年間242日と仮定すると、1日当たり賃金は2万1983円になる。①式のYに2万1983円を挿入するとXは146頭となる。肥育牛経営でサラリーマンの平均賃金を得るには146頭の肥育牛飼養が必要であると言えよう。
 参考までに計算した平成29年の繁殖牛経営の繁殖雌牛の飼養頭数規模と1日当たり家族労働報酬の関係は図2と下記②式の通りである。
 

 Y=10,728.347+356.456X・・・・・②
           (7.510)
        R2=0.949
 前述のようにサラリーマンの1日当たり賃金を2万1983円と仮定し、それと同等の報酬を確保するには、②式のYに2万1983円を挿入するとXは31.6頭となる。繁殖牛経営がサラリーマンの平均賃金を得るには32頭の繁殖雌牛飼養が必要であると言えよう。
 

(4)多頭化に伴う省力化の進展と限界

 上記の分析により、多頭化に伴い収益性が向上することを確認したが、それは多頭化に伴う省力化によってもたらされた効率化の成果である。
 平成29年の肥育牛経営の頭数規模と1頭当たり労働時間の関係を分析したのが、図3と③式である。同図によれば多頭化に伴い省力化が進展するが、ある頭数を超えると逆に労働時間が多くなることが明らかになった。
 
 
 
 Y=96.758−0.551X + 0.00122X2
      (−3.966)    (2.547)
 R2=0.913
 ③式を用いて分析すると、肥育牛飼養頭数が226頭になる規模で飼養管理労働時間が最も短くなり、それを超えると逆に徐々に労働時間が長くなることが明らかになった。
 同様のことは繁殖牛経営にも指摘できる。29年の繁殖牛経営の頭数規模と1頭当たり労働時間との関係を分析したのが、図4と④式である。同図によれば多頭化に伴い省力化が進展するが、ある頭数を超えると逆に労働時間が多くなることが明らかになった。
 
 
Y=252.617−7.14491X+0.06433X2
      (−107.201)  (79.395)
 R2=0.999
 ④式を用いて分析すると繁殖雌牛飼養頭数が56頭になる規模で飼養管理労働時間が最も短くなり、それを超えると逆に徐々に労働時間が長くなることが明らかになった。
 

(5)更なる多頭化に伴う技術革新による新たな省力化の必要性

 肥育牛経営および繁殖牛経営においては、多頭化に伴い省力化により経費が削減され、収益性が改善される。しかし、ある技術水準のもとで一定程度の規模を超えて多頭化すれば、逆に非効率となり、1頭当たり飼養管理労働時間が長くなる。図5によれば、短期技術水準Tのもとで多頭化が規模A点を超えて進展すると1頭当たり飼養管理労働時間が長くなる。
 

 更なる多頭化による効率化を図るには短期技術水準Uへの移行が不可欠になる。規模B点を超えて多頭化を図るには短期技術水準Vへの技術革新が必要になる。
 大規模な多頭化を図るには短期技術水準T、U、Vを包摂する長期平均費用曲線〔4〕に沿った技術水準の採用が不可欠となる。
 TPP11や日米貿易交渉に代表されるように牛肉を巡る国際化はますます進展するので、わが国においても図5に示した長期技術水準を採用した大規模化による生産の効率化と収益性の追求が不可欠になる。
 しかし、そのような高度な技術を有した経営は少なく、わが国の牛肉生産の将来を担う後継者の育成が現在大きな課題になっている。この課題の解明を目的として、調査したのが鹿児島県志布志市に立地する「みらいファーム株式会社志布志農場(以下「みらいファーム志布志農場」という)」である。

2 鹿児島県における肥育牛経営の実態と目標

(1)鹿児島県農業に占める畜産と畜産関連産業の重要性

 平成28年の鹿児島県の農業産出額は、図6に示すように4736億円であり、そのうち畜産部門は62.5%の2958億円である。畜産部門のうち肉用牛は、図7のように、42.1%の1245億円を占めている〔5〕。鹿児島県における畜産は非常に重要な産業であり、その中でも肉用牛が重要な畜種であることが分かる。
 

 
 
 畜産業は、畜産物の加工、流通や飼料など関連産業と深い結びつきを持っており、地域産業クラスターの中心を成している。28年の畜産関連産業における出荷額を表1から見ると、肉製品製造業が2336億円、その他畜産食料品製造業が1133億円、動植物油脂製造業が148億円、配合飼料製造業が2106億円、単体飼料製造業が74億円となり、合計5797億円である〔5〕
 
 
 これは、鹿児島県の食品関連業総出荷額 1兆717億円の54.1%を占めている。畜産の産出額の4736億円と合わせると1兆533億円となる。畜産は裾野の広い地域産業クラスターの中心になっており、地域経済を支える重要な柱であることが分かる。
 また、鹿児島県内には畜産関連産業の事業所が146カ所あり、そこでは約1万人の従業員が就業しており、従業員に304億円の現金給与が支払われている。畜産は地域就業構造の視点からみても地域産業クラスターにとって不可欠な産業である。
 

(2)肉用牛飼養の長期的推移と今後の目標

 平成30年2月1日現在の鹿児島県の肉用牛の飼養頭数は、32万9400頭であり、北海道の52万4500頭に次いで全国第2位である。しかし、肉用種に限定すれば鹿児島県は全国第1位の31万3300頭であり、そのうち肥育牛は、13万1800頭であり、繁殖雌牛は 11万7100頭である〔5〕
 図8を用いて鹿児島県の肉用牛飼養戸数と飼養頭数を、長期的に検討しよう。飼養戸数は長期的に減少傾向にあり、29年には8370戸になっている。飼養頭数を見ると、22年の36万7900頭から28年には31万9100頭まで減少したが、29年には若干増加して32万2000頭になっている。
 
 
 表2に示した鹿児島県の「酪農・肉用牛生産近代化計画書」(28年3月)〔6〕によれば、25年現在の肉用牛飼養頭数は33万3250頭であり、目標年の令和7年の飼養頭数も同値である。そのうち繁殖雌牛頭数は 11万4700頭から令和7年には12万1000頭に増加する計画が立てられている。しかし、肥育牛ついては同期間に13万2400頭から13万1000頭に減少する計画になっている。
 
 
 29年の肉用牛飼養頭数は前図のように32万2000頭であり、25年現在より減少しているので、鹿児島県では生産基盤強化対策が重要な課題になっている。
 

(3)肥育牛経営二つの経営モデルと後継者育成の重要性

 鹿児島県では令和7年を目標にした経営モデルを作成している。表3に肥育牛300頭の家族経営体と1000頭の法人経営体の二つの経営モデルが提示されている。
 

 前者の農業所得は390万円(主たる従事者1人当たり所得は195万円)であり、後者の農業所得は1719万円(同700万円)である。1000頭規模の法人経営は食肉企業などの支援がなければ成立しないと思われる。一方、300頭規模の経営は家族経営でも成立可能であるので、このような経営をできるだけ多く育成していくことが重要である。
 しかし、300頭規模の経営主をどのようにして育成していくのかが課題になる。その一つの方策が、既に県内に存在する法人経営の従業員となり、研鑽けんさんを積むのも家族経営の後継者の育成手段として有効である。

3 みらいファーム志布志農場の取り組み

(1)みらいファーム株式会社の牛肥育事業の概要

 平成22年に設立されたみらいファーム株式会社は、①預託による牛肥育事業(31年3月現在)により東北・関東の14農家で2500頭、関西・中国の6農家で2600頭、九州の26農場で5200頭を肥育し、さらに②直営事業による牛肥育事業により鹿児島県の志布志農場で1900頭、同県財部農場で420頭を肥育している。①と②を合計するとみらいファーム株式会社の牛総飼養頭数は1万2620頭である。
 
 

(2)みらいファーム志布志農場の概要

 みらいファーム株式会社の上記②の直営牛肥育事業を担う「みらいファーム志布志農場」は鹿児島県志布志市有明町伊崎田に立地しており、農場HACCP認証とJGAP認証を取得している。
 自動給餌装置、飼料用特装運搬車を用いて省力化し、表4のように従業員は現在9名であり、図9に示す肥育部門従業員の5名の年齢は18〜27歳と非常に若い。平成27年度「農場環境衛生コンクール」では最優秀賞を受賞している。
 
 
 
 表5に示すように肥育もと牛の導入頭数は毎年、1140頭前後である。
 

 近年の肥育牛飼養頭数は1900頭程度である。表6から近年の肥育牛販売頭数をみると1120頭程度である。全国畜産農業協同組合連合会南九州食肉事業所に全量出荷し、サンキョーミート株式会社(伊藤ハム株式会社100%出資の子会社で昭和56年9月に設立された)でと畜解体されて、伊藤ハム株式会社を通じて、国内・海外に販売されている。
 
 
 
 

(3)みらいファーム志布志農場における農場HACCPとJGAP認証取得の背景

 薬品メーカーのコンサルと家畜保健衛生所の協力などを得て、平成26年6月に対策チームを立ち上げた。月1回のHACCP会議を通して進捗を管理し、27年3月31日農場HACCP推進農場の指定を受けた。その後、28年5月認証申請を行い、7月の現地審査を経て、8月22日認証を取得した。農場HACCPも後述のJGAPも初回審査分の審査費用については、鹿児島県の補助金が出たため、数万円で済んでいる。なお、農場HACCP導入を念頭に、牧場を設立していることから、特段の設備投資などはなかったという。
 29年10月、福岡で行われた中央畜産会主催の「JGAP家畜畜産物2017の差分認証審査」に関する支援研修会に担当課長と従業員1名が参加した。その後、薬品メーカーの助言を受けながら、また、事務管理部門と連携しながら、環境保全・人権福祉・労働安全・アニマルウェルフェアに関する適合基準に合致するよう、文書類の整備や普通救命講習受講などに取り組んだ。30年7月GAPチャレンジシステム登録後、11月29日のJGAP現地審査を経て12月27日認証取得した。老朽化した軽油タンクの改修に68万円かかった程度で、特段の投資はしていない。
 
 

(4)みらいファーム志布志農場の農場HACCPとJGAPの認証の成果と今後の課題

 農場教育の一環として、従業員を農場HACCP通信講座や各種研修に積極的に参加する機会を与えた結果、仕事への取り組み方が合理的になってきた。特に、労働安全意識と機械類の管理意識が向上した。
 しかし、適合基準に基づき、多くの記録を付け、細心の注意を払って管理し、出荷しても、また、その出荷先が同様の高度な管理をもって商品化しても、流通価格として反映され難いことが、日本における農場HACCPとJGAPの認証の課題であると農場関係者は指摘している。

(5)みらいファーム志布志農場の機能

 従業員は、グループ系列牧場から移籍してきた農場長と課長を含め、地元出身者であり、従業員の中には畜産農家の子弟もいる。非常に熱心に働いている。
 毎朝、9名で短時間の打ち合わせを行い、コミュニケーションを交わし、課題や注意点について意見交換する。さらに、毎週水曜日の10時から、前週の農場HACCPやJGAPに係る点検項目に関するミーティング「週間打ち合わせ」を行い、獣医師の治療や従業員が行った投薬に関する日報の記帳漏れがないかなどの確認、注射針の本数確認、労働安全に関する注意喚起などの報告会を実施している。
 これらは、牛の健康状態を確認し、情報共有を図ることが最たる目的であるが、業務の中で農場HACCPとJGAP認証に関する項目を熟知することができ、安全で効率的な業務の実施が身についている。
 また、毎朝の打ち合わせと毎週水曜日のミーティングは肥育牛のストレスの解消にも役立っている。事実、牛枝肉重量が2~3年前の480キログラムから最近では500キログラムに増加するなどの枝肉増加は、衛生に配慮した作業を重視した結果、ハエなどが減少し、牛のストレスが減少した結果と判断される。また枝肉の上物率が2〜3年前の60%から最近では80%になっている。情報共有が図られることで、業務の効率化につながり、結果的に成績の向上にも寄与していると考えられる。
 農場の美化にも配慮しており、また地域の相撲大会など地域行事にも協賛したりして、地域との融和も図っている。
 このような取り組みを、従業員は身をもって体験しているので、将来、彼らが肉用牛経営の経営主になった時には大いに役立ち、それが成功要因になるものと考えられる。
 約1900頭の大型肥育牧場であるみらいファーム志布志農場は、後継者育成農場としての役割も果たしていると高く評価できる。

4 おわりに

 みらいファーム志布志農場は、輸出牛肉生産農場としての機能も果たしている。
 みらいファーム志布志農場が肥育牛を出荷しているサンキョーミートは「平成29年度輸出に取り組む優良事業者農林水産大臣賞」を受賞しており、また伊藤ハム株式会社の食肉事業本部輸出推進部は「国産牛肉輸出の取り組み」が食品産業新聞社の第48回食品産業技術功労賞(国際部門)を受賞するなど〔7〕、政府が推進している農産物の海外輸出に大きく貢献している。
 みらいファーム志布志農場は農場HACCPとJGAPの取得を契機に、政府が推進する農産物の海外輸出の機能を果たしていると高く評価できよう。
 
参考文献
〔1〕農林水産省「畜産の動向2019年10月」。
〔2〕農林水産省「平成29年畜産物生産費調査」。
〔3〕国税庁「平成29年分民間給与実態統計調査結果」平成30年9月。
〔4〕伊藤元重『ミクロ経済学』日本評論社、2009年、P.75。
〔5〕鹿児島県畜産課資料。
〔6〕鹿児島県「酪農・肉用牛生産近代化計画書」平成28年3月。
〔7〕伊藤ハム株式会社HP(2019年11月18日閲覧)。

謝 辞
 本稿を執筆に際し、ご協力を頂いたみらいファーム株式会社農場長の横尾貴志様および同担当課長の鈴木清孝様の親切なご教示に感謝します。