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海外情報 畜産の情報 2020年7月号

フィリピンの牛肉需給に関する現状と課題

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調査情報部 小林 智也、小林 誠

【要約】

 人口の増加が続くフィリピンでは、近年、畜産物消費も年々増加する傾向にあり、同国の経済成長に伴い、比較的高価である牛肉の需要も緩やかながら増加している。しかし、国内の牛肉生産は、主産地が消費地近郊へ移行するなど、一部で構造変化が見られるものの、肉用牛飼養頭数や生産量は横ばいで推移し、安価で調達できるブラジル産を中心とした輸入品が増加する需要を補完する傾向にある。
 国内生産の拡大が遅々とする中、今後も安価な輸入品に依存する傾向が高まるものと考えられるものの、昨今の国際情勢に鑑みると、低価格志向の強い同国において、今後も安定的に輸入による供給が維持され続けるかは不透明である。

1 はじめに

 フィリピン共和国(以下「フィリピン」という)は、近年、高い経済成長を遂げ、人口が1億人を突破し増加傾向で推移する中、畜産物消費も増加傾向にある。食肉の消費については、豚肉と鶏肉が中心であり、牛肉は豚肉や鶏肉と比べて価格が高いことから、消費量は小幅な増加にとどまっている。しかしながら、同国は歴史的な背景から米国の影響を受けるとともに、経済成長に伴う食の多様化の進展により、近年では牛丼を中心とした日系のファストフード・チェーンも進出するなど、外食において牛肉が消費される環境が拡大する傾向にあるといえる。
 一方で、国内の牛肉生産を見ると、フィードロット経営などの大規模経営を行う生産者も一定程度の割合で存在するものの、小規模経営を行う生産者が依然として大部分を占め、安定的な供給が可能な体制が確保されているとは言い難く、実際に、生産量は横ばいで推移している。従来、豚肉や鶏肉の生産は農民保護政策によって伝統的に守られてきたため、自給率がいずれも約9割と高いのに対し、牛肉は約6割と低く、増加する国内需要に対する供給を輸入に依存する傾向が強まりつつあるといえる。
 本稿では、同国の肉用牛の生産および輸入の現状を通じ、フィリピンの牛肉供給における輸入性向などを把握することを目的として、2020年3月に実施した現地調査を踏まえて報告する。
 なお、本稿中の為替レートは1フィリピンペソ=2.3円(2020年5月末日TTS相場:2.28円)、1米ドル=109円(同108.53円)を使用した。

2 フィリピンの経済概況と食の変位

 国際連合経済社会局によるフィリピンの推定人口(2020年)は1億958万人で、ASEAN(東南アジア諸国連合)の中では、インドネシアに次ぐ第2位となっており、年間平均人口増加率も直近5年間で1.4%増となっている。人口構成を見ると、高齢層に比べて若年層に厚みがあるピラミッド型となっており、20歳未満の割合が約4割と、0〜4歳の乳幼児世代で若干減少傾向を示しつつも、若年層が十分厚く、今後の消費市場の拡大が期待されている(図1)。
 

 
 国際通貨基金(IMF)によると、フィリピンの2019年の経済成長率は5.9%(1人当たり名目GDP3294米ドル(35万9046円))を達成し、過去5カ年平均でも6%を上回るなど高水準を維持している(表)。こうした背景には、同国内では、サービス業が依然好調であることに加え、在外労働者からの仕送り(注1)による堅調な個人消費などが寄与しているとされ、国民所得も年々向上している。

(注1) 同国では従前海外での労働者による送金を一大産業として捉えており、フィリピン海外雇用庁、海外労働者福祉庁といった専門の役所が設置されている。海外労働者は、OFW(Overseas Filipino Workers)と称され、これら労働者による本国送金がGDPの約10%程度を占めるとされている。
 
 
 世帯所得階層別に見ても、年間可処分所得が1万5000米ドル(163万5000円)を超える世帯が2016年には初めて6割を超え、上位中間所得層および富裕層は増加傾向にある(図2)。
 

 
 この経済成長に伴う国民の可処分所得の増加は、食料費の増加につながっている。フィリピン統計機構(以下「PSA」という)によると、家計支出の中で最も割合が高いのが食料費であり、2019年は全体の4割を超えている。また、1人当たりの食料費支出では、多くの品目が増加傾向で推移している(図3)。品目別に見ると、比較的高額支出となる肉類や外食が増加傾向で推移していることから、食料費の増加は質の向上として現れ、近年はより高品質なたんぱく源を消費していることが推察される。

 

3 牛肉の消費動向

 フィリピンの一般的な料理の特徴として、主食であるコメの消費が圧倒的に多いことから、コメに合う豚肉や鶏肉を使った煮物や炒め物が食卓の中心となる。糖分や塩分が濃い味付けのものが好まれ、野菜は付け合わせ程度と少量である。なお、同国はカトリック教徒が83%と圧倒的に多数を占めており、宗教上の制約も少ないため、消費される食肉の種類や用途は幅広い。
 PSAによると、食肉の1人当たり年間消費量は堅調に増加しており、2018年には33.51キログラム(豚肉16.09キログラム、鶏肉14.40キログラム、牛肉1.93キログラム、水牛肉1.09キログラム)と、豚肉が最も多く消費されているが、近年、鶏肉を使用したファストフード・チェーンの大規模な展開や豚肉からのシフトにより鶏肉消費量が増加している(図4、写真1)。牛肉については、他畜種と比較して依然として消費量は少ないものの、従来消費されている水牛肉の消費量が落ち込む一方で、増加傾向となっている。
 



 
 なお、フィリピン農業省畜産局(以下「BAI」という)が以前作成した牛肉産業のロードマップでは、2020年に牛肉の1人当たり年間消費量を3キログラムまで増加させることを目標としていたが、依然として豚肉や鶏肉を使った料理が一般的であることを考えると、目標年までの数量達成は、困難であると考えられる。
 食肉の消費が増加傾向で推移しているものの、牛肉の1人当たり消費量があまり伸びない理由の一つに、他の食肉と比較して牛肉が依然として高単価であることが挙げられる。2019年の牛肉の平均小売価格は、1キログラム当たり307ペソ(706円)と、豚肉の1.4倍、鶏肉の2.0倍と高く、豚肉や鶏肉料理が一般的である中、牛肉が日常的に食卓に並ぶことは難しいのが現状である(図5)。

 
 しかしながら、経済の発展に伴い、高級レストランなどでは、日本産和牛肉や豪州産Wagyu肉などを含む輸入牛肉などの高価格帯の牛肉も全体から見ると少ないものの、ここ数年間で消費される傾向にある(写真2)。また、現地調査の際には、近年、中国と良好な関係を築いているため、高所得の中国人の経営者が増加しており、彼らが牛肉消費のけん引役を担っているとの話もあった。
 

 
  フィリピン国内で流通する牛肉(水牛肉を含む)供給量の内訳は、国産が58%、輸入が42%となっている(図6)。なお、国内で生産される水牛肉については、流通や販売に際して、基本的に牛肉と区別されず、後述する牛肉の流通経路の中でホテルやレストランなどで提供される輸入牛肉とは異なり、国産牛肉と同じように消費されている。
 

4 肉用牛の生産

(1)飼養規模および品種

 PSAでは、フィリピンの肉用牛生産農家を、(@)肥育牛を21頭以上飼養、(A)子牛または育成牛を41頭以上飼養、(B)肥育牛を10頭以上かつ子牛または育成牛を22頭以上飼養−の基準のいずれか一つを満たす大規模農家と、いずれにも該当しない小規模農家に区分しており、2020年1月1日時点の飼養戸数ベースでは、小規模農家が94%を占めている。
 小規模農家の平均飼養頭数は1戸当たり5頭以下と、零細ともいえる飼養規模である。小規模農家にとって家畜は、現金が必要となった際に家畜市場などで販売することで現金化が可能な貯蓄代わりとして飼養していることが多い。そのため、肉用牛生産のみでは生計を立てられず、畑作との複合経営をしている小規模農家がほとんどである。
 BAIによると、小規模農家での主な飼養品種は、ブラーマン種とされている。基本的に、放牧主体で飼養され、庭先などに自生する野草なども飼料として給与されている(写真3)。小規模農家は、大規模農家に子牛や肥育もと牛を供給する側面と、直接肥育して市場へ供給する側面の二つの機能を有しており、フィリピンの肉用牛生産を支える存在となっている。
 

 
 一方、大規模農家の主な飼養品種は、ブラーマン種の純粋種が多いものの、アンガス種やシンメンタール種などの肉専用種とブラーマン種との交雑種も見られる(ブランガス:ブラーマン種×アンガス種、シンブラ:ブラーマン種×シンメンタール種)。また、大規模農家の中にはフィードロット経営も存在し、豪州などから肥育もと牛を輸入している(注2)。豪州産生体牛の輸入頭数は、2017年に大幅に減少したものの、その後は増加傾向となっている(図7)。
 

 
 また、以前は、飼養戸数ベースで大規模農家が30%を占めていたものの、現在では6%まで減少している。BAIによると、減少理由として、中央政府の政策により、肉用牛を生産していた広大な土地が木材を生産するように土地利用が転換された点や、フェンスの破壊や家畜の殺害など治安の悪化が進むなど、そもそも経営ができなくなった地域が生じている点などが挙げられている。

(注2)  豪州の生体牛輸出動向については、『畜産の情報』2018年2月号「豪州の生体牛輸出動向〜アニマルウェルフェアと家畜疾病管理における変化を中心に〜」を参照されたい。
https://www.alic.go.jp/content/000146090.pdf

 

(2)飼養頭数および生産量

 肉用牛の飼養頭数を地域別に見ると、イロコス地方、中部ヴィサヤ地方、カラバルソン地方、西ヴィサヤ地方、北ミンダナオ地方で、飼養頭数が多い(図8)。また、大規模農家は、ビコール地方、カガヤン・バレー地方、中部ルソン地方など、マニラ首都圏を含むルソン島のほか、北ミンダナオ地方にも多く分布している。
 

 
 肉用牛(水牛を含む)の飼養頭数はおおむね横ばいで推移しているが、2020年は540万頭と、2011年のピーク時から20万頭も減少している(図9)。これは、主に水牛の飼養頭数の減少によるものであり、水牛は2011年には308万頭であったものの、2020年は287万頭と21万頭減少している。フィリピン農業省(以下「DA」という)によると、農業近代化の進展により役牛としての需要が低下したとのことである。
 

 
 一方、肉用牛は2011年から2万頭の増加にとどまっている。ミンダナオ島の北ミンダナオ地方やザンボアンガ半島での飼養頭数が減少する一方で、フィードロット経営が増加しているマニラ首都圏近郊のカラバルソン地方やカガヤン・バレー地方の飼養頭数は増加しており、生産地域が消費地であるマニラ首都圏近郊に移行している。
 また、牛肉の生産量は2011年以降、40万トン程度とほぼ横ばいで推移するも、2019年は40万1285トン(前年比1.3%減)となった。
 

(3)政府による肉用牛農家への支援

 フィリピン政府による肉用牛農家への支援策として、従来肉用牛の遺伝的能力の改良、環境適応性、生産性、主要疾病への耐性などの高い品質基準を達成するための品種開発プログラムが展開され、現在も複数の試験場で研究が継続されている。加えて、試験場にジーンバンクを整備の上、各地域に人工授精(以下「AI」という)センターを設置し、プログラムとしてのAIの普及も目指している。本プログラムに係る凍結精液は、各地域のAIセンターなどに無料で提供されており、プログラムの浸透を図っている。
 また、政府は、試験場などが保有するブラーマン種などの種雄牛を肉用牛農家に一定期間貸与する支援を実施しているほか、飼料や牧草開発の技術支援、各種牧草の種子や植栽資材などの配布を行っている。
 

(4)肉用牛農家の動向

 今回の現地調査では、ルソン島およびミンダナオ島の肉用牛農家を訪問した。各農家の動向などは以下の通りである。

(ア)ブラーマン種に特化した効率を重視する肉用牛農家(ルソン島ラグナ地区)
 ルソン島中部のラグナ地区で繁殖を中心に肉用牛経営を行っている農家の現在の飼養頭数は、繁殖雌牛が100頭、子牛が100頭である。この他に未経産牛と雄牛も飼養しており、飼養している全ての牛はブラーマン種である。
 ラグナ地区は低地であるため、ブラーマン種のように耐暑性のある品種が適している。しかし、この農家がブラーマン種に特化して繁殖を行っている最大の理由は、1個体から得られる利益を最大にするのではなく、単位面積当たりの利益が最大になるよう経営するためということであった。これは、時間と手間がかかる肥育経営を行うのではなく、繁殖を中心とすることで1年間に多くの子牛を生産・販売し、利益を出していくことが重要であるということであった。
 よって、飼養しているブラーマン種は、上述の経営方針により、体格の小さい牛が中心となっており、牧草(ネピアグラス、パニカム類)のみで飼養することができるため、生産コストを低く抑えることが可能である。農家によれば、肥育農家や流通業者の中には、体格の大きな牛を求める者もいるが、体格の大きな牛を維持するためにはそれ相応の大量な飼料が必要であり、利用可能な放牧地も限られていることから、繁殖能力に優れた体格の小さな牛が最善だということであった。
 AIにより自家繁殖した子牛のうち、雌牛は全てを繁殖用として飼養する一方で、雄牛についてはブラーマン種で一般的に用いられている睾丸こうがんの外周長を選抜基準にして種雄牛対象を選抜し、その他は子牛で販売するか自ら肥育した後に出荷される(写真4、5、6)。今後も、体が丈夫で管理に手間がかからない牛を自ら選抜し、生産することで、経営の効率化を図っていくということであった。
 





 
(イ)肉用牛と採卵鶏の複合経営を行う肉用牛農家(ルソン島バタンガス地区)
 フィリピン最大の家畜市場があるルソン島中部のバタンガス地区は、採卵鶏経営も盛んな地域である。そのため、肉用牛と採卵鶏の複合経営を行っている事例も見られた。
 今回調査した農家は20年前から採卵鶏経営をしており、1日当たり50〜60万個の生産能力を有している(写真7、8)。肉用牛経営は6年前から開始し、現在の飼養頭数は肉用牛約1500頭で、飼養品種はブラーマン種、ブランガス種、シンブラ種である(写真9)。







  飼養している肉用牛のうち、交雑種やブラーマン種には輸入した牛もいる。また、米国テキサス州から輸入した際には輸送費も含めて1頭当たり8000米ドル(87万2000円)の経費がかかったとのことであった(写真10)。今後は、豪州産Wagyuの冷凍精液も所有しているため、この精液を活用した繁殖も行う予定であるとのことであった。飼料は、自らの農地100ヘクタールでトウモロコシを栽培し、コーンサイレージとして給与している。
 

 
 なお、今後の肉用牛経営については、元々主体であった採卵鶏経営が現在も好調であることもあり、放牧用のスペースを4〜5ヘクタール程度しか確保できず、土地を拡張する目途も立たないため、事業拡大は難しいと考えているとのことであった。

(ウ)アンガス種を用いて肉質向上に取り組む肉用牛農家(ミンダナオ島ブキノン地区)
 ミンダナオ島は、島内に広大な土地が存在し、フィードロットを中心とした大規模農家が多い地域である。フィードロットでは、大手食品加工会社のパイナップル缶詰製造残さを主体として給餌している農家も存在するなど、豊富な飼料資源も特長として挙げられる。
 フィリピン最大の牛肉生産量を誇るミンダナオ島の中でも最も肉用牛の飼養頭数が多いブキノン地区で、同国内の主要フィードロットの一つである大規模農家を調査した。
 飼養頭数は繁殖雌牛36頭、フィードロット向け肥育牛200頭以上、また、酪農経営も展開し、ホルスタイン交雑種の乳用種を125頭飼養している。飼養品種は、ブラーマン種、ブランガス種である(写真11、12)。
 



 
 この農家では、ニュージーランドからの凍結精液により遺伝的改良を早期に推し進めることができるとの考えから、BAIの研修を受けた人工授精の担当職員を2名雇用し、繁殖成績向上のため、授精成功手当てとして妊娠牛1頭当たり500ペソ(1150円)の報奨金制度を設けるなどの工夫を行っている。調査時点では、ブランガス種に豪州産Wagyuを交配した妊娠牛24頭を保有しており、生まれてくる子牛は市場に出荷する予定とのことである。
 自家繁殖した子牛は生後6〜8カ月で離乳し、フィードロットで16〜18カ月肥育の上出荷している(写真13、14)。肥育期間には前述の缶詰製造残さのほか、コーンサイレージなどを1日2回(朝、昼)給与している。
 



 
 今後は、アンガス種や豪州産Wagyuを交配し肉質を向上させることにより、マニラ首都圏の高級志向の消費者向けに販売することを目指している。また、肉用牛の販売価格は、家畜商との交渉により決定されるが、ブラーマン種の場合は1頭当たり8000〜1万2000ペソ(1万8400〜2万7600円)である一方、ブランガス種は同3万〜4万ペソ(6万9000〜9万2000円)と高値で取引されている。

コラム フィリピン最大の家畜市場(Padre Garcia家畜市場)

 ルソン島中部バタンガス市にあるフィリピン最大の家畜市場であるPadre Garcia家畜市場を訪問した。
 同家畜市場は、バタンガス市が運営しており、牛、水牛、山羊の取引が行われている(コラム−写真1、写真2)。市場管理者によると、家畜の取引頭数は、曜日によってバラつきがあり、金曜日が1日当たり1500頭と最も多くなる。その他の曜日は、同300頭程度で、1週間当たりの取引頭数は3000頭程度である。金曜日の取引頭数が多いのは、以前、取引が金曜日に限定されていたことの名残が関係者に残されているためである。そのため、家畜市場に遠方から来る買参人の数も依然多く、出荷者も金曜日に向けて出荷頭数を増やす傾向にあるということである。
 


 
 肉用牛などの搬入は取引日の午前3時過ぎから行われ、市場内の取引の多くは午前中には終了するとのことである。同市場内の取引は、出荷者と買参人の直接交渉で行われ、出荷者には資格などに制限がないものの、買参人は家畜市場への登録が義務付けられている。出荷者と買参人の間で取引が成立した際には、出荷者が家畜の体表にペンキで印を付けることにより、周囲に対して取引成立を知らせている(コラム−写真3)。しかし、一度取引が成立した後でも、他の買参人がより高い価格を提示した場合には、購入者が変更されるケースもあり、買参人の中には、転売目的に安値で購入し、利ザヤを稼ぐ者もいるということであった。

 
 公正な取引を促進するため、市場内には基準価格(注1)が掲示され、買参人は家畜の状態(年齢、生体重)などを考慮し、基準価格から増減させた価格を提示して交渉、取引されている。
(注1) 調査時点の基準価格は、生体重1キログラム当たり135ペソ(311円)であった。

 BAIは、公正取引促進と農家保護の観点から、国内の主要な家畜市場に体重計を設置し、一部の市場では、日本の無償協力により導入された電光掲示板を用いた取引価格表示が行われている。しかし、国内最大の家畜市場であるはずの同市場では、体重計が壊れたまま放置されており、生体重は買参人らの目測で行われていた(コラム−写真4)。市場管理者は早々に修理すると述べつつも、実態としては、体重測定のための家畜積載に時間が割かれることを懸念しており、早期に修理される可能性は低いと思われた。また、牛歯による年齢推定手法についての見識も乏しく、出荷者である農家は、取引される家畜の正確な情報が得られないため、出荷者と買参人の力関係と、価格などの情報量の違いから、出荷者が買いたたかれる場合も想定されるなど、取引上かなり不利な状況に置かれていることが推測された。
 

 
  取引成立後には、買参人が市場内にある管理棟でバタンガス市に取引手数料(注2)を支払い、家畜の移動証明書を発行してもらうことで、購入した家畜を市場外へ搬出することが可能となる(コラム−写真5、6)。
(注2) 調査時点での取引手数料は、肉牛1頭当たり100ペソ(230円)、山羊は同10ペソ(23円)であった。
 


5 牛肉の流通

 フィリピンの肉用牛の取引は、主産地では家畜市場や家畜商を経由することもあるが、その他の地域では、一般的に相対で取引が行われる。近年、牛肉の需要量が増加しており、国内の肥育もと牛出荷価格は徐々に上昇している。また、豪州から輸入された生体牛の価格は、インドネシアや、2015年以降に豪州からの輸入が解禁された中国などとの競争の高まりにより、国内の肥育もと牛出荷価格を超えて推移している(図10)。
 

 
 フィリピンの牛および牛肉の主な流通経路は図11の通りである。
 

 
 同国では、と畜場などの食肉関連施設はフィリピン農業省国家食肉検査サービス(以下「NMIS」という)への登録と認定が義務付けられている(調査時点で、NMISから操業が許可されている国内のと畜場は123カ所、食肉加工場は77カ所)。また、施設はAAAとAAの二つのランクに分類されており、AAAの施設では輸出向けの対応が許可されている一方で、AAの施設で処理された食肉の流通は国内に限られている。なお、国内にはハラル認証を取得している施設があるものの、国内のイスラム教徒人口が偏在している南部ミンダナオ島に限られ、その多くは鶏肉関連の施設である。
 と畜場では、食肉検査の実施機関でもあるNMISから任命された食肉検査官が配置され、と畜前後に食肉検査を行っている(注3)
 なお、NMISによると、牛の枝肉格付けについてはまだ実施されていないものの、現在、フィリピン農業漁業基準局にて牛の枝肉格付けに関するプロジェクトが進行中であるとのことであった。
 と畜後は、伝統市場(注4)、スーパーマーケットなどの小売店へと流通する(写真15、16)。しかし、近年、と畜場の整備やコールドチェーンの発達などによりスーパーマーケットなど近代的な店舗が増加し、小売業の売り上げの3割を占めるまで成長している。

 

 
 輸入牛肉は、輸入業者を通じて直接ホテルやレストランへ配送されるほか、食肉加工場で部分肉にカットされた後、専門店やスーパーマーケットに配送される。特に米国産の輸入牛肉は高級品としてホテルやレストランへ流通することが多い。

(注3) 調査時点の検査料金は、と畜前:牛1頭当たり10ペソ(23円)、と畜後:1キログラム当たり25センタボ(0.6円、1フィリピンペソ=100センタボ)であった。
(注4) 伝統市場(ウェットマーケット)とは、コールドチェーンによらない温と体で取引される市場のことで、フィリピンにおける牛肉は、他の東南アジア諸国と同様、温と体で流通していることが多い。これは、依然として、と畜直後の肉が新鮮であるという消費者のし好が残っているためである。

 

6 牛肉の輸入状況

 生体牛の輸入は、ほぼ豪州からとなっているものの、水牛肉を含む牛肉で見ると、ブラジル、インド、豪州、米国およびアイルランドなど、さまざまな国から輸入されている(図12)。

 
 牛肉輸入量は、近年、牛肉消費増加の補完として増加傾向で推移しており、2019年では12万6844トン(前年比4.9%減)となっている。輸入先別に見ると、ブラジルが3万6777トン(同71.7%増)、インドが3万2158トン(同26.9%減)、豪州が2万4285トン(同34.7%減)と3カ国で約7割を占めている。なお、インドからの輸入は全て水牛肉となっている。
 フィリピン食肉輸入業者協会によると、近年の輸入量増加は、輸入牛肉が安価に入手できるようになったことが要因であるとのことであった。特に安価なブラジル産は、遠距離のため輸送日数を要するものの(約27日)、ファストフード・チェーンなど庶民的な外食産業向けのハンバーガーパテなどで利用されている(写真17)。また、最近では、アイルランド産の需要がEU内で不振だったため、フィリピン向けに安価に輸出され、増加傾向にあるとのことであった。

 
 また、インドから輸入される水牛肉については、以前、国内ハンバーガーチェーン最大手であるジョリビー社のハンバーガーパテなどに使用されていたが、現在は法律により加工用に用途が限定され、コンビーフなどに利用されている(写真18)。しかし、実際には伝統市場内で販売されることがあるなど、非合法な流通ルートがいまだ存在しているため、実際の輸入量も必ずしも明確ではない。なお、訪問調査時においては、DAからインドの水牛と畜場へ輸出承認の現地調査団が派遣されている最中とのことであり、今後、前年比減となったインド産水牛肉の輸入が増える可能性が残されている。
 

 
 フィリピンではWTO(世界貿易機関)上、最恵国待遇の牛肉の輸入関税率は10%となっているが、豚肉および鶏肉は関税割当が設けられており、枠内税率はそれぞれ30%、40%と牛肉に比べて高く設定されている。同国では、政策上、豚肉および鶏肉よりも牛肉の重要性は低く、輸入品も比較的入手しやすい状況にある。なお、日本とは日・フィリピン経済連携協定(EPA)が締結されているため、牛肉、豚肉および鶏肉いずれも輸入関税は無税である。
 フィリピン食肉輸入業者協会によると、同国はすでにASEAN自由貿易圏や日・フィリピンEPAなどの連携協定などを締結していることや、同国からの輸出可能品目が少なく、国内農家保護の観点から、さらなる自由貿易協定の締結には積極的ではないとのことであった。
 

7 おわりに

 1億人の人口を抱えるフィリピンは、6000を超える島で構成されており、南部のミンダナオ島を除き、大規模な土地を確保することが難しくなっている。同国は台風の発生域にも近く、ミンダナオ島以外は台風の常襲地である上、近年は大規模な火山噴火も頻発している。同国ではBAIによるAIの普及といった遺伝的改良プログラムも行われているが、ここ20年以上、プログラムは遅々として進んでいないとみられる。また、最近の同国上院で議論された増産支援に係るプログラムを見ても、アンガス種やホルスタイン種の推進といった、熱帯という同国の飼養環境を考慮しない内容となっており、現地の肉用牛生産団体からも非難の声が上がっている。
 一方で、持続的な高度成長を背景に食肉の1人当たり消費量は増加傾向で推移し、牛肉の消費量についても緩やかではあるが増加傾向にあり、それを補完すべく現状においては、牛肉輸入量も増加傾向で推移している。
 こうした事態を打開すべく、国内の牛肉生産基盤の確保を図ることは必要であるものの、現状の支援策などによる成果は限定的であり、将来的にも大幅な増産は見込めないと考えられる。そのため、当面の間、内需を満たすためには、輸入への依存度を高めざるを得ないと考えられる。
 しかしながら、直近では、ASF(アフリカ豚熱)や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生に伴い、世界の食肉流通では混乱が生じ、従前からの国際的な牛肉需要の高まりを受け、輸入価格の高騰も懸念される中、自国民の食料確保のために各国で輸出を抑制する可能性があるなど、輸入牛肉を取り巻く世界情勢は不透明な部分が多い。低価格志向の強い同国が、今後も輸入による牛肉の安定供給を維持できるかは不透明である。
 



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