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話題 畜産の情報 2020年8月号

英国バークシャー種導入と養豚経営再開に向けた取り組み

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愛知県立渥美農業高等学校 教諭 尾崎 智子

1 はじめに

 愛知県田原市は、平成26年から6年連続、市町村別農業産出額日本一を誇る農業地帯です。畜産業も盛んで、酪農や養豚業など、さまざまな畜産物を生産しています。田原市にある唯一の農業高校の愛知県立渥美農業高等学校の畜産部門では、昨年までランドレース種、大ヨークシャー種、デュロック種を飼育し、三元豚と呼ばれるLWD生産の一貫経営を行ってきました。16頭の母豚を基盤に年間約350頭を出荷し、基礎的な知識の定着や技術向上のための体験的な学習を進めてきました。
 生徒主体のプロジェクト学習の一環として、新品種の導入を検討しており、英国由来のバークシャー種を扱う信州BBファームから黒豚を導入し、飼育に挑戦する計画がありました。また、田原市内で芋焼酎を製造している方に、焼酎粕の飼料化を提案していただいており、肉質の良いといわれる黒豚に、芋焼酎粕を給与し、さらなる肉質向上を図る新プロジェクトとして「酒粕黒豚プロジェクト」を30年12月から始動しました。興味・関心を持った生徒たちが活動チームを結成し、黒豚の導入を心待ちにしていました。

 

2 CSFの発生と本校の防疫対策

 平成30年9月に岐阜県でCSF(豚熱)が発生し、31年2月6日にはついに愛知県田原市でも陽性が確認され、その後も感染拡大は止まらず、発生2例目以降は本校も搬出・移動制限区域となりました。豚の出荷停止や、防疫対策として立入り制限の厳重化により、授業で生徒を農場へ入れることもできず、教材として飼育している豚を授業で扱うことができなくなりました。そして市内の養豚場では次々と感染拡大し、家畜保健衛生所からは連日、発生の報告がありました。在籍する養豚後継者の家の農場も、関連農場として殺処分の対象となり、本校においてもその感染リスクは高まる一方でした。田原市は養豚業が盛んな地域であり、学校の近くに養豚農家が多くあること、後継者が在籍していること、多くの人が出入りする場所であることなど、さまざまな理由により、本校農場での感染は無かったものの、本校の豚もCSF感染の可能性が大きいと判断し、31年4月には全頭出荷を決断しました。感染拡大が収まる気配もなく、黒豚の導入計画も白紙に戻ってしまいました。
 4月に全頭出荷を決めていたものの、当時は妊娠豚や哺乳子豚もいました。農場外への移動や出荷制限中の上に、早期出荷さえできない日々が続いたため、出荷体重を超えた豚に加え、多くの豚が出荷体重に近づく状況でした。市内では依然として感染拡大が続き、本校への感染リスクも増すばかりで、飼育スペースも余裕がなくなり、防疫対策に奔走する職員も、ただ耐え続ける日々でした。本校の豚をCSF感染から守り、最後の出荷を終えたのは制限解除後の令和元年11月でした。全頭出荷を決めてから約半年以上かかり、全ての豚の出荷が完了しました。
 

3 養豚経営の再開へ向けて

 全頭出荷完了後も、しばらくはワクチン接種が行われず、すぐ新しい豚を導入することもできませんでした。その間、生徒のプロジェクト活動の一環として、地域で開催された豚肉消費イベントや各種発表会へ参加すると共に、養豚経営再開に向けた豚舎の洗浄・修理・消毒を続けてきました(写真1)。豚舎丸ごとがクリアな状態から再開するために、長い時間をかけて生徒たちが細かな部分まできれいにしてくれました。豚舎の準備が終わりに近づいたある日、黒豚を導入する予定だった信州BBファームから連絡をいただき、再び導入の話を進めていただけることになりました。そして令和2年2月20日に雄2頭、雌6頭(全5系統)の黒豚を本校に迎え(写真2)、ついに本校での養豚経営再開の第一歩を踏み出しました。生徒たちは再び豚を飼育できること、プロジェクトが再始動できることに大変喜びました。また、全頭出荷から養豚経営が再開でき、愛知県内の農業高校で初めてバークシャー種を導入したことなどを新聞で何度も取り上げていただいたことで、地域の方だけでなく、多くの方に本校での活動を知ってもらい、応援の声をいただけるようになりました。6月2日には本校で初めてバークシャー種の子豚が10頭誕生しました(写真3)。本校での分娩は約1年ぶりであり、現在は生徒・職員が力を合わせて大切に管理をしています。他の雌5頭も種付けが完了しており、夏にかけて次々と分娩予定です。今回誕生した子豚は順調に育てば、2月下旬には出荷予定で、本校初となるバークシャー種の豚肉を出荷できることになります。





 

4 今後の取り組み

 黒豚の飼育を開始してまだ数カ月ですが、今まで飼育してきた豚とはサイズ・性質、全てが違うため、現在は飼養方法や飼料給与を検討する日々です。先日、芋焼酎粕を提供していただく予定だった市内の焼酎生産者の方から連絡をいただき、令和3年4月から、芋焼酎粕を提供してくださることになりました。さらに、本校の場において生徒たちが芋の栽培を開始し、飼料として給与する実験の準備を開始しました。発案から約1年半という長い時間がかかりましたが、やっと活動が本格化する予定です。
 プロジェクト活動や日常的な管理実習の他に、純粋バークシャーを飼育している本校だからこそできる学習活動にも挑戦する予定です。それは黒豚の振興です。黒豚生産を中心に行っている農場は多くありません。しかし、バークシャー種の肉質は他品種と比べると別格であり、生産性は大型種に劣るものの、その肉質に大きな価値があると言われます。実際飼育してみると、母性も強く穏やかな性質を持つバークシャー種の母豚は哺育がうまく、全ての子豚を順調に成長させています。哺乳中の事故は起こっていません。肉質だけでなく、この飼いやすさもバークシャーという品種の特性だと感じます。まずは本校でバークシャー種の生産体系を確立させ、特徴や性質を把握し、その後は種豚販売という形で黒豚振興に取り組みたいと考えています。ただ豚を生産・出荷するだけでなく、繁殖農場として他農場に本校のバークシャー種を広めていくという活動を通じて、畜産には品種・系統保存という役割があることも伝えたいです。

5 おわりに

 市内でCSFが感染拡大し、さらにワクチン接種の見通しが立っていなかったときには、数年後まで本校での養豚は再開できないと覚悟していました。次々と感染していく地域の養豚農場のことを考えると心苦しく、さらに本校の豚を感染させてしまわないか、本当に守り切ることができるのか不安な日々でした。生徒が一生懸命に頑張ろうとしていたプロジェクトも白紙に戻り、生徒たちもやるせない気持ちがあったかと思います。それでも、本校全職員、生徒、さらには地域の方々の理解のおかげで養豚経営再開が実現できました。今回経験したことは、畜産業の難しさを生徒たちが体験的に学ぶ良い機会になったと考えています。現在生徒たちは、毎日豚舎に通い、遅くまで学校に残って実験を計画しています。大変な中にも生き生きとした姿があり、楽しそうに活動しています。黒豚生産の他にも、本校では養牛、養鶏も学習しています。本校で学んだ生徒たちが、将来地域の農業や関連産業を支える人材になれるよう、体験的な学習を通して畜産業の楽しさ、難しさをこれからも伝えていきます。