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調査・報告 畜産の情報 2020年8月号

ICTを利用した飼養管理の取り組み〜JA 鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センター〜

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鹿児島事務所 海老沼 一出(現調査情報部)

【要約】

 近年、国内における肉用牛生産基盤の弱体化が叫ばれる中、JA鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センターでは肉用子牛頭数の増頭に向け、従来の肥育経営から繁殖経営に切り替えるとともに、分娩監視システムおよび牛群管理システムなどのICTを活用した効率的かつ効果的な飼養管理を行っている。これにより、分娩間隔を平均より短縮するなどの高い生産性を実現している。今後も飼養管理技術の探求を継続することにより、県内の肉用牛生産基盤の底上げと生産技術の向上を目指すとのことであり、一層の発展が期待される。

1 はじめに

(1)鹿児島県の農業の概要

 鹿児島県は温暖な気候と広大な畑地を生かした、野菜や花き、茶などの農業生産が盛んであるとともに、牛や豚をはじめとする全国有数の畜産の盛んな地域として知られている。平成30年の農業産出額は4863億円(全国第2位)であり、部門別の構成比は畜産65.2%、耕種32.6%、加工農産物2.2%と、畜産が金額ベースで半分以上を占めている(図1)。同年の農業産出額の都道府県別順位は、肉用牛および豚では1位、畜産部門全体でも2位となっており、飼養頭数は肉用牛が2位、豚が1位を記録し、日本の畜産を支える存在となっている(図2)。



 

(2) 鹿児島県の肉用牛生産の概要

 近年の肉用牛の生産状況の推移を見ると、飼養戸数は年々減少の一途をたどり、平成31年には8000戸を割るなど、昭和60年のおよそ6分の1にまで縮小している(図3)。一方で、飼養頭数は22年の36万7900頭をピークに年々減少していたものの、生産者の規模拡大がより一層進むとともに、生産基盤強化の取り組みが奏功し、29年に前年対比で増加に転じ、以降3年連続で前年を上回っている。また、同県の肉用子牛取引について見ると、高齢化や後継者不足による繁殖農家の減少により繁殖基盤の縮小が進み、22年以降、出荷頭数は減少傾向となり、28年以降は微増ないし横ばいとなっている。取引価格は上昇傾向で推移し、28、29年には70万円台後半を記録し、その後も高値傾向が継続している(図4)。このような肉用子牛価格の高止まりは、肥育農家の経営状況に直接影響し、前述の飼養戸数や頭数にも波及する恐れがあるため、近年の課題の一つとなっている。



 
 なお、本稿で紹介する取り組みは、肉用子牛取引価格および牛枝肉価格が新型コロナウイルス感染症(COVID‐19)の影響を受ける以前の、上述の長期的な課題に対応するため進められてきたものである。

2 JA鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センターの概要と飼養管理の特徴

(1)JA鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センターの概要

 肥育農家にとって、もと畜費は経営コストの過半を占めることから、肉用子牛の全国的な不足による昨今の取引価格の高止まりは、肥育農家にとって大きな問題となっている。このような状況を打開すべく、本稿で取り上げるJA鹿児島県経済連(以下「経済連」という)では近年の繁殖経営農家の減少に伴う肉用子牛取引価格の高止まりに対応するため、肥育を主として展開していた従来の牧場経営から、一部の牧場を繁殖に切り替える方針をとった。こうして平成29年、経済連は、これまで肥育牛を飼養していたJA鹿児島県経済連知覧肉用牛育成実験センターを、新たにJA鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センター(以下「繁殖センター」という)に名称変更の上、繁殖経営に乗り出した(図5)。
 

 
 切り替え当初、繁殖センターでは、経済連系列の他の繁殖牧場から繁殖雌牛を導入し、その後6カ月ほどかけて現在とほぼ同規模となる100頭前後まで増頭した(写真1)。導入した牛は順次人工授精を行い、30年4月に初の分娩を迎え、生まれた子牛が本年後半を中心に初めて肥育牛として出荷される予定となっている。繁殖センターは繁殖経営への切り替え後まだ日が浅く、繁殖牧場としての基盤確立に向けた初期段階にあるといえるものの、当初からICT(注1)を取り入れた飼養管理を行い、高い生産性を実現している。

(注1) Information and Communication Technologyの略称で、情報・通信に関する技術の総称。
 

 

(2) 繁殖センターにおける飼養管理の特徴

 繁殖雌牛の導入から約3年が経過し、調査時点(令和2年3月現在)では、従業員2名体制で繁殖雌牛102頭を飼養し、その多くは2産を経験したところであった。子牛の生産実績は80頭/年(令和元年実績)、全頭を経済連の関連施設であるいぶすき肉用牛実験センター(指宿市)に出荷している。
 分娩管理においては分娩監視システムを、また牛群の生育管理においてはクラウド牛群管理システムをそれぞれ導入し、ICTを活用した飼養管理に取り組んでいる。その結果、供用した繁殖雌牛の分娩間隔はおおむね12カ月と、全国平均の13.2カ月(平成30年、公益社団法人全国和牛登録協会調べ)より短く、高い生産性を実現している。

3 飼養管理におけるICTの活用

(1) 分娩監視システムを用いた分娩管理

 分娩監視システムとは、牛の膣内に挿入した体温計により、24時間体制で体温を監視し、分娩を予測、検知してメールにて通知するシステムである(写真2)。経済連系列の他の牧場において先行して同システムの採用実績があり、従業員からの評価も高かったことから、繁殖センターにおいても導入した。牛は分娩の24時間ほど前に、体温が通常時より約0.5度低下する傾向がある(写真3)。分娩監視システムはこの兆候を検知すると、24時間後に分娩が始まる可能性があるとして、最初の検知情報をメールで通知する。これにより、生産者は事前に分娩準備やスケジュール調整が可能となる。いよいよ分娩が近づき破水すると、分娩監視システムの温度センサーが体外に放出されるため、センサーの計測温度が外気温にまで急激に低下する。この温度低下を検知すると、破水が始まったとして、2通目のメールが送信される。





 このように、生産者が時間に余裕を持って、分娩に向けて準備できる点が分娩監視システムの大きなメリットである。通常、分娩開始時間の予測は難しいが、同システムを用いることで、分娩の大まかな時間帯が予測できるようになり、分娩が夜間になる可能性が高い場合でも事前に準備ができるため、生産者の精神的・肉体的な負担の軽減が期待される。また、分娩時間が予測できることにより、夜中に人知れず分娩が始まり、朝の見回り時に初めて不幸な事故が発覚するといったことを回避でき、経済的損失の軽減も図ることができる。具体例でいうと、逆子などの難産の場合、人による助産が必要な場合もあるため、胎児死などの分娩事故につながってしまうことがあったが、分娩監視システムの導入により、事前および破水時に通知があることで、あらかじめ準備を整えて分娩に立ち会えるため、非常事態でもスムーズな対応ができるようになった。
 しかし、この分娩監視システムも万能ではなく、体温の低下が明確に表れないと、24時間前の分娩兆候として検知できない場合がある。牛の体温サイクルには個体差があり、分娩前の体温低下が軽微な個体もいるため、全体の3割程度は24時間前の事前通知がないまま、急に破水通知が届いてしまう事例がある。なお、この場合においては、急きょ分娩の立ち合いに牛舎に向かうこととなるが、それでも分娩時には必ず通知が来るため、分娩が始まればすぐに駆け付けることができ、被害の軽減を図ることが可能となる。
 また、もう一つの難点として、群飼いの場合、他の牛が分娩監視システム装置を引き抜いてしまうことによる誤送信がある。これは装置の構造によるもので、体内で体温を検知するセンサー部分と、データ送信を行う短いアンテナ部分に分かれているが、このアンテナが牛の体外に出ているため、他の牛が興味を持ち、引き抜いてしまうとことがあるとのことであった。誤報回避のため、基本的には単房に移動された妊娠牛にのみに装着し、分娩監視用として運用している状況にある。
 

(2) 牛群管理システムを用いた牛群管理

 牛群管理システムとは、牛の行動を管理するアプリケーションで、パソコンやスマートフォンなどを用いて、作業状況や牛の行動パターンといった飼養管理をする上で必要なデータを管理できるシステムである。繁殖センターは実験牧場でもあるため、ICT、特に牛群管理システムの導入は、繁殖牧場としての運用当初から採用する方針となっており、経済連系列の牧場で初めて導入されたものであった。
 このシステムに牛の個体情報を登録し、授精や分娩などの管理情報を追加することで、牛群全体を効率的に管理することができるようになる。繁殖経営の生産性を高めていく上で、授精日時、妊娠状況、分娩予定日、分娩からの日数などの飼養上の重要な情報を、個体ごとに把握・管理することは、経営の効率性や合理性の観点から大変重要な作業である。これらの情報の見落としは生産性の低下を引き起こす恐れがあるからである。特に牛群の規模が大きくなると、それに比例して情報量も多くなり、飼養管理は煩雑となるため、このようなシステムの導入は生産者にとって大きな助けとなる。また、牛群管理システムに記録された情報は、牧場から離れたところでも確認できるため、牧場従業員以外の職員でも簡単に確認できる。このような情報の共有により、現地にて飼養管理要員を最小限にすることができるとともに、遠隔地も含めた緊急時における支援体制の調整も速やかに行うことができるようになった。現在、繁殖センターの管理情報は、鹿児島市内にある経済連の本所でも見ることができ、本所の獣医師が常に牧場の状況を把握できる体制となっている。
 また、牛群管理システムには、飼養管理情報を直接入力する方法もあるが、繁殖センターでは牛の首に装着するセンサーである「カラー」を導入し、牛群管理システムと連動させている(写真4)。カラーにはGPSおよび加速度センサーが内蔵されており、牛の行動パターンを随時観測することができ、その情報は牛群管理システムへ転送され、記録・管理される。なお、カラーにはあご の動きを観測できるセンサーも内蔵されており、そしゃく・反すうなどの採食行動も検知することができる。これらのセンサーから転送された行動パターンや採食行動などの情報を牛群管理システムにて一元管理し、発情の検知や健康状態を判断することも可能になる。普段より行動が活発であれば、発情の兆候である可能性が高く、また、休んでいて動かない時間があまりに長い、採食が少ないなどの兆候が見られれば、病気の可能性を考慮して早期に対応することができる。

 
 また、運用時の利点として、カラーは牛の首に装着するため、センサー装着時に牛に蹴られるなどの事故が発生する可能性が低いことも挙げられる。牛の首を固定できれば、一人でカラーを装着することも可能であり、限られた労働力でも運用が可能である。繁殖センターでは分娩監視システムを分娩監視専用、牛群管理システムに付随するカラーを発情観測専用として使い分け、繁殖経営における高い生産性を実現する上で重要なポイントである発情と分娩を確実に観測し、見逃さずに対応できるような体制を整えている。
 

(3) 今後導入を検討しているICT

 繁殖センターでは100頭前後という多頭飼養を展開しているところ、飼養状況の全体把握のため、ICTの活用を進める一方で、時間の許す限り必ず従業員の見回りによる実視確認も併せて行うように努めている。しかしながら現実的には、少人数で常に牛の状態を実視することは事実上不可能であることから、それを補完すべく、牛舎での監視用カメラの導入を検討している。現在も分娩監視システムやカラーによる観測で、発情や分娩など牛の状態を数値や文字情報などとして確認できる状況にあるが、これらの機器は数に限りがあるため、全頭をモニタリングできるわけではない。また、分娩監視システムは妊娠牛に、カラーは分娩後の繁殖雌牛に利用していることから、子牛など機器が未装着の牛の状況についてはモニタリングできない。しかしながら牛舎に監視用カメラを導入すれば、牛舎全体をより広範囲でモニタリングできるようになり、人手不足を補う効果が期待できる。
 なお、監視用カメラの導入は、データ回線を用いることによるコスト高が課題となるため(注2)、費用対効果を検証の上、今後検討を進めていくとのことであった。

(注2) 分娩監視システムとカラーは、それぞれ無線でのデータ送信であることから、牛舎〜事務所間の敷線工事が不要であった(写真5)。
 
  

4 今後の目標および課題

 今後の繁殖牛の更新は、年齢よりも繁殖成績を重視して行っていくこととしている。他の経済連系列の牧場では13産を迎えた例もあったとのことで、繁殖センターもゆくゆくはそのような牛が出てくるのではないかと期待している。また、今後の繁殖雌牛の調達については、自家保留中心で運用していく方針で、肉用子牛の頭数不足への対策を目的に設立されたセンターである故、市場からの導入は考えていないということであった。
 また、当座の課題として掲げているのは、肉用子牛の早期出荷への対応である。早期出荷が可能となれば1頭当たりの育成期間が短くて済み、飼養コストの削減が可能となる。現在のところ、子牛は8カ月齢で出荷される。その後、肥育牧場での肥育を経て出荷となるが、肥育期間の短縮化が進み、17カ月肥育(25カ月齢)での出荷と、通常より4カ月程度早いものも現れるようになってきているとのことであった。
 早期出荷のための主な取り組みとしては、早期に腹作りを終えて食い込みの良い子牛を育成する飼養技術や、早期出荷に適した血統の探索などを挙げていた。繁殖経営を行う牧場であるため、主に子牛をもと牛として出荷するまでの哺育、育成期間において、肥育牛の早期出荷という目標達成のため、繁殖センターがどのような役割を担うのか、どのような工夫をする必要があるのかは、引き続き詳細に検討すべき課題としている。
 飼養期間の短縮には早期の増体が肝要で、1日の飼料給与量を増やす必要がある。そのためには生育ステージのなるべく早い段階で、しっかりと飼料の消化できる消化器官を作る「腹作り」が、哺育期および育成期において求められる課題である。生育ステージにおいて、肥育期間18カ月のうち、最後の6カ月が仕上げ期となる中、肉質を高めるための後半3カ月が特に重要な期間とされている。そのため、肉質を高める期間をしっかりと確保しつつ、短期間で増体させるためには、生育ステージごとにどのような飼養管理をすべきか、適切な飼養環境をどう整えていくかなどを追求していく必要がある。それと同時に、短期間の増体および早期出荷に適した血統の探索も併せて進めていく必要があると考えているとのことであった。
 現在もICTを用いて高い生産性を実現しているが、繁殖センター産の子牛は今年後半を中心に肉用牛としての出荷を迎える予定であり、枝肉成績などのフィードバックに基づいて飼養管理方針の改善や基盤づくりのための設備投資の方向性が検討される見込みである。繁殖センターとしては、実験牧場という側面を踏まえ、肉用牛の飼養管理方法の探求を積極的に行い、より高い生産性の実現を目標に技術の向上を図り、地域の畜産農家へ還元していきたいとのことだった。令和4年には、鹿児島県において第12回全国和牛能力共進会が開催予定となっており、本共進会に向けた、繁殖センターの今後の活躍が期待される。

5 おわりに

 繁殖センターは、県内における肉用子牛頭数の不足に対する対策として、平成29年に繁殖経営を開始してから現在4年目を迎えている。実験牧場でもある繁殖センターは、設立当初よりICTを積極的に導入・活用することで、従業員2名で約100頭の繁殖牛の飼養を実現し、高い生産性を確保している。引き続き飼養技術の向上を図り、早期出荷に取り組むなど、さらなる探求を目指す繁殖センターの姿勢は、国内の繁殖基盤強化を図る上で非常に心強く、今後の成果を期待したい。

謝 辞
 年度末のお忙しい中、取材にご協力いただきましたJA鹿児島県経済連知覧肉用牛繁殖センター農場長 杉元淳一氏、職員 内倉大作氏、JA鹿児島県経済連肉用牛事業部肉用牛課長 大里和弘氏、公益社団法人鹿児島県畜産協会調査役 内倉亘氏およびご協力いただきました関係者の皆様に心から感謝申し上げます。