畜産 畜産分野の各種業務の情報、情報誌「畜産の情報」の記事、統計資料など

ホーム > 畜産 > 畜産の情報 > 先進的大規模酪農経営におけるICT活用による経営革新〜本川牧場を事例に〜

調査・報告 畜産の情報 2020年12月号

先進的大規模酪農経営におけるICT活用による経営革新〜本川牧場を事例に〜

印刷ページ
九州大学大学院 農学研究院 農業資源経済学部門 助教 長命 洋佑

【要約】

 酪農経営は、他の畜種と比べて、一人当たりの労働時間が長く、労働負担軽減が大きな課題となっている。そうした中、発情発見装置や分娩監視装置などのICT活用への期待が高まっている。そこで本稿では、先進的大規模酪農経営を展開している有限会社本川牧場への調査より、ICTを活用した時系列での個体管理データの収集・分析を行うことで、生産性向上に結び付けている取り組み実態を明らかにした。

1 はじめに

 近年、ICT(情報通信技術)の進歩は目覚ましく、農業分野においても政府主導でICTの運用を推進するため、「スマート農業」の実現に乗り出している。特に、省力化・軽労化、精密化・情報化などの視点から、ICT、RT(ロボット技術)、AT(自動化技術)などの活用による農業技術革新が期待されている。畜産現場においてもICTなどを活用することにより、飼育環境の効率化による生産性の向上とともに、労働負荷の省力化により効率的な飼養管理が図られてきている。南石(2019)は、「『スマート(Smart)』には,機敏,頭のよい,賢明,気のきいた,洗練されたといった意味があるので,『刻々と変化する状況変化に応じた,きめ細やかで,洗練された最適な生産管理や経営管理を迅速に行う農業』と言い換えることもできよう」と述べている。
 実際、酪農経営における一人当たり年間の平均労働時間は、他の畜種や製造業と比べ長いのが現状である(表)。農林水産省(2020)では、酪農経営における労働時間の短縮への対応として、飼養方式の改善、機械化、外部化などの取り組みを推進している。さらに、酪農の生産基盤強化を図る上で、分娩間隔短縮や子牛の事故率低減、労働負担の軽減を図ることの重要性を指摘しており、ICTなどの新技術を活用した搾乳ロボットや発情発見装置、分娩監視装置などの機械装置の導入を支援し、酪農経営における生産性の向上と省力化を推進していくことを方針として掲げている。

 
 そこで本稿では、酪農経営においてさまざまなICTを利活用し規模拡大を図っている有限会社本川牧場(以下「本川牧場」という)への調査を行い、ICT活用の実態把握および導入効果に関する検討を行うこととする。本川牧場は、後述するように本牧場における酪農生産を中心に経営発展を遂げ、現在では野菜生産農場、飼料生産・販売会社などへと独立・派生し、グループ、いわゆるクラスターを形成している。本稿では、グループの中核を担っている本川牧場の取り組みについて述べていく。以下、次節では本川牧場を含むホンカワグループの沿革について整理を行う。第3節では、ホンカワグループの構成主体について整理を行う。第4節では、本川牧場における効率性を追求した飼養管理について述べる。第5節では、本川牧場におけるICT活用の取り組み実態を明らかにする。

2 ホンカワグループの沿革

 現社長(本川和幸氏)の祖父が1955年に日田盆地内(北部九州のほぼ中央、大分県西部に位置する日田市)で酪農を開始したのがホンカワグループの始まりである。その後、現社長の父親(本川角重氏)が酪農経営に参画したのが1967年であり、当時の飼養頭数は20頭であった。角重氏は1971年に後継者育成資金を利用し10頭の増頭を行い、30頭をつなぎ牛舎で飼養するようになった。1975年には農業構造改善事業により半額補助を受け、農地取得および農業機械購入のために5000万円を借り入れ、同市内の誠和町美濃台へ移転した。飼養管理に関しては、これまでのつなぎ飼い牛舎からフリーストール・ミルキングパーラー併設牛舎への転換を図り、飼養規模を60頭まで拡大した。1979年に本川牧場を設立し、資本金200万円で法人化した。
 1983年には、飼料用原料として焼酎かすの取り扱いを開始し、1987年に発酵TMRを製造販売する株式会社ホンカワ(資本金1000万円)をグループ企業として設立、1989年にはTMR工場を建設した。飼料会社の設立により、地域内の産業連携を視野に入れ、地元醸造所の麦焼酎かすなどを飼料原材料として取り入れたほか、牛ふん堆肥を使用したアスパラガス、白ネギ栽培を行うなど、循環型農業の展開を図っている。1992年には畜産環境対策事業により堆肥舎を建設している。
 1993年ごろより、今後5〜6年で搾乳牛を300〜500頭へ増頭し完全雇用による経営とする意向を持ち、認定農業者となった後、ET事業への取り組み、経産牛を120頭へと拡大するなどの展開を図っていった。1996年には、農業経営基盤強化資金(以下「スーパーL資金」という)により、直下型換気扇を設置したフリーバーン牛舎(4割補助)を新築し、環境に配慮した500頭規模の畜舎を建設した。併せて20頭複列のへリングボーンパーラー(2割補助)を導入し、初妊牛200頭を導入した。1998年には、本川牧場の資本金を1000万円に増資し、社員寮の新築を、1999年には、育成牛300頭の牛舎を新築するとともに、経産牛は640頭規模まで拡大した。2000年には、米国での酪農経営研修中にロータリーパーラーを視察する機会があり導入を考え始めた。数億円にも上る設置費用を回収するためには、さらなる飼養頭数の拡大が必要であったため、帰国後まず、牛舎を増築し、規模拡大を図った。そして、再びスーパーL資金を利用しロータリーパーラーの導入を実現し、ロータリーパーラーとへリングボーンパーラーで約1500頭の搾乳牛の搾乳を可能とした(写真1、2)。
 


 
 2002年には、海外から牧草などを輸入販売するJ-アグリ株式会社を資本金1000万円で設立するとともに畜産経営活性化事業で和牛繁殖・育成牛舎を新築し、熊本県阿蘇の草地で育成牛放牧を開始している。さらに2003年には米国・カリフォルニア州に関連会社J-Agri Corporationを設立し、牧草の買い付けと日本への輸出を本格化した。また同時期に堆肥処理施設を新設している。
 2006年には大分県日田市天瀬町塚田に農地を購入し、翌年に放牧と白ネギの栽培を開始した。さらに2009年にはベトナムのビタン市にHonkawa Vina Co.,Ltd.を設立し、ドライバガス、バガスサイレージなどを製造し、日本への輸出を開始している。
 2009年ごろより、現社長の本川和幸氏が獣医師として勤務した後、本川牧場に入社し実質的に経営を担うようになった。図1に示すように、同社の社訓は「共生」、経営理念は「わたしたちは人と自然を大切にし、食と農の共生の輪をひろげ、地域の発展と豊かなくらしに貢献します」であるが、それに加え和幸氏は「牛にやさしい」経営を目指している。この理念に基づき、2007年から子牛における「呼吸器や消化器の疾病予防」と、搾乳牛における「乳房炎の発生を減らし、良い乳質の生乳を生産する」を目標に飼養管理の変更を行い、2012年からは、クラウドシステムによるオリジナルの牛群管理ツールを得たことで乳牛の「代謝性疾患・産じょく期疾病を減らし、多頭飼育酪農で乳牛の長命連産化を図る」に取り組み、乳量および売上高の増加に成功している。また、経営改善の中で2015年に元銀行員の大脇建氏を人事部長として迎え、人事査定と能力に基づく給与制度などを導入するとともに、後継者は社員から育てるとの意識の下、「農家から企業へ」を掲げている(日本農業法人協会2017)。
 

 
 2017年、社長が角重氏から和幸氏へと交代した。同年、600頭規模の育成牛舎を増築することにより育成牛だけで1000頭規模の経営へと拡大した。2019年には搾乳牛牛舎に一度に60頭搾乳可能なロータリーパーラーを導入し、2020年2月12日より本稼働している。
 現在、ロータリーパーラーでの搾乳頭数は約2000頭であり、産次数や泌乳量といった牛の泌乳ステージに応じて1日2回搾乳、3回搾乳に分類されている。搾乳は朝の3時、昼は11時、夜は19時から行われている。1周およそ12分程度であり、1頭当たり搾乳時間は4〜5分程度となっている。

3 ホンカワグループの構成主体の現況

 前節では、ホンカワグループの沿革について述べてきた。現在、ホンカワグループの国内法人は、(1)有限会社本川牧場(2)株式会社ホンカワ(3)J-アグリ株式会社で構成されている。以下では、それら三つの構成主体の現状について簡単に整理しておこう。
 

(1)有限会社本川牧場

 ホンカワグループの本体は本川牧場(所在地:大分県日田市大字高瀬)であり、代表取締役社長は本川和幸氏である。資本金は1000万円、2019年の年商は約28億9000万円となっている。主な業務内容は、(1)生乳の生産販売(2)子牛の育成および販売(3)発酵牛ふん堆肥販売である。
 本川牧場では、三つの農場を有しており、一つ目は、搾乳を主とする美濃牧場である。同牧場では、ミルキングパーラーなど最新設備の導入、ICTを活用した牛群管理・個体情報管理、生産計画などによる牛群の健康管理を行い、高品質な生乳を生産している。
 2020年2月現在の飼養頭数は、乳用牛が経産牛2100頭、育成牛500頭、肉用牛が繁殖雌牛230頭、雌子牛500頭となっている。
ロータリーパーラーでは24時間体制で朝昼夜と1日3回の搾乳を行っている。1日当たりの乳量は夏で55トン、冬で65トンである。また、以前は和牛や交雑種(F1)の肥育牛を数千頭規模で飼養していたが、「肥育牛の飼養技術がなく、酪農が本分の牧場」であることから乳牛の飼養に注力し、2016年以降から段階的に肥育事業から撤退した。繁殖雌牛を230頭程度飼養しているが、これは乳牛に移植する和牛受精卵を採取するためである。生まれてきた和子牛は、自家留保される一部の雌子牛を除いて、3〜4カ月齢で出荷される。
 第二の農場は、伏木牧場である。伏木牧場は育成牛用の牧場であり、10ヘクタールの敷地で約900頭飼養している。
 第三の農場は、天瀬農場である。総面積は約355ヘクタールで、牧草地100ヘクタールで乳牛の放牧育成(春〜秋に100頭)を行っているほか、白ネギ7ヘクタール、アスパラのハウス8〜9棟などで生産・販売を行っている。本農場では、牧場で作られた堆肥の 場への投入や焼酎かすやおからなど食品製造副産物を原料とした飼料生産を行っている。また、後述する教育ファームの設立も予定している。
 

(2)株式会社ホンカワ

 次いで、株式会社ホンカワ(以下「ホンカワ」という)の現状について述べていこう。同社の代表取締役は本川和幸氏であり、所在地は大分県日田市大字高瀬である。資本金は1000万円、年商は13億円(2019年)である。1987年に飼料加工製造部門を本川牧場より分離独立する形で設立された。業務内容は、飼料販売・産業廃棄物収集運搬処分業・運送業であり、取扱品目は発酵TMR(乳用牛用と肉用牛用)であるが、90%は自社牧場での使用であり、顧客販売はわずかとなっている。その他、濃縮焼酎かす販売、乾牧草の輸入(ベトナム)を行っている。
 また、ホンカワでは、J-Agri CorporationおよびHonkawa Vina Co.,Ltd.といった海外現地法人を有している。J-Agri Corporationは、米国・カリフォルニア州オレンジカウンティ群アーバイン市にあり、資本金は12万ドル、年商1611万ドル(2019年)となっている。業務内容は、米国・カリフォルニア、オレゴン、ワシントン、ネバダ、アイダホ、ユタ州およびカナダからスーダン、アルファルファ、チモシーなどの乾牧草を、日本を中心に、韓国、中国、中東向けに輸出している。さらに、牧草以外では酪農・畜産機器(スタンチョンなど)、TMRミキサー(カナダSupreme社総代理店)などの取り扱いを行っている。また、Honkawa Vina Co.,Ltd. であるが、所在地は南ベトナムのハオジャン省ビタン市である。資本金は1億円であり、主にサトウキビの搾りかすであるバガスを生産している。また、北ベトナム工場ではトウモロコシの実を取った後の芯を粉砕したコーンコブをきのこ用の培地原料、飼料用に生産している。さらに、コーンサイレージ、パインサイレージなどのサイレージもベトナム全土で生産し、輸出を行っている。
 

(3)J-アグリ株式会社

 代表者取締役は本川角重氏である。本社は福岡県朝倉市にあり、横浜営業所が神奈川県横浜市に、中国営業所が広島県安芸高田市にある。資本金は1180万円、年商43億円1000万円(2019年)で、業務内容は輸入牧草をはじめとした飼料全般の販売である。主な輸入取扱品目は、米国からはスーダンヘイ、アルファルファヘイなど、カナダからはカナダチモシーなど、豪州からはオーツヘイなど、ベトナムからはバガス、バガスサイレージなどである。その他に酪農機器(スタンチョン他)やTMRミキサー(Supreme社総代理店)などの販売を行っている。

4 効率性を追求した飼養管理への刷新

 本川牧場現社長の和幸氏が入社(2007年)後、いかに生産と経営の効率性を高められるかは、子牛の疾病予防、乳牛のサイクル(「分娩・泌乳→受胎→乾乳→分娩・泌乳」)を回していくかが最も重要であると、酪農の基本を再認識した。泌乳が活発な時期にボディ・コンディション・スコア(BCS)がある程度低下するのは仕方がないが、適切な栄養バランス管理を行わないと、乳量を確保できなくなるだけでなく、牛が代謝性の病気にかかりやすくなる。高泌乳牛は、栄養摂取量が相対的に不足し、ケトーシスなどの代謝性疾患に陥りがちであり、逆に、低泌乳牛は栄養摂取量が相対的に過剰となり泌乳中後期でのBCSの過度の上昇による、次の産後の代謝性疾患を中心とした産じょく期疾病に陥りがちである。産じょく期疾病の発生は、乳牛の泌乳生産能力の発現に大きな支障となり、乳生産量の低下を招く。
 2011年までの7〜8月は、猛暑による暑熱ストレスのため分娩牛の6〜7割が産じょく期疾病を発症している状態であった。この時、牛が太り過ぎているのが大きな一つの原因であり、「牛を太らせてはいけない」という乳牛の飼い方の基本を痛感した。そこで、牛個体ごとの状態に応じたTDN摂取量を飼料で調整していく個体飼養管理が必要性であったが、群単位で多頭飼育する環境では不可能だった。通常、乳牛は分娩後、40〜60日で乳量がピークに達するが、同じような飼料を給餌しても1日70キログラムを出す牛もいれば30キログラムの牛もいて、個体ごとの能力偏差は大きい。しかし、乳牛は供用期間が他の家畜に比べ長く、また分娩が単子であることから、豚や鶏よりも遺伝的な能力をそろえていくことは難しい。
 そこで、多頭飼育の牧場で、かつ群飼育の環境下で産じょく期疾病などの病気が少ない牛群管理方法はないかと考えた。ポイントは二つあり、一つは牛の泌乳ステージ(泌乳初期・泌乳最盛期・泌乳中期・泌乳後期)と個体ごとの泌乳量を合わせて群れの構成を行い、それぞれに合ったカロリーの異なる飼料を給餌することである。もう一つは、空胎日数(分娩から妊娠するまでの日数)の延長は乾乳時のBCS上昇(太る)の要因でもあるから、空胎日数を積極的に管理するために「繁殖障害の牛を見つけて治療するだけでなく、繁殖障害の起こらない飼育・栄養管理を行いながらホルモン処置などを組み合わせ、繁殖性の向上を図る」ことである。これらのことを実行していくためには、「どの牛がどこの牛舎・群れにいるべきか」「どこの牛舎・群れのどの牛に今何をしなければいけないのか」といったことを把握しなければならなくなるが、当時の牛群管理ソフトでは対応できず、また個体ごとの生産履歴も蓄積できなかったため、クラウド型のアプリケーションであるSalesforce(セールスフォース)をベースにソフトウエアを開発した。その結果、群飼育の牛群でも適正なBCSの範囲に収めた飼育が可能となり、繁殖成績も向上した。牛の観察、情報共有の必要性など、群内での飼養管理方法が明確化され効率化が図られるようになった。特に繁殖時においては、21日の発情周期のホルモンバランスを人間が牛に合わせてコントロールするようになり、長期空胎牛と未妊娠牛が減少し、分娩→泌乳・妊娠→乾乳→分娩のサイクル順調に繰り返す牛が増加して供用期間が延長し、当時一年間に必要だった乳牛の更新頭数が200頭減少した。飼養管理の改善により、乳牛が淘汰とうた されることなく、分娩・泌乳を行えるようになった。例えば、初妊牛1頭80万円で毎年200頭更新するとした場合、年間約1億6000万円のコスト削減となる。本川牧場では、これら乳牛の状態に合わせた飼養管理を行うことにより、自家育成牛の増加、更新率の低下、産次数の増加など乳牛の長命性の向上を実現した。

5 本川牧場におけるICT活用による経営革新

 本川牧場における効率性を追求した飼養管理への刷新に大きく寄与したのがICTの導入である。以下では、乳牛の飼養管理において特に重要となっている個体管理に関するICT活用として、株式会社富士通九州システムズの「牛歩SaaS」システムおよびSalesforceの二つの導入事例について見ていくこととしよう。
 本川牧場では、従来より牛の発情兆候を把握することは大きな課題であった。本川牧場では、富士通九州システムズの繁殖支援サービス「牛歩SaaS」システムを利用している(図2)。同システムは、発情時に歩数の増加が見られる牛の行動特性に注目し、牛に歩数計を装着することでその歩数情報をインターネット経由でクラウド上に蓄積、センター側でデータを解析することで発情兆候などを検知し自動通知するシステムである(高嶋2015)。同システムで自動的に発情兆候を監視することにより、発情兆候の見逃しを減らすことができ、繁殖率の向上および経営の改善が可能となる。また、同システムでは1時間単位で牛の行動量をグラフ化して視覚的に把握することができ、過去データと比較することで、発情兆候を発見することが可能となっている(図3)。さらに、発情周期が約21日であることから、人工授精の実施から21日後の歩数変化により、受胎の有無を確認できるほか、通常時との歩数比較により、病気やけがの可能性を把握することができる。本川牧場ではこうしたリアルタイムでの情報を蓄積し、分析することで効率的な飼養管理を行っている。これまで牛歩SaaSは、和牛において主に利用しており、乳牛においてはごく限られた利用であったが、今後は、乳牛にも取り入れていく方針である。
 


 
 次いで、Salesforceの活用について、見ていくこととしよう。Salesforce導入以前は、乳牛の飼養管理に関する情報は市販の乳牛管理ソフトで行っていた。それ以外の牛の情報(ワクチン接種、削蹄、病歴など)については、市販ソフトがなかったためExcelやAccessで管理していた。しかし、飼養頭数の増加に伴い管理が難しくなってきた。そうした折、先代の角重社長が2009年に導入を検討し、現場の従業員が利用しやすいような機能の改善、整理を行うなどシステムの刷新を試み、スムーズな活用が可能になったのが2011年である。新しいシステムでは、牛の個体情報(耳標番号)や飼養管理の現場で行われている作業情報など、300項目にわたるデータを収集している(図4)。例えば、乳牛なら繁殖実績や分娩予定日、直近の乳量成績、人工授精や受精卵移植の成績などである。現在は、牧場内の約5000頭すべての情報をSalesforceに登録しているほか、過去に出荷した肉牛や子牛などの情報もすべてSalesforceで一括管理している。これらの情報により、個体ごとのデータ(繁殖成績、乳量、病歴など)を時系列で包括的に管理することができるようになった。収集した情報は、個体ごとに1画面に集約され、パソコンやタブレット端末より、常時閲覧可能となり、飼養状況の「見える化」が図られている。さらに、収集されたデータを分析することで、発情状態にある牛の検知、健康状態に異変のある牛の把握のほか、飼養頭数全体の動きから、子牛の出生予定頭数、生乳生産量、肉牛の出荷時期の予測などのデータ利用が可能となっており、飼養管理方法や経営戦略の検討に利用されている。
 

 
 また、管理している牛の状態がリアルタイムで把握・確認できるようになったことで、飼料生産を担っているグループ会社でも、牛に給餌する飼料供給に対して効率的な計画作成が可能となり、大幅なコスト削減を実現している。
 本川牧場では、こうしたICT利用・データ活用によりさまざまな成果が得られている。平均産次数に関しては、Salesforce導入以前は、牛群検定値で平均2.1産であったが、2013年には2.3〜2.4産に向上し、現在は2.7〜2.8産となっている。乳量については、10年前と比べ10%の増加となっており、2産以降の牛の乳量は1万1500キログラムと高水準となっている。また、乳牛の産じょく期疾病を予防する飼養管理方法の刷新だけでなく、子牛の消化器や呼吸器疾患、乳房炎コントロールを実施することで、子牛の150日齢までの累積での死亡淘汰率は、2008年は10%前後を推移していたが、2011年以降は一度も5%を超えていない。さらに、乳房炎対策として2008年より乳房炎乳汁の細菌検査を発症牛の分房ごとに全てで行い、牛床管理や搾乳者との比較を続けていくことをベースに、2010年より搾乳機械の点検管理項目と搾乳に使う資材の適正化、2013年より乳頭清拭方法の変更および搾乳手法の統一を図った。その結果、2009年時点で1ミリリットル当たり25万前後だった体細胞数が、現在は12〜13万程度と減少している。乳房炎にかかる牛は当時で1800頭搾乳牛がいる中で一日に3頭となり、搾乳頭数が増えた現在も変わりなく推移し、本川牧場のような大規模経営においては極めて低い数値であると言える。なお現在の更新牛の調達は、自家育成牛の割合が4割、外部からの妊娠牛の導入が6割となっているが、外部からの導入は病気のリスクが高まるため、今後は自家育成牛の割合を増やしていきたい意向を持っている。
 以上のように、多頭飼育環境下でもICT利用・データ活用を行うことで、牛のストレスを抑えながら平均産次数を改善し、母牛を長く飼う(連産性・長命性の向上)ことが可能になり、日乳量の増加および売上高の向上、さらには、非妊娠牛の肉出荷牛の削減、更新率の低下、新規導入牛のコスト削減、後継牛の確保が図られている。また、供給目標数量と生産量との差異が小さくなったことにより、継続的な生産拡大や頭数増加に伴う牛舎の増築予測など、中期的な投資計画の基礎となるデータも活用できるようになった。

6 おわりに

 以上、本稿ではホンカワグループの中核である本川牧場を取り上げ、先進的大規模酪農経営におけるICT活用による経営革新の取り組み実態について見てきた。本川牧場では、ICTを活用し、時系列でのデータ蓄積による牛個体の「見える化」を図り、牛の状況に合わせた飼養管理の徹底を図ることで、飼養頭数を増やすだけでなく、生産性を向上させてきた。今後は、自家育成牛の確保による更新率の低下、事故率・死亡率の低下、乳量の持続性と平均産次数向上などさらに改善を図り、より一層効率的な生産を行っていくことが目標である。

 
 社長の和幸氏は、肉用子牛の販売による利益を中心とする酪農経営の将来を懸念しており、市場に左右されない持続性のある経営、乳価形成を目指していくべきであると考えていた。そして消費者が本当に求めている牛乳を届けられることを念頭に置き、そのために「牛にやさしい」飼養管理を行っていくことの重要性について述べていた。そうした本川牧場の考えを具体化する構想として、社員・同業者・獣医師などが一斉に集う教育ファームの設立を掲げていた。近い将来、本川牧場から多くの人材が巣立っていくことを期待したい。

謝 辞
 今回の調査に当たり、有限会社本川牧場 本川和幸代表取締役社長、大脇建人事・広報部長 事業企画室室長、株式会社富士通九州システムズ金森昭人シニアマネージャー、高嶋秀光氏、松倉誠一氏からは多大なるご協力を賜りました。この場を借りて皆さまに感謝の意を申し上げます。

参考・引用文献
甲斐諭(2011)「グローカル資源の利活用により発展する畜産経営〜ローカル・エコフィードとグローバル資源の融合〜」『畜産の情報』No.255、pp.45-55.

総務省(2014)『データの高度な利活用による業務・サービス革新が我が国経済および社会に与える波及効果に係る調査研究』
 <https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h26/html/nc131120.html>2020年4月10日参照

高嶋秀光(2015)「牛の発情発見システムの導入効果について」『ITUジャーナル』45(5)、pp.11-14.

南石晃明(2019)「次世代スマート稲作生産経営システムの展望」農業情報学会編『新スマート農業』、農林統計出版、pp.96-97.

日本農業法人協会(2017)「農業の未来を作る女性活躍経営団体100選」
 <https://hojin.or.jp/files/standard/38_2017WAP100.pdf>2020年4月10日参照

農林水産省(2020)『畜産・酪農をめぐる情勢』
 <https://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/attach/pdf/index-489.pdf>2020年4月10日参照

株式会社富士通九州システムズ ホームページ(牛歩SaaS 機能)
 <https://www.fujitsu.com/jp/group/kyushu/solutions/industry/agriculture/gyuho/function/>2020年4月10日参照

株式会社富士通九州システムズ ホームページ(牛歩SaaS 特長)
https://www.fujitsu.com/jp/group/kyushu/solutions/industry/agriculture/gyuho/feature/>2020年4月10日参照

本川角重(2000)「地域資源の活用と先進技術で築く雇用型大規模畜産経営」
 <http://group.lin.gr.jp/grand_prix/2000/k44/10-00-3s.html>2020年4月10日参照