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特集:海外の食肉需給の動向について〜新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて〜畜産の情報 2021年2月号

近年の世界の食肉需給の動向

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日本食肉輸出入協会 会長 小穴 裕
 まず初めに世界中の食肉加工工場においては現在も感染リスクと隣り合った予断を許さない状況の下、たくさんの工場関係者の方々が食のライフラインを止めないように全力を尽くされていることに敬意および感謝を表する。
 昨年は予想もしていなかった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に翻弄ほんろうされた一年となり、いまだにワクチンおよび治療薬の全面普及には当面時間がかかることが予想されており、残念ながらこの戦いは長期化する様相を見せている。昨年よりCOVID-19がわれわれの輸入食肉に与えた影響について、輸入牛肉を中心に私が実際に体験した現場目線で紹介したい。
 2019年12月に中国湖北省武漢市において発生が確認されたCOVID-19の存在が全世界で認識された後、被害は急速に中国の主要都市に広がり、中国国内の外食需要が一気に停滞したことを受け、ショートプレート(バラ)を中心とした主要商品の動きが悪くなり、中国の買付けがストップし先物相場が下落した。当時、トレーダーたちはこの影響は一時的なトレンドで時間とともに終結に向かうと考えていたが、その時を境にいまだ収束しない戦いの始まりとなってしまった。3月以降、徐々にCOVID-19の影響が主要な牛肉生産国である米国・カナダを侵食し始め、両国内の食肉加工工場にてクラスターが多発したことを受け、需給のバランスが瞬く間に大きく崩れ、5月初旬には過去最大のと畜頭数の減少を記録し(図1)、かつて類を見ない狂乱相場を経験することとなった。当時のトランプ大統領は国内の食料供給を守るため、異例の食肉加工工場の操業継続を発令し、「工場閉鎖は全国の食肉サプライチェーンの継続的機能を脅かし、国家緊急事態の中で重要なインフラに打撃を与える」と声明を出し、食料のサプライチェーンの維持を最優先とする方針を示した。そして食肉加工工場で働く全従業員に対するPCR検査の実施、ソーシャルディスタンスの確保、マスク着用の義務化などの懸命な感染対策が講じられ、夏場には通常のと畜頭数レベルまで回復を遂げ、最悪期を脱した形となった。

 
 しかしながら表面上、と畜頭数はCOVID-19拡大前の水準には戻ったが、依然従業員の再感染などの懸念による職場離れは大きな問題となっており、十分な数が確保できないことより、以前生産していた対日向けの繊細なスペック品はいまだ生産が再開されておらず、当面この問題は解消されないことが予想されている。また食肉加工工場では常に第3波そして第4波の懸念と背中合わせの状況が続いており、供給不安と隣合わせの市況はCOVID-19が完全収束するまで続くテーマとなってしまった。
 一方、需要面から見るとわが国の2020年1〜11月の牛肉輸入量は55万1064トン(前年同期比4%減)と数量は安定しており(図2)、その中でも米国産は23万4385トン(同8%増)と同年1月に発効した日米貿易協定の恩恵もあり輸入量が増加する結果となった。わが国が輸入している米国産牛肉の70%以上がバラを中心とする比較的安価な商品群が主力であるため、緊急事態宣言を含むコロナ禍の環境下で比較的荷動きの良かった巣ごもり需要アイテムにマッチしていたことが輸入量増加の後押しともなった。外食産業が大苦戦したにも関わらず、わが国全体の牛肉輸入量が減少しなかった背景には、消費者の食シーンは大きく変化したものの、牛肉を消費するという行為自体は変わらなかったことがあり、いかに消費者のニーズに対して柔軟な対応ができたかが厳しい環境下で売上を伸ばすことができたかのポイントとなった。しかしながら今回のCOVID-19は前例がなく、いつまで継続するかも全く予想できなかったため、各社の判断や対策は非常に困難を極めることとなり、結果的に外食産業に大きな打撃を与える結果となってしまった。日本食肉輸出入協会会長としても今後もCOVID-19と戦いながら外食産業を含む全て業種の復活を目指し、可能な限りサポートしたいと考えている。
 
 


 
 

 
 そして、今回のCOVID-19がわれわれに与えてくれたのは決して厳しいことばかりではない。現地サプライヤーが苦境下でも供給をストップしなかったことによる関係強化、取引先とともに苦境を乗り切ろうと必死に知恵を絞り築き上げた時間、部下や家族を守ろうとした思いなどを共有することができ、人間としても大いに成長させてもらうことができたと思う。またコロナ禍の一番厳しい時期にも、困っている同業他社の足元を見て、不当に相場を吊り上げたり、供給を止めたりしたトレーダーがいなかったことも、日本食肉輸出入協会会長として非常に誇りに思うとともに感謝したい。
 最後に、当協会も食料サプライチェーンの一翼を担い、安定した食肉供給により社会貢献に携わっていることを誇りに思うと同時に、今年は東京オリンピック・パラリンピックに向けた国産食肉の啓発活動、そして引き続き世界における日本のプレゼンスを高め、食肉業界を盛り上げていくことがわれわれに課せられた使命と考えている。
 まだまだ厳しい環境が続くことが予想されるが、皆さま方とご家族、職場の方々の健康を第一優先として、皆さまとまた盛り上がれる日を楽しみにしている。

(プロフィール)
1978年6月22日生まれ
慶應義塾大学経済学部卒業後、ヤヨイ食品株式会社(現株式会社ヤヨイサンフーズ)を経て、2011年米国公認会計士試験合格、2012年3月双日食料株式会社入社、現在畜産第一本部副本部長。
2019年5月30日から現職。