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特集:海外の食肉需給の動向について〜新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて〜畜産の情報 2021年2月号

中国牛肉産業の現状と課題

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内蒙古財経大学  副教授  阿拉坦沙(アラタンシャ)

【要約】

 中国は人口大国であると同時に経済発展が著しく、消費大国でもある。中国では年間8800万トンの食肉が消費され、そのうち豚肉が全体の約65%を占める中、牛肉をはじめとした食肉全般で消費が増加し、消費者の食肉の品質、安全安心への追求も高まっている。このような中、国内の食肉生産は需要に追い付いておらず、年間約500万トン近くの食肉を海外から輸入しており、今後も増え続けると予想されている。その中で、牛肉の消費量は20%以上を海外からの輸入に依存し、特に高級牛肉については8割以上が輸入品である。この数年、牛肉、高級牛肉の国内生産が台頭しているが、今後も海外からの牛肉輸入量の増加が見込まれている。近年、高病原性鳥インフルエンザ、アフリカ豚熱や新型コロナウイルス感染症の拡大などが、食肉生産に大きな影響を与えており、中国政府は食の安全・安心の取り組みの強化、国内生産増加支援に加え、各国との農畜産物の国際貿易の拡大にも力を入れている。

1 はじめに

 中国は約14億人の人口を抱える大国であると同時に、経済発展が著しく、消費大国でもある。貧富の格差はあるものの、高所得層の人口が多いことは、言うまでもない(注1)
 食品・食材に対しては、経済発展やグローバル化により、国民の「無農薬」や「緑色食品(注2)」へのこだわり、安全・安心の追求、高品質嗜好が年々増加傾向にある。一時期においては、食品偽装(注3)や育児用調製粉乳(粉ミルク)へのメラミン混入事件(注4)などにより、食をめぐる国民の不信や不安が高まり、これらは表面的な混乱で収まったという見方もあるが、輸入育児用調製粉乳をはじめとした輸入食品の人気は依然として高く、高価格でも売れ行きが良いなど、国産食品への信頼が完全に回復されたと言えないところもある。また、近年はアフリカ豚熱や2020年から感染拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が、食材を介して感染すると考える国民が多く、人々の食へのこだわりや安全・安心への追求がさらに高まった状況を踏まえ、中国政府も国民の健康、食の安全・安心に関する政策を推し進めている。
 食肉消費を見ると、年間の食肉(牛羊肉、豚肉、家きん肉など)消費量は8800万トンを超えており、欧州連合(EU)(4450万トン)と米国(4200万トン)の合計よりも多い。供給の大半は国産品でまかなわれているが、経済協力開発機構(OECD)によると、食肉と内臓の輸入量は世界最大となっており、合算した輸入量は、世界の食肉貿易総量の4分の1を占める年間500万トン近くとなっている。
 近年では、アフリカ豚熱などの家畜疾病や、水害など自然災害の発生、人件費や飼料価格といった生産コストの上昇などの影響を食肉生産が受けていることに加え、輸入冷凍食品から新型コロナウイルスが検出され、輸入企業などが営業停止を課されるなど、輸入面においても大きな影響を受けている。
 また、中国は豚肉消費大国であるものの、国民は56の民族から構成され、食文化も多種多様であり、信仰上の理由や食文化の違いにより、生涯を通して一度も豚肉を食さない人が4000万人以上もいる。一方で、代表的な民族である漢民族は約13億人いるものの、そのうち牛肉や羊肉を一生に一度も食さない人は少なくとも2億人以上がいると言われている。このため、豚肉以外の食肉の消費も多く、国内における肉類生産は、地域によって多様になっている。
 食肉の種類ごとに見ると、経済発展やグローバル化に従い、食生活の変化もあり、牛肉の消費が増加している。国内の牛肉生産増加も消費量増加に追い付かず、毎年多くの牛肉を海外から輸入している。人口大国である中国では、輸入する牛肉量も多いため、牛肉の国際貿易への影響も大きい。このような状況を踏まえ、本稿では近年注目を集める中国の牛肉産業に着目し、牛肉の生産・消費を取り巻く現状とその変化や課題について、COVID-19による影響を含め紹介する。
 なお、本稿中の為替レートは、1元=16.2円(2020年12月末TTS相場:16.18円)を使用した。

(注1) 中国の民間シンクタンクである胡潤研究院が発表した「2019胡潤財富報告」によると、600万元(約9720万円)の財産を所有する家庭を「裕福な家庭」とし、中国ではこのような「裕福な家庭」は494万戸あるとしている。

(注2) 「緑色食品」とは、中国の「無汚染、安全、良質食品」の総称である。生産の全過程で緑色食品基準に基づく品質が保証され、場から食卓までの全過程を把握し、「緑色食品標識管理規定」で規定されたプロセスを経て、「中国緑色食品発展中心(1992年設立、農業農村部に管轄される)」から「緑色食品」の認定を受け、統一ロゴマーク使用権を取得した良質な食用の農産品および関連商品を指す。

(注3) 中国の食品加工工場が製造した食肉加工食品に消費期限切れの鶏肉などを使っていた「食品消費期限切れ事件」など。

(注4) 国内乳業メーカー製の幼児用調製粉乳を摂取した乳幼児に泌尿器系疾患が多発し、水増しした原料乳のタンパク質含有量を多く偽るためにメラミン(大量に摂取すると毒性のある有機化合物)が混入されていたことが発覚した事件。


 

2 中国における食肉産業の概要

 中国では、年間約8800万トンの食肉が消費され、人口が13億9300万人と世界全体の18.3%を占める中、食肉消費量は全世界の28%を超えている(注5)。統計の取り方が若干異なるが、多くの統計を統合すると、2014〜18年の食肉消費量の平均は年間8930万トンであり、2019年は、アフリカ豚熱やこれに伴う食肉価格上昇などにより、2018年と比べて9%減の8130万トンとなった。
 中国の年間一人当たりの平均食肉消費量は約50キログラムであり、米国の約99キログラム、EUの約70キログラムと比べると、個人消費が伸びる余地が大きいと言える。食肉消費を具体的に見ると、全体の約65%が豚肉、約21%が家きん肉、約8%が牛肉、約5%が羊肉となっている。米国では約50%が家きん肉、約26%が牛肉、約24%が豚肉であり、EUでは約47%が豚肉、約35%が家きん肉、約16%が牛肉、約2%が羊肉となっている。中国では、全体的に豚肉を多く消費しているが、近年豚肉の消費が減少し、牛肉の消費が増加している。

(注5) 「中国産業情報」(www.chyxx.com)の2019年「中国肉類生産量」、「輸出入量および消費量分析」から算出。
 

(1)食肉類の国内生産

 中国では、国内需要の大半を自国で生産しているが、国内生産が需要に追い付いておらず、多くの食肉を海外から輸入している。国内の生産を見ると、2019年は、豚肉の生産量が前年比22.0%減の4260万トンとなった。一方で、家きん肉の生産量は同6.5%増の2239万トン、牛肉が同3.6%増の670万トン、羊肉は同2.7%増の490万トンとなった(図1)。豚肉が全体の55.6%を占めるが、前年と比べて約7.0ポイント減少し、家きん肉のシェアは同4.9ポイント増の29.3%、牛肉は同1.3ポイント増の8.7%、羊肉は同0.9ポイント増の6.4%となった。2019年はアフリカ豚熱の影響を大きく受けているが、近年の傾向として、家きん肉、牛肉、羊肉の生産量と消費量が増えているのは間違いないと言える。
 

 
 

 また、畜産物の生産状況を見ると、生産が特定の地域に集中している傾向がある。中国国家統計局によると、2018年は、生産量トップ10省の生産量が全体に占める割合は、豚肉の場合65.9%、牛肉では70.0%、羊肉は75.9%、家きん肉は72.3%となっている。
 

(2)食肉類の輸入

 近年は食肉の輸入量が年々増加しており、2019年の輸入量は前年比58%増の484万トンとなった。その中で、豚肉は同68%増の200万トン、牛肉は同60%増の166万トン、羊肉は同23%増の39万トン、家きん産品合計は同58%増の79.5万トンとなっている。特に牛肉については、2020年は220万トンを超えると予測されている。全体的に牛肉の消費量の20%以上を海外からの輸入に依存しており、業界関係者によると、国内で流通している、肉に霜降りが入り、その市場価値が認められた高級牛肉については8割以上が輸入品であるという。
 一方、中国海関総署(日本でいう税関)が取り締まりを強化しているものの、業界関係者の間では、一定量の食肉が密輸されていると言われている。

3 牛肉の需給動向

(1)牛肉生産・消費の推移

 中国では、6000年前から牛を家畜として飼いならし、少なくとも2000年前から農耕地域での役畜として使っていた歴史がある。役牛としての牛の飼養のみならず、複数の少数民族地域で食用として飼養されてきた。
 このように、一定の人口が牛肉を食する習慣があったものの、牛肉の生産・消費規模がそれほど大きくなく、牛肉生産量は、1985年までは年間50万トンに及ばなかった。その後、生産量が増加し、1989年に初めて100万トンを超え、その5年後には300万トンに達し、10年後の1999年には500万トンを超え、現在は700万トンに近づいている(図2)。現地専門家によると、牛肉消費量の増加に対応して肉用牛肥育農家数が増加するが、土地制約のほか、人件費や飼料価格など生産コストの増加などにより、国内生産が短期間で大幅に増えるのは難しいという見方が強い。

 

(2)肉用牛の飼養状況および流通

 中国農業科学院畜牧研究所によると、中国で飼養されている肉用牛の品種は69種にのぼり、そのうち中国固有の品種が52種、海外から導入された肉用品種12種に加えて、自国で作り上げた育成品種が5種である。肉用専用種の他、乳肉兼用種、乳廃用牛についても食用に供されることが多く、統計によっては「肉用牛」の定義が異なるが、肉用牛の飼養頭数は、10年前までは7000万頭程度であったのに対し、近年は飼養頭数が大幅に増加し、9000万頭前後で推移している(表1)。

 
 また、肉用牛の飼養は、華北地域、東北地域、華中地域および西北地域に集中している(表2、図3)。これら主産地は、草地資源のほか、稲わらなどの農場副産物に恵まれていることから、伝統的に肉用牛が飼養されてきた地域である。各地域で飼養される肉用牛は品種が異なっているほか、舎飼いや放牧など飼養管理方式や飼養管理技術も異なるため、肉質の特徴が異なる。また、地域によって繁殖経営もしくは肥育経営のどちらかに集中している。全体的には、北方地域では、草地資源に恵まれて放牧が多いこと、農産物が豊富であること、肉牛頭数が多いこと、交通の便が良いことから、「北方繁殖南方肥育」傾向が確立しつつある。
 

 
 中国で広く流通している牛肉は赤身中心であることから(写真1、2)、肉用牛肥育は産肉量に重きを置いているため、増体が加速する秋から冬先に出荷しており、肥育業が盛んな地域であっても本格的な肥育は3〜5カ月間程度にとどまっている。一方でこの5年間は、需要の高まりから高級牛肉生産が投資先として有望な市場として期待されているため、高級牛肉(写真3)に特化した肉用牛飼養企業・農場が増加しており、今後の伸びが大きく期待されている。






 経営形態については、小規模個別経営、農家と企業の連携経営(企業による契約農場)、企業経営(企業による直営農場)と、大きく三つの方式に分かれる。
 大半は農家単位で個別経営をしており、飼養頭数は十数頭〜数十頭、年間出荷頭数は数頭〜十数頭である。このような農家は、降水量が多い年は比較的長い期間放牧し、牧草の生育が不良の場合には牧草を購入するなど、飼養管理、飼料供給、出荷などに関する計画性に乏しく、仲買人を介して生体牛で出荷するのが一般的である。数年前までは秋ごろの肥育牛出荷が多かったが、近年は肥育に特化した企業が出現したことから、このような企業に対して春先に子牛を売ることが多く、この場合も仲買人を介して販売している。仲買人に販売する時は、体重などの指標を用いず、生体牛の見た目のみで値付けし、値段交渉はするものの、出荷が一定の時期に集中することで、仲介人以外の選択肢がないため農家が不利な状況にある。一方、大きな市場では、生体重量での売買が行われているが、生産地から車で1〜2日の距離があり、農家が市場まで運搬していくことが困難である。
 農家と企業の連携経営の場合、特定品種を肥育し、契約企業に出荷する。このような契約農家の飼養規模は、前述の個別経営農家と同じ程度である。また、主に穀物生産との兼業が多い地域や穀物農産主要地域に立地し、舎飼いが多く、契約企業や企業が所有すると畜場から地理的に近い位置にあることが多い。企業が契約農家から購入する際は、生体で重量を量り、市場価格より1キログラム当たり2元(約32円)程度高く査定するのが一般的である。肥育牛の出荷時体重は約500キログラムであるため、1頭当たりで約1000元(約1万6200円)高となる。肉用種の中でも肉質が良いとされているアンガス牛などは、さらに高い価格で売買されている。企業は、こうして購入した肥育牛を月齢や体重・体形などでそろえ、必要に応じて追加肥育した後、と畜後に自社ブランドとして市場に出すことが多い。
 企業経営の場合、繁殖から肥育まで一貫経営を行っているところもあれば、一部のもと牛を農家から購入して肥育を行うところもある。飼養規模は数百頭から数千頭に上り、1万頭以上規模の企業もある。このような企業は、粗飼料、濃厚飼料のほかにTMRを使った効率的な肥育を行い、計画的な出荷、と畜、食肉加工が可能であるため、牛肉生産の中心的な立場にあると言える。
 中国では、肉牛の飼養管理に関するデータ整理、記録記載がしっかりできていないので生産費が大まかにしか把握できない。地域によって放牧期間、自給飼料の有無などにより生産コストが異なるが、近年2年間の聞き取り調査によると、子取りを主とする「放牧+冬季舎飼い」方式の繁殖経営での牛1頭当たり生産コスト(注6)は1頭・1年当たり約3200元(約5万1840円)、「舎飼い」方式の繁殖経営では同4800〜5200元(約7万7760円〜8万4240円)、肥育経営(肥育期間のうち3〜5カ月程度集中して肥育する方式)での肥育牛の生産コストは1頭・1年当たり6000元(約9万7200円)となっている(写真4〜8)。立地条件や飼料調達の利便性の違いから肉牛の飼養コストを単純比較するのは難しいが、3カ月間程度の肥育で1300元(約2万1060円)の利益を得ているという計算になる。
 








 
 全国畜牧総ステーション(注7)によると、アフリカ豚熱、COVID-19、洪水などの自然災害などにより、畜産物の生産や市場に予想外の影響が出ており、需給バランスの崩壊が懸念されている。2020年9月までは、肉用牛飼養頭数は前年同期比3.6%増、繁殖雌牛頭数は同5.2%増であるが、出荷頭数および牛肉生産量は同3.2%減となっている。このため、全体的に牛肉供給が落ち込み、価格が高い状態が続いている。同年、肥育牛1頭(500キログラム)当たりの全国的平均純利益は前年比1343.3元(約2万1761円)増の3167.5元(約5万1314円)となり、子牛は同1086.6元(約1万7603円)増の4946.9元(約8万140円)となった。

(注6) 繁殖雌牛と子牛を含む牛群全体の生産コストを飼養頭数で除して産出したもの。

(注7) 中国農業農村部に属する中央組織であり、全国の牧畜業の優良な品種や畜産技術の推進、家畜・家きんや牧草の品種資源の保護と利用管理、畜産物の品質管理と認定など業務を統括している。

 

(3)生体牛取引市場

 中国の牛肉消費は年率15〜20%で増加している。肉用牛経営形態の多くは小規模個別経営であるため、もと牛や肥育牛の市場流通頭数も増加しており、生体牛取引市場が中国の肉用牛産業の発展に大きく寄与している。中国の生体牛取引市場は「北方繁殖南方肥育」の傾向があることから、内モンゴル自治区通遼市と吉林省で多く開設され、華北地域や東北地域の肉牛が取引されている。通遼市では中国最大規模の生体牛取引市場が3カ所あり、隣接する吉林省の2カ所と合わせ、中国の5大生体牛取引市場がこの2地域に集中していることになる。これらの取引市場では、1カ所で子牛から繁殖雌牛まで1日当たり約1万頭が出品されている(写真9)。基本的には、朝方に出品する牛が取引市場に搬入され、10時から13時まで取引が行われる。取引は目視で値段を付け、ほとんど値段交渉なく行われ、牛の受渡し、代金の支払手続きまで済ませる。平均6〜7割の取引が成立し、売れ残った牛は、翌日に回されることが多いという。

 
 購入者は肉用牛肥育企業やと畜企業が多く、1社当たりの年間購入量は100頭から1万頭に達している。これらは全国各地に存在し、雲南省や貴州省、新疆ウイグル自治区など3500〜5000キロメートル以上離れた企業もあるため、購入後の輸送が課題でとなっている。例えば雲南省など南方へ輸送する場合、一台の車両に二段詰めで60〜80頭の牛を積載し、取引市場からは高速道路で75時間かけて輸送することになるが、道中で給水・給餌はするものの、牛を横伏させることはなく、このような長距離輸送では、一定数の死亡を避けられないのが現状である。10年前には輸送による死亡率は平均10%程度であったが、近年は、購入後45〜60日程度市場近くで飼育し、体調を整えてから輸送することで、輸送中での死亡率は1%以下に抑えられている。

4 COVID-19による肉用牛産業への影響

 2019年末から拡大したCOVID-19が畜産業へ与える影響は小さくない。COVID-19の封じ込めのため、2020年1月23日から湖北省武漢市で都市閉鎖(ロックダウン)が始まり、全国的に人の移動制限、外食店の営業停止、休校などの措置が講じられた。その後、各地では感染拡大の度合いの違いから、多少なり早い時期にマスク着用および体温測定と、携帯電話GPSによる移動履歴の確認を前提に、移動制限が緩和されたが、武漢市の都市閉鎖は、4月8日までの76日間と長期に及んだ。
 

(1)国産牛肉への影響

 肉用牛産業への影響は「生産」と「消費」両面に及んだ。消費面では、外食店の営業停止に加え、多数の人が集まる場として、国民の多くが外食などの場を避けたことより牛肉消費は落ち込んだ。生産面では、飼料供給、従業員不足、資材供給制限による繁殖の遅れなどに加え、と畜場や生体牛取引市場などは、地域によって多少の差があるものの、2カ月程度の稼働停止を余儀なくされ、再稼働後も時間短縮営業や需要の低迷などにより、肥育農家の出荷延期など、経営に大きな影響を与えた。
 COVID-19による肉用牛産業への影響をいち早く調査した「国家肉牛やく(牛へんに毛)牛産業技術体系(NATIONAL BEEF CATTLE INDUSTRIAL TECHNOLOGY SYSTEM)」(以下「肉牛やく(牛へんに毛)牛体系」という)(注8)によると、2020年2月8〜11日の間、山東省の9地域35農場において、肥育用および繁殖用もと牛の調査が実施され、うち87.5%の農場に影響があったとしている。具体的には、車両の通行禁止や物流の停止により、購入した牛を輸送できず、繁殖・肥育農場における飼養頭数が、前年同期と比べて88.1%となったとしている。また、と畜・加工場の稼働停止により肥育牛の20%が出荷できず、飼料コストの増加や資金繰りの悪化など大きな問題を抱えているとしている(写真10)。労働力関連においては、他の地域から雇用している従業員が新年や春節休暇の帰省後、農場に戻れなかったことや、移動による感染を恐れて退職した者もいたため、34.3%の牧場で影響を受けている。うち2農場では、所在地域でCOVID-19が確認されたことで人の出入りが禁止され、多くの影響を受けたとしている。飼料調達では、トウモロコシや大豆かすなどの濃厚飼料、次いで乾草が不足し、飼料価格と輸送コストが上昇したことにより、94.3%の牧場が影響を受けた。また、物流制限により冷凍精液の調達が制限されたことから、87.5%の農場が繁殖業務に影響を受けたとしている。中には、種雄牛を購入して自然交配に切り替えたが、これよって繁殖成績の低下、家畜疾病の感染や飼料コスト増加などの負担が増加したということである。「肉牛やく(牛へんに毛)牛体系」はその後、斉斉哈ちちは市、黒竜江省、河北省、湖北省、青海省、新疆ウイグル自治区、せん(こざとへんに峡の右側)西せい省、山西省、内モンゴル自治区、チベット自治区、甘粛省など20以上の省・自治区に調査を拡大したが、多少の相違はあるものの、すべての地域で大きな影響および被害を受け、同様の問題を抱えていることが分かった。
 


 

 また、河北省保定市の高級肉用牛農場からの聞き取りによると、「と畜場の停止により、2月以降に2カ月以上全く出荷がなかった上、と畜場が再稼働してからも販売見込みが立たず、出荷頭数を調整せざるを得なかった。飼料費や人件費など余分なコストがかかり、全体的に経営を圧迫することとなった。種付けも2カ月間は停滞し、総合的に見て、経営に大きな影響がある」とのことである。一方、繁殖を主とする内モンゴルの草原地帯では、COVID-19による移動禁止措置が取られたものの、肉用牛経営には大きな影響がなかったという。以上から、放牧中心の経営や、COVID-19発生前である秋から冬に飼料調達を済ませた農場での影響は軽微であるものの、舎飼い中心の経営では、飼料調達、飼料費上昇などの問題に直面したと言える。
 このような状況を受け、各地域政府は、マスク着用、体温検査や移動履歴の確認などを前提に飼料や家畜の物流などの物流規制の撤廃や、肉牛生体取引市場の再稼働などの対策を講じることにより畜産業全体の再起に努めた。

(注8) 「国家肉牛やく(牛へんに毛)牛産業技術体系(http://www.beefsys.com/)」は、主に中国の肉牛産業の繁殖分野に技術問題の解決、または養殖農家へに繁殖に関わる全面的技術指導、肉牛業関係の調査などを実施している組織である。

(2)輸入牛肉への影響

 近年、鳥インフルエンザやアフリカ豚熱の発生により、鶏肉や豚肉の生産は大きな影響を受け、供給不足分を輸入で補う必要があるが、国際関係や疫病防止など貿易上の課題に直面している状況にある。このため、中国政府は、国内生産増加支援に加え、各国に対して経済発展支援を含めた農畜産物の国際貿易の拡大にも力を入れている。一方で、COVID-19の発生は輸入食肉にも大きな影響を与えた(写真11〜13)。先述したように、牛肉生産、消費への影響のほか、海外でのCOVID-19の拡大により、輸入食材への安全・安心への関心が高まった。中国海関総署は2020年2月から、輸入業務を妨げないという前提のもと、輸入冷凍・冷蔵食材に対し新型コロナウイルスに係る抜き打ち検査(核酸検査)を実施しており、7月の記者会見では検査継続の必要性を強調した。また9月には「中華人民共和国海関総署公告(2020年第103号)」において、冷凍・冷蔵食材を媒体として新型コロナウイルスが中国へ侵入するリスクを防止し、消費者の健康と安全を守ることを目的に、新型コロナウイルスが検出された外国企業の冷凍・冷蔵食品について、1回もしくは2回目の検出の場合は1週間、3回目以降の検出の場合は4週間、それぞれ停止させることとした。また、2019年から、一部の都市において輸入食品に対するトレーサビリティシステムの義務化の動きが強まり、現在はいくつかの地域で試行されている。このように外国産農畜産物に対する検査が今まで以上に厳格化され、今後も継続するものと推察される。
 





5 おわりに

 近年、中国政府は家畜排せつ物の処理など環境保全面で高い規制を設け、環境に優しい畜産業を目指している。2019年の国務院「第1号文書(注9」では、農業構造調整を図り、良質な農産物生産の発展を促進し、これまでの「生産量重視」から「品質重視」へシフトすることを明言した。また、2020年9月には国務院「第31号文書」において「畜産業の高品質発展を促進する意見」を発令した。国務院は従来より「第1号文書」で農業をテーマに取り上げているが、今般、国務院の発出文書において、畜産業を単独テーマとしたことは類を見ないことであり、これらより、政府が農業および畜産業を重視していることの表れだと言える。
 中国の食肉産業においては、国産、外国産いずれにおいても転換期を迎え、より良い方向に向いているのは間違いない。最後に、世界的に安全安心かつ高品質と高く評価されている日本産牛肉が、一日も早く中国市場に入ってくることを願って結びとする。

(注9) 国務院「第1号文書」は、中国語の表記で≪中央一号文件≫といい、中央政府から毎年発令する第1号政策通達である。初めての中央一号文件は1949年10月1日新中国設立に合わせ発表され、以後長年農業・農村・農民が取り上げられ、≪中央一号文件≫が農村問題重視の代名詞となっている。

参考文献
[1]辛翔飛・鄭麦青・文杰、「2019年肉鶏産業形勢分析、未来展望及び対策提案」、中国畜牧誌、2020.56(03)。
[2]中国畜牧業協会牛業分会、「2019年我国肉牛産業発展回顧及び2020年の展望」、2020年3月2日。
[3]北方牧業、「2020年白羽肉鶏産業展望及び課題分析」、2020(03)。
[4]中国産業信息(www.chyxx.com)、「2019年中国肉類生産量、輸出入量及び消費量分析:国内肉類生産量は減少,主な要因は豚肉」。
[5]中国畜牧業協会(org.caaa.cn)、中国畜牧業信息網(www.caaa.cn)、「国家肉牛?牛産業技術体系(www.beefsys.com/)」中国産業信息(www.chyxx.com)、中国肉類協会(www.chinameat.org)、中国海関総署(www.customs.gov.cn)、農業農村部(www.moa.gov.cn)を参照。
[6]「第15回(2020)中国農業発展大会」、「2020肉類発展大会」、「第18回(2020)中国畜牧業博覧会」での発表を参照。