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特集:新たな酪肉近に対応した取り組み〜持続可能な酪農・肉用牛生産の創造に向けて〜畜産の情報 2021年3月号

酪肉近が示すわが国の次世代の畜産

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株式会社日本総合研究所 創発戦略センター エクスパート 三輪 泰史

1  酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針の概要

 いま日本の畜産は重要な局面に差し掛かっている。国内の生産基盤は、規模拡大に成功した事業者が増える一方、いまだ酪農、肉用牛生産ともに中小規模の家族経営が多い状況で、高齢者を中心に離農者も少なくない。また、TPP11、日EU・EPA、日米貿易協定などが発効し、一部の畜産物には逆風が吹いている状況にある。他方で、国内外でブランド畜産物が高い評価を得るなど新たなチャンスの芽も出ている。
 そのような中、筆者が部会長を務める農林水産省の食料・農業・農村政策審議会畜産部会において、「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」(以下「基本方針」という)および家畜改良増殖目標を定めるための検討がなされ、2020年3月31日に策定された。これらは、「酪農及び肉用牛生産の振興に関する法律」および「家畜改良増殖法」に基づき、政府が中長期的に取り組むべき酪農および肉用牛生産の振興・家畜の改良施策の方針をおおむね5年ごとに定めるもので、わが国の畜産業における重要な羅針盤である。今回の基本方針では、生産者や消費者に対してより分かりやすいメッセージを届けることを目標に、「新たな時代に挑み、新たな時代につなぐ、持続可能な酪農・肉用牛生産の創造に向けて」というサブタイトルが設定された点が特徴的である。
 本基本方針のポイントの一つ目が、消費者・需要家の視点を重視した、需要起点の生産をうたっている点である。これは、海外市場も含め拡大が見込まれる和牛肉や乳製品を中心に、国産品に対する需要に応えるための生産基盤強化を意味する。もう一つのポイントが畜産業の持続性である。冒頭で示した通り、わが国の畜産業では離農が相次ぎ、生産基盤の先細りが強く懸念されている。環境面の制約のため新たな牧場(豚、鶏などの他の畜種も同様)などを新設するのはハードルが高い状況であり、将来的な安定供給を担保するためには、第三者継承を含め現在ある牧場を長期的に持続していくことが求められているのである。

2  分野ごとのポイント

(1) 酪農分野

 まず酪農分野に焦点を当てよう。飲用牛乳などの需要は、人口減少を受けて減少傾向であったが、近年は健康機能への注目などにより微増傾向に転じている。さらに、チーズや生クリームなどの乳製品の需要は増加しており、国内の酪農業にとっては好機となっている。
 ただし、現状のわが国の酪農業は、そのような追い風を生かし切れていない状況にある。生乳生産は北海道では増加傾向だが、都府県では減少傾向であり、供給に地域差が拡大している。都府県での不足分は北海道からの移送で補っているが、近年の物流の人手不足やコスト増加の影響が顕在化しており、北海道からの移送に過度に依存するのはリスクが高い。
 また、需要が大きく伸びているチーズは、国内消費量のおよそ8割を輸入に頼っている。需要拡大に合わせた供給ができておらず、せっかくの事業拡大のチャンスを輸入品に奪われてしまっているのである。EUから輸入されるチーズの中には世界的な知名度を有するものも少なくなく、国産品よりもブランド価値が高いものも見られる。また、しばしば品薄が発生しているバターについても、国産品に対する旺盛な需要に応えられていないことが課題である。
 このような状況を踏まえ、基本方針では生乳生産と生乳流通について、「都府県酪農の生産基盤の回復」、「北海道酪農の持続的成長」、「全国の酪農経営の持続可能な経営展開」という三つの方向性が提示されている。生産の維持、拡大を狙う上で鍵となるのが、新たな技術の活用と新たな経営モデルの構築である。性判別技術を活用した雌雄産み分けによる雌子牛の確保や、ICTを活用したスマート酪農の普及が進んでいる。スマート酪農では、搾乳ロボットや給餌ロボットなどによる労働負荷の低減、発情発見装置による人工授精適期の把握といった取り組みが効果を発揮しつつある。また、空きスペースのある既存牛舎も活用した増頭や初妊牛の導入による都府県酪農での乳用牛の増頭といった経営上の工夫が進んでいる。

(2) 肉用牛分野

 牛肉についても、外食産業が需要をけん引する形で、一人当たり消費量は増加傾向にある。また、経済成長著しいアジア各国を中心に和牛肉に対する評価が高まっていることから、和牛肉の海外輸出は大きなチャンスとなっており、さらなる伸びが期待される。他方で、生産面では高齢化などにより小規模経営を中心に減少しており、生産基盤の弱体化が課題となっている。
 このような中、需要に合わせた食肉生産が重要な施策に掲げられている。従来の政策では、高級な脂肪交雑の多い霜降り肉の生産拡大が重視され、和牛肉の半分程度がA5ランクとなっているが、近年の健康志向の高まり、食味・食感の良さを受けた赤身ブームのような消費動向の変化を受けて、より多様な製品ラインアップが求められている。特に、脂肪交雑の多い牛肉だけではなく、適度な脂肪交雑で値頃感のある牛肉の生産拡大が急務で、最近は和牛だけではなく交雑種の中からもブランド品が出てきている。
 わが国の農林水産物の輸出については、2030年に5兆円という意欲的な目標が掲げられており、和牛肉をはじめとした畜産物の輸出拡大も期待を集めている。輸出の拡大においては、欧米をはじめとした輸出先国の求める衛生基準に適合した食肉処理施設の認定の迅速化や、他国産WAGYUとの差別化のための和牛統一マークを活用したブランド価値向上が重要となる。

3  注目すべき新たなトレンド、トピック

(1) 農業支援サービスの活用、ダイバーシティ経営

 中小規模経営の労働負担の軽減や労働力不足解消には、作業を担うコントラクター、キャトルブリーディングステーション、ヘルパーなどの外部支援組織の活用が効果的である。加えて、女性や高齢者、障害者など多様な人材が活躍できる、ダイバーシティを意識した環境整備が必要である。(女性の活躍、農福連携など)

(2) SDGsの推進

 農林水産業を含む各産業にて、SDGs(持続可能な開発目標)への対応が重要な課題となっている。畜産においては、家畜排せつ物の適正管理と利用、自給飼料の生産、自然災害への対応、労働環境の確保などの対応が求められている。特に、堆肥のペレット化による広域での堆肥利用促進や、バイオガス(メタンガス)などの再生可能エネルギーの活用が期待されている。農林水産省が検討を進めている「みどりの食料システム戦略」でもSDGsに関する取り組みが重視されており、新たな技術の開発と積極的な普及政策が期待される。

(3) 国産飼料の供給拡大

 畜産の生産基盤の強化には、生産コストの多くを占める飼料費の削減が欠かせない。また、国際的な飼料需要の高まりや資源循環の観点も踏まえると、国産の自給飼料の生産拡大が急務となっている。優良品種の普及、大型機械による効率的な飼料生産、前述のコントラクターやTMRセンターの活用といった施策が重要となる。また、気候変動に伴う気象リスクの増大を受け、収穫適期が異なる複数の草種を導入するなどの対策も必要となる。また、飼料用米については、補助金などの制度変更により中長期において供給量が減少する懸念があり、安心して飼料用米を活用できるような政策的な担保が重要と考える。資源循環と飼料自給率向上の両面で評価されているエコフィードについては、加熱処理の基準が変わったことにより、地域によっては供給が減少している場合もあると聞いており、設備改良に対する政策的な支援が欠かせない。
 また、放牧も改めて注目を集めている。スマート農業技術を活用した「スマート放牧」の確立に期待したい。これは近年各地で問題となっている熊などの野生動物による人的被害の防止(いわゆるカウベルト)にも貢献するだろう。

【プロフィール】
1979年生まれ、広島県福山市出身。
東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻修了。
2004年に日本総合研究所入社。2018年7月から現職。
農林水産省の食料・農業・農村政策審議会委員、同審議会
畜産部会長をはじめ、中央省庁などの有識者委員を多数歴任。