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特集:新たな酪肉近に対応した取り組み〜持続可能な酪農・肉用牛生産の創造に向けて〜畜産の情報  2021年3月号

酪農経営のレジリエンス確保に向けた産地の取り組み〜北海道・大樹町農業協同組合を事例に〜

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北海道大学大学院 農学研究院 基盤研究部門 農業経済学分野 講師 清水池 義治

【要約】

 本稿の目的は、北海道・十勝地域のJA大樹町を事例に、酪農経営のレジリエンス確保に必要な産地の取り組みを解明することである。JA大樹町は、2016年豪雨の断水時には各組合員に生乳出荷継続に必要な給水を行い、胆振東部地震時には農協全体として廃棄乳を最小化するため、状況に応じて優先出荷する組合員を選別し、最終的には組合員間で相互補償を実施した。
 酪農経営のレジリエンス確保のためには、災害対応の責任を酪農家と農協とで明確に区分すること、災害時に組合員間で相互補償をするためには各組合員が最低限の災害対策を行うこと、対応マニュアルに基づく改善を継続して災害対策をソフト面でも充実させることが求められる。

1 はじめに

 東日本大震災・原発事故や毎年のように起きる豪雨災害など、近年、酪農経営に深刻な影響を及ぼす災害が頻発している。こういった予測困難なリスクに対して、酪農経営の「レジリエンス」をいかに確保するかが重要な課題になる。ここでいうレジリエンスは、災害から回復する力、ならびに発生した災害に対して被害を最小化する力を指す(原口2010)。災害リスク、そして災害対策に要する費用の大きさからして、酪農経営の個別対応には限界がある。日々の農業生産や農産物販売が組織的、地域的に行われている点からも、酪農経営のレジリエンス確保には、個別経営の対応に加えて、農協などを通じた産地の一体的な取り組みが求められる。
 本稿の目的は、北海道・十勝地域の大樹町農業協同組合(以下「JA大樹町」という)を事例に、酪農経営のレジリエンス確保に必要な産地の取り組みを解明することである。JA大樹町は過去の災害を教訓として、北海道の酪農主産地である十勝地域でも先進的な災害対策にいち早く取り組んできた。調査対象は、JA大樹町、JA大樹町の組合員である酪農経営および十勝農業協同組合連合会(以下「十勝農協連」という)である。
 以上の課題を明らかにするために、まず、十勝酪農における災害対策とその地域差を確認する。次に、大樹町における近年の主要災害である平成28年8月北海道豪雨(以下「2016年豪雨」という)と平成30年北海道胆振東部地震(以下「胆振東部地震」という)の被災状況を検討する。その上で、2016年豪雨による断水、胆振東部地震による停電に対するJA大樹町の対応、ならびに個別経営の事例を分析し、酪農経営のレジリエンス確保に向けた論点を提示する。

2 十勝酪農の災害対策

(1) 対応マニュアルの策定と対策研修の実施

 北海道・十勝地域は2019年の生乳生産量が123万トンで、道全体の30.4%を占めるとともに、近年の生乳増産率は北海道内で最も高く、北海道酪農をけん引する主産地である。
 十勝酪農における組織的な災害対策の端緒は、十勝管内農協畜産技術員研究会(事務局:十勝農協連)によって2008年に策定された対応マニュアルである。2016年豪雨や胆振東部地震では、平成15年十勝沖地震と北海道農政部のマニュアル整備を受けて策定したこの十勝版マニュアルを生かしきれなかったという反省に基づき、2019年から事業継続計画(BCP)および初動対応の概念の組み入れと、実際の被災経験に基づくマニュアル改定、研修・訓練の実施に取り組んでいる(注1)
 改定マニュアルでは、導入編でBCP概念の説明と畜産業BCPの具体例提示、手順編で想定される災害と被害、事前準備、農協と個別経営の初動対応、具体的な被害低減対策(停電、断水、機器確認・補修、飼養管理、生乳廃棄、家畜衛生など)、正常化時の対応に関する事項、資料編では十勝の災害事例が掲載されている。
 2020年からは、このマニュアルを基に、各単協の特色を反映した単協ごとの独自マニュアル策定と、単協での研修・演習を行っている。独自マニュアル整備済みの単協ではそれに基づいた演習を行い、未整備の単協では、職員参加のグループワークを通じて災害時に発生する問題と必要な対策の洗い出しをして、独自マニュアルの理解促進や整備を進めている。2020年12月時点で、十勝農協連の支援で、JAさらべつ、JA十勝池田町、JA士幌町にて研修・演習を実施済みである。なお、JA大樹町は、単協職員による定期的な対策方針の見直しや、災害訓練を年1回は実施しており、取り組みが先行している。

(注1) これ以降の内容は、十勝農協連へのヒアリング(2020年11月)と十勝農協管内畜産技術員研究会「災害時における酪農畜産分野の対応マニュアル(十勝版)」、2020年1月(未定稿)による。
 

(2) 災害対策の地域差

 酪農の災害対策は、北海道内、そして十勝管内でも地域差がある。
 筆者らの研究グループは2019年7月、生乳の集出荷を行う北海道内の単協など生産者組織に、災害対策に関するアンケートを実施した(注2)。表1は、農協の災害対策実施率の比較である(実施率は農協数ベース)。質問項目の不備で回答項目が完全に一致していないが、胆振東部地震の前後で比較すると、十勝と十勝以外でともに災害対策実施率はおおむね上昇した。また、災害対策実施率は、地震前後ともに十勝の方が高くなっており、十勝は北海道でも災害対策が進んでいる(注3)。しかし、断水対策や資材備蓄、対策会議・訓練の実施率は、地震後の十勝でもさほど高くない。

(注2) 結果の一部は、清水池・戴(2020)に掲載されている。
(注3) 農協の貸出用発電機の所有率は地震後に十勝で低下したが、これは酪農家の自家発電機所有が進んでその必要性が低下したためと解釈できる。

 
 
 図1は、十勝24農協における酪農家の災害用自家発電機設置戸数率(2019年12月時点)であり、農協による差が大きい。ただし、農協が貸出用自家発電機を持つ場合もあり、設置戸数率の低さが発電機を使えない酪農家の多さを必ずしも意味しない。これによると、農協の生乳生産量の規模による発電機設置戸数率の差はほぼないように見える。一方、低気圧などの暴風による影響を受けやすい十勝南部の農協(図1の赤色△)は設置戸数率が高い傾向にある。本稿で事例とするJA大樹町も十勝南部に位置し、生乳生産量の多い農協の中では自家発電機設置戸数率は高いと言える。
 

3 大樹町における過去の災害発生状況

(1) JA大樹町の概要

 大樹町は北海道・十勝地域の南部に位置し、東は太平洋、西は日高山脈に接し、中央部は広大な十勝平野が広がり、農業に適した環境である(図2)。2020年12月末現在の人口は5446名である。販売農家は152戸、経営耕地面積は7875ヘクタール、うち牧草専用地5061ヘクタール、デントコーンなどの飼料用作物1194ヘクタールなどである(農林水産省「農林業センサス」2015年)。農業産出額は157億円で、うち乳用牛(生乳など)で81%を占める酪農地帯である(農林水産省「生産農業所得統計」2018年)。
 
 
 2019年におけるJA大樹町の農家戸数は139戸、うち生乳出荷農家74戸、肉用牛飼育農家45戸などである(注4)。JA大樹町の生乳生産量は2019年で11万1000トン、十勝管内で4位であり、ここ20年間の増産率は十勝平均を上回っている。また、酪農家1戸当たり経産牛飼養頭数は十勝管内4位の153頭で、規模拡大も進んでいる。順調な生産拡大と規模拡大の要因の一つに、1990年代からJA大樹町が組織的に設立に関与してきた酪農家共同出資型のメガファームの存在がある(北海道地域農業研究所2007)。JA大樹町には経産牛頭数500頭超の大型法人経営が五つあり、JA大樹町全体の4割程度の生乳を生産する(清水池2019)。

(注4) 十勝農協連「令和元年十勝畜産統計」より。以下同じ。なお、大樹町生花・晩成地区はJA忠類の事業領域で、JA大樹町には含まれない。

(2) 近年における主要な災害と被災状況

 大樹町は太平洋に面していることもあり、従来から強風・大雨・大雪による停電などの災害を幾度も経験してきた。JA大樹町の災害対策に大きな影響を及ぼした災害に、2016年豪雨による町内全域断水と、2018年の胆振東部地震による町内全域停電がある。

ア 平成28年8月北海道豪雨(2016年豪雨)
 2016年8月31日から9月6日にかけて、台風10号の大雨に由来する断水が発生、最大時で町内のほぼ全域が断水した(注5)。大樹町の上水道は、市街地を東西に流れる歴舟川れきふねかわ を境に、北部は湧水系統、南部は地下水系統の2系統に分かれている。8月31日未明に河川増水により地下水系統上流部の配水管が橋梁きょうりょうごと流失して断水、同日には湧水系統も濁水によって浄水不能となり断水した。断水時に配水管に残った水を使用する事例があったため、エア噛み(注6)の問題が起き、復旧に時間を要した。
 酪農経営は、搾乳機器やバルククーラーの洗浄、乳用牛の飲料水で、常時、水を大量消費するため、対応に追われることになった。
 なお、これに先立つ8月17日夕方には台風8号の強風により町内一部で停電が発生、自家発電機を持たない酪農家の生乳を同日夜、臨時に集出荷した。

(注5) JA大樹町畜産部資料より。以下同じ。
(注6) 配水管内への空気混入で、この状態で給水を再開すると水圧低下や配管・ポンプを損傷させる恐れがあり、発生箇所の特定と対処に時間を要する。


イ 平成30年北海道胆振東部地震(胆振東部地震)
 2018年9月6日未明に発生した胆振東部地震で大樹町は震度4で特段の被害はなかったが、その直後に起きた北海道全域停電によって大樹町内は約2日間にわたり全域停電に見舞われた。
 酪農経営では、搾乳機器やバルククーラーなどの稼働に電気を要する。自家発電機を持っていない酪農家は発電機の調達・確保に奔走した。また、通常時の生乳出荷先である雪印メグミルク大樹工場が停電で受乳停止となったため、通常とは異なる集送乳や生乳廃棄を強いられた。

4 JA大樹町における断水・停電対応

 本節では、2016年豪雨時の断水と胆振東部地震による停電に対する産地対応を分析する。まず、JA大樹町による組織的な対応とその結果を分析し、その後に個別経営の対応事例を検討する。中規模経営の事例は有限会社太田牧場(以下「太田牧場」という)、大規模経営の事例は株式会社サンエイ牧場(以下「サンエイ牧場」という)を取り上げる(注7)

(注7) 以下の内容はJA大樹町と個別経営へのヒアリング、JA大樹町畜産部資料より。
 

(1) JA大樹町

ア 断水時の対応(2016年)
 JA大樹町は、断水を受け、約100戸の全有畜農家に対して、1日当たり一律3トンの上水を供給した。平均的な酪農経営の必要量に満たないものの(注8)、上水で行う必要がある搾乳機器・バルククーラー向け洗浄水であり、生乳出荷体制の維持に必要な最低限の水という位置付けであった。その他に必要な水は、酪農家が個別に調達した。
 2016年当時、農協として全域断水は想定していなかったが、部分断水は想定しており、一部の酪農家に配給した水を受ける桶としての貯水タンクを導入済みであった。1戸当たり容量は3トン程度、導入農家は全体の約3割である(平成25年度中山間事業)。井戸水が利用可能な酪農家は3割弱のみだった。
 断水当日の8月31日午前中に農家への3トン給水を決定し、地区ごとに農家説明会を開催、洗浄水3トンの農協配給とそれ以外の水の自己調達を組合員に伝えた。同日15時から集乳後のミルクローリーを使って農家への給水を開始した。JA大樹町で利用していたミルクローリー7台と、ホクレン支援で他地区から派遣されたローリーで、7日間で延べ313戸に995トンの水を届けた。また、大樹町に隣接する忠類・中札内地区の2カ所に酪農家向け給水所を確保し、その場所に農協職員も派遣した。
 通常、集荷後、空になったバルククーラーはすぐに洗浄する必要があるが、洗浄水節約の観点から、隔日集荷の際にバルククーラー内の攪拌かくはん器で生乳を攪拌できる程度の量を残して集荷する緊急避難措置を行った。しかし、断水の長期化を受け、断水後2回目の集荷ではバルク内の生乳を全量集荷し、バルク内を十分に洗浄する指示を全組合員に徹底した。
 搾乳機器の洗浄不足を原因とする生乳廃棄が1戸で2トンほど発生したものの、断水後に極端な乳質悪化は起きなかった。断水による影響は最小限に抑えられたと言える。

(注8) 乳用牛は1日100リットルの水を飲む。よって、JA大樹町の1戸当たり平均経産牛飼養頭数は153頭であるので、乳用牛の飲料水だけでも15トンの水が必要となる。

イ 停電時の対応(2018年)
 JA大樹町は、「大樹の生乳はひとつ」という方針に基づき、JA大樹町全体として生乳廃棄量を最小化できるよう優先集荷する酪農家を状況に応じて選別し、そのために個別経営のバルククーラーごとに生乳貯蔵量を把握して対応した。事後に、廃棄乳の乳代相当の一部をJA大樹町独自の「見舞金」として該当する酪農家に支払った。
 2016年豪雨災害後、JA大樹町は全酪農家に災害対策設備の導入を呼びかけ、胆振東部地震時にはすでに全戸が配電盤(注9)を導入、自家発電機も45%が所有していた。残りの55%も他者から発電機を借用できたので、搾乳自体できない酪農家はいなかった。
 停電発生当日の9月6日は、雪印メグミルク大樹工場が停止し、生乳の集出荷はできなかった。翌7日に、通常は出荷していない町外の乳業メーカー2社への生乳出荷依頼がホクレンからあり、それぞれ24トン、14トンを出荷した。その際、集出荷に要する時間と費用の最小化のため、ミルクローリー拠点のある市街地に近い大規模経営を優先して集荷を実施した。電話が通じないため、状況確認で全戸を巡回する農協職員が、廃棄した酪農家だけが損をして出荷できた酪農家だけが得をするようにはさせない、「大樹の生乳はひとつ」との方針を説明して、緊急時の集出荷方針を伝えた。
 8日には停電から復旧、大樹工場が受乳を再開したが、工場内のタンクやラインに滞留した原料・製品の廃棄に手間取ったため、通常通りの受け入れができなかった。そこで、搾乳後3日目の生乳があるバルククーラーから優先して出荷した。搾乳後4日目に入ると、そのバルク内の生乳を全量廃棄せねばならないからである。9日は搾乳後3日目の生乳があるバルククーラーと毎日集荷の酪農家、10日は毎日集荷と偶数日集荷の酪農家とバルククーラー容量超過の恐れがある酪農家、11日は毎日集荷と奇数日集荷の酪農家から集荷し、大樹工場が正常化した11日にはほぼ通常通りの集荷体制に復帰した。
 9月6日から11日の間で、JA大樹町では601トンの生乳が廃棄された。JA大樹町は、廃棄乳1キログラム当たり30円の見舞金を支払った。ホクレンによる廃棄乳代半額相当分の見舞金と合わせると、JA大樹町の酪農家は廃棄乳代の約8割が補填されたことになる。また、停電を原因とする乳房炎が発生した事例はなく、地震以前の集乳量に9月下旬までに戻り、停電の影響から速やかに回復したと思われる。

(注9) 自家発電機利用時は、通常電力から非常用電力に切り替える配電盤が必須となる。配電盤がない場合、その都度の配線作業が必要になる、あるいはそもそも利用できない場合すらある。発電機利用に余分な時間を要することになり、特に複数酪農家での共用時に作業遅れの要因になる。

ウ 災害後の対応策の展開
 2016年豪雨後、ほぼ全戸が緊急用の貯水タンクを設置した。農協として、自家発電機と配電盤、貯水タンク、給水ポンプの設置を推奨した結果、胆振東部地震前の段階で普及がある程度は進んでいた。胆振東部地震後は、農畜産業振興機構が実施する補助事業(酪農経営支援総合対策事業)を活用して、2020年現在、離農予定の1戸を除く全戸に自家発電機が設置されている。
 このように、災害時に生乳出荷を継続するための貯水タンク整備や停電対応は、農協ではなく酪農家の責任で行う一方、農協は、生乳廃棄最小化のための集出荷対応と迅速な災害情報の伝達に専念することが明確にされた。そのため、災害対策本部が設置される農協事務所や、生乳検査施設、ガソリンスタンドにも非常用発電機を導入した。
 2019年には災害対応マニュアルを策定、これに基づいた机上訓練や、発電機駆動・無線通信・安否確認・消火といった内容別の実地訓練を年1回は行い、訓練を通じて不十分と認められた点はマニュアルを更新している。
 

(2) 個別経営の対応事例

 今回、調査対象となった個別経営の概要を表2に示した。
 
 
ア 有限会社太田牧場
 太田牧場・代表の太田福司氏に2020年10月、ヒアリングを行った(写真1)。太田牧場は大樹町上大樹地区に所在し、総飼養頭数375頭(うち経産牛185頭)、年間生乳出荷量が1600トンの中規模経営である(写真2)。経営耕地面積は牧草地105ヘクタール、労働力は家族4名、雇用2名(日本人従業員1名、フィリピン人技能実習生1名)の6名である。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴う入国規制で、技能実習生1名が入国できていない。1998年に規模拡大してフリーストール化、2004年に法人化した。
 




 
 2016年の断水時、上大樹地区は2日間ほど断水した。予備用のバルククーラー(5トン容量)を搾乳機器・バルククーラー洗浄水を貯める用途で使い、農協からの3トン給水もあって洗浄には苦労しなかった。一方、牛の飲料用には、1日16トンの水が必要であった(育成牛は預託)。3.5トン容量のFRP製タンク(写真3)をトラックに積み、忠類や中札内の給水所との間を1日3回から4回往復した。これらタンクは平成25年度中山間事業で四つ導入したもので、事業費193万円、自己負担額44万円であった(注10)。借りてきた肉用牛用の餌台にタンクから飲み水を注いだが、たちまち乳牛は飲み干してしまい、切迫した状況であったと認識している。
 胆振東部地震時の停電時間は2日強で、9月8日昼に復旧した。2008年に非常用で購入していた出力48キロワットのトラクターPTO駆動発電機(導入費約120万円。写真4)を使って、搾乳機器とバルククーラーを稼働させた。地震発生時は研修のため大樹町不在で、家族に電話で指示し、電機会社社員にも来てもらって対応した。しかし、出荷できなかったため、出荷量でおよそ2日分の生乳を廃棄した。廃棄乳は、2008年に1200万円で整備した雑排水処理施設(注11)(写真5)で処理した。
 



 PTO発電機で出力は十分だったが、電力の不安定さによる搾乳機器への影響を懸念し、地震後に、前述の補助事業を活用して出力60キロワットの定置式発電機を導入した(事業費188万円、リース料込自己負担額114万円。写真6)。自分が不在時でも問題ないように、家族と使用手順を確認している。
 
(注10) 年間出荷乳量400トン当たり3.5トン容量のタンク一つという目安だったという。
(注11)バルククーラー洗浄水処理用途で導入した。嫌気性微生物分解である。

 

イ 株式会社サンエイ牧場
 サンエイ牧場・代表取締役の辻本正雄氏に2020年10月、ヒアリングを行った(写真7)。サンエイ牧場は大樹町日方地区に所在し、総飼養頭数2417頭(うち経産牛1545頭、黒毛和牛160頭など)、年間出荷乳量1万6250トンの北海道内でも有数の規模を誇るメガファームである(写真8)。1994年に3戸の酪農家が出資して設立され、長らく農事組合法人であったが、2020年2月に株式会社形態へ転換した。経営耕地面積は牧草地473ヘクタール、デントコーン173ヘクタール、てん菜19ヘクタール、労働力は42名(関連会社含む)で、役員3名、構成員・職員22名、パート5名、ベトナム人技能実習生など12名である。技能実習生は本来14名体制を想定していたが、COVID-19の入国規制の影響で少なくなっている。日本初となる牛ふん尿利用のバイオガスプラント(出力300キロワット)を、2013年に稼働した(写真9)。
 





 2016年時点で、断水は全く想定していなかった。全量上水利用で、井戸水利用はなく貯水用タンク・設備も所有していなかった。約2日間の断水下で、搾乳機器とバルククーラー(15トン容量×2)の洗浄水は、農協の給水で対応した。加えて、当時は搾乳牛だけで1000頭の飼養頭数で、1日当たり飲料水は実に100トンに達した。1台しかないトラックに農薬運搬用タンクと借りたタンクを積載し、地下水由来の用水路からポンプを使って24時間体制でくみ上げたものの、1回に6トンしか給水できず、必要量に全く足りなかった。
 胆振東部地震時の停電は、約2日間続いた。当時、定置式発電機を二つ所有していたが、バルククーラーを冷却するまでの出力がなかった。出力50キロワットの発電機で給餌機と哺乳ロボット、出力120キロワットの発電機(写真10)でロータリーパーラーとふん尿圧送ポンプを稼働させた。各発電機に両方の機器を同時に稼働させる出力はなかったので配電盤を切り替えて交互に利用し、さらに哺育舎も分散していたことから、削蹄さくてい業者の発電機を借用して対応した。廃棄乳は出荷量2日分相当の80トンで、ふん尿と混合して圃場ほじょう 散布で処理した(注12)
 
 
 以上の経験を受けて、現在、行っているのは、まず、断水対策として、牧場から2キロメートル地点で井戸を掘り、場内への配管工事を進めている。また、60トン容量の貯水槽の工事も行っている(写真11)。関連投資額は5000万円に上るもの、井戸水の利用増加で上水道料金を年間で700万円圧縮できるため、採算ベースと判断している。停電対策としては、バイオガスプラントの自家発電用途への改良工事を行う予定だ。これまで売電用途のみでの運用だったが、自家発電機としての利用には電源切替・出力制御装置などの追加・改良が必要で、投資額は3000万円に達する。出力は300キロワットで、牧場内の需要(最大290キロワット)を満たせる見込みである。また、哺育舎分散に対応して50キロワットの発電機を2021年に追加で導入した。
 
(注12) バイオガスプラント導入時に産業廃棄物処理業者の免許を取得している。液状廃棄物を大量処理できる業者は多くないため、乳業工場で発生した廃棄物も扱っている。清水池・戴(2020)で指摘されているように、ミルクサプライチェーンの速やかな復旧にこれら業者の存在は重要である。
 

5 おわりに

 以上の分析結果から、酪農経営のレジリエンス確保に必要な点を論じたい。
 第1に、災害対応の責任を酪農家と農協とで明確に区分することである。災害リスクは大きいため、特定の主体のみでの対処は困難であり、複数主体でのリスク分担が求められる。しかし、リスク分担は対応コストの分担を意味するため、調整に時間がかかることが多い。その点、JA大樹町は、限られた時間で思い切った対応の分担を決断している。過去の災害経験の豊富さがその理由の一つであろうが、加えて酪農家と農協職員との間の強い信頼関係の存在が考えられる。
 第2に、災害時に組合員間で相互補償を行うには、各組合員が最低限の災害対策を行っておく必要がある。胆振東部地震の際、独自で廃棄乳補償を行った農協は多くはない(清水池・戴2020によれば26%)。実際に、相互補償を決断できなかった結果、優先集荷する酪農家の選別を断念し、ホクレンからの出荷依頼を断った農協も存在する。十分な災害対策を行わない組合員が少なくない状態で相互補償をすれば、対策を行っている組合員に不公平感を生じさせる。逆に、多くの組合員が最低限の対策を行えば組合員間の信頼関係が醸成され、相互補償の実施が容易になる。相互補償があれば、災害対策への個別経営の投資インセンティブが喚起され、レジリエンスはより高まる。JA大樹町は今後の災害時にも相互補償を行う意志を示しているが、要因はその前提条件がすでに成立しているからである。
 第3に、災害対策のソフト面の充実である。胆振東部地震後の国の災害対策事業(酪農経営支援総合対策事業)によって、北海道の酪農家の8割が、2021年3月末までに配電盤と自家発電機を導入する見込みである(日本農業新聞、2020年9月5日付)。しかし、JA大樹町の事例が示すように、ハードの整備だけでは災害対応は不十分である。対応マニュアルに基づく訓練を繰り返すことで、酪農家と農協職員の災害対策の理解が進み、マニュアルが不断に改善されていく。そのためには地域を構成する酪農家間、ならびに酪農家と農協職員間との充実したコミュニケーションが求められる。

参考文献
原口弥生(2010)「レジリエンス概念の射程−災害研究における環境社会学的アプローチ−」『環境社会学研究』16、pp.19–32

北海道地域農業研究所(2007)「北海道における農業生産法人と農協─地域農業との連携の視点から−拠点型法人−」、北海道地域農業研究所報告書、号番418–274

清水池義治(2019)「酪農経営の労働力減少に対応した多角的な取り組みと地域主体間連携─北海道大樹町を事例として─」『畜産の情報』352、pp.5–17

清水池義治・戴容秦思(2020)「平成30年北海道胆振東部地震によるミルクサプライチェーンの影響と災害等発生時の対応に関する研究」、2019年度乳の学術連合「乳の社会文化」ネットワーク学術研究報告書

矢坂雅充(2013)「ミルクサプライチェーンの震災からの復旧と健全化への対応」、木立真直・齋藤雅通編著『製配販をめぐる対抗と協調―サプライチェーン統合の現段階―』、白桃書房、pp.241–267

追 記
 本稿執筆に当たっては、北海道大学農学部農業経済学科の河合諒也さんから調査補助・関連データ収集・分析の支援を受けている。