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海外情報 畜産の情報 2021年12月号

豪州養豚産業の概要と近年の取り組み

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 豪州政府は、世界的に見ても厳格な新型コロナウイルス感染症規制を敷いている。同国養豚業界では、この影響を乗り越え、バイオセキュリティの強化、バイオガスプラントの普及などを通じた気候変動への対応、大手小売業界や政府組織と連携したアニマルウェルフェアに関する取り組みなど、さまざまな高付加価値化を図りながら、日本、韓国、ベトナムなどのアジア圏への輸出拡大を図ろうとしている。

1 はじめに

 豪州の豚肉は、国内生産の1割弱が、日本を含む海外輸出用に仕向けられている。現在、同国では、輸出拡大に向けた動きが見られるとともに、併せて新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による供給への影響や、温室効果ガス(GHG)排出量の削減、アニマルウェルフェア(以下「AW」という)への対応といった諸課題に対し、業界を挙げて取り組んでいる。本稿では豪州豚肉の需給状況とともに、これら業界の新しい動きや取り組みなどについて報告する。
 なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月であり、為替レートは、1豪ドル=88円(2021年10月末日TTS相場:87.59円(注1))を使用した。また、州名略称については、図2の通り表記する。

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の月末TTS相場。

2 豪州養豚産業の概要

(1) 生産動向

 ア 飼養状況
 豪州の豚飼養頭数は、干ばつなどによる飼料コストの高騰などにより、2012年には肥育豚は210万頭、繁殖用雌豚は26万頭にまでに減少したが、近年は比較的安定して推移している。18年は豚肉価格の低迷と飼料価格の高騰により肥育豚の飼養頭数が232万頭まで減少したが19年では肥育豚は237万頭と回復に転じ、繁殖用雌豚は27万頭となっている(図1)。
 なお、20年3月、世界的に拡大していたアフリカ豚熱が豪州の隣国であるパプアニューギニアにまで到達したが、ちょうど同時期にCOVID-19の拡大により国境が事実上閉鎖されたことで、海外からのアフリカ豚熱侵入リスクが大幅に低下した。連邦政府は、21/22年度のバイオセキュリティ関連予算である4億1450万豪ドル(364億7600万円)のうち、5860万豪ドル(51億5680万円)を養豚業界に投じている(注2)ことも奏功し、21年10月現在でもアフリカ豚熱の豪州国内への侵入を防いでおり、豪州養豚業への影響はない。


(注2)海外情報「豪州連邦政府、来年度予算案で農業関連支出を拡充(豪州)」(https://www.alic.go.jp/chosa-c/joho01_002952.html)を参照されたい。
 

 肥育豚はおおむね各州に均等に分布しているが、飼料穀物の調達が比較的容易なQLD州が60万7177頭と国内最大の飼養地となっており、豪州全体の26.9%を占めている(図2)。





 イ 豚肉生産状況
 と畜頭数および豚肉生産量は、2003年には573万頭、41万9000トンと高い水準にあったが、その後、干ばつなどによる飼料コストの高騰などによる飼養頭数の減少により、09年には450万頭、32万4000トンと、ともに大幅に減少した。その後、飼養頭数は順調に回復しており、20年は535万頭、41万9000トンとなっている(図3)。また、近年、と畜頭数に比べて豚肉生産量の伸びが大きいことから、1頭当たりの枝肉重量が増加してきていることが分かる。
 年間の肥育豚のと畜頭数の動きとして、通常、2月上旬から食肉処理量が増加し、イースター休暇(4月上旬)に一時的に減少するが、晩秋から初冬(5〜6月)にかけてピークに達する。その後、冬から春(8〜11月)にかけて徐々に減少し、クリスマス前(12月)に再び増加するという傾向がある。
 州別の豚肉生産割合を見ると、図2の肥育豚の飼養分布とは少し異なっている。2000年ごろからSA州の食肉加工施設の整備が進み、処理能力が向上したことで、同州の豚の飼養頭数は全国の14.3%であるものの、生産量ではQLD州に次いで2番目の22.9%を処理している(図4)。これは、VIC州西部の肥育豚が州境を超えてSA州に運ばれ、加工処理されていることを示しており、そのほかSA州の食肉加工施設には隣接するNSW州南部からの流入もあるとされている。また、近年のと畜頭数の推移を見ると、VIC州でロックダウンが実施されていた20年7〜9月ごろ、同州内の食肉加工施設でのCOVID-19のクラスター発生により、主に隣接するSA州で食肉の加工処理が行われていたことを示している(図5)。
 





 

(2) 消費動向

 豪州の1人当たりの年間豚肉消費量は増加傾向で推移しており、豪州農業資源経済科学局(ABARES)は、2021年度の豚肉消費量を1人当たり27.4キログラムと、2000年度比で1.5倍に増加すると予測されている(図6)。肉類の中では、豚肉は鶏肉に次ぐ消費量となるが、鶏肉は21年度で同46.9キログラムと、豚肉の1.7倍消費されており、2000年度比を見ても1.5倍に増加すると予測されている。
 小売店の生鮮肉消費支出割合を見ると、豚肉は羊肉と同じく、牛肉、鶏肉に次ぐ11%となっている(図7)。豚肉は羊肉よりも1人当たりの消費量は多い(豚肉は年間27.4キログラム、羊肉は同5.4キログラム)ものの、羊肉の小売価格が高いため、支出シェアでは拮抗きっこうしている状況にある。
 また、自宅調理以外での豚肉の消費機会割合では、レストランなどの外食部門が50%と最も多く消費され、続いて学校などでの給食利用が4分の1弱を占めており、全体を見ると、持ち帰りなどの中食での利用が2割弱、自宅外での利用が8割強となっている(図8)。







 

(3) 輸出入動向

 豪州の豚肉需給は、消費の伸びに対して生産量が不足していることから輸入超過の状況が続いている。
 まず、輸出については、近年の輸出量は年間約2万7000トンから3万5000トン程度で推移している。2020年は他国のアフリカ豚熱発生に起因する需要増加を背景に、2万9520トン(前年比9.0%増)とかなりの程度増加している(図9)。また、輸出先別の輸出量の割合では、シンガポールが35%と最も多く、次いでパプアニューギニア、ベトナムと続いている。日本にも2%(631トン)とわずかながら輸出が行われている(図10)。
 豪州国内の206戸の養豚生産者(豚肉生産量の91%をカバー)を会員とする豪州養豚業界団体のAPL(Australian Pork Limited)によると、アフリカ豚熱による世界的な豚肉不足により、日本や韓国、ベトナムなど新たな市場に参入する機会が得られたとしている。特に同団体は高付加価値市場の日本に注目しており、豪州の市場ではあまり扱われない内臓などの不需要部位の利用や同国でなじみの薄いカット方法などが用いられていることから、豚1頭当たりの利益向上の可能性があるとしている。





 

 一方、輸入量については、おおむね年間15〜20万トン程度で推移している。直近では、19年は同国産豚肉生産量の落ち込みなどを背景に19万8707トンと増加したものの、20年には14万6984トンと、15万トンを割り込む状況となっている(図11)。豪畜産調査会社であるトーマス・エルダー・マーケッツによると、これはアフリカ豚熱に関連した中国による国際的な豚肉製品需要の増加が影響しているとしている。
 20年の輸入先別の輸入量の割合では、米国が55%、デンマークが23%となっており、この2カ国で輸入量全体の約8割を占めている(図12)。近年では米国とデンマークからの輸入がおおむね全体の7〜8割程度と、太宗を占める状況が続いている。
 



3 COVID-19の影響

 豪州では、これまで3回(2020年3〜4月、同年7〜9月、21年6〜10月)のCOVID-19の流行の波が起きているが、連邦政府による徹底したロックダウン規制などにより、世界全体で見ると、同国の感染者総数は非常に少ない状況にある(図13)。また、主な感染拡大地域は人口の多いVIC州とNSW州で、その他の州は主要都市を有しながらも、ほぼ影響を受けていない。

豪州の養豚産業がCOVID-19の拡大によって受けた影響は、主に以下の3点である。
ア 飲食業界の営業停止による豚肉の需要減少
イ 航空便の減少などによる貨物コストの増加
ウ 加工施設での従業員感染による操業停止や外国人労働者の減少による労働力不足

 
ア 飲食業界の営業停止による豚肉の需要減少
 2020年3〜4月ごろに行われた豪州最初のロックダウンでは、飲食店が持ち帰りのみの営業となった。豪州の豚肉消費動向を示すAPLの「Foodservice tracker」の資料によると、昼食または夕食をレストランなどの外食や持ち帰りで済ませる人の割合は、20年3月以前の29%からロックダウン時の同年4月には16%にまで低下したが、その後は持ち帰り需要の高まりなどで8月には27%と大きく回復している。また、21年6月末よりシドニーを中心にデルタ株の感染が確認され、再び各地でロックダウンが行われていたが、10月11日に100日以上ぶりに規制が解除され、飲食業界では外食消費の回復が期待されている。
 一方、度重なるロックダウンによって、豚肉消費においては、各家庭で消費されるひき肉やロースト用の豚肉の需要が増加した。特に流行初期はパニック買いにより、冷凍保存が可能な肉類を中心に店頭から商品が消える事態も発生したが(写真1)、2回目以降のロックダウンでは、供給側の体制も安定し、大規模な品切れは特に発生していない。

 
イ 航空便の減少などによる貨物コストの増加
 2020年3月に行われた国境閉鎖と、それに伴う航空便の減少により、シンガポールと香港へのチルド豚肉輸出の航空貨物コストは200%以上増加し、両地域への貨物量は翌4月以降影響を受けたものの、その後はアフリカ豚熱流行に伴う世界的な豚肉需要増などが相殺する形で輸出量は回復している。
 なお連邦政府は、農水産物の輸出支援策として国際貨物支援制度(IFAM:International Freight Assistance Mechanism)を同年4月より導入した。これは、日本のほか中国、香港、シンガポール、マレーシア、中東地域などを含む50地域以上を結ぶ航空路線の貨物輸送料を補助するもので、22年6月末まで継続されることになっている。豪州食肉産業協議会(AMIC)によると、IFAMが開始されてから21年8月までに、牛肉が2万7000トン、豚肉が9000トンなど、業界全体では同制度の下で総額49億豪ドル(4312億円)に相当する合計24万トンの食肉製品を輸出できたとし、本制度を評価している。

ウ 加工施設での従業員感染による操業停止や外国人労働者の減少による労働力不足
 VIC州のメルボルンで感染の第2波が起きた2020年7〜9月ごろ、州内の大手食肉加工施設でCOVID-19のクラスターが相次いで発生し、操業が停止された。しかしVIC州は、隣接するSA州との間で、アフリカ豚熱流行に備えて緊急時に相互に食肉処理のサポートを行う体制を事前に整えていたため、比較的スムーズに豚の州外輸送が行われたとされている。また、APLは、加工施設の処理能力が急減した場合に備えて、出荷2週間分に相当する肥育豚の余剰飼養スペースを設けるよう事前に農場と連携していたことも奏功し、滞留した豚の安楽死処理などは行われずに済んでいる。
 その後、21年6月以降の第3波では、ロックダウンの影響により主にシドニーとメルボルンの加工施設が80%程度の稼働率で運営せざるを得なくなっており、クリスマス用のハムなどを中心に、年末にかけて豚肉製品の値上がりが予測されている。
 また、豪州の食肉加工施設は、労働力の多くを外国人労働者に依存していることから、国境閉鎖に伴い労働力が不足している状況にあるが、21年9月より施行された太平洋諸島などの労働者を対象とした新たな豪州農業ビザの運用が同年末ごろから開始される見込みであり、労働力不足の解消が期待されている。

4 GHG排出量削減の取り組み

 APLは2025年までの最優先課題の一つとして、養豚業界のGHG排出量削減を挙げている。APLが昨年発表した5カ年計画「APL Strategic Plan 2020-2025」では、25年までにカーボン・ポジティブ(注3)や農場廃棄物ゼロ、AWのリーダー的な業界として認められることなどを目標として掲げている。これにより、同業界は環境意識の高まる豪州国内のみならず、日本や韓国をはじめとするアジアのプレミアム志向の消費者に対し、「豪州産豚肉はクリーンクリーンでサステナブルである」と銘打ち、売り出すことを目指している。

(注3)肥育豚のライフサイクル全体で、GHG排出量より吸収量が多くなっている状態。
 

(1) 豪州の養豚産業によるGHG排出量

 APLは2018年、1980〜2020年の豚肉産業の環境への影響測定と将来予測に関する研究レポートにおいて、豪州の豚肉産業の環境への影響は減少していると公表している。同研究では、「ライフサイクルアセスメント」(原料調達や廃棄物処理も含め、豚肉商品製造に係る一連の環境負荷を分析・評価すること)を用いながら、GHG排出量、水や化石燃料の消費量などを10年間隔で測定している。
 このレポートによれば、1980〜2020年(予測値)の40年間のGHG排出量は、生体重1キログラム当たり10.6キログラムから3.3キログラム(CO2換算)と69%も減少するとしている。この要因として、生産性の向上や豚舎のふん尿管理システムの変更などが挙げられており、また、豚舎の稼働システムが改善されたことにより飼料の必要量も減少し、結果ふん尿の量も減少したことでGHG排出量も大幅に削減されたとしている。
 またAPLは、2013年にNSW州第一次産業省(DPI)と共同で、養豚場のGHG排出量を算出する無料ツール「Pig Gas Calculator」を作成している(図14)。これは、豚の飼育頭数や各施設の面積などの情報を入力することで、豚舎やふん尿管理システムなどにおけるGHG排出量が把握できるものである。


 

(2) GHG排出量削減のための具体的な取り組み

 養豚業界の研究開発を行う政府機関であるPork CRC(High Integrity Australian Pork CRC)は、養豚農家が農場でのバイオガスシステム導入を支援するプログラム「BSP:Bioenergy Support Program」により養豚農家を支援してきた。Pork CRCの2017/18年度のレポートによると、BSPの対象となった同システムの導入によりバイオガスに転換されたGHGは全国の豚から排出されるふん尿の15%に相当する規模で、BSP開始前の2012年時点では、ふん尿のバイオガスへの転換率は2%であったことから、BSPによるバイオガスシステムの導入はGHG削減に大きく寄与していると言える。なお、18年6月時点でバイオガスシステム導入済の養豚場での豚飼養頭数は約42万7000頭となり(図15)、これは500頭以上を飼養する養豚農家のうち、従来型豚舎で飼育されている全国の豚の29%に相当するとしている(筆者注:18年の同国における飼養総頭数のおよそ2割)。


 
 バイオガスシステムを導入した養豚農家は、臭気の低減、エネルギーコストの削減、余剰電力の販売、炭素クレジット(ACCU:Australian Carbon Credit Units)(注4)や再生可能エネルギー証書(RECs:Renewable Energy Certificates)(注5)の販売など、経済的なメリットも享受している。

(注4)GHG排出量の削減につながるエネルギー効率化プロジェクト、再生可能エネルギー発電プロジェクト、炭素隔離プロジェクトにそれぞれ付与される金融商品。

(注5)2000年に制定された再生可能エネルギー法(Renewable Energy (Electric) Act)に基づく証書で、対象となる太陽熱や温水、太陽光や風力発電システム、ソーラーパネルを購入する際に利用できる。また、この証書を売却することで収益を得ることが可能。

 豚肉生産におけるGHGの66%は、養豚場の排水池(Effluent ponds)からの排出によるものだとされているが、これは、豚のふん尿などの有機物を排水池に貯め、窒素除去(浄化)の過程で、GHGであるメタンや亜酸化窒素が発生することによるものである。このためAPLは、排水池からバイオガスを回収することでGHGを最大80%削減することが可能となり、なおかつ発電により購入電力費用が抑えることができるとして、APLの5カ年計画の中でも養豚場でのバイオガス活用を推奨している(写真2)。バイオガスシステムを活用することにより、500頭規模の養豚農家の場合、一般家庭62世帯分の1年間の電力を賄えるだけのエネルギーを生産できる可能性があるとしている。しかしながら、16年以降は、豚肉の価格低迷や飼料価格の高騰により業界の収益性が悪化したことや、同システムの導入コストや信頼できる供給会社の不足などから、導入数が伸び悩んでいる。

 
 また、連邦政府は、農畜産業における排出削減を支援する排出量削減基金 (ERF :Emissions Reduction Fund project)を設けており、メタン成分を除去する燃焼装置設置などの条件を満たして家畜排せつ物管理プロジェクトの対象として選ばれた場合、同基金からバイオガスシステムの導入に関する助成金が得られる。また、2012/13年度にERFが開始されて以来、約37万件のACCUが、養豚農家のバイオガスプロジェクトに発行されているが、これは、参加した農家に推定で合計400万豪ドル(3億5200万円)の利益をもたらしているとしている。

コラム1 養豚農家の環境対策やAWへの取り組み例

 QLD州中部のビロエラ(ブリスベンから北西に約600キロメートル)にあるBettaPork社は、バイオガス活用の他、柵を使用しないストール・フリー方式など、AWにも配慮した持続可能な養豚を目指している。
 同社では、2015年にバイオガスシステムを導入し、現在では1万6000頭の豚の排せつ物と、近隣他社の食肉加工施設からの廃棄物を使って、140世帯分の電力を発電している。
 同社はバイオガスシステムを2機有しているが、同システムでは、排せつ物を敷地内のバイオガスタンクに貯留し、タンク内の微生物が有機物を分解することでメタンを発生させ、タンクの上部にたまったメタンを超低圧のステンレスパイプを通って押し出している。メタンは硫化水素を除去するためのカーボンフィルターを通って発電機に送られ、最終的に燃料の代わりにガスで燃焼するように設計された100キロワットのディーゼルエンジン2台に送られている。毎日、28万リットルの豚の排せつ物と22トンの食肉加工施設からの廃棄物が処理され、これにより敷地内にある30棟の建物、敷地内のすべてのかんがい・農業用ポンプを動かすのに十分なエネルギーを生産し、さらに80キロワットの余剰電力を生み出し、送電網へ販売している。同社はこのシステムにより、月に2000豪ドル(17万6000円)の節約を実現しているとしている。

 
 また、同社では、約30年前に欧州で開発されたSWAPペンという大型サイズの分娩舎を導入している。豪州ではほとんど導入されていないものの、従来の分娩クレートよりサイズが大きく、可動式の仕切りによって母豚と子豚が自然に動き触れ合えることができるほか、出産直後の母豚による子豚の圧死事故を防ぐことができるとしている。さらに、24時間のモニタリングにより、子豚の安全や健康を確保し、また温水パッドやミストによる冷却システムなどで快適な温度を保っている。

5 AWの取り組み

(1) 豪州養豚における規制・規範

 豪州では、州ごとに独自の動物福祉関連法が制定されており、連邦政府は生体輸出や貿易、国際協定に関わる動物福祉にのみ関わっている。そのため、各州が動物福祉に関する法律の下に家畜の飼育や輸送、食肉加工に関する条件などを定めているが、州によって規定が異なるため、APLは豪州統一基準となる、独自の行動規範(Code of Practice)を設定している。また、大手小売業者は独自で、APLの行動規範よりも厳しい基準を設けており、実質的にAPLが定める規範が豪州の養豚業界における最低限のラインとなっている。本項ではAPLの行動規範の概要について詳述する。

ア 飼養形態
 豪州養豚業界では、屋内・屋外いずれの飼育も認められており、次の3種類の飼養形態が存在する。
 ・フリーレンジ(Free Range):すべての母豚、雄豚、子豚が屋外で生活する(写真3)。
 ・屋外飼養(Outdoor Bred, Raised Indoors on Straw):母豚と雄豚は屋外で生活し、離乳した子豚は屋内のシェルターでわらの上などディープ・リッター方式(写真4)で飼育される(部分屋外飼養)。
 ・屋内飼養(Indoor):すべての母豚、雄豚、子豚が屋内で生活する。




 APLによると、豪州における各飼養形態の割合は、フリーレンジが5%、屋外飼養(部分屋外飼養)が4%、残りを屋内飼養が占めているとされている。
 そのうち、フリーレンジもしくは屋外飼育の商品には、APLが定める基準を満たした場合、それを認証するマークを付すことが可能となっている(図16、写真5)。




イ 妊娠ストールの廃止
 TAS州および豪州首都特別地域(ACT)では、妊娠ストールの使用自体が法律で禁止されている。他方、本行動規範では、妊娠ストールの自主的な廃止が掲げられている。APLによると、現在、同国で飼育される約80%の母豚は妊娠ストールを使用せず、「loose housing」と呼ばれる母豚の移動の自由が確保された群飼育が行われているとしている。また、2017年以降、妊娠ストールを使用できる期間は最大6週間または妊娠期間の約3分の1を超えないよう規範の中で規定されており、すべての州の動物福祉関連法にも盛り込まれている。
 一方、豪州養豚業界では、交配時に一時的に使用するおり(Mating Stall)は、けがや流産の原因となる雌豚間の攻撃性を避けるために必要であると主張しており、出産後の分娩用クレートに関しても、子豚の生存率を最大限に高めるために重要だとみなされている。

ウ 去勢や尾切りなどの処置
 豚の体を傷つける処置に関しては、健康上の懸念などが認められた場合のみ、痛みを和らげた上で行うことが許可されている。また、識別のための耳切り、歯切りや歯削り、牙のトリミング、尾の切断などは、豚の健康と福祉が損なわれる場合にのみ実施が可能となっている。
 また、雄豚は、性成熟するとアンドロステノンとスカトールが脂肪内に蓄積され、「Boar Taint」と呼ばれる特有の不快な臭いや味の原因となる。日本などでは外科的去勢によってそれらの物質の蓄積を抑える処置が一般的に行われているが、豪州では性成熟を迎える前のと畜や、インプロバックなどの製剤による免疫学的去勢が一般的であり、アニマルウェルフェアの観点から物理的な去勢措置はほとんど行われていない。他方で、免疫去勢(Immunocastration)と呼ばれる方法では、ワクチンを2回接種することで、精巣機能を阻害する抗体を産生させ、性成熟を遅らせることができる。これにより臭みの原因となる物質の生成を抑えることができるだけなく、テストステロンの分泌に伴う攻撃的な行動(押し付け、頭突き、マウンティングなど)も大幅に減少することから、安全面でも推奨されている。
 在豪経験の浅い筆者は、豪州の小売店の精肉コーナーでは特異な臭いを感じたことはないが、実際に豚肉を小売店で購入し、調理する段になると、やはり少し強い臭いを感じることがあり、今回は去勢されていない雄豚に当たったと思うことがある。一方、豪州人や豪州に長く住む人からは、特に気にしたことがないとの声も聞かれる。
 

(2) 小売業界における取り組み

 豪州の小売大手であるColes、Woolworths、ALDIは、3社合計で市場シェアの8割以上を占めており、これらはすべて自社ブランドの豚肉に対して独自基準(豚肉産業品質保証プログラム〈APIQ:Australian Pork Industry Quality〉)を適用し、すべての豚肉商品で原則妊娠ストールは使用していない(GSF認証:Gestation Stall Free。同基準は2014年にColesが国内スーパーで初めて導入したもの)。
 このAPIQ基準では、APLの定める行動規範より厳しく、飼育床や飼育環境、飼養密度や確保するべき面積、抗生物質や成長促進剤、ホルモンの使用など、各分野におけるサプライヤーの順守基準などが定められており、毎年、サプライヤーに対し順守状況に係る監査が行われている。主要な基準は以下の通り。
 ・母豚が転回するために十分なスペースを確保することや、群飼育の場合は横たわるために(1頭当たり)1.5平方メートルの面積の確保が必要。また、ディープ・リッター方式を採用する場合は、さらにプラス30%のスペースが必要。妊娠ストールの使用は認められないが、分娩用クレートの使用は可能。
 ・歯切り、歯削りおよび尾の切断は、獣医が必要と判断した場合のみ行える(尾の切断は生後7日以内)。牙のトリミングは、獣医または訓練を受けた者のみが行える。外科的な去勢は基本的に認められておらず、獣医が治療上の理由で必要と判断した場合のみ、麻酔下で行える。子豚の離乳は、分娩から18日以降に行う。
 ・獣医の承認がない限り、豚への成長促進剤、ホルモン剤、抗生物質の投与は禁止されている。
 ColesとWoolworthsは、これらの取り組みにより世界の大企業150社を対象としたAWのベンチマークである「BBFAW:Business Benchmark on Farm Animal Welfare」で高評価を得ている。同指標は、抗生物質の削減やケージフリー、体の一部の切断やと畜時の気絶処理などの分野で評価され、6段階にランク付けされる。階層1がAWについて業界を主導する立場として最も高い評価となっており、階層6はいかなるAWの実践や方針の表明も行われていない企業とされているが、20年時点でWoolworthsは階層2、Colesは階層3に位置している。
 また、APLによると、豪州で流通するハムやベーコンの約7割は輸入豚肉が使用されており、これらは米国やデンマーク、オランダを中心とする欧米諸国から輸入されている。輸入先となる欧米では、依然として17週間の妊娠期間中に最大4週間、分娩用クレートの使用が認められているとしている。現地報道によると、問題はこれらの輸入肉を原料として使用している場合でも、現状の原産国表示基準に照らし合わせると製品には「Made in Australia」の表記が可能であり、APLは消費者に誤解を与えない別の表記の必要性を訴えている。

コラム2 小売大手におけるAWに配慮した豚肉の販売状況

 Colesで販売されている豚肉商品には、妊娠ストールフリー(Sow Stall Free)の表記が付されている。また、Colesでは2010年以降、自社のフリーレンジ豚肉商品は、王立動物虐待防止協会(RSPCA:Royal Society for the Prevention of Cruelty to Animals)の認証を取得しているWA州の養豚場から出荷された肥育豚を利用しており、認証マークなども付されている(コラム2−写真)。RSPCAの認定基準は5年ごとに見直され、一般に公開されている。RSPCA認定農場由来の豚肉を販売している大手小売業者はColesのみであり、母豚用の妊娠ストールや分娩用クレートは使用していないことはもちろん、豚が歩き回る十分なスペースがある他、わらの寝床も用意されている。


 フリーレンジ豚肉商品は価格が一般豚肉商品よりも2〜6割ほど割高で、商品数も少ない(コラム2−表)。Colesの場合、通常肥育の商品であれば、ベーコンや味付き肉などの加工品を除いても30種類近くの豚肉が販売されているが、現状フリーレンジ豚肉商品は10種類にも満たない。


 他方でColesは、21年10月11日から店舗内の精肉販売を廃止し、肉類はすべてパック肉による販売に切り替えている。業界大手のColesによるこの取り組みは、これまでColes店内の精肉店を利用していた消費者の目に、パック肉に示されたAWに関する表示に触れる機会を増やし、食肉に関するAWへの関心を高める可能性がある。

6 おわりに

 豪州では、アフリカ豚熱やCOVID-19などの流行という厳しい状況下でも、APLが政府機関と連携しながら豪州養豚産業の維持・発展を指揮しており、また、近年、世界的に関心が高まっている気候変動への対応、AWへの具体的な取り組みについても、今回の調査で確認することができた。また、APLは、アフリカ豚熱により、日本や韓国、ベトナムなどへの豚肉輸出機会が生まれたとしており、今後は特に日本に対して豪州産豚肉の付加価値化を図り、輸出を拡大しようとしていることも確認できた。
 一方で、2021年6月には、世界的食肉加工業者であるJBSが、豪州南東部で豚肉生産・加工を行うRivalea Holdings社を1億7500万豪ドル(154億円)で買収すると発表しており、国際的な輸出市場における豪州産豚肉の可能性を高めるとされている。なお、この買収には21年12月9日に決定される豪州競争・消費者委員会(ACCC:Australian Competition and Consumer Commission)の承認が必要とされている。
 このような業界の動きや、いまだ欧州やアジアなどで豚へのアフリカ豚熱新規感染が散見される中で、同国ではこれらの状況に鑑みたバイオセキュリティ対策、気候変動やAWへの対応による豚肉の付加価値化の取り組みにより、今後、豪州産豚肉が国際的に存在感を増してくるものと考えられる。
 
(赤松 大暢(JETROシドニー))