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海外情報 畜産の情報 2022年1月号

国連食料システムサミットを受けた米国政府の対応と米国畜産業界の動向

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調査情報部 国際調査グループ

【要約】

 国連食料システムサミット(UNFSS)の開催を受け、米国政府は国内外向けに多額の予算を投じ、米国農務省(USDA)を中心に、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向け、より持続可能で回復力のある包括的な食料システムの構築に必要な国内および国際的な措置を講じることとした。特に、気候変動に対応した農業イノベーションミッション(AIM4C)および食料安全保障と資源保全のための持続的生産性向上に関するコアリション(SPGコアリション)に力を入れて取り組むとともに、食肉・食鳥処理・加工施設を中心にサプライチェーンの強化を図るとしている。また、米国内では畜産業界も気候変動対策に向き合うとしており、SDGs達成に向けた2030年までの「行動の10年間」で政府、業界団体、生産者、その他関係者、畜産業界が一体となった取り組みが行われる。

1 はじめに

 国際連合は2021年9月23、24日の二日間、「持続可能な開発目標(SDGs)」達成に向けた「行動の10年間」を開始するため、国連食料システムサミット(UNFSS:United Nations Food Systems Summit)をニューヨークで開催した。
 今回のUNFSSは、SDGsの各目標は持続可能かつ公平な食料システムによって達成されるものであり、世界の食の生産と消費など食への考え方を変革し、貧困、栄養不良、食料安全保障、人口増加、気候変動、天然資源の枯渇などの課題に取り組む必要があるとして、世界中の全ての人が行動を起こすために国連事務総長の招集により開催された。ここでは、UNFSSで米国が発表したコミットメントと米国内の取り組みを中心に紹介する。
 なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=115円(2021年11月末日TTS相場:114.77円)(注)を使用した。

(注)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の月末TTS相場。

2 UNFSSの開催形式「コミットメント」と「コアリション」

 今回のUNFSSは、国、団体、企業などが今後の取り組みに向けた「コミットメント」を示す形式で行われ、「人々のサミット」「約束のサミット」と呼ばれた。UNFSS事務局によると、85カ国以上の首脳がコミットメントを表明したほか、企業、市民団体、農業団体などを含め、約300ものコミットメントが寄せられた。
 また、UNFSSでは、いわゆる「コアリション」と呼ばれる複数の関係国・機関・企業などが一体となった取り組みが推奨された(表1)。そして、UNFSSの開催に当たり、多くのコアリションが結成された(表2)。この「コアリション」とは、2030年までに食料システムの変革に向けた国家的な道筋を通じて、SDGsの達成に向けて取り組むための統合的かつ体系的なアプローチを支持する国、関係機関、民間企業、関係者などのグループである。これまでにも食料システムの問題をめぐっては、国・機関の連携で対処してきたが、多分野に影響を及ぼす大きな課題に取り組まなければならない中で、分野間の相互作用まで十分に考慮されずに取り組まれることが多かった。そのためUNFSSは、飢餓、気候変動、不平等、公衆衛生、生物多様性、政治的安定、平和など多分野に関わる食料システムについて、さまざまな課題への取り組みが他の課題に及ぼす影響の相互関連性にまで踏み込んだ、複数の分野にまたがった組織が一体的に取り組む形態として、「コアリション」による取り組みを推奨することとした。



3 米国政府のコミットメント

 今回のUNFSSの中で、米国農務省(USDA)は100億米ドル(1兆1500億円)の拠出を公表した。そのうち50億米ドル(5750億円)は国内向けの取り組みに充てられる。
USDAのヴィルサック長官は、「創意工夫により食料システムを改善し、全ての人に栄養価が高く、手頃な価格で手に入る食料を供給するとともに、天然資源を保全し、気候変動危機に立ち向かわなければならない」と述べ、SDGs達成に向けて以下の五つの取り組みに尽力することをコミットメントとして示した。
●気候変動に対応した農業イノベーションミッション(AIM4C:AIM for Climate)
●「食料安全保障と資源保全のための持続的生産性向上に関するコアリション(SPGコアリション)」の設置
●「学校給食コアリション(SMコアリション)」への参加促進を主導
●「食料を決して無駄にしないコアリション(FNWコアリション)」への支援など
●持続可能で強靭きょうじんで包括的な米国食料システムの構築
 

(1)AIM4C

 AIM4Cは、2021年4月に米国が主催した気候サミットで米国とアラブ首長国連邦が共同で発表したイニシアチブ(戦略)であり、本年11月に開催された第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)で正式に設立が発表された。4月の発表以降、米国は各国や国内関係機関に参加を促してきたこともあり、COP26開催時までに日本を含む34カ国と49機関が参加を表明した(図1)。


ア AIM4Cの目的
 AIM4Cは以下の3点を目的に活動することとしている。
 ・今後5年間(2021〜25年)で気候変動に対応した農業や食料システムの技術革新への官民による投資を大幅に増額すること
 ・参加国・機関などの費用対効果を高めるために、国を超えた技術的かつ専門的な知見による議論の場を提供するフレームワークを構築すること
 ・各国政府と学術研究機関が協力する構造を整備し、各国間で研究成果を共有することで、気候変動対策に係る優先事項への対応を促進すること
 また、これらの目的を進めるために、以下の分野への官民投資を加速することとしている。
 ・各国の農業研究機関や学術研究機関での基礎研究による打開策の追求
 ・国際研究機関や研究ネットワークへの支援を含む官民による応用研究の推進
 ・各国の農業研究・普及システムの構築を含む生産者やその他食料システム関係者が実行・利用できる革新的製品、サービス、知見の開発・実証・普及

イ AIM4Cへの参加者
 AIM4Cには、今後5年間(2021〜25年)で気候変動に対応した農業・食料システムのための技術革新に資金を投入する者のうち、以下の者が参加できることとしている。
 ・AIM4Cの目的に沿って活動する各国政府機関(政府パートナー)
 ・具体的な取り組み(イノベーション・スプリント)により、限られた期間で技術革新を推進することができる非政府機関(イノベーション・スプリント・パートナー)
 ・他の機関との間でも農業技術革新への取り組みの優良事例を公平に共有するなど、相互に能力を強化し、産出された技術を効果的かつ迅速に実証・普及するために取り組むことができる民間学術研究機関(ナレッジ・パートナー)

ウ イノベーション・スプリント
 参加国・機関・企業は、農業生産性を持続的に向上させつつ、気候変動への適応力を高め、温室効果ガス(GHG)排出量を削減するという目的に取り組むための投資を行うこととされている。AIM4Cの各パートナーの動きを見てもすでに実を結びつつあり、5年間で40億米ドル(4600億円)の投資拡大という収穫を得ている。そのうち10億米ドル(1150億円)は、米国が表明した今後5年間(2021〜25年)にわたって措置する予算である。
 また、すでにいくつかのイノベーション・スプリントが発表されている。この取り組みの例は以下の通りである。

 ・国際農業研究協議グループ(CGIAR)遺伝子バンクを活用した気候変動対策の迅速な推進
  CGIARが米国の食糧・農業・研究財団(FFAR)およびビル&メリンダ・ゲイツ財団の協力の下、遺伝子バンクから気候変動に耐性のある遺伝形質を引き出す取り組みである。4000万米ドル(46億円)を投じ、生産者が直面する気候変動問題に取り組む。

 ・GHG排出量低減に向けた技術開発「Agミッション」の設立
  FFAR、米国農業者と牧場主連合(USFRA)、世界農業者機構(WFO)はペプシコ社、マクドナルド社の協力の下、包括的研究によって農業のGHG排出量を相殺してマイナスにすることを目的として、「Agミッション」を設立した。農家や畜産農家、科学者とも協力し、1000万米ドル(11億5000万円)以上を投じ、相互運用可能なデータ駆動型のフレームワークなど、気候変動に対応した技術の共同開発に取り組む。

 ・グリーナー・キャトル・イニシアチブの設立と腸内メタン排出抑制技術の開発
  FFAR、米国乳製品イノベーションセンター、乳用牛協議会、全米乳用牛情報連合、アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド社、エランコ社、ジーナス社、ネスレ社、ニュージーランド農業温室効果ガスリサーチセンターは、乳用牛および肉用牛からの腸内メタン排出量の削減を目的とした官民パートナーシップであるグリーナー・キャトル・イニシアチブを立ち上げた。5年間で500万米ドル(5億7500万円)を投じ、科学的根拠を持ち、かつ商業的に実現可能な腸内メタン排出抑制技術の開発に取り組む。

 ・畜産で利用可能なバイオマスの量と質の衛星モニタリング
  大洋州、中南米などの政府機関や学術研究機関などが約130万米ドル(1億4950万円)を投じ、畜産の利用可能なバイオマスの量と質を衛星ツールによってリアルタイムかつ高精度で推定するシステムの開発に取り組む。
 

(2)「SPGコアリション」の設置

 USDAは、社会、経済、環境の各側面からそれぞれの課題への影響を考慮した持続可能性を最適化する農業生産性の向上を通じて、持続可能な食料システムへの移行を加速させることを目的とした「SPGコアリション」を設置した。米国や世界が抱える複数の課題への影響について、そのトレードオフを考慮した農業生産性の向上に向けて、総合的なアプローチを推進していくとしている。

ア SPGコアリション設立の背景
 農業は、増大する世界人口の栄養需要を満たすために、より多くの食料を生産すると同時に、気候変動や天然資源保全に対策を講じなければならない。さらに、安全かつ高栄養価な食料の手頃な価格での供給、生産者の適正な収入の確保への留意も必要であり、より複雑な課題となっている。USDAは、これらの課題を解決するための唯一の方法が農業生産性の向上であるとしている。農業生産性の向上とは、より少ない資材投入(土地、水、労働力、資本、生産資材など)でより多くの農畜産物を生産することである。米国では農業生産性を定量的に測定し、資材投入の強化によらない農畜産物の生産量増加の指標としているのである。
 一方で、USDAは、農業生産性の向上だけではこれらの課題を解決することはできないとしている。生産性の向上だけで、必ずしも高栄養価の食料の生産量が増加するわけではなく、また、環境負荷要因を抑制するわけでもない。そこで、複数の国、他分野の機関、企業などを集め、それぞれの課題への影響やトレードオフまで考慮した総合的なアプローチを行うべくSPGコアリションを設立した。USDAによると、SPGコアリションには日本を含む50以上の国や組織が正式に参加している(図2)。

イ SPGコアリションのコミットメントと取り組み
 SPGコアリションは、食料安全保障、栄養確保、適切な価格での食料供給、生産者の所得向上、気候変動への適応と緩和、資源保全といった米国や世界が抱える複数の課題への影響について、そのトレードオフを考慮し、総合的なアプローチにより、持続可能な農業生産性の向上を推進していくことをコミットメントとしている。具体的な取り組みは以下の通りである。
 ・農業生産性の向上を図ると同時に、環境負荷低減やGHGの排出量削減の目標を設定するなど、農業生産性向上と資源保全や気候変動の目標をリンクさせる。
 ・生産者などが新たな農地拡大を抑制するほどの余裕を持てるよう、生産性のギャップを解消するためのUSDAによる支援プログラムを含めた能力向上プログラムを実施するなど、資源保全や気候変動と農業生産性の向上の目標をリンクさせる。
 ・地域に適したアプローチを開発する地域気候ハブの設置や、気候スマート農林業(CSAF)の普及支援などにより、農業生産性と生産者所得の持続的向上、気候変動への適応と回復力強化、GHG排出量の削減、農地における炭素蓄積を推進する。
 ・農業生産性の持続的向上により、地域社会が気候変動に適応して回復力を強化するための農業イノベーションと研究開発への世界的な投資の増加を加速させるために、AIM4Cなどに参加する。
 ・生物学的手法による栄養強化や品質向上など、農畜産物や食品の栄養成分の改善により、高栄養価の食料の供給強化と価格の適正化を図る。
 ・より包括的な農業生産性の向上を推進するため、栄養指標や外的要因による影響などを農業生産性の指標計算に組み込むなど、複数の課題を考慮した持続可能な生産性向上の概念化と可視化に取り組む。
 以上の六つの取り組みを含め、コアリションの構成員は持続可能な開発目標の進捗しんちょく、成果、達成状況を他の構成員に報告する。


 

(3)SMコアリションへの参加促進の主導

 USDAは、米国も力を入れる学校給食の強化により、2030年までに全ての子どもたちが学校で栄養価の高い健康的な食事を受ける機会を確保することを目標とするSM連合への参加促進を主導することとしている。

ア SMコアリションとは
 SMコアリションは国際連合世界食糧計画(WFP)などの主導により設置され、各国の学校給食プログラムを緊急に再構築、改善、拡大することを目的としている。過去10年間の各国での活動の成果により、学校給食プログラムは2020年初めには3億 8800万人の子どもたち、すなわち世界の小学生の半数に給食が行き渡るようになっていたが、新型コロナウイルス感染症(COVID−19)の拡大により、この成果が突然に失われてしまった。そのためSMコアリションは、11月19日時点で52カ国のほか、国際機関、学術研究機関など43の関係機関が参加するなど幅広い支持を得ており、以下の取り組みがなされるべく、各国の行動を推進し、知見を広く共有することとしている。
 ・2030年までに、全ての国が効果的な学校給食プログラムを再構築し、COVID−19の拡大により失われた体制を立て直すこと。
 ・COVID−19の拡大以前から学校給食プログラムが整備されていなかった国においても、2030年までに同プログラムが整備されるように支援を行うこと。
 ・2030年までに、学校における健康的な食環境を整備し、安全で高栄養価、そして持続可能な方法で生産された食品利用を推進することで、すべての国の学校給食プログラムの質と効率を向上させること。

イ 米国の取り組み
 UNFSSで米国は、SMコアリションへの参加促進をコミットメントに組み込んだ。米国内でも学校給食の体制強化に取り組んでいる。2021年9月29日には、COVID−19の拡大の影響を受けた学校給食の体制を支援するために15億米ドル(1725億円)以上の予算措置を発表した。主な支援内容は以下の通りである。
 ・COVID−19の拡大初期に児童栄養プログラム(児童のための食料を確保するためのプログラム)の実施主体が食料確保のために負担した費用の充当(11億米ドル(1265億円)以上)
 ・児童栄養技術に関するITシステム改善支援(50州・準州に計3700万米ドル(42億5500万円)以上)
 ・学校朝食プログラムの整備と参加拡大の推進(5州・準州に計820万米ドル(9億4300万円))
 ・地元の食材や調理法を活用した学校給食の推進(21州に計550万米ドル(6億3250万円))
 また、このほかにも、USDAは10月11〜15日の全国学校給食週間に学校給食業界とのバーチャルセッションを開催し、業界の意見を集めるとともに、給食時間中の学校を視察し、現場の声に耳を傾けるなど、学校給食プログラムの強化に向けて取り組んでいる。
 

(4)FNWコアリション

ア FNWコアリションの設置
 UNFSSでは、国連環境計画(UNEP)などが主導し、「FNWコアリション」が設立された。世界の食品の約3分の1は消費されることなく廃棄されており、その食品を生産するために、GHG排出量の約8〜10%を排出し、総淡水使用量の約4分の1と莫大な農地を使用しているとされる。そこで、世界の優良事例の共有と国や機関などとの連携強化、投資促進により、2030年までに食品廃棄物を50%削減、食品ロスを25%以上削減することを目的として同コアリションが設立された。同コアリションには将来的に30以上の加盟国が参加する見込みであるが、11月19日時点では17の国、機関、NGOなどが正式に参加している。

イ FNWコアリションの取り組み
 FNWコアリションは、食品廃棄物と食品ロスを削減するために、国ごとの目標を設定し、優先すべき取り組みを決めた上で、科学的根拠に基づき体系的に実施することとしている。具体的な取り組みは以下の通りである。
 ・組織力の構築に向けて、参加国・地域が集まり、互いの目標設定や事例を共有する。
 ・食料廃棄物と食品ロスの削減に取り組み始めたばかりの国に対して、技術的助言、ビジネスモデルや財務モデルの開発支援、測定・調査方法などのツールの提供などを支援する。
 ・国・地域が民間投資を促進する取り組みを行い、企業はその取り組みに参加する。
 ・国・地域や国際機関などの公的機関、民間企業、農業関係者、草の根インフルエンサーなどのネットワーク構築を促進し、具体的な行動に向けたプラットフォームを提供する。
 

(5)持続可能かつ強靭で包括的な米国食料システムの構築(国内向けの取り組み)

 USDAは、UNFSSに先立ち農業生産者、食品業界団体、環境保護団体、栄養・食品安全保障の有識者、農業・食品システムに係る団体および有識者など200名以上を集め、3回の「全国食料システム協議会」を開催し、食料システムの強化に向けて議論を繰り返した。そして、UNFSSでは、USDAは米国内向けの取り組みとして、50億米ドル(5750億円)の措置を発表した。そのうち40億米ドル(4600億円)を食料生産の支援、加工・流通・市場の仕組みの改善を通じた食料システムの強化に充て、10億米ドル(1150億円)をパンデミック支援および効率的なシステムやインフラの整備に充てる(図3)。


ア 持続可能かつ強靭で包括的な食料システムの構築
 食料システムの強化、新たな市場機会の創出、気候変動への対応、取り残された地域社会への支援、サプライチェーン全体の高賃金雇用への支援として、40億米ドル(4600億円)以上を拠出する。本支援はサプライチェーンの段階ごとに支援方針を打ち出し、これに沿って支援策を措置することとされている(図4)。特に、食肉処理・加工施設などにおいて、一部の生産者や小規模の食肉処理・加工業者に適切な市場機会が与えられていないことを踏まえ、食肉処理・加工施設の不足の解消、地域の食料システムインフラの整備を支援する。
 (ア) 食肉処理加工能力向上支援(5億米ドル(575億円)以上)
  補助金交付、融資保証、技術支援によって、新たに設立される食肉・食鳥処理加工施設の整備・運営を支援する。食肉・食鳥処理加工分野の競争力を強化し、寡占化の改善を図る。
 (イ) 食肉処理加工能力向上に係る融資保証(1億米ドル(115億円))
  上記(ア)に加え、既存施設の規模拡大にまで対象を広げ、運転資金、施設や設備の整備費用、その他の投資に係る融資保証を実施する。
 (ウ) 小規模食肉処理・加工施設の体制強化(1億5520万米ドル(178億4800万円))
   ・小規模施設における食肉加工能力の強化(うち5520万米ドル(63億4800万円))
 「食肉・食鳥検査準備助成(MPIRG)プログラム」を通じて、小規模施設の検査・食品安全基準順守の体制の維持・強化を支援し、処理・加工能力と効率の向上を図る。
   ・COVID−19に影響を受けた小規模施設への緊急支援(うち1億米ドル(115億円))
 COVID−19による影響により大規模施設に出荷できなかった家畜を受け入れた小規模施設に対して、処理・加工などに係る検査費用などのコスト増加分を支援する。
 (エ) COVID−19の影響を受けた農場従業員および食肉・食鳥処理加工施設従業員などの救済支援(うち7億米ドル(805億円))
農場従業員、施設従業員の防護服購入費用、扶養家族ケア費用、検査費用などの感染対策費用を支援する。


イ 緊急食料支援プログラム(TEFAP)の拡充
 COVID−19の拡大の際に得られた教訓から、最大10億米ドル(1150億円)を措置し、TEFAPによる現場体制の強化、食料の購入方法などの改善を図る。
 (ア)緊急食料支援(5億米ドル(575億円))
  USDAが米国産食料を購入し、TEFAPを通じて各州のフードバンクに配給する。小規模事業者、女性、マイノリティ、退役軍人を対象とする。
 (イ)地域的、社会的に不利な立場にある農家への支援(最大4億米ドル(460億円))
  USDAが州政府やその他の地域団体と協力協定を締結し、フードバンクで配給する食料を地域的あるいは社会的に不利な立場にある生産者からも購入する。なお、この取り組みにより、その後にこれらの生産者が地域の食料システムに参画可能となる関係構築を促進する。
 (ウ)インフラ整備によるフードバンク能力向上支援(最大1億米ドル(115億円))
  農村部、遠隔地、低所得者層のコミュニティへの食料提供が可能となるよう、TEFAPの要件を満たした地域の食料提供組織によるインフラ強化、緊急食料ネットワークへの参加促進、食料保管・管理設備の整備を支援する。

コラム1 米国酪農における持続可能性に関するデータ

 米国酪農業界は、生乳の生産に使用する資源、栄養分の流出、GHGの排出が70年以上前と比較すると大きく減少しているだけでなく、近年も生乳生産効率と飼料生産効率の向上から着実に減少していることを強調している。その根拠として挙げられる、2020年にアニマル・サイエンス・ジャーナルで発表されたワシントン州立大学のジュディス・キャッパー教授らによる論文の一部を紹介する。
 本論文では2007〜17年の米国の生乳生産現場のデータを使用しており、流通、加工および小売に係るデータは含まれていない。
2007年と17年を比較して(以下、同じ)、まず、乳用牛の飼養頭数は919万頭から939万頭までの2.2%増加にとどまったものの、1頭当たり年間乳量は9.2トンから10.4トンまでの13.6%増加した結果、年間生乳総生産量は8420万トンから9770万トンまで16.0%増加した(コラム1−図1〜3)。エネルギー補正生乳(ECM)に換算すると、100万トンのECMを生産するための乳用牛の必要頭数は22万4500頭から16万8000頭まで25.2%減少したことに相当する(コラム1−図4)。



 



 
 また、使用する資源として、100万トンのECMを生産するための飼料は190万トンから157万トンまで17.4%減少し、土地使用は24万8000ヘクタールから19万6000ヘクタールまで21.0%減少した(コラム1−図5、6)。水の総使用量も2330億リットルから1620億リットルまで30.5%減少した(コラム1−図7)。なお、この水の削減量は2007年時点での生乳生産量で算出した場合、2930万世帯の年間使用量に相当する。

 




 さらに、100万トンのECMを生産するために排出される総ふん尿量は343万トンから272万トンに20.7%減少した(コラム1−図8)。これは100万トンのECMを生産するために要する乳用牛の頭数と飼料使用量の減少に相当すると考えられる。また、窒素の排出量も2万トンから1万6500トンに17.5%減少、リンの排出量も2200トンから1880トンに14.5%減少した(コラム1−図9、10)。ただし、窒素による環境負荷、リンによる富栄養化を原因とする生態系や健康への影響の緩和のため、それらをさらに減少させるメカニズムの研究が必要としている。






 
 最後に、100万トンのECMを生産するために排出されるGHGについて、メタンは4万9500トンから4万100トンまで19.0%減少し、亜酸化窒素は51.1トンから41.7トンまで18.4%減少した(コラム1−図11、12)。そして、GHG総排出量は二酸化炭素換算で210万トンから170万トンまで19.0%減少した(コラム1−図13)。
 この結果、米国のECM総生産量は24.9%増加したものの、GHG総排出量はわずか1.0%の増加にとどまった。これらの改善は生乳生産効率と飼料生産効率の向上によるものであり、乳用牛頭数の増加をほぼ補完する。






 

コラム2 農業生産性とは

 農業生産性の向上、すなわち複数の目的を達成するための効率化の必要性は世界的にも論じられている。世界資源研究所(WRI)による2019年の報告書では、「天然資源の利用効率の向上は、食料生産と環境保全の両方の目標を達成するための最も重要なステップである」と結論付けている。また、FAOも20年に報告した「2020年の世界の食料安全保障と栄養の現状(The State of Food Security and Nutrition in the World 2020)」において、「食料の生産性向上は、食料価格の適正化と生産者の収入向上につながり、高栄養価の食料の供給量を全体的に引き上げる効果的な方法となり得る」とした。さらに、農業、環境、ヒトの健康などを専門とする研究者が参加し、世界の食料システムの変革を目指すEATランセット委員会も19年の報告書で、「現在の農地における収量格差を少なくとも75%削減すること」とし、農業生産性の向上の必要性を訴えた。その他にも世界銀行や多くの学術論文でも農業生産性の向上の必要性を論じており、現在では一般的な結論とされている。

〇 農業生産性の指標
 USDAは、1960年に多要素を加味した生産性の統計プログラムを導入して以来、50年以上にわたって農業生産性に着目してきた。農業生産性の向上は、資源の供給能力を増加させ、世界人口の食料需要を下回らないようにするための主要な手段といえる。今では、米国農務省経済調査局が定期的に「全要素生産性(TFP)」を測定して公表しており、農業生産に使われる土地、労働力、資本、資材などの物的資源(総投入量)に対する農畜産物などの総生産量を示す指標として活用されている。すなわち、TFPはすべての農畜産物などの生産に使用されるすべての投入物を加味しており、TFPの向上には農業に関する技術・効率性の向上が反映され、農業のパフォーマンスと生産性を定量的に測定する上で最も重要な指標であるといわれている。
 また、TFPは2015年を基準(基準値100)としている。例えば、19年のTFPが110である場合、15〜19年の間にTFPが10%増加しており、19年は15年と比較して、同量の投入物から10パーセント多くの生産高を得たことを意味する。

〇 TFPの算出
 TFPは総生産量と総投入量の比率として定義される。しかし、生産量と投入量に加味される項目は、それぞれ内容も単位も異なるものであるため、単純に総生産量と総投入量を直接算出することは困難である。従って、TFPは2015年を基準とする変化率によって表される。そして、TFP変化率の算出に当たっては、各項目が総生産量や総投入量に占める価値も加味して算出した総生産量と総投入量の変化率が用いられる。算出に使用するそれぞれの項目については以下の通りである。
 (1)生産量
 162種類の作物、30種類の畜産物、8種類の水産養殖物、合計200種類の農畜産物などの生産量を集計する。
 (2)投入量
 農業生産に使用される労働、土地、資本、中間資材を集計。労働と土地のほか、資本には機材や家畜、中間資材には肥料や飼料を組み合わせて算出する。
 ・労働
 農業経営者、従業員、家族労働者など、主たる経済活動が農業である成人の総数を算出する。
 ・農地
 農地は世界の土地面積の約38%を占め、その都度作付けを行う耕作地、永年的な果樹園など、牧草地や放牧地などから構成される。また、農地は不均質な投入物であり、年に数回の収穫が可能な耕作地もあれば、ほとんど収穫がない放牧地もある。そのため、これらの生産性の違いを考慮した調整済みの土地指標を使用する。
 ・資本
 資本は数シーズンまたは数年にわたって使用される投入物である。農業機械や機具、建物や構造物、果樹など、繁殖用・搾乳用家畜や採卵用家きんなどの償却資産を使用し、減価償却を加味して算出する。なお、家畜や家きんについては相対的な大きさにより、「牛換算」して算出される。
 ・中間資材
 毎年農業生産に使用される投入物のことであり、有機肥料、乾草や牧草といった家畜飼料など農場内で投入するものと、無機肥料や穀物といった家畜飼料など農場外から購入して投入するものがある。その他にも、種子、農薬、獣医療サービス、動物用医薬品、燃料、金融サービスなども中間資材として算出する。

4 米国の畜産業界の取り組み

 米国の畜産業界は2021年7月、全ての動物性タンパク質部門において、SDGsの達成に向けた勢いを加速させ、その進捗を確認する場として、畜産関係12団体による初の共同イニシアチブであるプロテインPACT(Protein for the People,Animals & Climate of Tomorrow)を発表した(図5)。畜種・品目に共通して、(i)人道的な飼養管理を徹底して健康な家畜を育てること(A)多様な人材を育成して安全な職場を確保すること(B)例外なく安全な畜産物を生産すること(C)幅広い種類の高品質なタンパク質を供給すること(D)健全な土地、空気、水に貢献すること−を目的としており、その上でそれぞれの畜種・品目団体が持続可能な生産に取り組んでいる。


 

(1)米国酪農業界の取り組み

 米国酪農イノベーションセンター(Innovation Center for U.S. Dairy)は2020年、「2050年環境スチュワードシップ目標」を打ち立てた。具体的には、2050年までに、(i)GHG排出量ゼロ(A)水使用量の最適化と水再利用の最大化(B)ふん尿や栄養分の利用強化による水質改善を達成−することとし、2025年以降、5年ごとにその進捗を報告することとしている。
 そして同年、この目標の達成のための農場戦略として、ネット・ゼロ・イニシアチブ(NZI)が発足した。NZIは、全ての農場がネット・ゼロを達成するのではなく、全ての農場に利益をもたらす業界全体としての取り組みであることと強調されている。
 NZIは(i)飼料生産(A)牛の飼養管理(B)エネルギー効率(C)ふん尿管理の四つを主要分野に掲げている。また、目標の達成のためには、技術や実践ツールを手頃な価格で提供すること−あらゆる規模の農場で技術や実践ツールを利用できるようにすること、より定量的なデータを得て既存のデータとのギャップを解消することが必要であるとしている。具体的な取り組みは以下の通りである。

ア 現場活動研究
 環境・経済分析、研究、測定の基礎作業を行い、意思決定やモデルの見直し、現場の成果を向上させる。この一環として、食料・農業・研究財団(FFAR)からの助成金を受け、牛乳・乳製品のGHG排出量の既存データとのギャップを解消するための研究を実施しており、今後、得られたデータを酪農・乳業分野で広く共有する予定としている。

イ 実行可能性試験
 少数のパイロット農場で経済的・環境的プロジェクトを実施し、実際に技術や実践ツールを活用することで、ビジネスモデルの確立、コスト削減、収入源の創出など、すべての農場に対応策を提供するために必要な実証を行う。特に、GHGニュートラルの経済的実現性を実証することに重点を置くこととしている。

ウ 普及活動
 実証済みの技術や実践ツールを酪農家が自発的に導入するために要する技術的、財政的、教育的支援へのアクセスを推進する。あらゆる地域、規模、形態の農場における環境対策を促進することとしている。
 

(2)米国肉用牛業界の取り組み

ア 北米食肉協会(NAMI)による取り組み
 NAMIはタスクフォースを立ち上げ、サプライチェーン全体の持続可能性について、専門家や関係業界とともに幅広く検討し、プロテインPACTの五つの目標すべての評価基準を設定した。そして2022年以降、すべての指標について調査結果を報告するとした。

イ 持続可能な牛肉のための米国円卓会議(USRSB)
 USRSBは肉用牛生産者、食肉処理・加工業者、小売業者、その他関連業者、学術機関などから構成される米国の牛肉バリューチェーンの持続可能性の改善を推進、支援、発信するために設置された取り組みである。持続可能性を検証するための現場のデータ作成、議論を通じた情報交換、プログラム開発のための研修会開催などを行うとともに、牛肉の持続可能性を高める研究プロジェクトの申請と評価を経て支援を実施している。2020年には以下の研究プロジェクトが実施された。
 ・コロラド州立大学マスターイリゲータープロジェクト
  地下水に依存する地域の生産者が生産性および収益性を維持しつつ消費エネルギーと水使用量を削減するためのツールと戦略を策定する。
 ・肉用牛における脱窒素プロバイオティクスと硝酸塩の効果に関する調査プロジェクト
  肉用牛からのメタン発生を抑制する方法として、脱窒素プロバイオティクスと硝酸塩の投与による効果を検証する。

5 おわりに

 食料システムとは、食品の生産、加工、輸送、消費に関わる一連の流れを指し、人間のあらゆる生活に関わっている。また、食料システムの健全性は、人間のみならず、環境、経済、文化の健全性にも大きく関わるものといえるだろう。しかしながら、世界では食料システムが脆弱ぜいじゃくであることも多く、教育、健康、経済、さらには人権、平和が脅かされている。特に、COVID−19の拡大により、食料システムの脆弱性が露見した面もある。
 米国内の業界は、UNFSSの意義の一つである「食料システムに関する議論を劇的に高め、国、地域、企業、市民、業界関係者などあらゆる者が食料システムの力を活用し、2030年までの10年間でのSDGs達成に向けた方向性を定める重要な基盤の構築」に動き始めているといえるだろう。
 今後、政府、業界団体、生産者、その他関係者、畜産業界が一体となって取り組みを進めていく中で、どのような進捗、成果が報告されるのか、畜産物需給との関係も含め注目されるところである。

(岡田 卓也(JETROニューヨーク))