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海外情報 畜産の情報 2022年2月号

中国の生体牛輸入の現状と課題

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内蒙古財経大学 副教授 阿拉坦沙アラタンシャ

【要約】

 中国は人口大国であると同時に消費大国でもある。近年、牛肉消費の増加に伴い肉用牛の需要も拡大しているが、国内の供給が追い付いていない現状がある。このため、同国では、牛肉の輸入量が増加すると同時に、海外から繁殖用生体牛の輸入も増加し、生体牛の輸入ビジネスが大きく展開されている。このような状況の下、輸入先の生体牛供給力が伴えば、近い将来、年間100万頭以上の生体牛輸入が行われると見込まれている。中国の生体牛の輸入拡大の動きは、中国国内の牛肉生産のみならず、牛肉を含めた国際貿易にも大きな影響を与えると考えられる。

1 はじめに

 中国は、牛肉や酪農の生産に関して発展途上にあり、古くから「生産量の確保」を食肉生産の戦略の一つに掲げてきた。しかし近年は、経済発展や国民所得の向上に伴い、「生産量」から「品質重視」へシフトしつつある。
 中国農業農村部(日本でいう農林水産省)は2018年、農業のブランド化の強化と品質向上を促進するために「農業農村部のブランドによる農業振興を迅速に推進する意見」を公表した。また、2019年国務院「第1号文書」では、農業の構造調整を図り、良質な農産物の発展を促進するため、これまでの「生産量重視」から「品質重視」へシフトすることを明言した。さらに、全国人民代表大会で発表された「中国国民経済と社会発展第十四次五カ年計画」の「郷村(地方)振興」目標と2021年国務院「第1号文書」において、畜産業の発展の方向性として、「集約化」、「緑色化(無汚染・安全・良質化)」、「科学技術化(農業生産に科学技術を普及)」、「自給自足化」を打ち出した。これらのことが、中国の農産物の品質向上、農業ブランドの確立、農業の発展の方向性に対する政策的な指針となった。
 2020年の中国の牛関連産業を見ると、中国全体では9500万頭以上の牛が飼育されている(図1)。そのうち、肉用とされる牛の飼養頭数は8900万頭程度とされ、年間の肉用牛出荷頭数は4564万頭(図2)、牛肉生産量は672万トン(図3)、牛肉輸入量は212万トン(図4)となっている。つまり、国内の牛肉需要に生産が追い付いておらず、需要量の4分の1を輸入品に依存している状況にある。






 
 

 中国で公表される各種の肉用牛飼養統計では、乳用廃用牛を含めた統計もあるなど、統計によって多少定義は異なるものの、在来の黄牛、紅牛(赤牛)や海外種のシンメンタール種、アンガス種などを含めた肉専用種の飼養頭数は、6900万頭から7000万頭とされている。一方、専門家の間では、肉専用種の繁殖雌牛は約3500万頭、肉専用種の年間廃用雌牛は約980万頭から1050万頭といわれている。こうした状況の中、牛肉の輸入量(2020年の輸入量は212万トン)を基に中国内の牛肉生産基準で計算すると、中国の肉牛1頭当たりの平均産肉量が200キログラムに達していない(注1)ため、中国では年間1000万頭以上の肉牛が不足している計算となる。従って、業界内では、「中国の牛肉不足は1500億元(2兆7600億円(機構注1):1万5000元(27万6000円)/頭×1000万頭)以上の市場規模」といわれており、牛肉輸入のみならず、生体牛輸入も積極的に展開されている。これは単なる増頭だけではなく、国産牛の品質改善や生産量の向上を目的とした品種改良の意味合いも大きい。
 本稿では、各種文献などの情報のほかに、生体牛の輸入業者、輸入先の輸出業者の中国事務所、生体牛を購入している業者、受精卵や人工授精の専門業者らへの調査を踏まえて、中国の生体牛輸入に関する背景、輸入状況、輸入後の活用ならびに生体牛輸入の今後の見通しなどについて考察した。

(注1)「2020年度肉牛やく(牛へんに毛)牛産業技術発展報告」によると、中国でと畜された肉牛の枝肉の平均重量は250キログラム/頭となっており、歩留まりを勘案すると、1頭当たり産肉量は180キログラム/頭程度と想定される。専門家の間では、中国産肉牛の産肉量の現状に対し、アンガス種、ヘレフォード種、シャロレー種など世界的に有名な肉専用種と大きな乖離があることから、今後、産肉量の向上が急務との声が上がっている。

(機構注1)本文中の為替レートは、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2021年12月末TTS相場(1元=18.4円)を使用した。

2 生体牛の輸入手続

 中国へ生体牛を輸入する際には、まず、輸入先国政府との間で、生体牛輸入に係るリスク分析、衛生評価、審査方法などの検疫条件を含めた貿易交渉が行われ、中国政府と輸入先国政府との間で家畜衛生に関する協定(Animal Health Requirements)が締結される。実際に生体牛が中国に輸入される際には、その牛が当該協定に合致しているか確認しながら輸入が行われる。具体的には、主に六つの過程があり、これらは中国海関総署(日本でいう税関)が監督監理を担っている(図5)。


 まず、中国海関総署による輸入解禁に係る審査が求められる。輸入先国での生体牛飼養牧場の登録、両国の協定など書類の確認・審査が実施され、輸入される生体牛がこれらの検査等をクリアする必要がある。
 第2に、輸入先および中国国内での隔離場の指定が求められる。生体牛の輸出企業や輸入企業が海関総署に申請し、海関総署が検査・審査を行い、合格した場合、「隔離場使用証」が発行される。隔離場の指定に当たっては、「入国動物隔離検疫場使用監督監理方法」、「通関監理作業場所設置規範」および関係規程において、立地や施設などについて満たすべき要件が定められている。以下に主だった要件を簡単に紹介する。

  【立地面】
 ・国が指定した港・空港から200キロメートル以内の交通の便が良いところに設置されていること。
 ・隔離場の周辺10キロメートル以内で、直近3年内に口蹄疫、BSE、牛白血病、アフリカ豚熱、狂犬病など、「中国の輸入する動物の検疫疾病リスト」に定められた700種以上の疫病が発生していないこと。
 ・野生動物保護区から10キロメートル以上の距離を確保すること。
 ・3キロメートル以内に動物飼育場、と畜加工場、動物病院、動物隔離場、動物研究所、人工授精・受精卵ステーション、病院、動物処理場、動物交易および畜産市場がないこと。
 ・1キロメートル以内に生活用水の水源がないこと。

【施設面】
 ・2メートル以上の外壁で囲まれていること。
 ・場内を生活区域、オフィス区域、隔離区域などに区切り、隔離区域には隔離飼育エリア、疾病畜の隔離エリア、病死畜と疾病畜の無害化処理エリア、ふん尿汚水処理エリア、飼料備蓄エリア、隔離区域作業員の生活エリア(隔離区域を完全に隔離するため、隔離区域内の作業員は寝食を含めた生活の全てを隔離区域内で行う)などに分け、各区域・エリア間は高さ1.6メートル以上の壁で区切り、それぞれ消毒設備を備えること。

【飼養面】
 ・生体牛1頭当たり5平方メートル以上を確保すること。
 ・隔離場では、別に輸送された生体牛を同時に滞留させてはならず、生体牛導入の10日前から3日に1回、計3回の全面消毒を行うこと。

 このほか、上記以外にも各区域・エリアごとに詳細な規定が定められており、隔離場は外部から完全「隔離」され、疾病などを隔離場内に完全に封じ込め、疫病検査を実施できるようになっている(機構注2)

(機構注2)本稿執筆後の追加情報として、中国海関総署は2021年11月22日、「輸入牛・羊の指定検疫農場建設要件」を公表した。これにより、同年12月1日から、「隔離場」は「隔離検疫場」と名称変更されるとともに、周辺で発生がないことを確認する家畜疾病の種類の追加や、2メートル以上の外壁の建設が困難な場合には小動物の侵入を防ぐフェンス等の設置を義務付けるなど、隔離場の要件がより詳細に規定された。海関総署は、科学的視点で最適化を図るとともに、実情に即した規程とすることで、海外からの家畜疾病の侵入を効果的に防止するとしている。

  第3に、検疫許可証の発行が求められる。購入者(実際の申請は輸入業者が代行して行う)は輸出業者と購入契約を結ぶ前に海関総署に対して「中国入国動植物検疫許可書」を申請し、本許可書を取得する必要がある。海関総署は、「輸出前の審査」(図5の3)を行い、条件を満たしていることが確認された場合には、許可書を発行する。
 第4に、輸入先での予備検査が求められる。輸入先との間の協定書などに基づき、海関総署の検疫官が輸出前の隔離場で、生体牛に対して両国間の協定書などに定められた検疫条件について輸出前に検査・検疫を行う。
 第5に、入国時の検査が求められる。生体牛は、入国時に海関総署で生体牛を積載している船、飛行機、車上において、検疫証明書のほか関係書類、生体牛の健康状態などの検査・審査を行う(写真1)。審査で異常がなければ、生体牛は隔離場への移動が許可される(写真2)。
 



 第6に、入国後の隔離検疫が求められる。生体牛は入国後、図5の2の隔離場で45日間飼養される(写真3)が、その間に海関総署による検疫検査、観察検査などが行われ、合格した生体牛には「入国貨物検査検疫証明」が付与される。輸入業者への聞き取りによると、入国した生体牛に対して7日以内に採血等の検査を行うこととされているが、基本的には入国翌日に検査されることが多い。なお、採血検査は、輸入先の隔離場への移動前と隔離期間中(図5の4)、中国国内での隔離期間中(図5の6)と計3回実施され、生体牛の健康状態などについて厳格に検査されるという。 また、入国時における検査(図5の5)で合格すれば、すぐに生体牛は船等から降ろされ、隔離場へ運搬されるが、その全過程に海関総署の職員が付き添い、監督監理を行う。また、中国国内での生体牛の隔離検疫期間である45日の間も海関総署職員が対応(2名体制で24時間駐在)し、全体の監督監理のほか、「入国動物隔離検疫場使用監督監理方法」に基づいた生体牛の体温測定、採血、検査など一連の業務を行う。

3 生体牛の輸入状況

(1)生体牛の輸入先と輸入頭数

 現在、中国の主な生体牛の輸入先は、豪州、ニュージーランド(NZ)、ウルグアイ、チリの4カ国である。そのほかルーマニアからの輸入が可能となっているが、輸入実績は確認されていない。近年の中国の生体牛の輸入量は増加傾向で推移しており、2017年の11万6600頭から、2020年は26万頭に達している(図6)。2020年の輸入先の内訳を見ると、豪州が14万972頭(前年比12.0%減)と全体の53.0%を占める最大の輸入先となっている。これに、NZが10万619頭(同208.9%増、全体の37.8%)、チリが1万3313頭(同1263%増、同5.0%)、ウルグアイが1万1213頭(同72.9%増、同4.2%)と続く(図7)。



 
 

(2)輸入生体牛の種類

 中国が輸入している生体牛の多くは、「若齢の繁殖能力を有する雌牛(中国語で「青年能繁母牛」)」であり、主に繁殖を目的に輸入されている若齢の母牛である。繁殖雌牛以外の生体牛輸入について、豪州との協定で「と畜用の生体牛の輸入」も可能となっており、2015年10月に、重慶市政府などの支援を受けて、中国初となる航空便によると畜用の生体牛輸入(黒アンガス種150頭)が行われた。その後、各地で何度か航空便を使用したと畜用生体牛(アンガス種など)の輸入が行われたが、コストと市場価格の関係から、当初想定していた内臓を含めた付加価値について期待通りの結果が得られず、長くは続かなかった。さらに、2018年までは船便による輸入が幾度か実施されたが、この場合、出国前の隔離や検査、船上での飼料負荷(ペレット飼料の給餌)、運送中のストレスなどから牛が消耗してしまうため、採算が合わないという。
 また、と畜用生体牛は入国後14日以内にと畜することとされ、入国後は隔離して各種検査が行われることから、入国後の再肥育も困難な状況にある。このため、船便による運送は、航空便に比べてコストは割安ではあるものの、と畜用生体牛の輸入には適していないとされる。そのほか、聞き取り調査では、頭数は非常に少ない(年に数十頭以下)が、種雄牛の生体牛輸入も一部で行われているとのことであった。種雄牛の輸入は、中国の各地の家畜改良センターから中国政府への申請が必要なほか、輸入先の家畜改良部門の許可を取得する必要もあるなど、手続きが複雑であるという。また、種雄牛輸入は、冷凍精液および受精卵の輸入と比較すると非常に割高であり、今後の輸入拡大は見込まれないとのことであった。
 輸入される肉用牛の品種を見るとアンガス種が圧倒的に多く(大半が黒アンガス種、残りが赤アンガス種)、次にヘレフォード種、シンメンタール種、シャロレー種(写真4)となっている。そのほかWagyu、ショートホーン種などもわずかではあるが輸入されている。これらの品種は、購入者のニーズに応じたものとなっており、購入者は、自社の経営方針に基づき、発注時に品種を特定しているという。


 

(3)生体牛輸入のメリット

 生体牛の輸入業者や購入業者などを対象に行った聞き取り調査の中で、生体牛輸入のメリットとして得られた回答は下記の通りである。
 まず、地方政府による補助金の支援が得られることが大きい。国内飼養牛の多くは在来種であり、1頭当たりの産肉量は決して多くはない。このため雲南省、吉林省、内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区などの地方政府は、遺伝的改良を通じた産肉量の増加による農家の収入アップを目的に、地域振興策の一環として海外からの良質な生体牛の導入に対する補助政策を実施している。最も補助額が多いのは新疆ウイグル自治区の南疆なんきょう地域で、1頭当たり8000元(14万7200円)から1万元(18万4000円)の補助金が受給できる。また吉林省では同3000元(5万5200円)が受給できる。農家が規模拡大のために補助金を受給できることは、生体牛輸入の大きなメリットである。
 第2に、検疫検査の徹底により健康面が保障されている。中国には、国産の生体牛の取引市場が多数存在し、肉牛業界全体の発展を支えている。著者の調べでは、1日の出荷頭数が400頭以上規模の生体牛市場が少なくとも東北地域(地区)で21カ所、華北地域では35カ所、西北地域では12カ所、華東地域では9カ所、華中地域では10カ所、華南地域では6カ所、西南地域では11カ所があり、規模の大きな生体牛市場では、1日に1万頭の牛が集まる市場もある。これらの生体牛市場は、週に1回から3回程度の開催で、同一地域内での重複開催日は少ない。また市場間取引も活発で、全国にまたがっている。例えば内モンゴル自治区の通遼市、吉林省、黒竜江省の市場で購入した生体牛を雲南省、貴州省、新疆ウイグル自治区まで搬送することもあるなど、生体牛の移動距離は最長で5000キロメートル以上にも及ぶ。このように中国内での生体牛市場は非常に発展しているが、出品前や市場での検疫検査などが実施されないことから、2度の隔離飼育および3回の徹底的な検疫検査を経た輸入生体牛と比べ国産の生体牛は疾病のリスクが高い。調査先からは、輸入生体牛の疾病のリスクが低い面を非常に高く評価する声が聞かれた。
 第3に、品種の優位性が挙げられる。海外のアンガス種、ヘレフォード種、シンメンタール種などは100年以上の品種改良や育種育成の蓄積があり、品質が安定した肉専用種となっている。輸入生体牛には血統系譜の証明書が添付されており、83%以上の純血種であることが保証されている。このように輸入生体牛は生産性が保障され、安定的な利益が見込まれることが非常に魅力的だという。
 第4に、短期間で大量調達が可能となる。生体牛の輸入は、発注後、おおむね4カ月程度で届けられる。中国の肉牛産業は1兆元(18兆4000億円)規模と言われ、近年、肉牛業界に投資する他業種企業が多くなっている。中国では、こうした投資を活用し新設牧場の多くが「万頭牧場(1万頭以上を飼養する牧場)」規模であり、繁殖用牛と肥育牛の調達が大きな課題となる。また、前述の地方政府の補助事業による生体牛の調達では、調達規模が数千頭から数万頭規模となるが、輸入業者によると、国内で1万頭の肉用種の繁殖雌牛をそろえるには早くても1年半は要するという。地方政府の補助事業は6〜7月ごろに予算が決定するため、年内中に事業を実施するには、生体牛輸入以外に所要の生体牛を確保する手段がないとしている。新設牧場でも数百頭から数千頭規模で繁殖雌牛の調達が必要となるため、輸入生体牛は多くの時間と労力を省け、コストパフォーマンスが高い。
 第5に、国産に比べて安価である。輸入先国や購入する頭数などによって多少価格差があるものの、輸入されるアンガス種は1頭当たり1万6000元(29万4400円)から1万8000元(33万1200円)、ヘレフォード種は同1万8000元(33万1200円)から1万9000元(34万9600円)、シャロレー種は同1万9000元(34万9600円)前後、シンメンタール牛は同2万5000元(46万円)程度となっている(注2)。一方、国産のシンメンタール牛を購入する場合、12カ月齢の雌牛は同2万1000元(38万6400円)程度であり、仲買人や各生体市場を経由した最終的な市場価格はさらに高くなる。また、前述の通り、国内で同じ月齢の牛を数百頭も集めるのは非常に時間を要する上に、そもそも、アンガス種、ヘレフォード種、シャロレー種などの海外種の肉専用種の繁殖雌牛、肥育用牛は国内でほとんど取引されていない。このような側面を含め、調達にかかる人件費、集荷費用、搬送前の集中的な飼養、時間的コストなど、調達に係る全体のコストを考えると、同種の牛を中国国内から調達するよりも、海外から生体牛を輸入する方が割安感がある。

(注2)ここに示した金額は、ヒアリング先から聞き取った、生体牛1頭の輸入に必要な金額(牛の代金に、後述する業務代行費用を加えたもの)。

  第6に、保障が充実していることが挙げられる。生体牛輸入の契約では、「牧場などの指定した場所に健康な牛を届ける」こととされており、輸入された牛をトラックから安全に降ろすところまで含まれている。逆に言えば、指定の場所に届くまでの牛のけがや死亡など全ての損失リスクは購入者が負担しなくてすむメリットがある。そのほか、牛の到着後、不妊や先天性疾患があると判明した場合には、購入者に対し、購入した価格(CIF価格)が全額弁償される(詳細は後述)など、保障が充実している点も購入者に大きなメリットになっている。
 一方、中国国内で生体牛を購入する場合、基本的に生体牛市場で購入した時点から、購入者は全てのリスクを負うこととなる。購入後の運搬(特に長距離運搬)の場合においては、運搬中や乗降時に負傷や死亡のリスクがあり、中国国内では運搬中の死亡率は0.3%以上といわれているが、輸入の生体牛ではこれらのリスクを負担する必要がないというメリットがある。特に購入頭数が多い場合、これらのリスクから解放されるメリットは大きいと感じられている。 
 

(4)生体牛輸入のデメリット

 もちろん生体牛の輸入には、メリットのみならず、いくつかのデメリットも存在する。
 まず、輸入先が限られることがある。現在、中国では、豪州、NZ、ウルグアイ、チリなどの国からのみ生体牛輸入が可能となっているが、業界関係者によると、中国政府は、未解禁国と貿易交渉を行っており、近い将来に生体牛の新規輸入先を開拓できることも期待されている。一方、NZが、2023年までに動物福祉の観点から生体牛の海上輸出を停止すると発表しており、新たな解禁国が生じなければ、輸入先はさらに限定的となる。
 第2に、輸入可能な品種が限定的である。現在、検疫検査の基準を満たす品種が限定的であることから、輸入できる生体牛の頭数が限られている。このことが生体牛価格を押し上げ、価格面でのメリットが少なくなりつつあるという。また、聞き取り調査では、輸入先国の輸出業者が調査員を中国に派遣し、中国の生体牛市場の価格調査を行っているという話もあり、今後、輸入生体牛の値上がりも予想されるとしている。
 第3に、供給量と需要量が不均衡なことである。中国の生体牛輸入の歴史は長くはなく、むしろ、開始したばかりともいえる。この数年で本格的な生体牛輸入が展開され、今後も多くの需要が見込まれている。一方、輸入先国が限定的である上に、現地の諸条件により、必ずしも今後、高い供給量が見込めるとはいえない現状がある。今後、中国の需要者が必要とする頭数を継続的に輸入できるか、不確かな状況となっている。
 第4に、中国側の問題として、輸入される品種の飼養経験が不足している。多くの飼養管理者は、海外から輸入される品種の飼養管理経験が乏しく、飼養管理技術が未熟である。また、同品種の冷凍精液の調達や人工授精の技術など種付けの課題もあるという。
 そのほか、肉用牛では、販路の問題を抱えているところもある。中国では、中・高級牛肉の生産量がそれほど多くないことから販売ルートが確立されておらず、各社が独自で開拓しなければならない。従って、輸入したアンガス種(母牛)の産子の肉が中級牛肉として区別されず、一般牛肉として販売されるケースや、シンメンタール種が多数飼養されている地域では、一般牛肉より安い値段しか付けられない現状もあるという。輸入された生体牛の販路も一つの課題となっている。 

4 生体牛輸入ビジネスの流れ

 中国の生体牛の輸入は、歴史こそ長くないものの、近年大きく注目され、新規参入者が増えている。生体牛の輸入ビジネスチェーンを見ると、「購入者」、「中間業者」、「輸入業者」、「輸出業者」、「生体牛飼養牧場」などから構成されている。
 「購入者」は需要者であり、1万頭以上を飼養する牧場もあれば一般の農家もある。生体牛輸入は注文制であり、発注後から業務が始まる。注文制といっても1頭や2頭で発注できるものではなく、200頭単位の取引となる。従って、地方政府が大口で発注し、補助事業を活用して各農家に数頭ずつ割り当てる場合や、地域単位で頭数を集めてまとめて発注する場合以外は、一般の農家が生体牛の輸入に直接参画することはない。
  「中間業者」は、地方政府の補助事業、購入者の資金借入などの業務に携わる程度で、多くの場合は介在しないという。
  「輸入業者」は、購入者に代わって輸入先国から牛を選び(通例、輸入業者自らが輸出業者とともに生体牛飼養牧場を回り、各牧場から中国の輸入基準や購入者の条件に合致する牛を選別する)、輸入先国内を含めた運搬、中国国内での隔離飼養、代金支払業務等を含めた諸手続きを代行する。この度の調査を通して判明したのは、購入者は、輸入業者との間で牛の購入(輸入)契約と業務代行契約という二つの契約を締結するとうことである。従って輸入費用としては、牛の代金(CIF価格)と業務代行費用の二つの費用が発生する。牛の代金は、輸入先や時により多少異なるが、業務代行費用は、ほとんどの会社で1頭当たり2500元(4万6000円)から3000元(5万5200円)で固定されている。輸入業者は、輸入先の輸出業者および生体牛飼養牧場と協力関係を結び、中国国内に隔離場を所有し、諸業務に熟練している。中国には大手とされる輸入業者が5社あり、それぞれの強みもあるが、基本的な輸入までの流れは同じである。なお、輸送中の生体牛の事故やけがに対する補償は、輸入業者が負うこととなっている。
 輸入先での「輸出業者」は、生体牛飼養牧場から生体牛を集め、輸出に向けた隔離飼養(輸入先の隔離場は、輸出業者や隔離場経営者などが所有)、輸入先の隔離場における各種検査、手続きなどを行うもので、購入者と牛の売買契約を結び、生体牛に先天性疾患や不妊などがあった場合、代金を弁償する責任を負う。
 「生体牛飼養牧場」は生体牛を供給する農家であり、主に輸出業者に生体牛を出荷する。
 生体牛輸入の流れを図8により説明する。前述の通り購入者は、生体牛を発注する際に、生体牛の購入と業務代行の二つの契約を結ぶ(図8の1)。この契約では、若齢(12〜18カ月齢)で、繁殖能力ある健康な雌牛であることが保証されている。


 輸出業者は、輸入業者らとともに、生体牛飼養牧場から輸出基準などを満たす生体牛を選別する(図8の2)。この選別期間にはおよそ30日間程度を要する。生体牛の選別に当たっては、8〜12カ月齢の牛を対象とし、検疫検査で一定の頭数が不合格になることを織り込んで、受注した頭数よりも1〜2割多く選別する。
 第3のステップは、輸入先での隔離となる(図8の3)。隔離した牛に各種検査を行い、輸出に向けた準備を整う。なお、ほとんどの契約では、輸入業者の費用負担で購入者が渡航(発注200頭ごとに1名)し、輸入先の隔離場で、輸出業者らが隔離場に集めた牛の中から自らの望む牛を選別することできることになっているという。
 その後は、図8の「4乗船」、「5運搬」、「6入港」、「7国内での隔離」、「8購入者へ搬送」(写真5)を経て、全ての業務が完了する。豪州やNZから中国に到着するまで15日間前後、チリやウルグアイからは33日間前後かかるため、発注から購入者の牧場に到着するまで4〜5カ月間を要することが多い。このように、8〜12カ月齢の生体牛が12〜17カ月齢で購入者に届く状況になっており、輸入業者の経験上、平均13カ月齢の牛が購入者に届いているという。
 なお、代金支払は、業者によって多少異なるが、牛の代金および業務代行費用ともに、契約時に代金の30〜40%、輸入先の隔離場の検査完了時に30%、生体牛の乗船時に残額精算となっている。そのほか、政府の補助事業や資金借り入れの手続きを中間業者に代行する場合、契約金額の1%の手数料がかかることが一般的だという。

5 今後の生体牛輸入の見通し

 本稿では中国の生体牛の輸入状況について見てきたが、聞き取り調査から、輸入先の供給体制が整えば、3〜4年以内に年間輸入頭数は100万頭以上に達するということが明らかとなった。  
 中国の生体牛の輸入は、繁殖雌牛の不足を補うという面では、一定の役割を果たしており、今後もその機能が発揮されるものだと考えられる。その一方、品種改良の面では、繁殖雌牛の導入だけで不十分な点がある。現状では冷凍精液を導入した人工授精を行っているが、牧場によって純血の冷凍精液の入手が困難であったり、受胎率や後代成績がふるわないなどの課題が存在する。  
 加えて、もう一つの課題として、輸入先の供給事情がある。2023年には動物福祉を理由にNZからの生体牛の海上輸出が全面停止される予定であるが、NZは生体牛の供給力が潤沢であり、中国にとって期待できる生体牛の輸入先であったのは間違いない。一方で豪州は、森林火災や干ばつなどの災害により生体牛の供給力は伸び悩んでおり、2014年11月に締結した中豪自由貿易協定意向書では毎年100万頭の生体牛の輸入が確定しているものの、実際の輸入量は伸び悩んでいる状況である。さらに、中豪両国間の関係変化による貿易への影響も否定できない。こうした中、新規の輸入先の解禁が期待されるが、近い将来どこまで進展するかは不透明である。
 また、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)の影響により、現状では、輸入業者らが中国から現地に赴き、生体牛を選ぶことができないため、現地の輸出業者に任せ切りの状況である。輸入業者らは、このような状況では生体牛の品質にばらつきが大きく、輸入生体牛全体の質が低下することを懸念している。さらに、COVID-19の影響により、運送、検査、消毒などのコストが割高となっている面もある。このようなコロナ禍における情勢変化も生体牛の輸入に一定の影響を与えるのは言うまでもない。  
 以上、中国の生体牛の輸入拡大は、国内の牛肉生産のみならず、牛肉を含めた国際貿易にも一定の影響を与えるものであり、引き続き注視すべきものだといえよう。

  [謝辞]  
 今回の調査では、海禄牧業有限公司、澳大利業農牧行出口有限公司(AUSTREX)中国事務所、中国牧工商集団、河北国秀和牛牧業有限公司、淘布韋特農牧業科技有限公司、内蒙古吉行太肉牛養殖有限公司など生体牛輸出輸入または飼育に携わっている業者の担当者から聞き取り調査を行った。ここに調査に協力くださった業者や担当者に深く感謝を申し上げたい。
 

参考文献など
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