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特集:海外の牛乳・乳製品需給の動向について〜新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえて〜畜産の情報 2022年3月号

米国の酪農と乳製品の需給状況〜新型コロナウイルス感染症の影響〜

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調査情報部 上村 照子

【要約】

 米国の酪農は、畜産業全体では肉用牛に次ぐ産業であり、主に国内向け供給を中心としてきた。新型コロナウイルス感染症の流行は、一時的な需給緩和を招いたことで、生乳生産現場では生乳廃棄なども行われた。一方で、一時的な混乱はあったものの、その後の乳製品需要は、消費の変化などから比較的堅調に推移している。特に輸出に関しては、価格優位性を持ったことなどから好調を維持している。

1 はじめに

 米国では、2019〜20年にかけて上昇傾向にあった乳価を背景に、乳用経産牛の飼養頭数は増加傾向を示し、生乳生産も好調に推移していた。このような中、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行が始まったことで、米国の酪農・乳業界は、生乳生産の調整、サプライチェーン(供給網)の混乱、消費者の需要の変化など大きな影響を受け、牛乳・乳製品の価格も、数年に一度の安値とその後の記録的な高値となるなど、大きな市場の変動を経験してきた。
 本稿では、米国酪農および乳製品の需給状況について、COVID-19が与えた影響を中心に報告する。
 なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=116円(注1)を使用した。

(注1)三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」の2022年1月末TTS相場。

2 米国における酪農の位置付け

 米国の酪農は、農畜産物販売額全体では11%、畜産物販売額では25%を占める405億米ドル(4兆6980億円)の生産規模であり、畜産業全体の中では肉用牛に次ぐ産業である(図1、2)。また、年間1億トン近くの生乳を生産する世界最大級の酪農国であるものの、国内に3億3000万人の巨大な消費市場を抱えていることから、国内向けの供給が中心となり、国際乳製品市場での米国の位置付けは、さほど高いものとはなっていない。しかし、近年は国際価格に対する優位性などから、米国産乳製品に対する海外からの需要が高まってきている。



3 COVID-19が生乳生産へ及ぼした影響

(1) 生乳生産の推移

 米国の生乳生産量は、2014年から増加傾向で推移しており、COVID-19の流行が始まった20年においても、前年比では2.2%増と高い伸びとなった(図3)。COVID-19の流行当初の20年は、一時的な需要の減少などから減産に動いたが、その後の経済活動の再開に伴って一転して増産となり、結果として生乳生産量は21年も増加傾向が続いている。


 

(2) 生乳生産への影響

 2020年1月下旬に米国内で最初の新型コロナウイルス感染者が出ると、その後の感染拡大から同年3月13日には国家非常事態宣言が発せられた。これにより、多くの州やほとんどの大都市では、レストランなどの閉鎖、公共のイベントも制限され、外食産業などからの乳製品需要は急激に減少した。
 一方で、この時期は季節的にも生乳生産量が5月のピークに向けて増加するため、生産者と乳業は余乳の処理に追われることとなり、生産現場は混乱した。まずは、チーズやバター向けに多くの生乳が仕向けられたが、これら製品の在庫が大きく積み上がったことなどから、一部では生乳廃棄も行われた。
 生乳廃棄を正確に示す数値は存在しないが、統計から推測できる。米国で生産される生乳の70〜80%は、連邦生乳マーケティング・オーダー制度(FMMO)を通じて販売され、用途別処理量が毎月公表される。この統計の中で「その他の用途(注2)」として計上されている生乳のうち例年の数量を超える分が急激な需給緩和により廃棄された量として推測できる。図4は、FMMOにおける「その他の用途」の月別処理量である。これを見ると、COVID-19が流行し始めた20年2、3月と増え始め、4月は突出して増加している。地域別に見ると、ペンシルバニア州およびニューヨーク州を含む北東部地域が最も多く、全体の37%を占めた(表)。この地域で生乳廃棄が多かった理由として、当該地域の生乳は飲用乳に仕向けられる割合が高く、乳製品加工処理工場が少なかったことが挙げられる。次いでテキサス州、ニューメキシコ州を含む南西部地域(13%)、ウィスコンシン州、ミネソタ州を含む北中西部地域(11%)と続いており、この3地域で生乳廃棄量全体の6割を占めている。
 多くの酪農協が、乳業に出荷する生乳に独自の制限を設けたが、米国最大の酪農協であるデイリー・ファーマーズ・オブ・アメリカ(DFA)も生産者の生乳販売に制限をかけ、それが生乳廃棄に最もつながった。現地関係者によると、米国生乳生産量の25〜28%を取り扱うDFAは、4月の最初の2週間で生産者が生産した7%の生乳を廃棄したとされる。

(注2)連邦規則によれば、「その他の用途」とは「車両事故、洪水、火災、または取扱者の管理の及ばない同様の出来事により、取扱者が投棄した生乳で、動物の飼料として使用、紛失などした生乳」が含まれる。毎月このカテゴリーは計上されるものの、通常数値はほぼ安定している。




 
 また、そもそも生産者が生乳生産量を増加させないように、酪農協などは乳価の調整を行った。通常、乳価は、取引基準量を超えた生乳に対し、生産者履歴に基づいて決定されるが、COVID-19が流行し始めた20年の初めはその乳価よりもかなり低い水準に設定された。その結果、生産者は、乳用経産牛を淘汰とうたするか、飼料給与量の変更によるコストと生産量の抑制、搾乳回数を減らすなどの選択を迫られた。その結果、例年5月が生乳生産量のピークであるが、20年5月は同年3月の生産量を下回った(図5)。
 このような調整の結果、需給の不均衡はある程度緩和されたが、その後の乳製品需要の高まりから一転して生乳の供給が不足し、5月以降の乳製品価格の上昇に寄与することになる。これは、外出制限によりチーズを多用するピザなどのデリバリーやレストランのテイクアウトなどの需要が高まったことで、バターやチーズの価格が上昇し、乳価も再び上昇に転じたものと考えられる。また、4月の乳用経産牛のと畜頭数は前年同月に比べて多かったものの、乳価の上昇から5月は前年同月を下回り、生産者が淘汰を控えたことが読み取れる。


 

(3) 乳用経産牛頭数の推移から見る生乳生産

 米国の生乳生産は、乳用経産牛の飼養頭数からもその変化を見て取ることができる。COVID-19の流行によって、乳用経産牛の飼養頭数は、20年4〜6月にかけて一時減少した(図6)。これは、先に述べた通り減産のための淘汰が要因と考えられる。しかし、同時期に食肉処理場で作業員の新型コロナウイルス感染拡大による操業停止が相次いだことからと畜頭数が減少し(図7)、6月以降になると経済活動の再開に伴う乳製品需要の回復から乳価が急騰したことで飼養頭数は増加傾向に転じた。
 他方で、21年に入ると、5月をピークに飼養頭数は減少に転じ、生産者は多くの牛を淘汰するようになった。これは、乳価はある程度の水準で維持されているものの、米国内の一部地域で続いている干ばつなどの影響から飼料コストが上昇するなど、酪農部門の収益が低下したことが要因として挙げられる。また、牛肉価格の高騰に伴う酪農部門からの出荷増も一因とされる。さらに、収益の低下の要因は、飼料コストの上昇に加えて、コロナ禍による人件費や燃料費の増加もある。特に人件費は、COVID-19の流行後、相対的に上昇しており、21年9月まで続いた政府の失業手当やCOVID-19救済金の支給額と競合する形となっている。
 米国農務省(USDA)が半期ごとに公表している農業労働報告書の中で、畜産部門で雇用された労働者(畜種などの内訳は不明)の平均時給が示されている。畜産労働者の賃金として酪農部門の実態がより反映されているとみられるカリフォルニア州では、COVID-19流行前の19年の平均と比較して、21年4月は16.3%上昇している。しかし、それでも畜産労働者の賃金は州内の一般的な市場賃金を大きく下回っている状況にあるため、畜産部門の労働力確保はCOVID-19流行前と変わらず厳しい状況が続いている。




 

(4) USDAによる農業生産者支援「Farmers to Families Food Box Program」の効果

 COVID-19により2020年の乳価は不安定なものとなった。米国の乳価は、FMMO制度の下、ClassT〜W(注3)に分類された用途別の最低取引乳価が設定され、乳業などは生産者に対し、それら用途別乳価を加重平均した乳価(総合乳価)を支払っている。図8は、近年の総合乳価の推移を示したものであるが、COVID-19が流行し始めた20年は、価格の乱高下が大きいことが分かる。

(注3)それぞれのClassの用途は以下の通り。ClassT:飲用乳、ClassU:クリーム、アイスクリーム、ヨーグルトなどソフト製品、ClassV:チーズ、ホエイ、ClassW:バター、脱脂粉乳。製品価格の変動は、Classごとの乳価に影響を与える。
 

 20年の乳価の変動に大きく影響した対策が、USDAが農業生産者の支援のために実施した「Farmers to Families Food Box Program(フード・ボックス・プログラム)」である(写真)。同プログラムは、フードバンクや非営利組織に対し、食品販売業者を通じて食肉、生鮮食品および乳製品などを届けるもので、構想当初は20年5〜12月にかけて、30億米ドル(3480億円)の支出が予定されていたが、最終的には21年4月30日までに45億米ドル(5220億円)が支出された。

 
 
 このプログラムは計5回にわたって実施されており、第2回までは、乳製品を購入するための具体的な金額が明らかにされており、第1回(20年5月15日〜6月30日)では3億1700万米ドル(367億7200万円)、第2回(20年7月1日〜8月31日)では2億8800万米ドル(334億800万円)が確保された(注4)。購入された乳製品の多くがチーズであったことから、チーズ向け生乳の価格のカテゴリーであるClassV乳価を押し上げる結果となった。ClassV乳価は、同プログラムのラウンドに合わせるように価格が推移し、また、それに沿うように総合乳価も推移した。結果として乳価は大きく変動したものの、ClassV乳価の上昇により、COVID-19の流行初期に予想された生乳生産量の落ち込みはなかったという見方もあり、同プログラムは、乳製品需要の喚起や乳価の下支えにつながったとみられる。
 
(注4)第3回以降は総額のみで、内訳として乳製品購入額は公表されていない。

コラム1 酪農家の副収入

 乳価が不安定な様相を示す場合、酪農家にとって生乳以外の副収入の確保が重要となる。政府支援の他、酪農家は以下のような収入で経営を支える。

(1) F1生産による収入
 乳牛の去勢牛および未経産牛の販売収入は、2015〜16年の肉牛の供給が少なかった時期と比較すると減少しているが、肉牛市場の需給バランスの回復に伴い、生体牛価格は上昇傾向にある(コラム1ー図)。酪農家の中には、“ビーフ・オン・デイリー”と呼ばれるアンガス種のような肉用種とホルスタイン種を交配したF1子牛を生産するところが増えている。後継牛となる未経産牛の生産に係る費用は、酪農家にとって飼料費に次ぐ運営経費である。そこで、乳量成績の良い乳牛に性選別精液を利用し効率良く後継牛を産ませ、それ以外の乳牛には肉用種を交配しF1を生産させるというビーフ・オン・デイリーが急速に広まってきており、F1子牛を中心とした牛肉ブランドの開発を検討している食肉処理・加工企業も出てきている。


(2) 堆肥・バイオガスの活用
 カリフォルニア州では、酪農経営で発生するふん尿は、州の低炭素燃料基準(LCFS:Low Carbon Fuel Standard)や補助金・助成金プログラムの下で、バイオガスとしてより高い価値を持つ。同州では、2030年までに温室効果ガスの排出量を40%削減するため、24年までにふん尿から発生するメタンガスの排出量を強制的に規制する法律が施行されている。そのため、州の助成金や補助金制度を利用して、酪農場のメタン消化槽を開発している。
 カリフォルニア州大学デービス校の試算によると、現在の技術水準では、2000頭の酪農場に嫌気性消化槽を設置すると、約480万米ドル(5億5680万円)の設備投資が必要になり、金利などを含む10年間の原価償却で考えると、牛1頭当たり年間342米ドル(3万9672円)のコストがかかるとしている。また、飼料費や人件費などの運営経費は同294米ドル(3万4104円)となり、両コスト合わせて同636米ドル(7万3776円)としている。しかし、州政府の補助金などで、この資本コストのほとんど、あるいはすべてがカバーされるとのことである。
 LCFSプログラムは、適格な低炭素輸送燃料の生産に取引可能なクレジットを付与するプログラムである。同プログラムでは、酪農経営において牛が発生させたバイオガスにクレジットが付与される。州の補助金を利用しメタン消化槽を設置したカリフォルニア州酪農家にとっては、主なコストは運営経費となるわけであるが、同プログラムのクレジットは、仮に生乳価格が低下したとしても経営を支えることのできる重要な収入源となっている。

4 COVID-19が乳製品需給に与えた影響

 COVID-19の流行は、乳製品需給にも大きな影響を与えた。ここでは、最も大きな影響を受けたとされるチーズをはじめとした乳製品について、需給の動きを中心に紹介する。
 

(1) 最も影響を受けたチーズの需給

 COVID-19の流行による経済の混乱で、2020年4月、乳製品価格は大きく下落した。その後の経済の回復や先に述べたフード・ボックス・プログラムなどの政策により、特にチーズの回復が顕著となった(図9)。


  米国では多くの種類のチーズが消費されているが、中でも近年、最も多く消費されているのはイタリアンタイプのモッツァレラチーズである。モッツァレラチーズの消費は、ピザやイタリアンレストランなどのフードサービスの動向に大きく依存する。COVID-19の流行により当初は需要が落ちたものの、家庭で食事をする機会が増加し、ピザなどのデリバリー利用が増えたことによりモッツァレラチーズの価格は上昇した。FMMOの生乳価格算定に使用されるのは、モッツァレラチーズに抜かれるまで最も消費されていたチェダーチーズ(40ポンドブロックと500ポンドバレル)の価格であるが、モッツァレラチーズ同様、同価格も堅調に推移した(注5)。図10、11のように、20年のチェダーチーズの価格は、乱高下を繰り返したが、総じて高値で推移した。ただし、21年に入ると価格は落ち着きを見せている。これは、フード・ボックス・プログラムが21年4月で終了したことが一因と考えられる。

(注5)USDAによると、2020年の米国の1人当たりチーズ消費量は、モッツァレラチーズ12.29ポンド(約5.57キログラム)、チェダーチーズ11.20ポンド(約5.08キログラム)であった。




 
 こうした中、国際チーズ相場に対して、米国産の価格が軟調傾向で推移しているため、チーズの輸出は21年度に入り好調を維持している。チーズの輸出先トップであるメキシコ向けは、COVID-19の流行に端を発した港湾の混乱の影響を受けることなくトラック輸送が可能であることから、輸出を拡大させている。
 一方、チーズの副産物であるホエイは、その1〜2%は飼料用に供されるが、20年後半から21年前半にかけて、トウモロコシと大豆の価格が上昇したため、飼料用ホエイの需要が増し、その価格を押し上げた。また、食用ホエイは20年8〜9月にかけて需給がひっ迫し、価格は堅調に推移している(図12、13)。



 

(2) 価格の低下により輸出が好調となったバター

 COVID-19による外食需要の低下は、在庫が積み上がり2019年後半から下落傾向にあったバターの価格をさらに押し下げるものとなった。その後、COVID-19の流行による外出の制限で、家庭での調理が増え、20年5〜6月にかけて、家庭用バターの需要が急増したことにより価格は上昇したが、外食産業からの需要低下が続いたため、その後の価格は抑えられている(図14)。
 ところが、価格の低下により国際市場での競争力が強化され、バターの輸出は堅調に推移している(図15)。21年に入ってもしばらくの間、バターの価格は軟調に推移していたが、21年後半に入り生乳供給がひっ迫の状況を見せ始め(特にバターに仕向けられるClassWの生乳利用が高い南西部地域や太平洋岸北西部地域で経営コスト増による乳牛飼養頭数の減少およびそれに伴う生乳生産量の減少)、好調な輸出と国内のクリスマス需要などが重なったことにより、年末に向けて、バターの価格は上昇している。



 

(3) 消費が増加したヨーグルトやアイスクリーム製品

 COVID-19の流行により家庭で過ごす時間が増えたことから、減少傾向にあったヨーグルトやアイスクリームなどの消費が増加した。
 ヨーグルトの生産量と消費量は、2014年をピークに減少傾向にあったが、20年は増加に転じた(図16)。これは、コロナ禍における労働環境の変化により家庭で朝食を食べる機会が増えたためと考えられている。
 また、アイスクリームの消費量が増加し、その需要に応えるために生産量も増加した(図17)。アイスクリームは外食産業からの需要低下の影響を受ける一方で、コロナ禍により、消費者が家庭でコンフォート・フード(食べることで安らぎなどを与えるとされる食べ物)を求めるようになった結果と考えられる。
 一方、サワークリームも、メキシコ料理に代表される外食産業からの需要低下による影響が懸念された商品であったが、COVID-19の流行の際は、テイクアウトの売り上げに支えられ、その消費は堅調に推移した。



コラム2 米国1人当たりの乳製品消費と乳成分の変化

 2020年の米国の1人当たりの乳製品消費量(生乳換算・乳脂肪分ベース)は前年比0.2%増の655ポンド(297キログラム)となり、過去最高を記録し、近年、増加傾向を示している。しかし、製品ごとに消費傾向は異なる。バターやチーズなど脂肪分の高い製品の消費量が増加している一方、飲用乳や脱脂粉乳、ホエイなどは減少傾向となっている(コラム2―表)。コロナ禍にあった20年は、特にバターやアメリカンタイプのチーズ(イタリアンタイプと比較すると高脂肪)、アイスクリームなどのコンフォート・フードの消費量が増加した。また、飲用牛乳は70年以上にわたって消費が減少し続けていたが、20年は初めて前年比同となり下げ止まった。USDAと米国食品医薬品局(FDA)が作成する「米国人のための食事ガイドライン」では、“無脂肪または低脂肪の牛乳、ヨーグルト、チーズ”といった低脂肪乳製品の摂取を推奨している一方で、乳脂肪分の摂取による健康リスクはこれまで認識されていたよりも少ないとの研究結果も一般メディアに注目されており、米国人の高脂肪乳製品の消費が増えている。


 コラム2―図は、14〜20年の生乳に占める乳脂肪分と無脂乳固形分の推移を示している。両成分ともに増加しているが、乳製品の需要に応じて、脂肪分がより急速に増加している。14年の米国の生乳は、平均して乳脂肪分が3.74%、無脂乳固形分は8.87%であったが、20年には、同3.95%、同8.94%まで増加している。一般的に、両成分の割合が高くなると、乳製品を作るのに必要な生乳の量は減少することから、近年は、乳製品当たりの生乳使用量が減少していることになる。バターやチーズ需要は、生乳の脂肪分に対する需要を喚起することから、生産者は、乳牛改良、飼料調整などを通じて、高脂肪乳を生産するようになった。
 なお、米国では、乳脂肪の需要が国内市場をけん引する一方で、無脂乳固形分は輸出市場によってけん引されている(注)

(注)例えば、2021年に商業利用された米国産バターのうち、国内利用が96%、輸出が4%であるのに対し、脱脂粉乳は国内利用が25%、輸出が75%となっている。

5 おわりに

 2020年初めに始まったCOVID-19の流行は、乳価および乳製品価格に大きな影響を及ぼした。大都市を中心にレストランの閉鎖など外食産業の需要低迷が消費形態を大きく変化させ、家庭内消費が伸びた。その影響は乳製品価格に及ぶ一方で、コロナ禍での労働力不足は人件費の高騰につながり、同時に米国の一部で発生する干ばつによる飼料費の高騰と重なって酪農経営を圧迫し、生産者は飼養頭数の調整に入ることとなった。
 また、サプライチェーンの混乱も乳製品需給に影響を及ぼした。乳業にとっても労働力不足は問題となっており、20年9月までは牛乳・乳製品工場のほとんどが適正労働力の80〜85%で稼働していたと言われている。一部のチーズ工場では、人員が不足しているため、1日3シフトから2シフト、週7日から6日のシフトで運営しているところもあったという。また、ほとんどの乳製品工場(特にチーズ工場)は、労働力の供給源が少ない地方にあり、ウィスコンシン州やミネソタ州を含む北中西部では、従業員が給与の高い他の仕事に移らないようにするため、時給が4米ドル(464円)も上昇しているという現地報道もある。これは、生産を担う工場の労働者だけでなく、倉庫、輸送、さらには管理部門を担う労働者も同様とのことである。
 一方で、現在、米国の乳製品の輸出は好調を維持している。20年以降、米国産乳製品の価格が国際的に優位性を持ったことなどが要因であるが、特徴として脱脂粉乳などの原料乳製品だけでなく、チーズやバターなどの高付加価値製品の輸出も増えている。COVID-19の流行による港湾の混乱により輸出が滞ることがあっても、米国にとって乳製品の2大輸出先であるメキシコとカナダとは陸路で輸送できる上に、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)により、容易に市場アクセスが可能な状況となっている。
 米国の乳製品市場は、巨大なマーケットを有する内需がメインであるものの、バターやチーズなどの乳脂肪分の需要が高く、無脂乳固形分の需要は製造される乳製品に対し十分ではない。この需給の不均衡は、無脂乳固形分需要を中心とする国外需要によりバランスを取っているといえる。COVID-19の流行は、変異株の出現により先が見通せないが、現在までの状況を踏まえると、米国酪農および乳製品業界は、労働者不足や賃金上昇という課題を残しつつも、コロナ禍の影響は比較的少なかったとみられる。引き続き、政府が打ち出す政策と呼応しながら、その需給バランスを取っていくものと考えられる。