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話題 畜産の情報 2022年8月

肉用牛の改良方向〜家畜改良センターの取り組みと全国和牛能力共進会〜

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独立行政法人家畜改良センター 理事長 入江 正和

1 はじめに

 本稿では、肉用牛の改良方向のトピックを示し、特に当所が実践している事例を紹介します。さらに今年は第12回全国和牛能力共進会(全共)の開催年に当たっており、その話題についても紹介します。

2 肉用牛の改良目標

  肉用牛の改良指針には、農林水産省がおおむね5年ごとに定めている家畜改良増殖目標があります。当所はこれを基本として肉用牛の改良を進めています。一方、当所は受け身の態勢だけではなく、目標を定める際には参考意見を提案し、また指針の実現のため、さまざまな応用技術を開発、検討し、実際の改良に取り組んでいます。
 最新の家畜改良増殖目標は令和2年のものです。肉用牛についてまとめると、ゲノミック評価も活用し、国内外の和牛肉需要に応じた生産性向上に資する日齢枝肉重量や歩留まり、繁殖性などを改良し、多様な消費者ニーズに対応するための不飽和脂肪酸(オレイン酸等)などの食味に関する科学的知見の蓄積などを推進することになっています。次に当所での具体例を紹介します。

3 家畜改良センターの取り組み

 当所は、わが国における畜産の発展と国民の豊かな食生活に貢献することを使命としています。福島県に本所があり、北海道から九州まで11牧支場があり、うち肉用牛関係は5牧場(黒毛4、褐毛1)です。本所も含め各場が連携しながら、種牛の育種改良と肉用牛に関する技術開発などを行っています。生産された種雄牛は、一般社団法人家畜改良事業団などの後代検定を行うAI事業体に貸し出されますので目立たない存在ですが、他にも各県などの和牛の育種改良などにも重要な役割を果たしています。
 まず本所では、牛の個体識別(トレーサビリティ)業務を行っており、生産履歴情報などの大量のデータを蓄積し、情報発信しています。同業務はもともとBSE対策として始まったものですが、現在は各種補助事業、家畜や枝肉の売買、家畜改良や登録などに幅広く応用され必須のツールとなっており、アクセス数も増加し続けています。
 さらに上述の業務の他に各県などから集められた肉用牛の発育や肉質データから高度な統計解析により遺伝的能力を評価し、フィードバックして改良に役立ててもらっています。またDNAマーカーや遺伝子の解析を行い、ゲノム育種に役立てています。繁殖分野では、超音波法による経膣採卵技術と体外受精による胚生産技術などを得意としています。これらは県や民間などから依頼を受け、技術研修も実施しています。さらに若齢牛肥育、経産牛肥育などの技術開発を行い、多様な牛肉生産にもチャレンジしています。
 肉質分野では牛肉の食味性と各種評価技術との関係や、和牛肉輸出に関連する調査研究(外国人の和牛肉に対する嗜好しこう性など)に取り組んでいます。実は前述したオレイン酸などの脂肪酸の成果は、私が前職場でメーカーと開発した光学装置と、当所などが作成したソフトウェアや食味性の成果が基盤となっており、さらには後述する全共での採用などと相まって全国に広く普及したものです。
 近赤外光を用いた光学評価技術は、非破壊で迅速、安価、安全に評価できるという優れた特徴を有し、青果物分野では日常的に利用されています。肉質分野ではわが国が国際的最先端の光学評価技術で実践しており(光学評価法)、和牛肉の脂肪質が大きく注目されるきっかけにもなりました(写真1)。すでに神戸ビーフや宮崎牛などの和牛の改良、さらには信州プレミアムなどの新ブランド作出、食肉市場での肉質評価などに貢献し、近赤外光ファイバ装置が150台以上普及しています(写真2)。また当所では本技術の豚肉への実用化も進めています。




 
 
 なお脂肪質は、格付や外観だけでなく、人の健康や肉の食味性の高さに関係する大切な要因です。特に和牛の脂肪酸は他品種に比べオレイン酸含量が高いことが特徴で、食味性全般(舌触りなど食感の良さ、多汁性の高さ、呈味性と香り(風味)の強さや良否)に関係しています。一方、脂肪交雑と脂肪質は異なる要素で、例えば脂肪交雑が非常に高くても脂肪質が劣るものだと食味性は劣ります。和牛肉の脂肪質と食味性の詳細については別に紹介しています(日本畜産学会報92(1)1-16、畜産技術誌、本年3、4月号)ので、そちらをご覧ください。
 さらに各牧場では和牛の遺伝的多様性に貢献すべく、基礎となる系統群に加えて希少系統も考慮した改良・維持を進めています。前述した遺伝子検査の成果(FASN(脂肪酸合成酵素)型は特許取得)はすでに種牛生産に生かされ、脂肪質にも優れた貴隼桜、知恵久、勘太などの種雄牛を作出しています。
 近年の肉用牛飼養技術の目玉は、当所の鳥取牧場で実現された代謝プロファイル法です。多くの牛を飼育し、詳しく調査できる当所の特徴があってこそ生み出された優れた実用技術です。体型や血中成分で栄養代謝をモニタリングしながら栄養制御により繁殖成績を上げるというもので、詳細は当所のホームページ(http://www.nlbc.go.jp/tottori/kenkyuuseika/taishaprofairu/H28mptsindan.pdf)をご覧ください。実際に各牧場で応用したところ、大変効果的であることが裏付けられています。是非ご活用ください。
 他にも当所は、種畜検査や和牛精液・受精卵などの保護調査業務、飼料作物の種苗の生産や検査、家畜伝染病や自然災害時の外部支援、SDGs、アニマルウェルフェア、分娩監視などのスマート畜産を含め、非常に多くの分野で実際の肉用牛産業に貢献しています。

4 第12回全共の見どころ

 全共は、公益社団法人全国和牛登録協会が5年ごとに主催するもので、和牛オリンピックともいわれます。全国の優秀な和牛を一堂に集め、改良成果やその優秀性を競います。1966年の第一回岡山大会では6県から99頭の出品があり、テーマは「和牛は肉用牛たりうるか」でした。第二回鹿児島大会のテーマは「日本独特の肉用種を完成させよう」であり、当時、和牛は役用から転換され、まだ肉用牛として確立されていなかったことがわかります。
 回を追うごとに参加者も出品牛も増え、関連する各種イベントには一般の方々も参加できるため、今では延べ数十万人が参加する大規模なものになっています。また全共で優秀な成績を収めると、ブランド力が大きくアップするので、参加道府県は大変力を注いでいます。
 最終比較審査は、種牛(雄・雌)の体型などを審査する種牛の部(生体審査)と、枝肉の肉質・肉量を審査する肉牛の部(枝肉審査)で構成されます。今回は二度目の開催となる鹿児島県で10月6〜10日に、種牛の部が霧島市、肉牛の部が南九州市で開催されます。41道府県から種牛約280頭、肉牛約170頭の出品が予定されています。
 今回の出品区は次の8区です。(1)若雄、(2)若雌1(14〜17ヵ月齢未満)、(3)若雌2(17〜20ヵ月齢未満)、(4)繁殖雌牛群、(5)高等登録群、(6)総合評価群、(7)脂肪の質評価群、(8)去勢肥育牛。さらに特別区として「高校及び農業大学校」があります。前回との大きな違いは(7)区の新設で、脂肪質が優れる種雄牛を造成し、新たな枝肉の価値観を定着させることを目的としています。脂肪質の育種価が判明している同一種雄牛から生まれた去勢肥育牛3頭が1群として出品され、審査されます。
 これまで、脂肪交雑が高まることは良いこととされてはいたのですが、現在の枝肉市場ではロース芯で筋肉内脂肪含量が50%を超えるもの(脂肪の中に筋肉がある状態)まで出現し、食味性や栄養的観点、多様性から望ましくない弊害も発生しています。そのため全共でも、脂肪交雑も量から質への転換を進め、第9回鳥取大会(平成19年開催)から肉質審査に前述の脂肪質の光学評価を加味し、回を重ねるごとに重要性を上げています。さらに肉質審査で行う光学評価法は筋肉内脂肪含量やタンパク質含量、水分含量も迅速に測定可能なので、そのバランスにも配慮できます。

5 おわりに

 私も全共の枝肉審査委員を務めた経験が何度かありますが、早朝から冷蔵庫に長時間入り、細かくかつ公平に比較審査せねばならず、非常に緊張を強いられる本当に大変な作業です。大会では多くの感動が生まれ、和牛生産にかける皆さんの情熱を実感でき、各種イベントは消費者の方々も十分楽しめますので、ご参加をお勧めします。
 最後に、当所では脂肪質のみならずイノシン酸などの赤肉由来成分などについても検討を進めており、さまざまなおいしい牛肉生産につなげていきたいと考えています。

(プロフィール)
1974年 京都大学 農学部 入学
1979年 大阪府農林技術センター 研究員
2004年 宮崎大学 農学部 教授
2014年 近畿大学 生物理工学部 教授
2017年 現職