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調査・報告 畜産の情報 2022年9月号

乳牛を暑熱ストレスから守るには

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広島大学大学院統合生命科学研究科  日本型(発)畜産・酪農技術開発センター 教授 杉野 利久

【要約】

 暑さに弱い乳牛は、暑熱ストレスによる悪影響を受けやすく、しばしば飼料摂取量の低下、乳量低下、繁殖機能の低下などが問題となっている。その対策として、牛舎内の換気と牛体への送風で牛の体感温度を下げることや、十分な飲水を確保することが重要である。酪農経営においては、収益に直結する泌乳牛から暑熱対策をとるのが一般的であるものの、哺乳期の子牛や乾乳牛への暑熱対策についても怠ると飼料などの摂取量に影響を及ぼし、後々の乳生産に影響することから、重要である。

1 はじめに

 牛舎環境の良し悪しは、乳量や乳質に直接影響する。牛舎環境が悪ければ、飼料を食い込むことが出来ず、疾病リスクを高め、疾病に患すると乳量や乳質に悪影響を与える。近年、地球温暖化に伴う気温上昇は暑さに弱い乳牛(適温域4〜24度)に悪影響を及ぼしており、暑熱ストレスによる飼料摂取量の低下、乳量低下、繁殖機能の低下などが問題となっている。本稿では、牛舎の暑熱対策として、換気、送風、飲水について概説するとともに、酪農経営では飼養管理が行き届きにくい哺乳期の子牛および乾乳牛の暑熱ストレスについて分娩後の乳生産への影響など知見を紹介する。

2 温湿度と温湿度指数

 一般的に温度が高くなると湿度は下がるが、温度が適温域でも高湿度では温湿度指数(以下「THI」という)は上がる。梅雨の時期などが代表的であり、THIは不快指数ともいう。
搾乳牛の場合、THIが68〜72を超え始めると乳量の減少が認められる。単純に暑いから暑熱ストレスと言うわけではなく、THIで考えると湿度も暑熱ストレスの要因となる。
 THIは温度と相対湿度で算出される。THIの算出式はさまざまあるが、以下に代表的な式を示す。
 
THI=(1.8×環境温度+32)−(0.55−0.0055×相対湿度)×(1.8×環境温度−26)
Karimi et al.,2015

3 換気と送風

(1)換気と送風の違い

 換気と送風は意味が混同されがちであるが、換気とは「牛舎内の空気を入れ換える」ことを意味する(図1)。また送風は、「風を作り広げて送る」ことを指す。


 人の住宅に置き換えると、換気扇と扇風機の関係である。換気扇を回すと空気は入れ替わり、室内のこもった臭いや埃は排出されるが、室温は外気温に依存する。扇風機を回すと、風を受ける人は涼しく感じる(体感温度が下がる)が、換気扇を回していなければ、室内の空気をかき回しているだけで空気が入れ替わることはない。
 牛舎の場合、閉鎖型牛舎だと住宅に近い構造となるが、開放型牛舎では常時、牛舎外からの風の出入り口がある場合、自然に換気できる(自然換気)。送風機を回し、牛体に風を送り体感温度を下げるとともに、風の入口から出口までの導線を工夫し、牛舎内にむら無く風を送れるよう送風機の配置を考えれば、換気の手助けにもなる(ハイブリッド換気(写真))。従って、牛体への送風=換気ではなく、排気ファンを用いた強制的な換気=牛体への送風でもない。混同しがちなので注意が必要である。

 
牛舎の換気は、1時間当たりの空気の入れ換え推奨回数が示されており、 気温の変化に伴い変動はあるものの、11月〜翌4月で4〜10回、5月と10月は30回、6〜9月は45〜60回の換気が推奨されている。
 

(2)自然換気

 自然換気に限ったことではないが、換気を考える上で重要なのは、新鮮な牛舎外の空気の入口を考えることである。従って、牛舎は土地の形に合わせて建設するというよりは、その土地の一年を通しての風向を調べ、一番風(新鮮な空気)が入りやすい位置に入気口を配置する必要がある。特に自然換気の場合、自然の風を牛舎に取り入れ、その風圧で排気口(屋根のリッジ)から排気することになる(図2)。一般的には牛舎の側面を開放し、カーテンを用いて風圧を調整する。夏季はカーテンを開けて風を最大限に、冬季はカーテンの上部以外を閉め、牛からの熱放散による熱浮力(上昇気流)を利用し、軒下から入気し排気する。


 自然換気の場合、重要なのは牛舎に 「新鮮な空気」が自然に入るかどうかである。都市近郊型の酪農でよく見る、近隣に住宅がある、隣に建物がある、牛舎が密接しているなどでは、風が入りにくい場合が多々あり、この条件下で自然換気は困難である。また、周囲に何も建物がなく自然換気に適した土地であっても、風が入らない構造であれば、季節に応じた換気回数は困難であり、夏季では牛舎内温度や湿度の上昇、冬季は結露することもある。特に日本のように、高温多湿になりやすい環境では自然換気は難しいかもしれない。
 

(3)強制換気

 強制換気は、ファンを用いた強制的な換気である。牛舎の空気(風)の入口(入気)と出口(排気)を考える。排気ファンを排気口に設置して入気口から入る自然の空気を強制的に排気することを陰圧換気、入気用の送風ファンを入気口に設置して空気を牛舎内に強制的に送り込み、排気口から自然に排気することを陽圧換気という。強制換気には、(1)屋根のリッジ部分に排気用ファンを取り付け、自然換気の要領で強制的に上部のリッジから排気する換気システム(2)ストールや飼槽、通路と平行して外壁にファンを取り付け強制換気する縦断型換気システム(図3)(3)ストールや飼槽、通路と垂直に側面外壁にファンを取り付け強制換気する横断型換気(クロスベンチレーション)システム─(図4)などがある。

   

 陰圧換気の場合、設置した排気ファン付近の側面が開放されていると、そこから外気を取り込み排気することになり、牛舎全体の換気力が弱まる。陽圧換気も同様にそばの外壁が開いていると、そこから取り込んだ空気が逃げる。従って強制換気の場合は、入気と排気の導線に沿って、側面をカーテンやポリカーボネートなどの外壁材でふさぎ、換気ロスを減らす工夫が必要となり、この考えをトンネル換気システムという。
 

(4)THIと体感温度

 泌乳牛の暑熱対策を考える上で、牛体に風を当てる送風は重要である。これは体感温度を下げることを目的としており、換気とセットで風の流れを計算していない限り、THIを下げることにはつながらない。体感温度とは、風呂上がりに部屋の温度とは関係なく扇風機の前に立つと涼しく感じる現象のことで、体感温度=気温(度)−6×√風速(メートル/秒)で計算できる。牛体に秒速2メートルの風を送った場合、体感温度=気温(度)−6×√2(メートル/秒)となり、計算すると、体感温度=気温(度)−8.49
となる。例として、牛舎内温度が30.6度の環境下で、牛体に秒速2メートルの風を送った場合、牛の体感温度は22.1度に感じることになる。あくまでも体感温度であり、牛舎の温度を下げていることにはならない。

4 水の重要性

 牛乳は約87%が水分である。従って1日当たり乳量が33キログラムの乳牛では、約29キログラムの水分を搾乳で体内から失うことになる。それ以外にも、尿とふんの排せつ、発汗や呼吸による蒸発により水分は損失する。夏季に飲水量が増える理由が上述で理解出来ると思うが、1日当たり乳量が33キログラムの乳牛の搾乳による水分損失は、総水分摂取量の26〜34%である。ふんからの損失は30〜35%(泌乳への損失と同程度)、尿からの損失は15〜21%である。単純ではないが、1日当たり乳量33キログラムの乳牛が、泌乳により29キログラムの水分を必要とする場合、これが総水分摂取量の30%だとすると、1日に乳牛は100リットル近くの水が必要となる。
乳牛への水の供給源は(1)飲水(2)飼料中水分(3)代謝水─の三つである。主な供給源は飲水であり、飲水量の推定式は以下のものが泌乳牛では妥当(推奨)とされている。
 
飲水量=15.99 + 1.58×乾物摂取量(キログラム/日)+0.90×乳量(キログラム/日)+0.05×ナトリウム取量(グラム/日)+1.20×最低気温(度)
 
 この推定式には最低気温が含まれており、この式で推定すると夏季の最低気温の上昇は飲水量の増加につながる。
 水分摂取量に関しては上述の通りであり、飼養管理では飲水行動を制御することが特に重要である。つなぎ牛舎の場合は、そばにウォーターカップなどが設置されている。飼料の水分含量や給飼回数にも依存するが、1日14回程度アクセスするという報告がある。フリー牛舎の場合は、飲水時間は1日当たり30分で、搾乳の後に採食とともに飲水する。水槽の幅は乳牛1頭当たり9センチメートルが推奨されており、フリー牛舎の場合、行動を考慮して、飲みたい時に水槽が近くにあるかどうか、また、飼養密度にも依存するが、ストレスなく水槽にアクセスできるサイズであるかどうか、通路幅は十分かなど飲水一つとっても暑熱対策を考慮した牛舎デザインが重要となる。

5 暑熱ストレスの影響

(1)子牛の暑熱ストレス

 子牛は成牛と比べてルーメンが発達していないことから暑熱に強い。ただし、哺乳期の子牛の場合は暑熱ストレスの影響を受ける。
 Dado-Senn et al.,2020は、開放型の哺乳子牛用牛舎で生後15日から42日まで、哺乳ロボット管理で1日当たり最大哺乳量10リットル、配合飼料給与量を1日当たり0.2キログラムから徐々に高める設定で最大3キログラムとして哺乳子牛の暑熱ストレスを調査した。試験処理としては、子牛に送風しないHT区と、気温20度以上で子牛に自動的に送風するCL区を設けた。結果として、両処理区とも環境温度は27度程度、湿度は76%程度で、THIは78であった。CL区は送風しているので秒速2メートルの風が子牛に当たっており、体感温度としては18.5度程度である。CL区では、呼吸数、直腸温、心拍数、皮膚温が送風していないHT区と比べて低値を示し、代用乳摂取量、配合飼料摂取量は増加する結果となった(表)。このことから、同じTHI環境であっても、哺乳子牛への送風の有無で哺乳量などに影響がでると考えられる。


 また気温、湿度やTHIの上昇と、呼吸数、直腸温、心拍数、皮膚温、代用乳摂取量、配合飼料摂取量の関係も調査されており、その中で、気温やTHIは呼吸数などとの相関が強かった(図5)。直腸温、呼吸数、代用乳摂取量に暑熱ストレスの影響が出るTHIのブレイクポイント(境界点)も送風あり、なしで推定した。直腸温はTHIの上昇と連動するが、その上昇度合いはCL区では一定であったが、HT区ではTHI67をブレイクポイントとして、上昇度合いが高くなることを示した。同様に、呼吸数はCL区でTHI69をブレイクポイントとして増加傾向が変化するが、HT区ではTHIが65で変化しており、増加する傾きも、HT区は送風しているCL区の2倍程度、傾斜が大きい結果であった。代用乳摂取量は、CL区ではTHI上昇の影響を受けず一定であったが、HT区では、THI82で摂取量が減少した。


 

(2)乾乳牛の暑熱ストレス

 夏季に乾乳期を迎えた場合、乾乳牛にとって二つの要因が分娩後の生乳生産などに影響を与える。一つが暑熱ストレスである。乾乳牛が暑熱ストレスを受けると、乾乳期間中の乾物摂取量の低下に伴い増体量が減少し、早産の可能性が高まる。また出生時の子牛の体重の低下を引き起こす。体内代謝では、プロラクチンの分泌および作用を変化させる。プロラクチンは、脳の下垂体前葉から分泌されるホルモンであり、乳腺の発達、乳汁合成(カゼインやラクトースの合成)、搾乳刺激に応じた乳汁分泌を促進する。そのため、乾乳期では泌乳期と比較して、その濃度は低い。しかしながら、暑熱ストレスを受けると、乾乳期の血中プロラクチン濃度は増加する(図6)。その一方で、プロラクチン受容体の発現量を抑制する(ダウンレギュレーション)。この受容体発現量の減少は、分娩後も持続するため、乾乳期の暑熱ストレスは、分娩後の乳生産量を低下させることが知られている。この現象も、先述した子牛同様に、送風による体感温度の低下によって影響が軽減されることが報告されている(Tao et al.,2011)。


 二つ目の要因が、日長時間である。長日管理(試験的には明期16時間、暗期8時間、自然では北海道の夏至日照時間に相当)で泌乳牛を管理すると乳量が増加することは広く知られており、短日管理(試験的には明期8時間、暗期16時間、自然では北海道の冬至日照時間に相当)と比べて、おおむね1日当たり乳量は2キログラム程度、長日管理の方が多くなる。従って泌乳牛にとって夏季の日長時間は乳生産に適していると考えられるが、暑熱ストレスの負の影響の方が大きいことが考えられる。一方で、乾乳牛の場合は、短日管理下で飼養した方が、長日管理と比較して、分娩後の乳生産が高まる。これは、催眠ホルモンであるメラトニンと上述したプロラクチンの関係性が影響している。メラトニンは暗期(夜)に分泌され、血中メラトニン濃度は暗期に明期(昼)の10倍になる。この濃度変化によって、体内の概日リズムを整える役割をメラトニンは有している。短日管理では暗期が長いため、メラトニンが分泌されている時間が長くなる。このメラトニンはプロラクチンの分泌を抑制する作用を有しており、負の相関関係にあることが知られている。泌乳牛の場合、長日管理下で乳量が増加するメカニズムの1つには、暗期が短いことによりメラトニンによるプロラクチン抑制効果が小さいことにある。一方で、乾乳牛の場合、暑熱ストレスの乾乳牛への影響でも触れたが、長日管理によりメラトニン濃度が低下しプロラクチンの分泌が促進されると、プロラクチン受容体のダウンレギュレーションが起こり、これが原因となり分娩後の乳生産を低下させる。このことから、乾乳期は短日管理下の方が乳生産には適していると考えられ、夏季は、暑熱ストレスと長日条件の二要因により、分娩後の乳生産に負の影響を及ぼすと考えられる。

6 おわりに

 周産期は、死廃率も含めた事故率の最も高い時期である。しかしながら乾乳期は、乳生産に直結しないこともあり、飼養管理が行き届いていないケースがしばしば見受けられる。しかし、乳牛の周産期の健全性を維持できれば統計上、分娩後の泌乳期の事故率は下がることから、酪農経営で重要な時期とも言える。また、哺乳子牛においても、離乳までの体重が1キログラム増加するに伴い、初産乳量が850キログラム増加するという報告もある。これは、哺乳期の十分な発育が重要であることを示している。
 牛舎の暑熱対策は、酪農経営上、収益に直結する泌乳牛から対策をとるのが一般的である。しかしながら、本稿で述べたように、換気、送風および飲水の基本的な考え方から逸脱するとその効果は発揮されない。また、乾乳期や子牛の暑熱対策は、後々、乳生産に影響することから、重要であることには違いない。