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調査・報告 畜産の情報 2022年11月

女性が活躍する肉用牛繁殖経営における規模拡大の取り組み(美由紀牧場)〜農業女子プロジェクトでの活動も交えて〜

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鹿児島事務所 山下 佳佑、調査情報部 伊藤 瑞基

【要約】

 鹿児島県鹿屋市の上別府美由紀氏は、スマート機器などを積極的に活用し、女性中心の環境でありながら規模拡大を実現するとともに、農業女子プロジェクトを通して、きつくて大変だという畜産のイメージを変え、女性も働きやすい環境づくりに奮闘している。

1 はじめに

 肉用牛子取り用めす牛(以下「繁殖牛」という)の飼養戸数の推移を見ると、平成27年の4万7200戸から令和4年には550戸と、この7年間で約25%減少している(図1)。
 

 新型コロナウイルス感染症の影響による外食需要の減少や飼料価格の高騰など、肉用牛繁殖農家を取り巻く環境が厳しく変化する中、鹿児島県鹿屋市において肉用牛の繁殖経営を行っている上別府かみべっぷ美由紀氏(以下「上別府氏」という)は、平成17年に繁殖牛4頭から始めた経営を令和4年には飼養頭数約540頭(繁殖牛と育成牛合わせて約340頭、子牛約200頭)にまで増頭し、規模拡大を実現している。
 上別府氏の経営の特徴は、スマート機器を積極的に活用し、省力化を図ることで女性の働きやすい環境を整え、多くの女性従業員を雇用している点である。
 近年、わが国の基幹的農業従事者数(注)は、高齢化や後継者不足による離農などを背景に減少傾向で推移しており、平成27年には約43%だった女性の割合は、令和2年には40%を下回っている(図2)。女性の社会進出が進む現代においても、基幹的農業に従事する女性の割合は減少傾向で推移している。
 

 こうした中、上別府氏は、自身が所属する農林水産省の農業女子プロジェクトや、同プロジェクトから派生した地域版農業女子プロジェクトの一つであるかごしま農業女子プロジェクトにおいて、一般消費者に和牛の知識を伝えるなどの活動を行っており、両プロジェクトを通して、「きつくて大変」といった畜産業のイメージを変え、女性にも働きやすい職場環境を目指し、日々奮闘している。
 本稿では、スマート機器を活用し規模拡大を実現した上別府氏の肉用牛生産の取り組みと、農業女子プロジェクトでの活動について紹介する。

(注) 「基幹的農業従事者」とは、ふだん仕事として主に自営農業に従事している者をいう。

2 鹿屋市の概況

 (1)農業生産など

 鹿屋市は九州南東部、本土最南端へと伸びる大隅半島のほぼ中央の位置にあり、市の北部には高隈山系が連なり、西部は鹿児島湾に面し、南部は主に山林地帯となっている(図3)。東西約20キロメートル、南北約41キロメートルに及び、面積は約448.2平方キロメートルで県内5番目に大きく、そのうち耕地面積は9410ヘクタールと広大である。気候は温暖湿潤気候に属し、年間平均気温は17.6度、年間降水量は約2685ミリメートルと多く、温暖な気候と広大な畑地を生かした農業を基幹産業としている。市の人口は10万493人(令和3年国勢調査)と、県内では鹿児島市、霧島市に次いで3番目の人口規模であるが、農業を含む第一次産業従事者の割合は10%以下である。


 
 令和2年の鹿屋市の農業産出額は439億7000万円と県内第1位であった(図4)。この内訳を見ると、肉用牛が172億3000万円で最も大きく、全体の39%を占めている。次いで豚が104億円、野菜が47億1000万円、鶏が33億4000万円となっている。畜産分野だけでも計324億3000万円と産出額全体の7割以上を占め、市を支える重要な産業として位置付けられている。また、野菜においても、鹿屋市独自の認証制度を受けたさつまいも「かのや紅はるか」の生産といった土地利用型の農業が盛んに行われている。
 

(2)肉用牛生産
 鹿屋市の肉用牛飼養戸数(販売農家のみ)は、令和2年2月時点で582戸、総飼養頭数は3万9872頭であり、県内有数の肉用牛生産地域となっている(農林水産省「2020年農林業センサス」)。また、一戸当たりの肉用牛飼養頭数は60頭を超え、全国平均の58.2頭をやや上回っている。
 近年の肉用牛の生産状況の推移を見ると、生産者の高齢化が進む中で、飼養戸数は減少傾向で推移し、平成27年には1000戸を割るなど、ここ10年で半分以下にまで減少している。一方で、飼養頭数は、生産者一戸当たりの規模拡大が進んだ結果、令和2年には4万頭近くまで増加している。

3 美由紀牧場の紹介

(1)上別府氏について

 上別府氏は、高校時代までを鹿屋市で過ごした後、関東地方の大学に通っていたが、当時、種畜場を経営していた祖父から畜産関係の仕事を勧められたこともあり、畜産農家になることを決意し、大学卒業後は鹿屋市に帰郷した(写真1)。その後、平成17年に同じ集落で数年前に離農した農家の空き牛舎を借り、繁殖牛4頭から「美由紀牧場」の経営を開始した。自身は5人きょうだいの4番目で、2人が獣医師、2人が実家の種畜場で働いており、現在はきょうだい全員が畜産関係の仕事に従事している。
 
 

(2)規模拡大の取り組み

 美由紀牧場の最初の転機は、経営を開始した年に、体調を崩した知り合いから繁殖牛4頭と子牛3頭を譲り受けたことだ。繁殖牛のみの飼養だと、子牛を出荷するまでに時間を要するため、子牛も含めて譲り受けたことは、経営を開始したばかりの上別府氏にとって非常に有り難かったという。
 その後 、平成23年に、当時人気の第1花国(青森県の種牛)の系統を導入するために青森県の家畜市場に行った際、東日本大震災による停電で一度はセリが中止となったが、市場側から旅費を負担するので再度見に来てほしいと依頼があったことに加え、震災により牛の価格が比較的安くなっていたため、まとめて購入した。また、25年には、台風の影響で牛舎が被害を受け、離農することとなった大分県の農家が所有する牛(繁殖牛、子牛合わせて約60頭)を購入した。こうして着実に増頭していき、現在では繁殖牛と育成牛合わせて約340頭、子牛約200頭を飼養するまでに規模を拡大してきたが、規模拡大に当たっては苦労もあった。その一つが資金調達で、日本政策金融公庫の農業経営基盤強化資金(スーパーL資金)を活用しようとした際に、資金を借りることに対してきょうだいや両親からの反対が多く、けんかもあったという。上別府氏は、資金の調達は借金ではなく、未来への投資だと家族を説得し、最終的には父親が保証人になってくれたことで、増頭することができた。
 また、繁殖経営では、飼料などの運搬作業や体調不良を起こしやすい子牛の体調管理、分娩間近の泊まり込みなど、体力を使う作業が多いが、美由紀牧場では、女性4人、男性1人の計5人の従業員が働いており、男性従業員は7月から働き始めたばかりである。このように女性が多い職場であるため、上別府氏は女性にも働きやすい環境づくりに努めており、その一環として、スマート機器を積極的に活用した省力化を実践し、現在の頭数まで規模拡大できている。
 最初に導入したスマート機器は、いとこから勧められた牛温恵で、母牛の膣内に小型の体温センサーを挿入し、温度変化を検知することで、分娩のおおよそ24時間前や破水時などにメールで通知されるというシステムである(写真2)。この機器を導入する前は、セリ中など他の仕事をしている際に連絡を受け、急いで駆けつけたこともあったが、現在は事前にメール通知があるのでスケジュール管理がしやすくなり、効率的に業務を行えるようになった。

 

 また、その後導入した分娩監視カメラ(写真3)も併せて利用することで、肉体的、精神的な負担軽減にもつながっている。以前は分娩に備えて牛舎に泊まることが多かったが、現在では牛温恵の通知で把握したおおよその分娩時刻に、分娩監視カメラで得られた映像をリモートで見守り、無事に分娩が終わった場合には牛舎に向かわないこともある。

 
 さらに、子牛の首にかけた小型タグ(写真4)により活動量を測定することで、体調不良の子牛を早期発見し、早期治療を可能にするアットモーメントというクラウドシステムも利用している。
 

 美由紀牧場では、令和3年6月の当該システム導入以降、現在までに約100頭分のタグを所有し、病気にかかりやすく、体調不良に気が付きにくい生後3〜4カ月齢の子牛に装着している。 タグを首にかけることで、子牛の負担にならないかが心配だったが、重さは約60グラムと軽く、子牛が気にしているそぶりはあまり見られていない。 アットモーメントの導入により、小型タグの購入費用や月々の通信費用は発生するものの、費用対効果は大きいという。 導入前は、検温と便の確認は1日1回(朝)だったため、日中に発熱しても翌朝まで気づかず、体調を悪化させた子牛もいた。 アットモーメントを導入すると、活動量が低下した子牛がいる場合、1時間ごとに通知が来るため、子牛の管理に慣れていない者でも早期に体調不良に気付くことができるようになった。 これにより、早期治療が可能となり、治療費が抑えられている。 また、小型タグは自己発電型のため、電池交換や充電などの作業負担が生じないというメリットもある。
 美由紀牧場では、これらのスマート機器の利用が、省力化だけでなく、事故率(出生した子牛が出荷までに疾病やけがなどにより淘汰とうたされる割合)の低下にもつながっている。
また、これらの機器以外にも、600キログラムまで運べる電動台車を導入し、重量のある飼料を載せることで女性でも給餌をしやすくするなど、女性が働きやすい環境づくりに努めている。

4 農業女子プロジェクトでの取り組みについて

 先述の通り、美由紀牧場は女性が中心の職場であるが、現在働いている女性全員が、求人サイト経由ではなく、農業大学校の実習で美由紀牧場を訪れたり、上別府氏の情報を聞きつけたりし、直接問い合わせたことで採用されており、女性従業員4人のうち3人は県外出身者である。このように、美由紀牧場は、女性が「ここで働いてみたい」と思う魅力のある牧場であり、その情報発信の場の一つが、上別府氏が所属している農業女子プロジェクトおよびかごしま農業女子プロジェクトである。
 農業女子プロジェクトとは、農林水産省主導で平成25年に設立されたプロジェクトで、農業内外の多様な企業・教育機関などと連携し、農業女子の知恵を生かした新商品の開発や情報発信などを通じて社会全体での女性農業者の存在感を高め、職業としての農業を選択する若手女性の増加を図っている(図5)。設立当初、37人だったメンバーは、令和4年9月末時点で923人まで増加し、知名度も上昇してきている。


 
 上別府氏が農業女子プロジェクトを知ったきっかけは、軽トラックを購入しようとしていた時に、たまたま目に留まったピンクの軽トラックである(写真5)。この軽トラックは、ダイハツと農業女子プロジェクトのコラボレーションにより開発されたもので、ボディーカラーがカラフルなことに加え、UVカットガラスの採用や女性でも乗降車しやすいようフロアの高さを下げるなど、女性目線で開発されており、上別府氏はこの軽トラックに一目ぼれし、後に購入している。このことがきっかけで農業女子プロジェクトに興味を持ち、プロジェクトについて調べてみると、多くの女性農業者が加入していることを知り、自身も加入してみることにした。


 
 また、上別府氏は、農業女子プロジェクトから派生した地域版農業女子プロジェクトの一つであるかごしま農業女子プロジェクトにも加入し、さまざまな企画に参加している(図6)。
 
 
 例えば、かごしま農業女子プロジェクトメンバーが生産する農畜産物を使用し、自分たちで考案した弁当を鹿児島県内の百貨店で販売する企画を毎年期間限定で行っている(図7)。販売時には自ら店頭に立ち、消費者と直接交流し、大盛況となっている。この企画は上別府氏が参加する前から存在するが、上別府氏の参加により、初めて弁当の具材に食肉が加わった。現在、上別府氏は知り合いの女性養豚農家にプロジェクトへの参加を持ち掛けるなど、さらなる活性化に向け積極的に活動しており、今後は、現在加入のない酪農や養鶏分野の女性農業者に加入してもらい、より多様な食材を使用した弁当になればと願望を語った。
 また、地元の住宅メーカーとコラボレーションした企画では、住宅展示場の敷地内で、ジャムを作るワークショップやメンバーが生産する野菜などを販売するマルシェなどのイベントを開催した。上別府氏は、和牛と乳牛の違いや牛の妊娠期間が人間とほとんど同じであることなどを来場者に説明し、知識を深めてもらったりしている。
 上別府氏は、このような農業女子プロジェクトの活動について、「消費者と直接交流できる機会があるだけではなく、農業女子プロジェクトのメンバー内での交流もあり、同じ農業女子と話していると気分転換にもなり元気になる」と語った。
 

5 今後の展望について

 上別府氏は、就農当初から「規模拡大をしたい」という目標に向かって突き進んできたというわけではなかったが、たまたま離農する農家から牛を譲ってもらう縁があったり、同牧場で働きたいという人を雇用するために増頭する必要があったりした中で徐々に規模が拡大し、漠然と300頭の飼養規模を目標にしてきた。目標を達成した現状において、今後は、数頭からではあるが肥育も行う一貫経営を視野に入れている。
 都市部の焼き肉店などでは、提供している牛肉が、どこでどういう人が育てた牛だというストーリーに付加価値を見いだしており、実際に美由紀牧場で肥育までされた牛を購入したいという声もあり、需要はあると感じている。また、消費者にとって、和牛は「特別な日に食べるもの」というイメージが強いため、一貫経営を行うことで、少しでも多くの人に安価でおいしい肉を届けられたらと目標を語った。
 さらに、農業女子プロジェクトの企画を通して、農業で活躍する女性がたくさんいることを少しでも多くの人に知ってもらえるように、今後も活動していきたいとしている。

6 おわりに

 畜産農家といえば、重労働が多く大変なため、男性ばかりの職場というイメージを持たれがちだが、今回取材した美由紀牧場では、女性が中心となり、スマート機器などを積極的に活用した省力化により、肉体的、精神的負担を軽減した規模拡大を実現している。女性にも働きやすい繁殖農家を目指す上別府氏の取り組みは、有効な事例の一つだと感じた。
 また、本稿では触れなかったが、美由紀牧場での3年目の冬以降の賞与は子牛1頭が支給され、従業員自ら愛情を持ってすべての管理を行うといったユニークな取り組みも行っており、従業員のモチベーションアップにつながっている。
 かごしま農業女子プロジェクトでの活動は、地元メディアでも取り上げられることがしばしばあり、着実に知名度は上昇していると感じる。先日鹿児島県で開催された第12回全国和牛能力共進会においても、同プロジェクトのブースが設けられており、ひときわにぎわっていた(写真6)。

 
 同プロジェクトでは、今後もさまざまなイベントを予定しており、そのイベントを通して、上別府氏の一つ一つの活動が実を結び、畜産のイメージが変わっていくことを期待したい。


謝 辞
 本稿の執筆に当たり、調査にご協力いただいた上別府美由紀氏、公益社団法人鹿児島県畜産協会事業部事業一課長 内倉亘氏に心から感謝申し上げます。