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海外情報 デンマーク 畜産の情報 2022年11月号

デンマーク養豚産業による持続可能性への取り組み

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調査情報部

【要約】

 輸出志向型のデンマーク養豚産業は、輸出先市場、国内消費者や政府からの高い要求にこたえ、他の輸出国との差別化を図るため、データベースを構築し、温室効果ガスの排出量や抗生物質の使用量削減といった持続可能性の向上に努めている。顧客ごとに異なる要求を満足させるため、統一的な指標だけでなく、多様なブランドを策定することで対応を行い、さまざまな観点からデンマーク産豚肉の差別化を図っている。

1 はじめに

 本報告では、欧州の主要豚肉生産国であり、日本向け冷凍豚肉の主要供給国であるデンマークについて、養豚・豚肉産業の概況をまとめるとともに、同国がこれまで達成してきた持続可能性向上の取り組みがどのように行われてきたかを俯瞰ふかんする。また、同国最大の食肉処理・加工企業であるデニッシュクラウンによる持続可能性への取り組みを紹介するとともに、同国の養豚生産者を訪問する機会を得たことから、その実態も報告する。
 本文中の為替相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社「月末・月中平均の為替相場」2022年9月末TTS相場の1デンマーククローネ=19.44円を使用した。

2 デンマークの農業、畜産の概況

(1)農業概況

 デンマークは温暖で一定の降水量があり、平坦な地形を持つ国である。デンマークの国土面積のうち、3分の2が農用地であり、国土面積は日本の9分の1であるにもかかわらず、農用地面積は日本の6割の規模となる(表1)。このため、環境と農業との関連性が高くなり、その影響が強く懸念されている。
 さらに、デンマークの農業産出額の3分の2が畜産によるものであり、そのうち養豚の産出額が2分の1を占め、飼料向け穀物生産も多いことから、デンマークの農業の中で養豚産業が大きな地位を占めている(表2)。
 飼料向け穀物として、小麦、大麦、ライ麦は自給率が100%を超えている一方、大豆かすはドイツや南米から輸入している(表3)。






 

(2) デンマークの養豚・豚肉概況

 デンマークの養豚産業の特徴は、小麦や大麦などの飼料穀物の自給率が高く、国際的な穀物価格の変動に左右されにくい経営が確立されていることにある。2021年の豚肉生産量を見ると、デンマークはEU27カ国のうち、スペイン、ドイツ、フランス、ポーランドに次ぐ5番目となった(表4)。

 
 豚肉の輸出量は主要生産国の中で格段に多いとはいえないものの、子豚の輸出頭数は突出して多い。デンマーク農業理事会によると、同国の子豚の輸出頭数が多いのは、主要輸出先であるドイツやポーランドはデンマークに比べ人費が低いことから、デンマーク国内で肥育豚を生産するよりも子豚として出荷する方が、メリットが大きいためとされている。子豚を含めた生体豚の輸出も合わせると、デンマークで飼養された豚の9割が輸出されており、輸出に焦点を合わせた産業構造になっている。
 養豚生産者数は、疾病予防措置や環境・動物福祉対策、雇用労働条件が厳格化されるにつれて減少が進み、2010年の5068戸から21年には2576戸に半減した(表5)。このうち、一貫経営は1062戸(41%)、肥育経営が1044戸(41%)、繁殖経営329戸(13%)、その他141戸(5%)である。同国の豚のうち7割がSPF豚であり、生産者の規模は1戸当たり飼養頭数が数千頭から1万頭台が主力となっている(図1)。



 同国の生産性は高く、例えば2021年の母豚1頭当たりの年間産子数は34頭であり、今後も増加傾向が続くとみられている。その要因として、(1)優良な系統が選抜されていること(2)30ヘクタール以上の農地を所有する生産者は、グリーン認証と呼ばれる6カ月の講習が求められる資格の取得が必要であるなど、農業経営者となるために各種講習を受講する義務があり経営技術が向上していること(3)獣医師が頻繁に訪問し、指導を行っていること―が挙げられる。
 同国の食肉処理・加工企業は、年間の処理頭数ベースで7割強がデニッシュクラウン、2割がドイツの大手食肉パッカーのトーニス(Tönnies)社傘下のティカン社、残りを小規模の民間と畜場が占めている(図2)。と畜場での1時間当たりの賃金は各種手当込みで302.50クローネ(5881円)と高い水準にあるため、人手による作業を極力削減し、機械化が進んでいる。


 デンマークの豚肉の主要な飼養管理は、(1)慣行的なもの(2)フリーレンジ(ストールを利用せず、豚が屋外へのアクセスを持つが飼料は慣行的なもの)(3)有機―の3種類が挙げられる。また、慣行飼養よりもストールの利用制限をより厳しくするがフリーレンジよりは緩い、英国向け規格に特化した生産も行われている。
 

(3) デンマークのこれまでの持続可能性の向上に関する取り組み

ア 抗生物質の使用量の削減
 欧州医薬品庁によると、デンマークの農業分野における抗生物質の使用量は、2011年の1PCU(注1)当たり42.1ミリグラムから、20年には同37.2ミリグラムと11.7%減少している。これは、20年の英国などを含む欧州31カ国の平均同89ミリグラムと比較しても低い水準である。

(注1) PCU(Population Correction Unit)とは、治療時の家畜の標準的な体重(キログラム)に、統計に基づく頭数を乗じたもの。抗生物質の使用量を年次別、家畜別、国別に比較するために欧州医薬品庁のプロジェクトチームが提唱する方法で算出された畜産物重量のこと。

 同国では、養豚生産者の9割が獣医師とアドバイザー契約を結んでおり、繁殖用母豚は年9〜12回、肥育豚は年4〜6回の訪問指導を受ける。アドバイザー契約を結んでいない生産者も年1回、獣医師による検査を受ける必要がある。この検査を通じて、すべての豚の健康状態および抗生物質の投与に関する履歴は獣医師によりVETSTATというデータベースに登録される。
 このデータベースを基に、抗生物質の使用量が多い生産者や獣医師に対して、イエローカードとよばれる警告が送付されるシステムとなっており、生産者や獣医師とも使用量には注意を払っている。さらに、成長促進目的の抗生物質の使用も禁止されている。
 また、動物用医薬品に対して医薬分業制を導入しており、獣医師が書いた処方箋の薬局による確認や、診断と医薬品の利益の分離によって、医薬品を多く処方する動機が働かない仕組みにしていることも、抗生物質使用量の低減に貢献している。

イ 窒素排出量の削減
 デンマークのこれまでの持続可能性に関する取り組みとしては、窒素排出量の上限をEUの基準(1ヘクタール当たり170キログラム)よりも厳しくし、1ヘクタール当たり140キログラムに設定していることが挙げられる。
 さらに、圃場ほじょうに直接排せつ物を散布する方法や、屋外に開放した浄化槽で排せつ物を処理する方法から、地中に直接排せつ物を注入するインジェクション方式による散布や、建物で囲んだ空間で排せつ物処理を行うようにすることで、大気中へのアンモニア排出量を削減した(写真1)。また、作物の生育期間以外の排せつ物の散布も禁止されている。
 このような努力により、アンモニア排出量は1985年と比較して、2018年には73%の削減となった。


ウ 食肉処理・加工場のエネルギーや水の使用量の削減
 食肉処理・加工場に対しては、環境への影響の発表を義務付け、同施設のエネルギーや水の使用量を大きく削減することに成功した。
 具体的な例として、鶏の足(もみじ)の洗浄工程における水を再利用し、水の使用量を削減している。また、処理工程を工夫することで、一部の工程の水温を55度から35度に引き下げエネルギー使用量を削減した。

エ 動物福祉
 豚舎の床は、全面すのこ床が禁止され、一部をコンクリート床などにする必要がある。また、母豚は離乳から次の分娩の7日前まで、ストールに固定することはできない。この規制は、新規豚舎については2015年1月1日から、既存豚舎については35年1月1日から適用される。
 さらに、出産から離乳までの生後21〜28日の間、母豚と子豚を長く一緒に飼養しており、床には豚の地面掘りの欲求を満たすためのわらの提供、体調不良の豚を休ませる豚房の配置、20キログラムを超える豚に対して高温時に使用するスプリンクラーの設置も義務付けられている。
 去勢について09年以降、鎮痛剤の投与を義務付けるとともに、品種改良や飼料の工夫などによって獣臭を抑える研究を進め、外科的措置の必要のない方法を開発している。デニッシュクラウンでは、物理的な去勢を行わない方法で飼養された豚肉について、今後、日本向け輸出を行いたいとの意向を持っているようである。
 また、豚の輸送には、換気装置や輸送中の水分補給が可能なトラックを使用している(写真2)。

 
オ その他
 同国の豚は、国によって定められたトレーサビリティーの対象となっている。個体管理が基本であるが、生産者から食肉処理・加工施設まで一貫して群管理が行われている場合は、群単位でトレーサビリティーを行うことが認められている。これにより、豚肉に何らかの異常が認められた場合、生産者までさかのぼっての追跡が可能となる。
 飼料は政府認可を受けた飼料メーカーから購入する必要があり、後述の大豆などに関して、持続可能な生産が行われた原料であるか否かも含め、基準に沿った飼料が給餌されているか確認可能な体制となっている。自家配合を行っている生産者も含めて、公的機関による検査が年1〜5回の頻度で行われている(飼料の自家配合を行っている生産者は年1回)。
 

(4) デンマークにおける今後の持続可能性の向上への取り組み

 同国では、生分解性プラスチックの利用を進めるとともに、プラスチックの使用量や廃棄量を2025年に50%、30年に80%減少させる取り組みを開始した。
 また、排せつ物からのメタン発生量を削減するために、飼料添加物の開発と普及、排せつ物のバイオガス工場への提供、タンクから発生するメタンガスの吸着、汚泥槽の酸性化や冷却によるメタンガス発生削減、メタンガスの排出が少ない家畜の品種改良を進めている。
 タンパク質の飼料原料として、大豆かすの置き換えも試みられている(注2)。温室効果ガスの発生がより少なくなる養豚農場付近の地域で生産、供給される作物の中で、置き換えに有望な原料はソラマメ(Broad bean)であり、デンマーク国内にある乳業会社が置き換えに成功している。また、飼料に混合できる量は一定割合に限る必要があるが、菜種かすも候補の一つである。さらに、タンパク質含有量の多い牧草からタンパク質を分離することも試みられている。

(注2) EUでは、農地の拡大に伴う森林破壊を防止することを目的に、大豆や牛肉といった農畜産物が森林破壊によって開発された農地で生産されていないことと、生産国の法令を順守していることを確認するため、農畜産物の輸入者が輸入先に対して行う事前調査(デューディリジェンス)の義務付けを導入予定である。
 

(5) 持続可能性への取り組みを進める原動力

 このように生産者にとって負担となる持続可能性への取り組みに関し、継続して進めていく原動力についてデンマーク農業理事会の担当者に質問したところ、個人の意見としつつ、次のような説明を受けた。

 ●まず、デンマークの消費者は、例えば有機食品を購入する頻度が高く、小売店の棚に標準的な商品として有機食品が並ぶ  ような 国であるため、持続可能性について高い意識があり、消費者ニーズが高いこと、また生産者もそれをよく理解していることがある。

●それに加え、デンマーク政府からの強い後押しも原因として挙げられる。これは、デンマークのように必ずしも大国とはいえない国であっても、持続可能性の向上といった自分たちが主張した点については、厳格に執行することで説得力を持たせ、これにより欧州委員会に対して交渉力を発揮するという考え方がある。

 一方で、デンマークの生産者数は毎年5%程度減少しているというデータがあり、同担当者から詳しい状況は聞けなかったものの、小規模生産者では、収益の確保が難しいことに加え、環境保全や動物福祉といった面への投資が困難なことが要因とみられる。このため、大規模生産者はより大規模な投資を行い、生産規模を拡大し、生産効率を向上させていく必要がある一方、小規模生産者は離農という痛みを伴う現状があるように感じられた。

3 デニッシュクラウンによる持続可能性に関する取り組み

 同国最大の食肉処理・加工企業であるデニッシュクラウンが、持続可能性の向上のため、どのような取り組みを行っているか、聞き取りを行う機会を得たことから、その内容について報告する。

(1) デニッシュクラウンの概要

 1887年に生産農家の出資により協同組合として設立され、130年以上食肉生産および加工を行っている。
 同社の2020/21年度の年次報告書によると、5620戸の各種畜産生産者(酪農経営、肉用牛経営などを含む)が組合に加入している。世界各国にと畜場や食肉加工場などの89の生産拠点を持つが、欧州域内だけで81の生産拠点を持ち、2万8000人のフルタイムの従業員を雇用している(写真3)。年間でおよそ1890万頭の豚と80万頭の牛をと畜している。同社は同年次報告書のトップページで「持続可能な食への道筋を示す」と宣言し、持続可能な食品の供給に力を入れている。


 
 

(2) 「未来に食料を」戦略

 2021年6月に同社は、21〜26年の5年間を対象とした「未来に食料を」戦略(Feeding the future)を策定した(図3)。策定に当たり、幅広い分野の関係者200名以上の意見を集約したとしている。


 同戦略では、持続可能性をはじめとした分野に、農場段階で40億〜50億クローネ(778億〜972億円)、製品製造段階で110億〜120億クローネ(2138億〜2333億円)の投資を予定している。そして、デンマーク国内の養豚頭数を効率的な生産が維持できる1000万〜1300万頭に維持し、高付加価値な製品を提供するとしている。この実現のため、三つの方針(スキル向上と協同組合風土の保持、データに基づく活動、透明性の確保とデジタル技術の利用)を重視している。
 具体的な目標水準としてはファームトゥーフォーク(F2F)の目標に合わせて、食肉の生産により排出される温室効果ガスが、30年までに半減、50年に差し引きゼロにすることを目指すほか、30年までに食肉生産に使用する水の使用量4割減、食品廃棄量を半減、飼料用の大豆の調達先を森林破壊の原因になっていない農地へ切り替えを行うとしている(表6)。

 

(3) 「未来に食料を」戦略に関する質疑応答

 標記戦略に関連して、デニッシュクラウンの持続可能性に関する担当者に以下の質問を行った。質問に対する回答は担当者の説明を基に筆者が作成したが、あくまで筆者の理解の範囲での取りまとめであり、同社の公式見解ではないことに留意いただきたい。

ア 持続可能性の向上努力を利益に結び付ける手段について
 社内でも議論が続いているところであるとしつつ、持続可能性を向上させることによって、次のような効果が期待できるとした。

●環境や環境や動物福祉を重視するといった、社会的にデニッシュクラウンに期待される要求内容(広い意味でのコンプライアンス)を実現することによるイメージの確立。
●持続可能性を重視したブランドが顧客に認識され、デニッシュクラウンのショーケースとなり、その後そのブランドを始めとする同社の製品の有利販売につなげる。

 また、持続可能性への取り組みを利益に結び付けるためには、達成してきたことを文書化することを重視している。これは、顧客が消費者に販売するに当たり持続可能性について強調して取り扱いたい点を、数値的な裏付けを基に提案できるようにするためである。また、このような情報を販売担当者が顧客に提案できるよう周知を行っている。

イ 持続可能性を表すラベル表示の評価について
 賛成の立場である。ラベルには、一定の基準を満たすと表示できる方法と段階で表示できる方法があるが、現在デンマーク政府は温室効果ガス削減効果を5段階で表示するラベルについて試験導入を行っている。5段階表示方式であれば、例えば普通の豚肉が上から4段階目のDが基本評価であっても、会社独自の取り組みによりBやCへ向上させる余地があり、会社による努力が反映されやすい。ただし、これは温室効果ガスの排出に焦点を絞ったラベルとなっており、多種多様な取り組みが行われている持続可能性の向上への取り組みについて、すべてを反映できるものではない。
 多様な持続可能性に関する観点を反映させるためには、製品ブランドが同様の役割を果たすことがある。たとえばフリーレンジ製品であれば、動物福祉上、一定の水準をクリアすることが義務となっているなど、消費者に判断基準を提供することができていると考える。その他にも多様なブランドがあり、それぞれが動物福祉や持続可能性に関する主要な指標(ストール仕様、去勢、断尾の実施の有無、飼料の内容、飼養スペース)について、細かな差別化を行っている(表7)。

 

(4) 「やさしい生産への航跡」プログラムなどによる取り組み

 温室効果ガス削減などの持続可能性の向上に大きな役割を果たす生産段階(飼料生産、飼養)での取り組みを進めるために、デニッシュクラウンに豚を出荷するすべての生産者の同意を得て、「やさしい生産への航跡」プログラムを実施するとしている。

ア さらなる温室効果ガス削減に向けての今後の取り組み
 温室効果ガスについては1990年に生体豚1頭当たり、二酸化炭素換算で419キログラムが排出されていたものが、2020年には249キログラムとすでに4割の排出量削減を達成している。
 今後は、排せつ物の酸性度の調整、スラリー貯蔵スペースから発生するメタンガスの燃焼、パーム油使用禁止、建物内への排せつ物貯蔵、大豆の切り替え、バイオガスへの排せつ物利用、タンパク質原料の地元産作物へ切り替え、飼料効率の向上により、温室効果ガスの排出量を大きく減少させることを計画している(図4)。


 また、一部の製品であるが、スーパーマーケットの店頭にある製品(例えばベーコン)が製造されるまでにどの程度の温室効果ガスを二酸化炭素換算で排出したか、個別に消費者に提供することも実現している。

イ 責任ある方法で生産された大豆調達、パーム油の利用中止
 デンマークでは国の規制を順守していない飼料原料としての大豆の輸入はできない仕組みとなっており、販売できるのは6社に限られている。現状においても、RTRS(責任ある大豆に関する円卓会議)の認証を受けた大豆のみ調達している。さらに今後は、すべての大豆を、2025年までにEUの定める森林破壊をされていない圃場で生産されたものに切り替えていく。また、飼料に利用されるパーム油についても、その他の油脂に切り替えることを検討している。
 

(5) 動物福祉に関する取り組み

 前述の2の(3)のエにあるような取り組みを進めている。デニッシュクラウンは動物福祉に関して第三者評価機関(BBFAW)より、高いレベルの評価を受けており、2020年には6段階で上から二つ目の評価を得ることができた。
 現在のデンマークの子豚の死亡率が16%となっており、死亡率を低下させることも動物福祉上重要な目標と考えるものの、死亡率低下のための母豚へのストール利用や、子豚を母豚から分離しての飼養といった手段は、動物福祉の観点から採用できない。
 また、小売店チェーン別に求める基準が細かく異なっており、細かな対応が求められる。デニッシュクラウンが持つブランドも細分化を行っている。
 

(6) 生物多様性に関する取り組み

 生物多様性の指標については統一的な指標を作ることは困難である一方、消費者にとっては非常に分かりやすいアピールポイントとなる。これは、生産現場を見てもらえれば一目で分かるためである。欧州委員会が定めた生物多様性戦略の中では農地の3割を生物多様性に充てるという目標があるが、デンマークでは自然のまま維持された国土は5%程度であるが、農用地をいかに、目的に沿った土地利用に転換するかということが大きな問題となる。ただ、農地のうち3割程度は草地となっていることから、これらの土地が、他の生物の生息地にもなり得るよう、自然の池を残し、生け垣や花壇の設置、野生の鳥の生息地となるような工夫を行い、生物多様性を保全している土地とみなせるように努力している。デニッシュクラウンのいくつかのブランドについては、生産者が行う生物多様性保全の努力(何か一つの目標を生産者が策定し、それを達成すること)もブランドが認定される条件に入っている。

4 デンマークの養豚生産者の持続可能性に関する取り組み事例

 デニッシュクラウンの組合生産者である養豚生産者を訪問する機会を得たので、デンマークの養豚現場の一例として紹介する。

(1) 養豚生産者の概要

 訪問先のGo-gris農場は、デニッシュクラウンの本社から近いユラン半島東岸中央部のホーセンス市に位置する農場である(写真4)。
 同農場は、2008年に3家族5名の生産者によって設立され、母豚1000頭の飼養を行い、年間3万2000頭を出荷する子豚生産者である。970ヘクタールの農地を耕作しており、穀物、菜種を栽培している。経営主のほか9名の従業員を雇用している。
 今回訪問したのは、Go-gris農場を構成している1家族が経営する豚舎である。


 

(2) 豚舎について

 新旧2棟の豚舎があり、これに加え現在3棟を建設中である。旧豚舎には生育の遅い子豚を集めて授乳する豚房や病気の豚を隔離する豚房も用意されている(写真5)。

 
 豚が豚舎から外にアクセスできるような出入口は設けておらず、室内飼養を行っている。農場主は、屋外飼養を行うことによって、動物疾病への感染の危険が増加し、飼養効率の低下により飼料がより多く必要となるほか、屋外での排せつが行われることで、自然環境へメタンやアンモニアが流出し、より温室効果ガスが発生するのではないかと考えている。一方で、屋内であれば飼養環境を管理することによって、豚に快適な気温を保つことができるとともに、適切な排せつ物管理により、排出削減することが可能な利点があるとしている。
 また、干し草を床に敷き、豚の本能を満足させているほか、飼料としても与えることによって、豚が満腹感を感じることができるとしている(写真6)。

 

(3) 飼養スペースの工夫

 哺乳を行う母豚の豚房については、広い空間で多頭飼いをする形でなく、1頭ごとに豚房の中で容易に方向転換ができるだけのスペースを確保する形となっている(写真7)。これにより個体管理は容易になり、豚をあらゆる角度から観察できるようになった。ストールがないため、圧死事故が起きやすくなったことから、子豚の死亡率は同農場の慣行飼養に比べて2〜3%上昇し、12%程度になった。しかし、母豚のストレスが軽減され、飼料の食いつきも良くなって母乳の量が多くなり、子豚の体重の増加率は高くなることから、ある程度相殺できるとしている。

 
 子豚には母豚の豚房の一角に子豚用スペースを設け、そこは保温ができるよう着脱可能な屋根と板の壁を付けている(写真8)。出産直後は母豚が倒れやすいため、出産後1〜2日間は子豚を完全に隔離するようにしている。

 
 コンクリートの床の一部に敷きわらを敷いており、ここにたまる排せつ物は人力で掃除する必要がある。
 また、一部ブランド向けに母乳飼養を行っているものの、子豚の数に比べ乳房の数が足りないことから、乳母役の母豚も利用している(写真9、10)。この時はストールを利用している(写真11、12)。農場主によれば、後述の地域の見学者からは、母豚以外の乳母を頼ることや、乳母にストールを利用していることなどについて、意見が寄せられることがあるが、母乳が足りず栄養不足になることを防ぎ、母豚だけでなく乳母による圧死事故を防ぐため、子豚の福祉を優先させていると説明することで納得してもらえることが多いということであった。同農場では歯は切らず、完全な断尾も行っていない。








 
 また、母豚の供用期間を延ばす工夫として、削蹄の実施がある。農場には削蹄設備があり、適切に蹄を管理することによって母豚の供用年数が1年延び、5年にすることができている(写真13)。

 

(4) 飼料について

  農場では、飼料原料となる穀物の9割を自給しているだけではなく、豚舎内で利用している干し草も自ら生産している。タンパク源として一部輸入大豆かすを利用しているが、地域で生産できるソラマメに注目しており、飼料構成のうち5%の置き換えを目標としている。

(5) 排せつ物処理について

 豚舎で発生する排せつ物についてはバイオガス会社に提供している。生産者は排せつ物をバイオガス会社へ運搬して提供する一方、バイオガス会社はバイオガス発生後の残さを戻してくる。これらは無償の取引である。バイオガス残さについては、当農場からの排せつ物だけではなく、牛飼養農家や鶏飼養農家の排せつ物残さが混合しており、窒素、リン酸、カリウムの比率もよく、肥料として優秀なものであり、温室効果ガス削減にも効果があることから、農場にメリットがある。
 豚舎のスノコ床の下には排せつ物を落とし集める溝があり、そこの中には冷却パイプが通っていることから、アンモニアの発生量を抑える効果がある。新しい豚舎は床下に傾斜をつけ、自然と排せつ物が流れるようになっており、毎日排せつ物を回収することでアンモニア排出量を削減することが可能となっている。
 

(6) 抗生物質について

 抗生物質の使用量の削減に成功しているが、ワクチンの改良による効果が大きいと感じている。データベースに当農場の抗生物質の使用量を獣医師が記録しており、他農場と比較することができるが、他農場の平均使用量の3分の1にとどまっており、コスト面での削減効果がある。イエローカード制度が導入されたことにより、生産者も獣医師も抗生物質の使用量についてより注意を払うようになったと経営主は感じている。
 

(7) 将来に向けての取り組みについて

 同農場は居住地として人気がある都市近郊に位置しており、農業になじみのない都市住民の居住者が増えている。このため、当地での養豚業を継続していくためには、持続可能性に配慮した養豚を行う必要があると考え実行している。これ以外にも、住民の理解を得るために農場を地域の住民に定期的に公開することによって、摩擦が起きることを防いでいる。
 今後は、豚舎内にカメラを取り付け、消費者がいつでも豚舎をネットで観察できるような仕組みも考えている。
 また、デンマーク政府は以前から2030年に向けてフリーレンジを進めていくと発表していたこともあり、義務化される前に、この動きを先取りする形で導入している。また、新規の豚舎を建築中であり、プラスチック製のすのこ床など新しい技術の試みや、排せつ物処理や温暖化ガスの排出削減、動物福祉といった持続可能性に配慮した飼養環境を整備していく予定としている(写真14、15)。




 これらの投資は、次の30年間生き残るための未来に対する投資としている。経営者は養豚の専門家として、こういった戦略を立てていくことが必須であるが、その前提として国全体としての大きな指針がしっかりと定められていることが重要であると感じているということであった。

5 おわりに

 デニッシュクラウンは、持続可能性の向上に向けた取り組みのため、戦略を立て、多額の投資を行い、労力をかけて、実現に向けた努力を行っている。特に温室効果ガスの排出量や動物医薬品の使用量といった重要な指標について、客観性のある具体的な数値で達成水準を示すことに成功している。この数値については飼料も含めた生産現場に始まり、川下に至るまでのデータ収集が必要であり、長年をかけて生産者が容易に入力可能な形でのデータベースを構築していることが強みである。
 ただ一方で、このようなデータについて、さまざまな計算結果で容易に比較可能となるが、欧州で共通した基準の確立には至っていないことから、計算方法の前提について、広範囲に再検討される事態が発生することも想定される。
 持続可能性については温室効果ガスの削減や動物医薬品の使用量といった、欧州委員会が主導しており数値に表しやすいもの、一部の動物福祉の基準のように政府や業界によって具体的な規律が定められているもののほか、生物多様性の確保といった共通した指標で測りにくい観点も混在している。
 一部の指標については、外部の第三者機関より認証適合マークを受けることが証明とされたり、試験的に国レベルで実施されている削減度合い別認証制度が試みられているものの、現状は多様な顧客のニーズを満たすため、多様な飼育方法を準備し、ブランドを細分化することで対応している。
 これほどの取り組みを徹底させるに当たって、デニッシュクラウンの努力も大きいことに加え、一つの国をカバーできる規模の協同組合というまとまりがある。日本の9分の1の面積で、日本より大規模であるが、生産者の数が少ないという、現在のデンマークが持つ有利な条件を生かした戦略であるとも見受けられた。
 このような取り組みについて、同国は欧州域内の他の豚肉生産国に比べ、人件費などのコスト面で不利な条件もあることから、動物福祉を含め、持続可能性の取り組みといった強みを際立たせることにより、主要な輸出国としての地位を高めていくという強い意志が感じられた。

(平石 康久(JETROブリュッセル))