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話題 畜産の情報 2023年10月号

鶏肉に含まれるイミダゾールジペプチドとその機能性について

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九州大学大学院 農学研究院 生命機能科学部門 教授 片倉 喜範
 

1 はじめに

 イミダゾールジペプチドとは、イミダゾール基を持つアミノ酸の総称であり、その中でも、カルノシンやアンセリンがよく知られている(図1)。動物種により組織中のアンセリン、カルノシン構成比および含量が大きく異なっていることがよく知られている。ヒトでは、骨格筋や脳に多く含まれており、さまざまな動物種の筋肉組織、特に鶏ムネ肉に多く含まれていることが知られている。このイミダゾールジペプチドは、これまで抗酸化作用、緩衝作用、抗疲労作用など、多くの機能を有することが報告されているが、最近行われた中高齢者ボランティアに対する二重盲検ランダム化比較試験(注)などの結果から、記憶機能改善効果を示すことが明らかとなっており、同成分の多機能性に注目が集まっている。本稿では、イミダゾールジペプチドの機能性とさまざまな原産地由来鶏肉および鶏肉部位における同成分の存在量について紹介する。
 
(注)試験・研究において、対象としている薬や成分などの性質を、観察者および被験者に伝えずに行う方法。
 

2 イミダゾールジペプチドの新たな機能性

 イミダゾールジペプチドは、これまでに抗酸化作用、緩衝作用、抗疲労作用など、さまざまな生理作用を示すことが明らかとなっている。しかし最近になり、同成分には記憶機能改善効果があることが明らかになりつつある。アルツハイマーモデルマウスを用いた研究において、高脂肪食を摂取したマウスでは、記憶機能が大幅に減退したが、イミダゾールジペプチドの同時摂取により、その減退を有意に抑制し得ることが明らかになっている。さらに、中高齢者ボランティアに対する二重盲検ランダム化比較試験の結果から、イミダゾールジペプチドには記憶機能改善効果があることがヒト試験レベルで明らかになっている。また、筆者の研究グループでは、長年にわたり疫学調査研究を行っている九州大学医学部久山町研究グループと共同研究を行っているが、イミダゾールジペプチドの血中分解物であるβ-アラニン濃度と認知症発症リスクとの間に有意な負の相関が存在すること、つまり同成分の摂取が認知症の予防につながる可能性を明らかにしている。以上のさまざまな研究から、イミダゾールジペプチドの摂取は記憶機能改善につながり得ることを明らかにしている。

3 原産地の異なる鶏肉中のイミダゾールジペプチドの存在量

 イミダゾールジペプチドは、鶏ムネ肉に多く含まれていることが知られている。ここでは、タイ産モモ肉、タイ産ムネ肉、ブラジル産モモ肉、日本産ムネ肉(いずれも冷凍後解凍したもの)を用い、それぞれの鶏肉中でのイミダゾールジペプチド含量を、超高感度アミノ酸測定機器であるLCMS-8500(島津製作所)を用いて測定した。それぞれの鶏肉100グラム中に含まれるカルノシン、アンセリン含量を測定し、その総量としてイミダゾールジペプチド含量を測定した。その結果、日本産ムネ肉中に最も多くのイミダゾールジペプチドが含まれていることが明らかとなった(表)。
 このイミダゾールジペプチド含量の違いが何に起因しているかについては今後明らかにすべきではあるが、遺伝・環境要因により、引き起こされているものと考えられる。特に環境要因として、飼養環境、餌、鶏肉の処理〜保管・保存の状態などが、その一端となっている可能性があり、今後さらに検討すべき点として考えられる。
 また、前述のヒト試験の結果から、イミダゾールジペプチドが記憶機能改善効果を示すためには、1日当たり1グラム程度の同成分の摂取が必要であるとされており、その意味でも、なるべく多くのイミダゾールジペプチドを含む鶏肉を摂取することが、同成分の持つ機能性を発揮させるためにも重要であると考えられる。従って、食事を通じて、イミダゾールジペプチドの健康機能を発揮させるためにも、日本産ムネ肉を摂取することの重要性が明らかとなった。

4 鶏肉部位別のイミダゾールジペプチドの存在量

 鶏肉中には多くのイミダゾールジペプチドが存在していることが明らかとなっている。そこで、次に鶏肉部位別の100グラム中のイミダゾールジペプチド含量の測定を行った。サンプルとしては、日本産鶏肉のモモ肉、ムネ肉、ささみ、手羽先、手羽元、手羽小間、レバーを用い、調理(生、焼き、揚げ)後のそれぞれのイミダゾールジペプチド存在量を追跡した(図2)。
 その結果、生、焼き、揚げのいずれのサンプルにおいても、ムネ肉において、高濃度のイミダゾールジペプチドが観察されている。モモ肉においては、ムネ肉に比べて半分以下のイミダゾールジペプチド存在量であった。一方、ささみ、手羽小間において、筆者の予想を超える量のイミダゾールジペプチドが観察された。このデータを元にして、ささみや手羽小間においても、イミダゾールジペプチド存在量に基づく、機能性表示が可能であると考えられる。また手羽小間に比べて、手羽先や手羽元でのイミダゾールジペプチド含量は少量であった。この点は、組織的な違いなのか、筋肉成分の組成の違いであるのか、今後明らかにする必要があるものと考えられる。

5 おわりに

 記憶機能改善効果をはじめとするさまざまな機能性を有することが知られているイミダゾールジペプチドが、多量に日本産鶏ムネ肉中に含まれていることからも、同成分は比較的容易に摂取することが可能であり、健康増進を目指した食習慣の提案も可能になってきている。さらに今回の報告にあるように、鶏ムネ肉だけでなく、さまざまな鶏肉部位にもイミダゾールジペプチドが比較的多量に含まれていることからも、同成分を効率的に、習慣的に摂取することが可能になるような、健康増進メニューや献立の提案も今後可能となっていくものと考えられる。
 
(プロフィール)
平成6年3月   東京大学大学院農学系研究科博士課程 修了 博士(農学)
平成6年8月   九州大学大学院農学研究科 助手
平成9年4月   九州大学大学院農学研究科 助教授
平成10年4月  九州大学大学院生物資源環境科学研究科 助教授
平成12年4月  九州大学大学院農学研究院 助教授
平成19年4月  九州大学大学院農学研究院 准教授
令和2年2月   九州大学大学院農学研究院 教授